神経・筋疾患モデル動物の病態解析及び開発のための基礎研究

文献情報

文献番号
200000932A
報告書区分
総括
研究課題名
神経・筋疾患モデル動物の病態解析及び開発のための基礎研究
課題番号
-
研究年度
平成12(2000)年度
研究代表者(所属機関)
菊池 建機(国立精神・神経センター神経研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 水谷 誠((財)日本生物科学研究所)
  • 角田幸雄(近畿大学農学部)
  • 千田尚人(科研製薬(株)開発研究所)
  • 三上博輝(日本臓器製薬(株)生物活性科学研究所)
研究区分
厚生科学研究費補助金 健康安全確保総合研究分野 創薬等ヒューマンサイエンス総合研究事業
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
-
研究費
6,291,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
医薬品開発に利用される神経・筋疾患モデル動物を確立し、それらを治療実験に応用することを最終目標とし、自然発症ミュータントの病態および遺伝子解析と治療実験を行なうとともに、胚操作による遺伝子導入マウスや核移植によるクローンマウスの作製に関する基礎研究を行なう。
研究方法
自然発症ミュータントの軸索変性gracile axonal dystrophy (gad)マウス、末梢神経ニューロパチーTrembler(Tr)マウス、小脳変性cerebellar calcification (cc) ラット及び糖原病II型ウズラの病態解析と分子遺伝学的研究および治療法の開発を行う。筋緊張性ジストロフィー様ウズラ、ニューロフィラメント欠損ウズラおよび視覚障害を呈するGSN/1系ニワトリの各系統の改良を行うとともに、疾患モデル動物としての利用性を検討する。小脳変性症 (spinocerebellar degeneration: SCD) あるいは運動失調のモデルとされるgad、PCD、Reeler(rl)、Staggerer(stg)、TremblerおよびWeaver(wv)の6系統の雌雄マウスを用い、発症と非発症マウス間での歩行障害度を行動薬理学的に比較検討する。行動薬理試験の結果から薬効評価に適したマウスを用い、SCD患者に対して有効性が一部明らかにされているワクシニアウイルス接種家兎炎症皮膚抽出物製剤 (ノイロトロピン(r)) の薬効評価および作用機序を解明する。
膜融合を用いてES細胞と体細胞を用いた核移植を行いキメラあるいは個体への発生能を誘導する。次いで、発育した胚の一部を受胚雌へ移植して、胎子あるいは産子への発生能を調べる。Tgマウスの作製ではヒトNGF導入マウス及びヒトaFGF導入マウスの系統維持を行っており、約2年間に及ぶマウスの生存率を測定する。加齢に伴う中枢神経系の病理形態学的変化を2才齢のhNGF-Tgマウスと対照野生マウスの間で検討する。
結果と考察
Gadマウスは染色体5番に位置するUbiquitin c-terminal hydrolase type-L1(Uchl-L1)遺伝子のエクソン欠失により発症することが明かとなった。我々はすでに免疫組織染色によりgadマウスの中枢神経系に広範囲にユビキチンの沈着を見いだしており、ユビキチンに関連する代謝異常が本ミュータントの発症と密接に関係している。Uchl-L1遺伝子異常は軸索終末に変性蛋白の蓄積を招き、再利用されないユビキチンが沈着するものと考えられる。
糖原病II型(AMD)ウズラはヒトの代表的なリソソーム病であるPompe病の疾患モデル動物であることを遺伝子レベルで明らかにした。ヒト型遺伝子組換え合成酵素(hrGAA)を外部より補充する酵素補充療法をこのミュータントを応用して実施した。血中に投与した合成酵素は30分以内に組織に取り込まれ、骨格筋、肝臓、心筋の細胞内グリコーゲンを分解し、顕著な改善効果を示した。現在このような動物実験での結果を踏まえて米国でPompe病患者に臨床試験が行なわれている。視覚障害を呈するGSN/1系ニワトリに関しては、本ミュータントが常染色体性の優性遺伝子により支配されていること、緑色に対して反応が悪いことおよび白色光に対する視覚誘発電位に異常のあることなどが明かとなった。筋緊張性ジストロフィーウズラに関しては、マッピングのための交配を開始した。 
Stgマウスを用いて、ノイロトロピン100NU/kgおよび比較対照薬であるTRH- T25mg/kgの7日間連日腹腔内投与による影響を検討した結果、ノイロトロピンは投与4日目の15分後および投与7日目の15分後および60分後に投与開始前と比較して軽度ではあるが有意な転倒指数の低下を示した。一方、比較対照薬であるTRH-Tでは投与1日目から15分後をピークとする明らかな転倒指数の低下を示し、投与60分後には回復する傾向が見られた。さらに、Stgマウスを用いて、ノイロトロピン100 NU/kgの28日間連日腹腔内投与による影響を検討した結果、ノイロトロピンは投与7、14および21日目の投与15分後に投与開始前と比較して軽度ではあるが、有意な転倒指数の低下を示した。一方、比較対照薬であるTRH-T 25 mg/kg投与群では、投与前値あるいは対照群のいずれと比較しても投与15分後をピークとした転倒指数の有意な低下が投与1日目から投与期間中を通じてみられたが、60分後には投与開始前の状態にほぼ戻った。Stgマウスは免疫系の異常があり、胸腺や脾臓が萎縮するのが知られている。このような特徴を持つStgマウスに対して、ノイロトロピン 100 NU/kgあるいはTRH-T 25 mg/kgを4週間連日投与したが、何れの薬剤とも胸腺および脾臓の絶対重量ならびに相対重量に対して何ら影響を及ぼさなかった。
ES細胞を核移植し産子を得ることに成功した。しかし、膜融合を用いた本実験系でも体細胞ならびにES細胞由来の核移植卵は比較的高率に胚盤胞へ発生するが、産子への発生率はきわめて低いことから今後これを向上させるための工夫が必要である。
ヒトNGFびヒトaFGF遺伝子導入マウスの観察から、ヒトNGF導入マウス2系統は、野生マウスと比較し老齢に伴う所見(削痩、失明、胆癌等)が軽度で生存率が高いことが判明した。Tgマウスの延髄や脊髄の灰白質のアストログリアの増生は同年齢の対照マウスに比べ顕著に抑制されていた。このことはTgマウスで過剰発現しているNGFがニューロンと軸索のシナプス結合の変性や再生を抑制し、正常化したためと思われる。Tgマウスの脊髄白質はSPとCGRP陽性の神経軸索が多数認められた。Tgマウスの脊髄神経節ニューロンはSPとCGRPに陽性となる細胞を多く含んでいる。このことは脊髄白質に多数の両神経ペプチド陽性軸索が出現することと関連がある。脊髄神経節に含まれる一次感覚ニューロンは中枢神経系の中でNGF過剰発現に対して影響を受けやすく、脊髄白質のSPやCGRPなどに陽性の神経線維は脊髄神経節ニューロンの中枢側で分枝や再生を行っている結果である。これらの反応はオリゴデンドログリアで過剰発現するhNGFにより引き起こされる。
結論
Gadマウスはユビキチンの合成と再利用に関わる遺伝子異常により発症することをポジショナルクローニングにより明らかにした。ccラットはプルキンエ細胞の変性脱落と石灰沈着を主病変とする小脳変性症の動物モデルとなる可能性がある。糖原病・型(AMD)ウズラはGAA1遺伝子の欠失により酸性α-グルコシダーゼ活性を著しく低下するために発症することが明かとなった。早期発症と遅発症の遺伝解析から発症の時期には第2の遺伝子であるGAA2が介在し、ある種の変更遺伝子として作用していることが予想された。AMDウズラを使って酵素補充療法を行い、その有効性を報告した。視覚障害を呈するGSN/1系ニワトリは緑色を感知する錐体細胞あるいは網膜から視覚中枢に至る経路に異常があることが判明した。ニューロフィラメント欠損ウズラは神経性難聴のモデル動物となることが判明した。
これまでに得られた行動薬理試験の結果から、薬効評価に適した遺伝性脊髄小脳変性症モデルマウスとしてstgマウスを選び、前年度このマウスを用いてノイロトロピンの7日間連日腹腔内投与による失調歩行改善効果をオープンフィールド法による転倒指数を指標に検討した結果、投与4日目および7日目に軽度な転倒指数の改善がみられた。そこで、今年度はノイロトロピンの効果の再現性、さらに長期投与した場合の効果増強の有無を検討するために、28日間の連日投与による検討を実施した。その結果、投与7~21日目において軽度な改善効果がみられ、前報の再現性が確認されたが、効果のさらなる増強はみられなかた。stgマウスの胸腺および脾臓重量への影響も併せて検討したが、ノイロトロピンの影響は認められなかった。
ES細胞を核移植することによって産子を得ることに成功した。しかしながら、融合率と胚盤胞への発生率は比較的高かったが、受胚雌へ移植後の産子生産率は極めて低かった。また、得られた産子はいずれも分娩後1日以内に死亡した。細胞成長因子遺伝子Tgマウスでは引き続きヒトNGF導入マウス及びヒトaFGF導入マウスの系統維持を行っており、加齢に伴う中枢神経系の変性を検討した。脊髄や延髄のアストログリアの増生や活性化はTgマウスで抑えられる。hNGF導入マウスの脊髄神経節ニューロンはNGF過剰発現の影響を受けて中枢端で活発な軸索の分枝や再生をオリゴデンドログリアにより引き起こされていた。中枢神経系のこのような変化がTgマウスの生存率の向上にどのように関連するかは今後の研究課題である。

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