長寿命新規蛍光標識剤の開発および応用

文献情報

文献番号
200000933A
報告書区分
総括
研究課題名
長寿命新規蛍光標識剤の開発および応用
課題番号
-
研究年度
平成12(2000)年度
研究代表者(所属機関)
嶋 秀明(田辺製薬(株)創薬研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 村上章(京都工芸繊維大学繊維学部)
  • 辻本豪三(国立小児病院小児医療研究センター)
研究区分
厚生科学研究費補助金 健康安全確保総合研究分野 創薬等ヒューマンサイエンス総合研究事業
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
-
研究費
8,388,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
通常の蛍光標識剤では蛍光寿命が短いため夾雑蛍光の影響を受けやすく、また、蛍光偏光法をタンパク質などの大きな分子の挙動観察に応用し難いという問題があり、これらを解決する必要がある。また、蛍光偏光法を用いた薬効評価系においても夾雑蛍光が測定を妨害することがありこれを解決することが従来からの課題であった。
これらを具体化するために田辺製薬においては、ピレン系化合物にアミノ基反応性官能基を導入した新規蛍光標識剤を合成し、その蛍光特性を評価した。
京都工繊大においては、時間分解蛍光偏光解消装置として市販の蛍光時間分解測定装置に手を加えて代用し、1サンプル4時間以上を要しているため、少なくとも1サンプルが10分間以内に測定される性能が求められる。また、定常光蛍光偏光解消装置も極微少量のサンプルの連続検査に用いるには不向きであり、新たな装置の開発を行う必要があるため、以上の要求に応えるようなプロトタイプの測定装置を設計することを目標とした。
国立小児病院においては、特定蛋白質の生理機能の解明のために、GFP融合蛋白を作成して蛍光での可視化を行うことは非常に有効な方法であると考え、GFpHが、細胞内の特異的な蛋白質の周辺でのpHを測定するプローブとなりうるかを検討し、受容体を介する細胞内のシグナルを可視化する手法にまで発展させることを目的とした。
研究方法
(1)アミノ基反応性ピレン誘導体(PD-NHS)の合成
ピレン誘導体PDにカルボン酸を導入したピレン誘導体PD-COOHをDMFに溶解し、これに過剰量のN-hydroxy-succinimide(NHS)を加え、さらに過剰量のdicyclohexyl carbodiimide(DCC)を添加し室温にて2時間反応させた。
(2)ピレン誘導体(PD)標識IgGの調製
抗マウスIgGラットIgGにPD-NHSを加え、ピレン誘導体(PD)標識IgGを調製した。
(3)長寿命蛍光性金属錯体(Metal Ligand Complex; MLC)-修飾DNAプローブの調製
Ru(II)錯体誘導体を、CDI法によりオリゴDNAの5'末端に導入しMLC-プローブを得た。プローブの配列は大腸菌由来16S-rRNAの報告されている二次構造において、一本鎖領域(L1-L5)および二重鎖領域(S1)と相補的なものを用いた。16S-,23S-rRNAに各MLC-プローブを添加した系において時間分解蛍光異方性測定を行い、異方性の時間変化から各配列のMLC-プローブの回転相関時間を評価した。
(4)蛍光測定
蛍光光度分光計(RF-5300PC)を用いて測定した。蛍光スペクトルの測定用試料には0.75マイクロモルのMLC-プローブ溶液を用いた。定常光蛍光偏光解消の測定は蛍光光度分光計を用いて測定した。蛍光寿命ならびに時間分解蛍光偏光解消の測定は蛍光寿命測定装置(NAES-550)を用いて測定した。励起側にB-390(320-490nmを透過)カットフィルターを、また発光測定側にY-52(520nmより長波長側を透過)カットフィルターを装着した。
(5)プラスミドの作成
東京女子医大の淡路博士らの作成したGFpH-1、GFpH-2をもちいて、これらをアルファ1アドレナリン受容体C末端に融合させた発現用コンストラクト、および、GSTのC末端側に融合させた大腸菌発現用コンストラクトを作成した。さらに、ミトコンドリア、ER、Golgiへ特異的に輸送されるシグナル配列を付加したGFpH-1, GFpH-2の発現用コンストラクトを作製した。
(6)組み替え蛋白の発現と精製
大腸菌BL21株に導入した、GST-GFpH-1, GST-GFpH-2をIPTGにより誘導発現した。大腸菌を超音波により破砕後、遠心上清を回収し、グルタチオンセファロース4BにGST融合蛋白を吸着させ、グルタチオンにより溶出することで精製を行った。
(7)蛍光スペクトルの測定
精製したGST-GFpH-1およびGFpH-2を、各pH条件下での520nmでの励起スペクトルと、380nm、400nm、480nmの励起による蛍光スペクトルを測定した。
(8)細胞の作成と培養
PeakS細胞またはCHO細胞に、GFpH-1またはGFpH-2を含むコンストラクトをCMVのプロモーター下流に挿入した発現ベクターをエレクトロポレーションにより導入した。
(9)蛍光顕微鏡測光
グラスボトムチャンバー上に培養した生細胞を観察した。
結果と考察
(1)ピレン誘導体(PD)標識IgGの調製と評価
マススペクトルにて確認したところ目的物のPD-NHS以外にDCCの分解物であるdicyclohexyl urea(DCU)が含まれることが示唆された。ラットIgGには1分子当たり平均3.6個のピレン誘導体(PD)が結合したことが確認された。PD-NHSおよびピレン誘導体(PD)標識IgGの蛍光寿命及び蛍光偏光特性を測定した。その結果、蛍光寿命は、PD-NHS;125ナノ秒、PD標識IgG(free);130ナノ秒、PD標識IgG(bound);139ナノ秒という結果が得られた。今回、新たに得たPD-NHSはタンパク質を蛍光標識してもピレンの蛍光特性(蛍光寿命)を変化させないという長所を持つことが明らかとなった。
また、定常光励起による蛍光偏光度はPD-NHSの場合、0.3mPであった。これに対しPD標識ラットIgGは、抗原であるマウスIgGが共存しない場合は16.5mP、10倍量のマウスIgGが共存する場合は24.3mPとなり、PD標識ラットIgGの見かけの分子量増加に従って蛍光偏光度が増加することが確かめられた。時間分解蛍光偏光度については、観測時間全体の積算値により計算するとPD標識IgG(free)で4.3mP、PD標識IgG(bound)で23.9mPという値を示し、見かけの分子量の増加に伴って蛍光偏光度も増加したことが確かめられた。しかし、PD標識IgG(bound)の時間分解蛍光偏光度においては、パルス励起後25ナノ秒以降のゆっくりとした蛍光偏光度の低下だけでなく、パルス励起直後の急速な偏光度の低下が認められた。このことは、蛍光基が異なった速さの2種類の運動を行なっていることを示している。すなわち蛍光基のタンパク質全体のブラウン運動を反映したゆっくりとした運動だけでなく蛍光基のタンパク質に対する速い相対運動(プロペラ効果)であると考えられる。標的とするタンパク質の挙動の変化を蛍光偏光度の変化で検出しようとする場合、このプロペラ効果の寄与が小さいほどタンパク質の挙動変化による蛍光偏光度の変化が大きくなり、より明確にタンパク質の挙動変化を検出できると考えられ、今後、プロペラ効果の寄与を小さくするリンカーを持つ蛍光標識剤を設計・合成することにより、蛍光標識剤の更なる最適化が図れるものと考えられた。
(2)MLC-Oligoの合成および核酸配列・高次構造認識能の評価
16S-rRNAはその分子量から概算して数マイクロ秒の回転相関時間を持つと考えられる。二重鎖領域を標的としたS1では約20ナノ秒の回転相関時間のみ算出され、16S-rRNAと結合していないことが示唆された。また一本鎖領域を標的としたL1-L3のうち、L1、L2は10-20ナノ秒以外にも0.1-1マイクロ秒の回転相関時間が算出されたことから、16S-rRNAと結合していることが示唆された。しかしL3では約10ナノ秒の回転相関時間のみしか算出されなかったことから、L3は16S- rRNAに結合していないことが示唆された。これは一本鎖領域であっても三次元的な障害によりプローブが結合し得ない領域があることを示唆している。また16S-rRNAに結合したL1、L2では回転相関時間が互いに大きく異なっていた。これは各プローブの結合領域の運動性が反映された結果と考えられる。すなわち、L1の結合領域は三次元的自由度が低く、L2の結合領域は自由度が高いことが示唆された。以上より、MLC-プローブを用いることでRNAの三次構造に関する知見が得られたものと考えている。また、この結果は原理的に均一溶液中での高分子量物質の迅速かつ高感度な検出が可能であるのみならず、その運動性評価が可能であることを示している。
(3)GFPによるpH測定
380nmおよび480nmでの励起波長に固定し、pHを変えながら蛍光スペクトルの測定を行った結果、二つの波長での蛍光強度の比を用いることで、pH計測が可能であることが明らかになった。GFpH-1とGFpH-2でKdが1程度の差があるため、それぞれが異なるpHレンジで測定を行うことが出来ることも示された。詳細なスペクトルの解析の結果、GFpH-2ではFRETが起こり、予想されるよりもより大きな蛍光強度比の変化が観察されていることが明らかになった。さらに、このGFpHを動物細胞に発現し、蛍光顕微鏡により単一細胞レベルで蛍光の測定を行った。単純にGFpH-1を発現させた動物細胞をもちいて、細胞膜を透過性に処理し外液のpHを変えた測定し、実際にキャリブレーションが可能であった。受容体にGFpHを融合させたコンストラクトならびに同様の計測装置を用いたところ、受容体を刺激することによりpHが上昇していることが画像レベルで観察できた。GFpHにミトコンドリアへの移行シグナルを付加したコンストラクトを導入したCHO細胞を同様の計測手法で観察したところ、ミトコンドリアに特異的に蛍光が分布すること、電子伝達系の阻害薬により、ミトコンドリアpHの低下が蛍光強度比の変化として検出できることを示すことが出来た。同様に、Golgi、ERのそれぞれの細胞内小器官への輸送シグナルを付加したGFpHコンストラクトでも、各小器官への特異的な蛍光の蓄積および、pHの計測が可能であった。
結論
田辺製薬においては、ピレン誘導体PDをタンパク質等のアミノ基に導入するために、PDにアミノ基反応性のNHSエステルを導入した新規長寿命蛍光標識剤PD-NHSを合成した。さらにこれを用いてIgGを蛍光標識し、蛍光特性の評価を行なった。その結果、IgGをPD-NHSによって蛍光標識しても蛍光寿命は130ナノ秒を示し、ピレン特有の長寿命蛍光が保持されただけでなく、PD-NHS標識IgGの蛍光偏光度は抗原であるマウスIgGと結合することによって増加し、分子量依存性を示した。これらのことから今回得られた新規蛍光標識剤PD-NHSは時間分解蛍光偏光法に有用な蛍光標識剤であると考えられた。
京都工繊大においては、今回開発した2種類の長寿命蛍光剤はいずれも容易に核酸やタンパク質を標識でき、標識による蛍光特性の変化も見られなかった。さらに、時間分解蛍光偏光解消法への応用の結果は当初意図した、均一系・夾雑物存在下の微量生体成分検出システムの開発が可能であることを示している。今後、この概念に基づく生体分子間相互作用解析装置開発を手がける予定である。
国立小児病院においては、細胞内の特定の部位でのpHをリアルタイムで画像化し測定できるる蛍光プローブを作成し、実際に測定を行った。

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