慢性呼吸器疾患の発症機構の解明と医療への応用

文献情報

文献番号
200000939A
報告書区分
総括
研究課題名
慢性呼吸器疾患の発症機構の解明と医療への応用
課題番号
-
研究年度
平成12(2000)年度
研究代表者(所属機関)
斎藤 博久(国立小児病院小児医療研究センター・免疫アレルギー研究部)
研究分担者(所属機関)
  • 浅田誠(エーザイ(株)筑波研究所)
  • 坂井薫(三菱東京製薬(株)・医薬総合研究所)
  • 海老澤元宏(国立相模原病院臨床研究部)
  • Ruby Pawankar(日本医科大学耳鼻咽喉科教室)
研究区分
厚生科学研究費補助金 健康安全確保総合研究分野 創薬等ヒューマンサイエンス総合研究事業
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
-
研究費
8,388,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
気管支喘息は、従来、喘鳴、呼吸困難を示す可逆性の気道閉塞を生じる症候群として捉えられていたが、近年、気管支喘息患者の気道上皮内の炎症細胞浸潤や上皮剥離などの病理学的解析が進み、現在では気管支喘息は、気道の慢性炎症に伴う気道過敏性と気道の可逆性閉塞を特徴とする疾患と理解されている。また、最近では、抗原の侵入後数分で起こる即時型反応の終了後、数時間を経て認められる遅発型反応が、気管支喘息においては重要な反応であると考えられてきた。遅発炎症反応は、マスト細胞、上皮細胞、T細胞などより分泌されるサイトカインを介した反応である。しかしながら、マスト細胞においては、増殖に必要なサイトカインや活性化を抑制する薬剤の感受性において、マウスなどの実験動物とヒトとの間に大きな差が認められることが知られている。したがって、本研究では、マスト細胞などの炎症細胞の発生機構、機能的分化の制御方法ひいては治療法の開発を目的として検討を行う。
昨年度までに、われわれは、ともにIgE抗体を介してⅠ型アレルギー反応をおこすことのできる細胞であるヒトのマスト細胞と好塩基球が、異なる起源を有することを証明し、さらにヒトのマスト細胞のサブセットとして報告されていたchymaseとtryptaseの両者の酵素をもつマスト細胞MCTCとtryptaseのみをもつマスト細胞MCTの違いは、連続的なものであり、2つの異なるサブセットとはいえないことを明らかにした。本年度の研究においては、正常ヒト末梢血からマスト細胞を大量に誘導する方法を開発し、成人造血幹細胞由来マスト細胞と臍帯血造血幹細胞由来マスト細胞の機能を網羅的に解析、臍帯血由来マスト細胞ではFcεRIのα鎖とβ鎖およびchymseが特異的に低く抑制されていることをあきらかにした。
研究方法
(1) 末梢血由来マスト細胞の培養法:血清高IgE値(IgE >5,000 U/ml)がみられるアトピー疾患患者17名、および血清IgE値が400 U/mlの以下の正常対照者12名より末梢血を採取した。すべての検体採取に関して、倫理審査委員会にて承認された説明書を用いて、文章による同意を得た。シリカ処理を行い、比重遠沈法で、非貪食性単核細胞を採取した。この細胞をCD4, CD8, CD11b, CD14, CD19に対する抗体と反応させ、磁気細胞分離装置magnetic separation column (MACS) にて、negative selectionを行い造血幹細胞を含む細胞を取り出した(通常20 ml血液より、10 6の細胞を得られた)。この細胞を100 ng/mlのstem cell factor (SCF)、50 ng/mlのIL-6, 1 ng/mlのIL-3を含む0.9%メチルセルロース含無血清Iscove's modified Dulbecco's medium (IMDM)に浮遊させた。14日目ごとに、細胞を含まない100 ng/ml SCF, 50 ng/ml IL-6を含むメチルセルロースを重層し、合計6週間培養すると、マスト細胞のみよりなるコロニー形成が観察された。機能解析のためには細胞をさらに6週間100 ng/ml SCF, 50 ng/ml IL-6を含む液体培地に浮遊させ培養した。
(2) 臍帯血由来マスト細胞の培養方法:①臍帯血由来造血幹細胞の分離:臍帯静脈より採取した血液をただちに2倍のPBS 溶液(10 U/ml ヘパリンを含む)にて希釈、氷水中に保管した。単核細胞をLymphocyte Separation Medium (LSM)をもちいて比重遠沈法にて分離したのち、MACSをもちいてCD34陽性細胞を分離した。②細胞培養:CD34陽性細胞は IMDMに 1% Insulin-Transferrin-Selenium (GIBCO BRL), 5×10-5M 2-ME (GIBCO BRL, 21985-023), 1% penicillin+streptomycin (GIBCO BRL) および 0.1% BSAを添加して、無血清培地を作成した。 CD34陽性細胞をこの無血清培地に100 ng/ml SCF、IL-6、および最初の2週間のみIL-3を添加して1×105/mlに浮遊させ、75cm2フラスコにて培養開始した。培養5-6週目より血清を添加して、12週以上培養したものを機能解析の対象とした。2週目以降、細胞濃度が1×106/mlを越えないように希釈、調整した。
(3) マスト細胞の機能評価:①染色:マスト細胞の増殖は Cytospin 2 (Shandon)を使って標本を作製し、May-Grunwald and Giemsa 染色、またはトリプターゼとキマーゼに対する抗体(Chemicon, Temecula, CA)と Dako APAAP Kit (Dako)をもちいた免疫染色をおこなった。また、フローサイトメーターを用いて細胞内染色は以下のようにおこなった。すなわち 105 細胞を 4% paraformaldehydeで固定, 洗浄後PBS-saponin (PBS-S) にて1時間処理し、細胞をpermeabilizeした。この細胞を 50 mg/mL ヒト IgG (ICN Biomedicals)の存在下で、3 mg/mL のmouse anti-human tryptase (Chemicon) あるいはmouse anti-human chymase (Chemicon)、またはコントロールとしてマウスIgG1 と反応させ、さらに2次抗体としてFITC標識 ヤギanti-mouse IgG (Becton Dickinson) と30分間反応させた。 分析はFACScan 装置とCellQuest softwareを用いて行った。②ヒスタミン遊離反応:得られた培養マスト細胞および好塩基球を骨髄腫由来ヒトIgE 5 μg/ml添加もしくは非添加の状態で48時間反応させた。ヒスタミン遊離反応は以下のように行った。すなわち、Tyrode反応液 (pH7.4; 124mM NaCl, 4mM KCl, 0.64mM NaH2PO4, 1mM CaCl2,0.6mM MgCl2, 10mM HEPES 0.03%HSA)で細胞を洗滌、1×106 細胞/mlに調製し37℃恒温槽内で10分間プレインキュベートした。次に、抗FcεRI抗体(コスモバイオ)で刺激を加え30分間反応させた後、上清中のヒスタミンを測定した。ヒスタミン測定には、高速液体クロマトグラフィーとオルトフタルアルデヒドによる蛍光測定法を組み合わせたヒスタミン測定器を使用した。
③サイトカイン産生の測定:培養マスト細胞を、100 ng/mlのSCFと50 ng/mlのIL-6を含む、10%FCS加Iscove DMEMに、1×106 /mlの濃度で浮遊させた。細胞浮遊液をU型96穴マイクロプレート(NUNC, Denmark)に、1穴に200 μlずつ分注した。抗FcεRI抗体にて刺激後、6時間培養し、上清中のGM-CSF, IL-8, IL-5, MIP-1a、IL-13を測定した。測定にはELISA kit (R&D system, USA) を用いた。
(4) RT-PCR法によるFcεRIのα鎖、β鎖、γ鎖の遺伝子発現解析:培養マスト細胞からISOGEN(r) (Japan Gene, Tokyo)を使ってRNAを抽出し、cDNAに逆転写した。これらのPCR産物はDNA Thermal Cycler (PE Biosystems, Foster City, CA)を35-40サイクル施行し、得られた。PCR産物をethidium bromideを含む 2% agarose gels (Takara, Tokyo, Japan)にて泳動後、UV灯にて可視化、さらに NIH Image(r) 1.62 (National Institute of Health, Bethesda, MD)を用いて数値化し有意差計算を行った。
(5) GeneChip(r) を用いた網羅的遺伝子発現解析
3人の提供者より得られた臍帯血由来マスト細胞と4人の提供者より得られた末梢血由来マスト細胞を混合し、解析に用いた。マスト細胞はIL-4の有無の条件で2つに分け、6時間反応させた。107 個のマスト細胞より6.2-9.6 μgのRNAを抽出、フィコエリスリンPE標識下にて逆転写、10 μgのcomplimentary RNAを生成させた。 GeneChipはAffymetrix社の HuGeneFL Array consisting (7,129 high-density oligonucleotide probearrays)を用いた。このアレイでは約5,600種の全長配列が判明している遺伝子の発現を定量的に知ることが可能であった。
結果と考察
(1)臍帯血由来造血幹細胞と末梢血由来造血幹細胞のマスト細胞への分化能力:臍帯血由来マスト細胞と末梢血由来マスト細胞のコロニー形成能と細胞増殖能を比較し、造血幹細胞1個あたりのマスト細胞生成能を算定した。1個の臍帯血造血幹細胞は平均15,436個のマスト細胞を形成したが、成人造血幹細胞は1個あたり、平均807個のマスト細胞を生成した。末梢血造血幹細胞のマスト細胞への分化能力は年齢と逆相関していることも判明し、新生児以降、造血幹細胞のマスト細胞への分化能力は急速に減弱し、加齢とともに徐々に減少することが判明した。
(2)臍帯血由来造血幹細胞と末梢血由来造血幹細胞の機能面の比較:106の末梢血由来マト細胞は10ngのIL-4と1μgのヒトIgEで処理した後、抗ヒトIgE抗体にて刺激を加えると3.6μgのヒスタミン、215 pgのIL-5 そして14 ngのGM-CSFを遊離した。それに対し、臍帯血由来マスト細胞は同様な条件にて培養、前処理したのにも拘わらず、10 6個あたり0.9μgのヒスタミン, 31 pgの IL-5 および0.58 ng のGM-CSFしか遊離産生しなかった。しかしながら、非免疫学的な刺激であるionophore A23187 では両者のマスト細胞は同等のヒスタミンを遊離した。
(3) FcεRIのα鎖、β鎖、γ鎖の遺伝子発現解析:全く同一条件にて培養したのにも拘わらず、臍帯血由来マスト細胞においてはFcεRIα鎖の発現が特異的に低く抑制されていた。β鎖、γ鎖に関しては差を認めなかった。フローサイトメーターによるタンパク発現解析でもFcεRIα鎖の発現は臍帯血由来マスト細胞において特異的に抑制されていて、培養週数を延長しても、その傾向は同一であった。
(4) GeneChip(r) を用いた網羅的遺伝子発現解析:約5,600種類の遺伝子を網羅的に解析した結果、臍帯血由来マスト細胞と末梢血由来マスト細胞は多くの遺伝子発現は一致していた。FcεRIα鎖は、臍帯血由来マスト細胞に、5番目に特異的に低く抑制されていた。その他の4つの著しい差を認めた遺伝子はマスト細胞に特異的なものではなく、タンパク発現解析で結果が一致しない場合も見られた。
以上、同一条件で培養したのにも拘わらず、臍帯血(新生児)由来造血幹細胞と末梢血(成人)由来造血幹細胞のマスト細胞への分化能および生成したマスト細胞のIgE抗体に依存した機能は大きく異なり、臍帯血由来マスト細胞においてFcεRIα鎖の発現が特異的に抑制されていることを明らかにした。臍帯血造血幹細胞レベルでの機能低下はT細胞の転写因子であるNFATなどでも認められており、新生児期における免疫抑制機能の一つであると考えられた。特異的に発現低下している転写因子等のメカニズムを検討することにより、将来的にFcεRIα鎖の発現を特異的に抑制するする薬剤の開発への道が開けるものと期待される。
結論
正常ヒト末梢血からマスト細胞を大量に誘導する方法を開発した。この方法により培養した成人造血幹細胞由来マスト細胞と臍帯血造血幹細胞由来マスト細胞の性質を比較検討した。その結果、臍帯血由来マスト細胞では高親和性IgE受容体(FcεRI)の発現が特異的に低く抑制されていることが明らかになった。

公開日・更新日

公開日
-
更新日
-

研究報告書(紙媒体)

公開日・更新日

公開日
-
更新日
-