血管壁細胞の抗血栓性機能の制御機構の解明と新規抗血栓薬の開発

文献情報

文献番号
200000937A
報告書区分
総括
研究課題名
血管壁細胞の抗血栓性機能の制御機構の解明と新規抗血栓薬の開発
課題番号
-
研究年度
平成12(2000)年度
研究代表者(所属機関)
加藤 久雄(国立循環器病センター研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 吉元良太(味の素株式会社医薬研究所)
  • 青崎正彦(国立横浜病院 臨床研究部)
  • 塚原徹也(国立京都病院脳神経外科)
  • 佐々木久雄(国立金沢病院 臨床研究部)
  • 中村 伸(京都大学霊長類研究所 分子生理・遺伝情報)
研究区分
厚生科学研究費補助金 健康安全確保総合研究分野 創薬等ヒューマンサイエンス総合研究事業
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
-
研究費
5,033,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
本研究はヒトに有効な抗血栓薬(抗血小板薬、抗凝固薬)を如何に効率良く開発するかを目的として、その基礎となる血管壁細胞の抗血栓性機能の制御機構の解明を行うとともに、種々の測定系を新たに開発し、新規抗血栓薬をスクリーニングするための新しい技術を開発しようとするものである。本研究の動機は今までの抗血栓薬の開発においては、in vitro での反応系や動物モデルを用いたin vivoでの反応系に有効であっても、最終的にヒトにおいて、その有効性が必ずしも相関しないという経験にもとづいたものである。本研究においては、味の素株式会社において開発中の抗血小板薬および抗凝固薬と既に市販されている抗血栓薬の効果を以下の評価系において比較することを目的とした。
(1)シアストレス負荷をうけた血小板による凝固反応への効果
(2)内皮細胞表面での凝固反応系への効果
(3)動物モデル(ウサギおよびサルな)での抗血栓薬の効果の評価法の確立
(3)臨床的効果

研究方法
結果と考察
結果
(1)内皮細胞表面における血液凝固反応における抗Xa薬と抗トロンビン薬の比較
AXC1826の各種プロテアーゼに対する阻害活性を検討したところ、FXa阻害活性が13 nMと最も強く、トロンビン阻害活性は40 μMでありその比は約3100倍であった。また、それ以外のプロテアーゼではplasma kallikreinに対して最も強く0.69 μMで阻害活性を示したが、FXa阻害活性との乖離は53倍であり、AXC1826が選択的FXa阻害剤であることが示された。
次に抗凝固活性の一般的な指標であるPTに対する作用を検討した。ラット血漿を用いた検討では、AXC1826よりもargatrobanの方が低濃度でPT延長活性を示したが、ヒト健常人血漿を用いた検討では、AXC1826の方がargatrobanよりも低濃度でPT延長活性を示した。
AXC1826はインキュベート30分、60分のいずれにおいても用量依存的な抗凝固作用を示した。argatrobanはインキュベート30分では抗凝固作用を示したが、60分では示さなかった。AXC1826のIC50は0.16 μM(30、60分後)、argatrobanのIC50は6.6 μM(30分後)、10 μM以上(60分後)であり、in vitro PT2の結果と大きく乖離した。
(2)ずり応力負荷による血小板膜及び血小板由来microparticle 膜上のprocoagulant活性発現機構に関する検討
種々のずり応力負荷による血小板及びmicroparticleからのthrombin生成に関する検討
これまでの研究から、12dyne/cm2という低ずり応力下では、静止状態と比較して血小板からのthrombin生成は殆ど増大しないが、108 dyne/cm2という高ずり応力下では5倍以上に増大することが明らかになっている。そこでこのthrombin生成の増大がどの程度のずり応力で観察されるかを確認するために、種々のずり応力下でのthrombin生成に関して検討した。thrombin生成の増大は50 dyne/cm2から観察され、それ以降はずり応力を増加させても、thrombin生成は増大しないことが明らかになった。
血小板膜上及びmicroparticle膜上におけるthrombin生成に関する検討
高ずり応力負荷による血小板からのthrombin生成はその約7割がmicroparticle上で生成され、残り3割が血小板膜上で生成されていることが判明した。一方、血小板膜GPIbとvWFの結合を阻害する抗vWFモノクローナル抗体AJvW-2の添加によりthrombin生成は阻害されるが、この時のmicroparticle膜上及び血小板膜上でのthrombin生成はそれぞれ25%, 75%であり、AJvW-2はいずれの膜上でのthrombin生成も抑制するが主としてmicroparticle膜上でのthrombin生成していることが明らかになった。また、AJvW-2添加時の高ずり応力下のthrombin生成に対するmicroparticle膜,血小板膜の寄与率は静止状態(未刺激状態)に近いものであることもわかった。
血小板刺激アゴニスト存在下におけるthrombin生成の検討
強い刺激物質と考えられているthrombin、collagenの存在下でのずり応力によるthrombin生成速度の測定及びそのメカニズムの検討を行ったが、高ずり応力下においても、静止状態においてもcollagenの存在による増大は観察されなかった。AJvW-2はcollagenの存在下にもthrombin生成を阻害したが、血小板糖蛋白GPIIb/IIIaに対する抗体であるc7E3 Fabは、collagen存在下のthrombin生成も阻害しなかった。速い血流下(高ずり応力下)においては、collagenの存在下にもGPIb-vWF相互作用がthrombin生成の引き金になっていることが示唆された。
(3)動物モデルにおける抗血栓薬の評価
ラットA-Vシャントモデル
シャント内に銅線を入れ、そこに付着した血栓を定量することによりAXC1826、argatrobanの抗血栓作用を評価した。AXC1826およびArgatrobanはいずれも用量依存的な抗血栓作用を示し、その効果はAXC1826が3 μg/kgから、argatrobanは30 μg/kgから有意であった。コントロールの血栓重量を50%抑制する時の投与量ID50はそれぞれ、7.1 μg/kg、29 μg/kgであった。In vitro PT2(ラット)ではAXC1826よりもargatrobanの方が約3倍強力であったが、本モデルの評価ではAXC1826の方が約4倍強力であった
ラット静脈血栓モデル
血流のうっ滞およびTFにより誘発した静脈血栓に対し、AXC1826、argatrobanはいずれも用量依存的な抗血栓作用を示し、その効果はAXC1826が10 μg/kgからargatrobanは30 μg/kgで有意であった。コントロールの血栓重量を50%抑制する時の投与量ID50はそれぞれ、13 μg/kg、21 μg/kgであった。A-Vシャントモデルと同様にIn vitro PT2ではAXC1826よりもargatrobanの方が約3倍強力であったが、本モデルではAXC1826の方が約2倍強力であった。
ラビット総頸動脈ステント留置モデル
抗Xa薬投与群(n=6)のうち、投与前の出血時間は、208±79秒、投与後の出血時間は、845±237秒であった。抗Xa薬非投与群(n=3)では、生食投与前の出血時間は、247±103秒、生食投与後の出血時間は、235±48秒であった。
8週間後の開存性の評価においては、抗Xa薬非投与群では、2羽(2/3)で閉塞、抗Xa薬投与群では、1羽(1/6)で閉塞していた。開存性に2群間で有意差が認められた(p=0.035)。
サルの血栓モデル
サルはラット・マウスなどゲッシ類と異なり、ヒト同様にLPS応答性が高く、50 _g/headの投与量で、血中炎症性サイトカイン、CRP、血小板・白血球減少、凝固亢進が認められた。特に、このモデル実験で、LPS投与1~3時間後に肝微小血管での接着因子発現、好中球の集積・活性化とTF発現が免疫組織染色およびin situ hybridizationで観察された。更に、この好中球TF発現に伴い、TAT増加やフィブリン形成など凝固系亢進・凝血病態が認められた。従って、今回のサルモデルは、これまで明らかでなかった凝固亢進・血栓症の発症機序を知る上でも貴重なモデル系であることが示された。また、この血管内好中球TF発現はヒトの、虫垂炎、腹膜炎あるいは脳梗塞においても見られ、今回作出したサルモデルがヒトの凝固系亢進・凝血病態モデルとして好適であることが示された。
(4)血栓症患者における抗血栓薬の評価
恒久的ペースメーカー植え込み患者における血栓形成傾向の凝血学的検討
全例、心房細動は認められなかった。心エコー図上、心腔内血栓は認められなかったが、左房径は生理的ペーシング例で36.0±6.5mm、VVI例で40.5±6.5mmとVVI例では有意に左房の拡大が認められた。凝血学的検討では、β-TG,TAT,D-dimerでは二群間に有意な差異は認められなかったが、P-selectin の発現量では生理的ペーシング例:9.42±1.24に比べ、VVIペーシング例:11.5±2.51とVVI例では有意に高値を示した(p<0.05)。
慢性動脈閉塞疾患および急性血栓症患者における血栓形成傾向の凝血学的検討
Dダイマー値:慢性動脈閉塞症と急性血栓症の治療前Dダイマー値を比較すると各々 2.255 +/- 1.85μg/ml、10.80 +/- 6.67μg/mlと急性血栓症において有意(P=0.0217)に高値であった。介入薬剤を投与した前後のDダイマー値は初回投与時において投与前4.533+/-6.676μg/mlに対し4.220+/-6.520μg/mlと有意(P=0.0222)に低下した。しかしながら、5日目投与時では介入薬剤の効果は見られなかった。
介入薬剤点滴中の近赤外線分光法測定は初回投与時においてPGE1群8例、アルガトロバン群9例、低分子ヘパリン群5例で測定された。薬剤点滴中のoxyHg濃度指数はPGE1で26.357から29.226、アルガトロバンでは35.220から35.672、低分子ヘパリン群では16.876から20.489とすべての群においても増加し、介入薬剤による有意(P=0.0264) の効果を認めた。各薬剤の効果ではアルガトロバン群と低分子ヘパリン群の間に有意(P=0.0275)の差を認めた。他の近赤外線分光法パラメータには薬剤の投与による変化が認められなかった。5日目投与時ではどのパラメータも有意の変化をしめさなかった。5日間介入薬剤による治療前後の歩行負荷近赤外線分光法測定はPGE1群4例、アルガトロバン群4例、低分子ヘパリン群4例に試行した。SdO2は1km歩行時においても、2km歩行時においても有意の変化を認めなかった。回復時間では有意の変化ではなかったもののPGE1群は増加し、アルガトロバン群と低分子ヘパリン群は治療によりむしろ低下する傾向を認めた。
考察
ずり応力負荷による血小板膜及び血小板由来microparticle 膜上のprocoagulant活性発現機構に関する検討
平成10年度及び11年度の本研究により、血管内に生じる物理的な力であるずり応力によって、血小板膜上のthrombin生成が促進され、この反応が血小板膜糖蛋白であるGPIbと血漿蛋白であるvWFの結合が引き金となって、引き起こされることが明らかになった。一方で、凝固促進活性を有し、一過性脳虚血発作、ラクナ梗塞、冠動脈インターベンション患者、高脂血症、糖尿病などの疾患で上昇することが知られている血小板膜由来のmicroparticleの生成も高ずり応力によって増大することがわかった。本年度の研究においては、まず負荷するずり応力の大きさとthrombin生成との関係について検討した。thrombin生成の増大は50 dyne/cm2以上のずり応力下で観察された。このような高いずり応力は、細小動脈や動脈硬化による狭窄部位でみられ、通常の比較的血管径の大きな動脈では観察されないことが知られている。thrombin生成を引き起こすずり応力はacute coronary syndromesのような病態時に動脈硬化のために部分的に狭窄されたような状況下で発生するものと考えられた。
次にこのthrombin生成が血小板膜上で起きているかmicroparticle膜上で起きているかに関して検討した。これまでの検討より、血小板膜、microparticle膜のいずれにおいてもflip-flop現象が起き、thrombinを産生するprothrombinase complexを構成するための酸性リン脂質が膜の外側に分布することがわかっている。このthrombin生成が主として血小板膜上で起きるか或いはmicroparticle膜上で起きるかの検討を行った結果、その約7割がmicroparticle膜上において生成し、残り3割が血小板膜上で生成することが判明した。血小板由来のmicroparticleは系が1_m未満(血小板は直径2~4_m)と微小な粒子であり、我々の研究結果からhigh shear下では血小板1万個当り4千~5千個放出される。このことから考えて、microparticleは血小板に比較して強力なprocoagulant活性を有し、血栓形成に重要な役割を果たすことが示唆された。また血小板膜GPIbとvWFの結合を阻害するモノクローナル抗体であるAJvW-2は主としてmicroparticle上でのthrombin生成を抑制していることが明らかになった。
最後に実際の血栓部位に存在し、血小板を活性化して血栓形成を促進する因子であるcollagenやthrombinの存在下での血小板からのthrombin生成に関して検討を行った。これらの血小板刺激アゴニストは、通常の薬剤評価に用いれている静止状態での血小板凝集を引き起こすためには、非生理的な高濃度を添加しなければならないが、高ずり応力下ではその1/10程度のより生理的な濃度で血小板凝集率を増大させた。一方、高ずり応力負荷による血小板由来thrombin生成に関してはいずれのアゴニスト存在下にも増大が観察されなかった。血小板由来のthrombin生成を引き起こす刺激として、高ずり応力という物理的な刺激は、collagenやthrombinのようなアゴニストによる刺激に比較しても強い刺激であることが示唆された。また、いずれの刺激アゴニストの存在下においてもAJvW-2は血小板由来のthrombin生成を阻害したのに対し、GPIIb/IIIaに対するモノクローナル抗体c7E3 Fabは阻害作用を示さなかったことから、これらのアゴニスト存在下にもGPIb-vWF相互作用がthrombin生成の引き金になっていると考えられた。
内皮細胞表面における凝固反応と動物モデルにおける血栓症との比較
PT測定法は血漿にトロンボプラスチンを大量に添加し、短時間で血液凝固反応を起こさせる方法である。一方、生体内で起こる凝固反応では、極少量のTFを起源とし凝固カスケードにより反応を増幅させながら、種々の抗血栓機能の存在下に血栓が形成される過程とされる。そのため、PT測定法を用いた抗凝固能の測定では、抗血栓薬のポテンシャルを正確に見積もることができない可能性が考えられる。そこで、本研究ではPT測定法よりも生体内での凝固反応に近い条件下で抗凝固活性を測定することを目的として、ヒト臍帯静脈内皮細胞(HUVEC)をTNF-αで刺激し、細胞膜表面上にTFを発現させ、細胞膜状での凝固反応に対する薬剤の阻害活性を検討した。PT測定法による検討では、ヒト血漿を用いた場合、FXa阻害剤AXC1826のPT2ははトロンビン阻害剤argatrobanの約1/3であった。しかしながら、HUVEC上での抗凝固活性はインキュベート時間が30分のときは、AXC1826はargatrobanの約40倍の活性を示した。インキュベート時間を60分にしたところ、AXC1826では30分の時と同様の抗凝固活性を示したが、argatrobanは全く抗血栓作用を示さなかった。PT測定法よりも生体内での凝固反応に近いと考えられるHUVEC上での凝固反応においてこのような知見が得られたことから、FXa阻害剤AXC1826がトロンビン阻害剤argatrobanよりも優れた抗血栓薬となる可能性が本実験から示唆された。
そこで、AXC1826とargatrobanの抗血栓活性をin vivoで比較するために、ラットA-Vシャントモデルおよびラット静脈血栓モデルを用いて両薬剤の抗血栓作用を評価した。A-Vシャントモデルは血液が銅線に接触することで内因系凝固カスケードが活性化され血栓が形成されるモデルである。本モデルは血栓形成メカニズムにおいてTFを介さないが、生体内での凝固血栓形成に対する抑制効果の比較という観点から、AXC1826とargatrobanの抗血栓作用を評価した。ラットのPT2ではAXC1826よりもargatrobanの方が約3倍強力であったが、A-Vシャントモデルにおける抗血栓作用はAXC1826の方が4倍強力であり、PT測定法による抗凝固能の測定とin vivo血栓モデルにおける抗血栓作用との間に乖離が見られた。また、血流のうっ滞とTFから血栓が形成される静脈血栓モデルにおいてもAXC1826の方がargatrobanよりも強力な抗血栓作用を示した。以上のことから、PT測定法における抗凝固活性はin vivo血栓モデルにおける抗血栓作用を反映していないことが示唆された。
従って、今回我々が検討したヒト内皮細胞上の微量TFを介した凝固反応系を用いた抗凝固活性の測定はPT測定法とは異なりin vivo血栓モデルでの抗血栓作用を反映した評価系であることが示唆された。また、ヒト内皮細胞上での抗凝固活性の検討、in vivo血栓モデルでの検討から、トロンビン阻害剤よりもFXa阻害剤の方が優れた抗血栓薬になる可能性が示唆された。
ラビット総頸動脈ステント留置モデルにおいては、抗X薬投与により、留置後の閉塞が少なく、ステント留置血管の開存性を高める効果があると考えられた。理由としては、抗X薬投与により急性期の血栓性狭窄および閉塞を防ぐことができ、これが慢性期の血管の開存につながったと推測された。しかし、今回の投与量は出血時間を大幅に延長しており、実際の投与においては、出血の危険性を高める投与量と考えられた。今後は、出血時間を延長しない程度の投与量での検討が必要と考えられる。また、さらに長期の投与により、閉塞予防効果が高められる可能性があると考えられた。
サルモデルでの前臨床実験・研究を進める上で有利な点は、ヒトの遺伝子・DNA情報、種々の測定キット、抗体類などが利用可能で、他の汎用実験動物に比べ遙かに精緻で高度な成果が期待できる。加えて、生体反応もヒトに類似しているため、本研究で示した様に、好中球でのTF発現による凝血病態・血栓症など、これまで知られていなかった血栓症成因が明らかにされ、それに対する新たな抗血栓薬剤のドラッグデザインの可能性も生まれる。
恒久的ペースメーカー植え込み患者における血栓形成傾向の凝血学的検討
房室ブロックによるペースメーカー植え込み例では、生理的ペーシング例に比べ、VVIペーシング例でP-selectin の発現が有意に多く血栓形成傾向が推測された。また、VVIペーシング例では左房径の拡大がみられ心房・心室同期欠如による左房のmechanical remodeling の関与が示唆された。
慢性動脈閉塞疾患および急性血栓症患者における血栓形成傾向
本研究において、Dダイマー値は急性血栓症では慢性動脈閉塞症と比較して高値であったが、低分子ヘパリンの投与により低下した。しかし、初回投与時のみであり5日目投与時にはほとんど変化をしめさなかった。この傾向は慢性動脈閉塞症において使用したアルガトロバンでも同様であり、PGE1でも同様であった。この事は血液凝固系に関与する低分子ヘパリンとアルガトロバンばかりでなく薬理作用の異なるPGE1にもDダイマー値に影響を及ぼす作用を有していると考えられる。また、初回投与時のみにDダイマー値が低下したことから、薬剤の連続投与により、Dダイマー値に影響を及ぼす物質が少なくなった結果とも考えられる。
初回投与時の薬物注入中の近赤外線分光法測定ではoxyHgのみが増加し、Dダイマー値とほぼ同様な所見をしめした。近赤外線分光法では歩行負荷回復時間が薬剤評価に有効であるとされているが予想に反して薬剤投与による変化をみとめなかった。Dダイマー値においても近赤外線分光法においても薬剤投与初期に効果判定を行うことが重要である。
結論
(1)ヒト内皮細胞膜上での凝固反応はPT測定法よりも生体内での凝固反応に近い反応であり、in vivo抗血栓作用を評価するのに適した評価系であることが示唆された。
ヒト内皮細胞膜上での抗凝固活性の検討およびin vivo血栓モデルでの検討から、トロンビン阻害剤argatrobanよりもFXa阻害剤AXC1826の方が強力な抗凝固薬になることが示唆された。
(2)動脈内のような速い血流によって生じる高ずり応力(high shear stress)は、50 dyne/cm2
以上で血小板膜procoagulant活性(血小板由来thrombin生成)を増大させ、フィブリン血栓形成に重要な役割を果たす。高ずり応力負荷による血小板由来のthrombinは、その約7割が血小板から放出されたmicroparticle膜上で産生され、残り約3割が活性化した血小板膜上で産生される。
血小板procoagulant活性発現に対して、高ずり応力負荷という物理的な刺激は、collagen やthrombinというアゴニストによる刺激に比較して強い刺激である。
血小板GPIbとvWFの結合は、collagenやthrombinの存在下にも高ずり応力下のthrombin生成の引き金となっており、この結合を阻害するAJvW-2のような薬剤は、血栓形成の初期反応を阻害することによって、血液凝固反応も抑制する強力な抗血栓薬になる可能性が示唆された。
(3)ラビット総頸動脈ステント留置モデルにおいては、抗Xa薬投与により、留置後の閉塞が少なく、ステント留置血管の開存性を高める効果があると考えられた。しかし、今回の投与量は出血時間を大幅に延長しており、実際の投与においては、出血の危険性を高める投与量と考えられた。
サルでの血栓症モデルを開発して、抗血栓薬剤の抗血栓作用とその作用機序に関する病態生化学的研究を進めた。具体的には、マカクサルにLPSを投与して実験的凝血病態・血栓症モデルを作出し、このサルモデルに抗血栓薬剤を投与し、単球・好中球での組織因子(Tissue Factor, TF)発現や凝固系への影響を、主に分子細胞学的に解析した。得られた結果を基に、抗血栓薬剤の作用機序を解析すると共に、サルモデル系を用いた抗血栓薬剤の評価・試験法の開発を図った。
(4)患者における血栓形成傾向の凝血学的検討
房室ブロックによる恒久的ペースメーカー植え込み例でP-selectin の発現が有意に多く血栓形成傾向が推測された。
動脈閉塞症および急性血栓症患者については、臨床的な治療薬で末梢血管拡張とされているプロスタグランジンE1、血液凝固線溶系に効果があるとされているアルガトロバンと低分子ヘパリンの薬剤評価をDダイマー値と近赤外線分光法にて行った。その結果、Dダイマー値、近赤外線分光法の酸化ヘモグロビン濃度指数に薬剤効果を認めた。しかし、いづれの評価法においても各薬剤の効果を量的に評価することは出来なかった

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