疾患モデルラットの調査とラットゲノムの基盤研究によるヒト疾患遺伝子の総合的探索研究

文献情報

文献番号
200000931A
報告書区分
総括
研究課題名
疾患モデルラットの調査とラットゲノムの基盤研究によるヒト疾患遺伝子の総合的探索研究
課題番号
-
研究年度
平成12(2000)年度
研究代表者(所属機関)
芹川 忠夫(京都大学大学院医学研究科附属動物実験施設)
研究分担者(所属機関)
  • 庫本高志(国立がんセンター研究所)
  • 近藤 靖(田辺製薬株式会社先端医学研究部)
研究区分
厚生科学研究費補助金 健康安全確保総合研究分野 創薬等ヒューマンサイエンス総合研究事業
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
-
研究費
18,872,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
個体レベルの遺伝子機能解析は、今後ゲノムサイエンスの情報を基にして、活発に展開されることとなろう。それゆえ、選抜育種された疾患モデル動物は、多因子疾患における複数の遺伝子の相互作用を知るための個体レベルのモデル系として、貴重である。実験用ラット(Rattus norvegicus) は、医学生物学の基礎研究から医薬品の薬効試験あるいは安全性試験まで、広く活用されている。そして、選抜育種された疾患モデルラット、多様なミュータント系統、発癌感受性、免疫応答性、行動特性、環境に対する生理学的応答の異なるラット等が存在する。本研究の目的は、我が国における疾患モデルラットに関する情報収集とその公開を進めること、疾患モデルラットの原因遺伝子のポジショナルクローニングをシステム化すること、そして、具体的に特定の疾患モデルラットにおける原因遺伝子をポジショナルクローニングで同定することである。
研究方法
1)本研究プロジェクトの一つとして、疾患モデルラットのホームページ「日本で維持されている自然発症疾患モデルラットの一覧」http://www.anim.med.kyoto-u.ac.jpを開設しているので、疾患モデルラットの開発者 あるいは興味のある研究者の協力を得て、個々のラット系統の紹介テキストおよび文献を更新した。2)Radiation Hybrid (RH)マップの遺伝子位置情報を取り込んだマウス・ラット・ヒト間の比較遺伝子地図を作成し、マウスの遺伝的連鎖地図と比較することによりラット遺伝子地図における欠落箇所を調査した。次いで、欠落箇所にあるマウス遺伝子のラットオーソログをシークエンスホモロジーにより検索した。それにより、これまで位置情報の不明であったラット遺伝子を体細胞交雑クローンパネルと放射線切断クローンパネルを使用して、新たにマッピングした。3)振戦、中枢神経系における空胞変性、ミエリン低形成、ミエリンの形成異常等を呈するミュータントzitterラットについて、その原因遺伝子をラット第3染色体の高精度地図上にマッピングした。次いで、コンティグを構築するとともに、マウスとヒトとの比較ゲノム地図を作成した。この領域にあるヒトの遺伝子及び遺伝子転写単位をラットのコンティグ上にマッピングし、それぞれについて原因遺伝子であるか否かについて検討した。4)ヒトの特発性全般てんかんのモデルとされるNERラットにおける強直間代けいれんの遺伝性を確認した。さらに、原因遺伝子の同定を最終目標にして、F344/Nとの戻し交雑仔を用いて発症に関わる遺伝子群のマッピングを行った。放り上げ刺激によって、発作発症週齢を早めることができるので、この刺激下と非刺激下における自発性の強直間代けいれんの遺伝性を解析し、全ゲノムに分散したマイクロサテライトマーカーとの連鎖解析によって、発症に関与する遺伝子をマッピングした。5)中枢神経系の空胞と振戦を呈する WOLFラットの遺伝性の解析と原因遺伝子のマッピングを行った。すなわち、ACI/N とのF2世代仔を作出して、全ゲノムに分散したマイクロサテライトマーカーとミュータント形質の連鎖解析を行った。
結果と考察
1)疾患モデルラットに関する情報を更新した。今後、諸外国で維持されている疾患モデルラットの情報収集とその公開が課題である。2)ラット遺伝子地図をマウスの連鎖地図と比較することにより、マウス第1、4、8、13、14、15,16,17染色体に相当するラットゲノム領域の情報が欠けていることが判明した。そこで、BLASTサーチを実施することにより、これらの欠落部位に位置するマウス遺伝子のラットオーソロ
グを見出した。次いで、特異的なプライマーを用いて、体細胞交雑クローンパネルとRHクローンパネルによる遺伝子マッピングを行った。その結果、上記の欠落部位における遺伝子位置情報が得られ、マウス・ラット間の比較遺伝子地図は、ほぼ完成の域に達した。3)ティグを作製した。次いで、この領域と相同なヒト第20染色体上の遺伝子、ESTを抽出して、上記コンティグ上にマッピングした(Fig. 1, Fig. 2)。さらに、ミュータントと正常対照との間で、個々の遺伝子発現の変化や塩基配列の変異の有無を検討した。その結果、Attractin (Atrn) 遺伝子の発現がzi/zi ラットにおいて著しく減少していることが判明した。これは、第12イントロン のスプライシング受容部位に存在することが見いだされた8塩基対の欠失によると推測された (Fig. 3)。Atrn 遺伝子に変異をもつマホガニーマウスと同様に、ACIラットとの交配によりzi/zi ラットにアグーチ遺伝子を導入したところ、野生色の毛色を黒化する効果が認められた。トランスジェニックラットの作製による回復試験を行ったところ、CAGプロモーターとメタロチオネインプロモーターのいずれのラインでも、正常な膜型アトラクチンのトランスジーンにより、ミエリン形成不全、空胞変性、振戦、弛緩性麻痺のすべてが回復した。さらに、マホガニーマウスの行動と病理学的解析の結果、zitter ラット同様に振戦と中枢神経系の形態学的変化が観察された。以上の結果、zi遺伝子は、Atrn遺伝子の変異であること、ラットの Atrn 遺伝子は、膜型と分泌型アトラクチンをコードしており(Fig. 4)、そのうち膜型アトラクチンが中枢神経系のミエリン形成に重要な役割を果たしていることが明らかになった。4)このラットの強直間代けいれんについて、放り上げ刺激と非放り上げ刺激の条件下で遺伝解析を行った。その結果、刺激群のQTL解析では、第1染色体D1Rat215とD1Rat132との間でLod score 3.49、第3染色体のD3M2Mit382においてLod score 2.75という値が得られた。さらに非刺激群の解析ではD1Rat215において Lod score 4.13という値が得られた。この領域を強直間代けいれんの自然発症に関与する遺伝子座 Ner1として命名した。第3染色体のD3M2Mit382の領域は、刺激群のみでけいれん発症との連鎖を示したため、放り上げ刺激と関連した遺伝子座Ner2として命名した。5)WOLFの中枢神経系の空胞形成は、単一の常染色体劣性遺伝子によって支配されていることが示唆された。一方、振戦に関しては単純な遺伝様式ではないが、振戦発症個体は全て空胞形成を伴っていることが判った。遺伝多型マーカーとの連鎖解析の結果、空胞形成に係る遺伝子(wlfと命名)は、第8染色体のマーカーD8Got134の近くにマッピングされた。この部位は、比較ゲノム地図の構築研究から、マウス第9染色体とヒト第6染色体q腕にあたることを示した。
結論
疾患モデルラットのホームページ「日本で維持されている疾患モデルラットの一覧」の更新、ラットゲノムマップの拡充、及び疾患モデルラットの原因遺伝子のマッピングから同定に向けたポジショナルクローニング研究を実施した。てんかんモデルラットNERの原因遺伝子 Ner1(自発性の強直間代けいれんの発症に関与する遺伝子)とNer2(放り上げ刺激によって発作の発現時期を早めることに関与する遺伝子)のラット第1染色体と第3染色体へのマッピング、中枢神経系の新なミュータントWOLF の空胞形成の原因遺伝子wlfが第8染色体に存在することを明らかにした。Zitter ラットの原因遺伝子は、Attractin 遺伝子の突然変異によることが証明され た。そして、膜型アトラクチンが中枢神経系のミエリン形成に重要な役割をしていることを発見した。

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