文献情報
文献番号
200000943A
報告書区分
総括
研究課題名
脳循環障害による神経細胞死の発症機序の解析と治療への応用
課題番号
-
研究年度
平成12(2000)年度
研究代表者(所属機関)
内村 英幸(国立肥前療養所)
研究分担者(所属機関)
- 八尾博史(国立肥前療養所臨床研究部)
- 田沼靖一(東京理科大学薬学部)
- 菅井利寿(日清キョーリン製薬創薬研究所)
- 井林 雪郎
- 北園 孝成(九州大学医学研究院病態機能内科)
- 梅津浩平
- 江口淳一(三菱東京製薬)
研究区分
厚生科学研究費補助金 健康安全確保総合研究分野 創薬等ヒューマンサイエンス総合研究事業
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
-
研究費
11,533,000円
研究者交替、所属機関変更
-
研究報告書(概要版)
研究目的
アポトーシスは、細胞の形態学的変化(核の濃縮、クロマチンの分節、アポトーシス小体の形成)と生化学的特徴(DNA断片化=ladder)によって定義されている。最近、脳虚血によって起こる神経細胞死にアポトーシスの機序の関与が示唆されている。本研究では、cAMPにより中枢神経様細胞に分化した後にアポトーシスを起こすB50培養細胞株を用いて、ニコチナマイド及びその誘導体のアポトーシス抑制効果について検討した。さらにin vivoにおいて局所脳虚血モデルを用いて、脳虚血におけるアポトーシス抑制の手段としてニコチナマイドに注目して実験を行った。脳組織が虚血にさらされると著明な細胞内の酸性化が起こることが知られており、細胞内酸性化も脳血管の反応性を制御すること考えられているが、その詳細な機序は明らかになっていない。本研究では、細胞外のpHを変えずに細胞内を酸性化させるために弱酸と強塩基の塩であるプロピオン酸ナトリウムを用いて、細胞内酸性化による脳底動脈の反応性について検討した。脳血管障害の最大の危険因子は高血圧である。高血圧に伴う脳血管抵抗の上昇には、チロシンキナーゼ(PTK)が共通の因子として機能していることが知られており、PTKを阻害することで、これらの諸因子の作用を同時にかつ効率よく阻害することは、高血圧に伴う脳血管の形態変化を改善する新しい治療につながる可能性がある。今年度は、PTK阻害剤で長期治療を行うことによって、脳血管形態異常が改善しうるかについて検討した。
研究方法
(1)虚血性神経細胞死におけるアポトーシス:5-7カ月齢の雄性高血圧自然発症ラットを用いて、中大脳動脈閉塞後経時的に脳を凍結し、実体顕微鏡下に凍結連続切片から梗塞中心部、ペナンブラ領域、正常対照部位を切り出し、各部位からDNAをイソアミノアルコール/クロロホルム抽出法により調製し、DNAの大断片化をパルスフィールド電気泳動法、ヌクレオソーム単位での断片化を1.8%アガロース電気泳動法により解析した。さらに、中大脳動脈閉塞前に生食もしくはニコチナマイド(125 mg/kgもしくは250 mg/kg)を30分かけて静注し、3日後の脳梗塞容積を算出した。ラット神経芽細胞種由来のB50培養細胞株はRPMI-1640 10%牛胎児血清(FCS)により継代培養し、1mMジブチルcAMPで処理すると、1~2日目にかけて中枢神経様に分化した後に、3~4日目にアポトーシスを自然に起こす。この神経分化―アポトーシス系を用いて、ニコチンアミドあるいはその類似物質ニコチン酸、6-アミノニコチンアミドのアポトーシスに及ぼす効果を調べた。(2)高血圧による脳血管の病態:頭窓法を用いてラット脳底動脈のin vivo における拡張反応を観察した。正常血圧の雄性Sprague-Dawley rat (7~8か月齢)を用い、頭蓋窓を人工髄液で灌流し、外膜側より刺激物質を投与した際の脳底動脈内径の変化を測定した。プロピオン酸ナトリウム(10-6 - 10-3 mol/L)は人工髄液に溶解して投与した。牛大動脈から単離培養した内皮細胞を用いて、プロピオン酸ナトリウムによる細胞内pHの変化を測定した。2~3代継代した内皮細胞をトリプシン(2 mg/ml)処理によって採集し、20 mmol/L HEPES 緩衝液にサスペンドし(4X106 cell/ml)、蛍光性pH指示薬である 0.6 mnol/L 2',7'-bis(carboxyethyl) carboxyfluorescein (BCECF) を加えて室温で20分間インキュベートした。細胞を洗浄後、HEPES 緩衝液にサスペンドし、励起波長 500 nm、蛍光波長 530 nm で刺激時のpH変化を観察した。高血圧
自然発症ラット(SHR;雄性、4カ月齢)ならびに正常血圧のWKYラット(雄性、4カ月齢)を用い、PTKの阻害薬ゲニステイン (1 mg /1000 g 固形飼料)を2カ月間ラットに投与し、頭窓法を用いて脳底動脈形態を検討した。頭蓋窓を人工髄液で灌流し、外膜側より 100 mmol/L EDTA で最大拡張させた際の、脳底動脈外径・内径及び壁厚を計測した。ラットを麻酔後、経心的に灌流し、断頭後に脳を摘出し顕微鏡下に脳底動脈を取り出した。得られた凍結脳底動脈に loading buffer 50 ml を加えてホモジナイズし、サンプル 8 ml をSDSーPAGEにて泳動後PVDF膜にトランスファーし抗燐酸化チロシンマウス血清(Cell Signaling Technology, MA, USA)を一次抗体、抗マウスIgG抗体を二次抗体として、Western blottingを行った。
自然発症ラット(SHR;雄性、4カ月齢)ならびに正常血圧のWKYラット(雄性、4カ月齢)を用い、PTKの阻害薬ゲニステイン (1 mg /1000 g 固形飼料)を2カ月間ラットに投与し、頭窓法を用いて脳底動脈形態を検討した。頭蓋窓を人工髄液で灌流し、外膜側より 100 mmol/L EDTA で最大拡張させた際の、脳底動脈外径・内径及び壁厚を計測した。ラットを麻酔後、経心的に灌流し、断頭後に脳を摘出し顕微鏡下に脳底動脈を取り出した。得られた凍結脳底動脈に loading buffer 50 ml を加えてホモジナイズし、サンプル 8 ml をSDSーPAGEにて泳動後PVDF膜にトランスファーし抗燐酸化チロシンマウス血清(Cell Signaling Technology, MA, USA)を一次抗体、抗マウスIgG抗体を二次抗体として、Western blottingを行った。
結果と考察
(1)虚血性神経細胞死におけるアポトーシス:閉塞後1~3時間にかけて虚血領域でDNAの大断片化が観察された。その後6時間後のペナンブラ領域にはDNAのヌクレオソーム単位での断片化が認められ、虚血辺縁部での神経細胞死がアポトーシスによることが示唆された。しかし、虚血中心部ではDNAのヌクレオソーム単位での小断片化は見られなかった。ペナンブラ領域でみられるDNAのヌクレオソーム単位での断片化がDNaseγの活性発現によるものであるか否かについてRT-PCR法やDNaseγモノクローナル抗体を用いて検討する必要がある。脳梗塞容積は、対照群(生食投与群)84.2±3.6 mm3に対し、ニコチナマイド投与群(125 mg/kgもしくは250 mg/kg)ではそれぞれ52.0±6.2 mm3、53.6±7.4 mm3で、ニコチナマイド投与により有意に縮小した。脳血流は、対照群、ニコチナマイド投与群(125 mg/kgもしくは250 mg/kg)でそれぞれ29±2%、32±4%、38±2%であり、ニコチナマイド高用量群(250 mg/kg)において有意に脳血流は保たれていた。ジブチルcAMPにより中枢神経様に分化誘導後1日目にニコチンアミドを添加した後、アポトーシスの惹起を経時的に観察した。その結果、ニコチンアミドは神経様に分化したB50細胞のアポトーシスを抑制した。しかし、ニコチン酸にはそのような効果は認められなかった。一方、6-アミノニコチンアミドはわずかではあるがアポトーシスを促進する効果がみられた。これらの結果から、ニコチンアミドが脳虚血による神経細胞死を阻止する可能性が示唆された。今回の結果と昨年までのin vitroでの成績から、虚血性神経細胞死の過程にアポトーシスが関与し、ニコチナマイドの保護効果の機序としてアポトーシスの抑制が考えられる。NAD+の前駆体であるニコチナマイドは、脳虚血後に起こるポリ(ADP-リボース)ポリメラーゼ活性化の抑制やNAD+の減少を防ぐことにより抗虚血作用を示すと考えられる(2)高血圧による脳血管の病態:プロピオン酸ナトリウム(10-6 - 10-3 mol/L)は、濃度依存的に脳底動脈を拡張させた。10-6 mol/L glibenclamide を前投与すると、プロピオン酸による拡張反応は約50%抑制された。カルシウム作動性カリウムチャンネルの阻害剤iberiotoxin 、シクロオキシゲナーゼの阻害剤indomethacin、NO合成酵素の阻害剤NG-nitro-L-arginineは、全てプロピオン酸による脳底動脈拡張反応に有意な影響を及ぼさなかった。今回の検討で、細胞内酸性化による脳底動脈拡張反応は主としてATP感受性カリウムチャンネルの活性化によって起こることが明らかになった。ゲニステインを含まない飼料(対照群)と含む飼料(治療群)で2カ月間飼育したラットの血圧値(平均血圧)は、それぞれ190±6mmHgと192±3mHgであり、両群間に有意な差を認めなかった。EDTA を用いて脳底動脈を最大拡張させた際の脳底動脈壁厚はSHRが著明に肥厚していた(WKYラット 16±2μm、SHR 27±3μm)が、治療によって有意に改善した。脳底動脈サンプルを用いて燐酸化チロシンに対する Western blotting を行ったところ、SHRではWKYラットに比して燐酸化チロシン量の有意な増加を認めた(WKYラット 510±205 Arb.Unit、SHR 650±80 Arb.Unit)。ゲニステイン治療によってこの燐酸化蛋白質の量は、減少する傾向にあった。本研究では、ゲニステイン治療によって、血圧値そのものは変化しなかった
が、脳血管壁の肥厚が著明に改善することを見出した。すなわち、高血圧による動脈硬化進展に関与する諸因子のシグナル伝達をゲニステイン治療により抑制することで、血管の形態異常の改善を得ることが可能である。昨年度の本事業における検討で、ゲニステイン治療が脳血管反応性を改善しうることを報告したが、本年度の研究は高血圧に伴う血管機能障害のみならず、形態変化にも本治療が有用であることを示唆すると考えられる。
が、脳血管壁の肥厚が著明に改善することを見出した。すなわち、高血圧による動脈硬化進展に関与する諸因子のシグナル伝達をゲニステイン治療により抑制することで、血管の形態異常の改善を得ることが可能である。昨年度の本事業における検討で、ゲニステイン治療が脳血管反応性を改善しうることを報告したが、本年度の研究は高血圧に伴う血管機能障害のみならず、形態変化にも本治療が有用であることを示唆すると考えられる。
結論
脳虚血後のペナンブラ領域ではアポトーシスが継続的に進行していることが明らかとなった。この知見は虚血性脳損傷に対してアポトーシスに陥る時間を先送りにする治療薬やアポトーシスの惹起を抑制する治療薬など新しい視点から治療薬及び治療法を開発することの重要性を指摘している。今後、さらに神経細胞死のアポトーシスの分子メカニズムをカスパーゼやBcl-2ファミリーの観点から詳細に解析していく必要がある。虚血性神経細胞死の治療法として、ニコチナマイドや類似作用物質によるアポトーシスに対する治療可能性が示唆された。今後、ニコチンアミドによるアポトーシス抑制効果の分子メカニズムを詳細に解明することが新たな脳梗塞治療薬の開発のために重要である。細胞内酸性化による脳底動脈拡張反応は、主としてATP感受性カリウムチャンネルの活性化によって起こることが明らかになった。PTKの長期阻害によって、高血圧に伴う脳血管の形態異常を改善しうることが明らかになった。PTK阻害剤であるゲニステインは、自然界に存在するイソフラボノイドであり、大豆を初めとした食物に大量に含まれている。PTK阻害はシグナル伝達治療という新たな治療法につながる可能性を示唆している。
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