宿主の防御機能動態と感染機構の解明と医療への応用

文献情報

文献番号
200000941A
報告書区分
総括
研究課題名
宿主の防御機能動態と感染機構の解明と医療への応用
課題番号
-
研究年度
平成12(2000)年度
研究代表者(所属機関)
高津 聖志(東京大学医科学研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 菊池雄士(社団法人北里研究所)
研究区分
厚生科学研究費補助金 健康安全確保総合研究分野 創薬等ヒューマンサイエンス総合研究事業
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
-
研究費
12,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
本研究は細胞内寄生菌の結核菌とサルモネラ(Salmonella typhimurium、ネズミチフス菌)に焦点を当て、病原性微生物の固有の抗原や病原性因子の機能と宿主の免疫応答を解析し、細菌感染症の制御法を開発することを目的とする。今年度はBCGやヒト型結核菌H37Rv感染に対するより強い防御免疫の誘導の為の基礎的実験とTh1応答の誘導機構を細胞レベル、分子レベルで解明するために結核菌蛋白抗原α抗原(Ag85B, MPT59)のT細胞抗原エピトープ (peptide-25) に応答するT細胞の産生するサイトカインの解析と異なるMHCの系統のマウスにも抗原性を持つPeptide-25関連ペプチドの検討を行った。 Salmonella Typhimuriumをはじめとする多くの非チフス性サルモネラはマクロファージ内での菌の増殖に関与し、全身感染を惹起するのに重要な spvR 、および spvABCD オペロンからなるビルレンス関連遺伝子群(Salmonella Plasmid Virulence ; spv)を有している。本年度はSpv 蛋白の宿主細胞に及ぼす影響について解析した。
研究方法
(1) 結核菌由来抗原による感染防御機構の解析
Peptide-25、I-AkあるいはI-Ad結合モチーフを持つ変異 Peptide-25 をC57BL/6、C3H/HeまたはBALB/cマウス腰背部にそれぞれICFAの懸濁液として皮下免疫し、7日後に鼠径部リンパ節細胞をそれぞれの変異Peptide-25 と共に培養した。細胞の増殖応答は[3H]チミジンの取り込みにより測定した。実験により、CD4+T細胞またはCD8+T細胞を除去するため抗CD4抗体(GK1.5)または抗CD8抗体(53.6.72)および磁気ビーズによる細胞分離を行った。培養上清中のIFN-g はELISA法で、細胞質内のサイトカインはフローサイトメーターで解析した。
(2) サルモネラ感染実験と病態の解析
マウス感染実験には野生株 S. Typhimurium SH100あるいは各spv 遺伝子欠失変異株(北里大学薬学部後藤英夫博士より供与)を用いた。BALB/c (雌、7週齡)を6時間以上絶水絶食させた後、10%炭酸水素ナトリウム50 mlを経口投与し、15分後に菌液20 ml(2-3 x 108 CFU)を経口投与した。SpvB遺伝子を発現ベクターに連結し、Cos-7細胞に遺伝子導入し、細胞の形態を光学顕微鏡で観察した。アポトーシスは各 spvB 導入細胞をスライドグラス上に貼り付け、In Situ 細胞死検出キット(Roche)を用いて検出した。アクチンフィラメントは蛍光標識Phalloidinで染色し、共焦点レーザー顕微鏡で観察した。ADP-ribosylation assayはGST-SpvB、GST-SpvB(aa1-475)と質基(Cos-7細胞のlysate、α-アクチン、b/g-アクチン)を[32P]-NAD存在下で反応させ、SDS-PAGEで展開後、ADP-ribosyl 化された蛋白を検出した。
結果と考察
(1) 結核菌由来抗原による感染防御機構の解析
i) 結核菌に対する防御免疫の誘導にはCD4+T細胞だけでなくCD8+T細胞も重要な役割を果たしているという報告が近年増えてきている。Peptide-25をICFA とともに皮下免疫したC57BL/6マウスのリンパ節細胞をPeptide-25と共に培養すると、培養4日目にはCD4+T細胞だけでなく、CD8+T細胞によるIFN-gの産生が確認され、Vb11+CD8+T細胞でもIFN-g産生が認められた。Peptide-25の刺激によるIFN-g産生とCD8+T細胞の増殖は抗I-Ab抗体で阻止され、抗H-2Db抗体では阻止されなかった。これらの結果からPeptide-25の刺激によってCD4+T細胞だけでなくCD8+T細胞も増殖しIFN-gを産生するする事が明らかとなり、生成してくるCD8+T細胞はclass-II拘束性であると考えられた。また、CD8+T除去細胞群はPeptide-25の刺激に増殖応答を示したが、CD4+T除去細胞群は全く応答を示さなかった。CD4+T除去細胞群にCD8+T除去細胞群を加えるとCD8+T細胞も増殖しIFN-g産生も観察された。この結果からCD8+T細胞の生成にはCD4+T細胞が必要である事がわかった。
ii) Peptide-25はH-2bマウスに強いTh1応答を誘導するが、H-2dやH-2kのマウスでは全く応答が見られない。今回、Th2応答を示しやすいといわれているBALB/cマウスにも変異 Pepjtide-25の免疫によってTh1応答を誘導できるか検討した。Peptide-25の247-249番目のアミノ酸残基をI-Ad分子との結合モチーフのアミノ酸に置換した変異Peptide-25, 1432 (FQDAYNAVHAHNAVF), 247-251番目のアミノ酸残基をI-Ad分子との結合モチーフのアミノ酸に置換した変異Peptide-25, 1431 (FQDAYNAVHAAHAVF)をそれぞれ合成した。これらの変異ペプチドをICFAと共にBALB/cおよびC57BL/6マウスにそれぞれ皮下免疫し、増殖とサイトカインの産生を調べた。その結果、本来Peptide-25には応答しないBALB/cマウスリンパ節細胞は1431にのみ増殖応答を示し、INF-gおよびTNF-aを産生したがIL-4とIL-5は産生しないTh1型の応答を示し、BALB/cマウスでもTh1応答を誘導できる変異Peptide-25を見い出す事が出来た。抗原ペプチドがTh1、Th2細胞への分化方向を規定するという報告はほとんどなく、Peptide-25による選択的Th1分化及び活性化誘導の機序を解明することは新たなTh1、Th2分化調節機構を見出せる可能性を示唆している。
(2) サルモネラ感染実験と病態の解析
i) S. Typhimurium 野生株、およびその各 spv 遺伝子の非極性変異株を経口的に接種した結果、野生株接種群が感染15日目までに全マウスが死亡したのに対し、 spvR 欠失変異株およびspvB欠失変異株接種群は100%の生存率を示した。その他のspvA 、spvC 、spvD の各欠失変異株接種群の生存率は 0~20 %であった。これらの結果から、spvB がマウスに対する本菌の病原性に深く関与していることを示した。
ii) 精製SpvB蛋白のADPRT活性と基質蛋白の同定を行い、SpvBがClostridium botulinum が産生する C2 toxin 、C. perfringens が産生する iota toxin 、Bacillus cereus が産生する VIP2 などの細菌毒素と同様にアクチンを ADP-ribosyl 化することを明らかにした。
iii) クローン化spvB遺伝子をmammalian発現ベクターのβアクチンプロモーターに連結し、付着性上皮細胞であるCos-7細胞に導入したところ、培養24~48時間後までに約50%の細胞が円形化、剥離し、培養液中に浮遊した。剥離細胞では細胞骨格繊維であるアクチンの著明な破壊(脱重合)とアポトーシス細胞が著しく増加していることが観察された。ADPRT 活性を喪失した SpvB (aa1-475) を導入した細胞では、これらの細胞変化はまったく観察されなかったことから、SpvB蛋白の宿主細胞に対するアポトーシスの誘導およびアクチンの脱重合はSpvB蛋白の有するADP-ribosyltransferase活性に依存している可能性が示唆された。今後は、ADPRT活性中心のアミノ酸変異体等を用いた解析とSpvBが細胞に対してアポトーシスを誘導する機構を分子レベルで詳しく解析し、更にADPRT 活性との関連を解析する必要がある。
結論
Peptide-25をICFA とともに皮下免疫したC57BL/6マウスのリンパ節細胞をPeptide-25と共に培養すると、CD4+T細胞だけでなく、CD8+T細胞によるIFN-gの産生が確認されVb11+CD8+T細胞でもIFN-g産生が認められた。Peptide-25の刺激によるIFN-g産生CD8+T細胞の増殖は抗I-Ab抗体で阻止され、抗H-2Db抗体では阻止されなかったことからPeptide-25の刺激によってCD4+T細胞だけでなくCD8+T細胞も増殖しIFN-gを産生するする事が明らかとなり、生成してくるCD8+T細胞はclass-II拘束性であると考えられた。また、CD8+T細胞の生成にはCD4+T細胞が必要である事がわかり、結核菌に対する防御免疫の誘導にはCD4+T細胞だけでなくCD8+T細胞も重要な役割を果たしている可能性が示唆された。Peptide-25のI-Ab結合部位のアミノ酸をI-Ad分子との結合モチーフのアミノ酸に置換した変異Peptide-25, 1431 をICFAと共にBALB/c皮下免疫したところ、本来Peptide-25には応答しないBALB/cマウスリンパ節細胞は増殖応答を示し、INF-gおよびTNF-aを産生したがIL-4とIL-5は産生しないTh1型の応答を示し、BALB/cマウスでもTh1応答を誘導できる変異Peptide-25を見い出す事が出来た。
Salmonella Typhimurium の94 kb ビルレンスプラスミド上に存在するspvRABCD遺伝子群はサルモネラが全身感染を引き起こすために必要な遺伝子領域として知られている。今回、S. Typhimurium 野生株と、その各spv遺伝子の非極性変異株を経口的に接種した感染実験の結果から、本菌のマウスに対する致死性には spvB が深く関与していること、spvA 、spvC 、spvD は必ずしも病原性には必要ないことを明らかにした。また、精製SpvB蛋白がβ/γ-アクチンを ADP-ribosyl 化することを示した。SpvBを付着性細胞株内で発現させると、細胞は剥離し、細胞骨格繊維であるアクチンの著明な破壊(脱重合)とアポトーシス細胞が著しく増加することが観察された。SpvBのC末端欠失によりADPRT 活性を喪失した変異SpvBを導入した細胞では、これらの細胞変化は見られなかったことから、SpvBの宿主細胞のアクチンの脱重合とアポトーシスの誘導にはADPRT活性が重要であることが示唆された。

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