免疫・脳神経系のゲノム恒常性維持に係る遺伝子発現制御機構の解明

文献情報

文献番号
200000928A
報告書区分
総括
研究課題名
免疫・脳神経系のゲノム恒常性維持に係る遺伝子発現制御機構の解明
課題番号
-
研究年度
平成12(2000)年度
研究代表者(所属機関)
葛西 正孝(国立感染症研究所 免疫部)
研究分担者(所属機関)
  • 高子 徹(第一製薬.東京研究開発センター創薬第三研究所)
研究区分
厚生科学研究費補助金 健康安全確保総合研究分野 創薬等ヒューマンサイエンス総合研究事業
研究開始年度
平成10(1998)年度
研究終了予定年度
平成13(2001)年度
研究費
5,242,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
細胞の分裂.増殖.分化など、生物の基本的機能に重要な役割を果たす遺伝子の多くは、染色体転座におけるDNA切断部位のクローニングによって発見されてきた。この事実は、癌や脳神経疾患などのDNA不安定性に起因する疾病の要因が、転座や欠失などの染色体異常部位近傍に位置する遺伝子の発現の撹乱によるものであることからも合理的に理解することができる。しかし、なぜゲノム上でDNAの切断と融合を高頻度に繰り返す領域が存在し、その近傍に重要な機能を備えた遺伝子が位置するのかという基本的な疑問に対しては、ゲノムの高次構造に関する研究が十分になされていないので明快な答えは得られていない。
本研究では、癌や脳神経疾患などのDNA不安定性に起因する臨床例のゲノム構造を解析し、疾病の要因である転座や欠失などの染色体異常の分子機構を解明することを目的とする。この研究を推進することによって、ゲノム恒常性の維持機構とその破綻のメカニズムが明らかになるだけでなく、疾病の治療を志向した研究が大きく発展するものと期待される。
研究方法
免疫組織染色
PC12細胞を4%パラホルムアルデヒドで固定後、ウサギ抗トランスリン抗体とマウス抗ブロムデオキシウリジン(BrdU)抗体で二重染色した。更に、Alexa 546ヤギ抗ウサギIgG抗体とAlexa 488ヤギ抗マウスIgG抗体で一次抗体の結合を検出した。また、核染色はDAPIでおこなった。次に、ラット脳組織の染色は、Wistarラット(P2, P18, P56)を4%パラホルムアルデヒドと0.2% ピクリン酸で心臓灌後、脳組織の凍結切片をウサギ抗トランスリン抗体と反応させた。更に、ビオチン標識抗ウサギIgGとアビジン標識ペルオキシダーゼで反応させた後、0.05% ジアミノベンチジン(DAB)と0.01% 過酸化水素水で発色させた。
核蛋白の抽出とWestern ブロッティング
培養細胞をHypotonic buffer (低調緩衝液)中でDounceホモジュナイザーによって破砕し、2,000 x gの遠心で核画分と細胞質画分に分離した。次に核画分からRocking buffer(高調緩衝液)で核蛋白を抽出した。更に、両画分蛋白抽出液から終濃度10%のトリクロル酢酸(TCA)で全蛋白を沈殿させ、アセトンで繰り返し洗浄後、SDS sample bufferに溶解した。Western ブロッティングは、サンプルを10% SDS-ポリアクリルアミドゲル電気泳動(SDS)で分離し、PVDF膜に転写後、一次抗体およびペルオキシダーゼ標識二次抗体を反応させたenhanced chemiluminescence (ECL法)で特異的バンドを検出した。
結果と考察
放射線によるDNA傷害とTranslin蛋白の核内輸送
細胞は、ゲノムDNAに傷害を及ぼす放射線や化学物質などの様々なストレスに対処するために、自らの分裂サイクルを停止してDNAの損傷個所を速やかに修復する機構を備えている。我々は、DNAに損傷を与える薬剤によっTranslin蛋白の細胞内局在が変化することを 従来の研究で観 察している。そこで、本研究では放射線によるDNA傷害がTranslin遺伝子の発現や細胞内局在にどのような影響を及ぼすという点に着目して研究を進めた。その結果、K562細胞を20-Gyの放射線処理した場合、照射24 hr後にTranslin蛋白の発現が減少することが観察された。更に、照射直後のTranslin蛋白の発現を核と細胞質で解析すると、細胞質に大部分存在するTranslin蛋白の一部が、約6hrをピークとして核内に移行することを確認した。一方、細胞核内への移行が、inducible nitric oxide synthase (iNOS)の特異的阻害剤によって打ち消されることから、nitric oxide (NOS)の関与が示唆された。
Translin蛋白の過剰発現による細胞分裂の誘導
Translin蛋白の発現量と細胞増殖速度の因果関係を明らかにするために、Doxycycline存在下で Translin蛋白を過剰発現させることのできる細胞株を樹立した。その結果、Translin蛋白の過剰発現に伴って細胞分裂が誘導されることを明らかにした。このことは、Translin蛋白の発現が細胞増殖を制御する要因の一つとして機能していることを意味している。
細胞周期に依存したTranslin蛋白の発現
Translin蛋白の発現が細胞周期に依存しているかどうかをFACSで解析したところ、G0/G1期に低く、S期及びG2/M期に最も高く発現されていることが明らかとなった。この発現パターンは、Translin蛋白を過剰発現させた場合にも維持されているので、G0/G1期における抑制やS期及びG2/M期における活性化など、細胞周期に依存した制御機構によってTranslin蛋白の発現が厳密に調節されていることを示している。
DNA複製におけるTranslin蛋白の役割
Translin蛋白の発現がS期及びG2/M期に最大となることは、DNA複製や染色体の分離にTranslinが深く係わっていることを示唆している。そこで、Translin蛋白を過剰発現させた細胞におけるDNA複製能をbromodeoxyuridine (BrdU)の取り込みで測定したところ、Translin蛋白の発現と一致してBrdUの高い取り込みが観察された。この結果は、Translin蛋白の過剰発現に伴って細胞分裂が誘導される事実と符号する。今後、Translin蛋白の過剰発現によるDNA合成の促進が、細胞のDNA複製機構に直接あるいは間接的に関与しているのかどうかという点を明らかにする予定である。
Translin蛋白の3次元構造の解析
分子量27kDaのTranslin蛋白は、2箇所のシステイン残基で2量体を形成し、更にC末端のロイシンジッパー構造でリング状8量体構造を呈していることが従来のX線結晶解析研究で既に明らかにされた。一方、米国のEdward H. Egelman博士との共同研究で、16オングストロームの解像度でTranslin蛋白の3次元構造イメージの作成に成功し、リング状8量体構造とDNAの結合様式の詳細が明らかとなった。
結論
本研究事業において、主任研究者らは、DNA不安定性に起因する臨床例の解析からTranslin, RP58, Trax蛋白を発見し、それぞれのcDNAおよびゲノム遺伝子をクローニングすることに成功した。さらに、Translin蛋白を過剰発現する細胞株を樹立し、その発現が細胞周期に依存して細胞分裂やDNAの複製に影響を及ぼしていることを明らかにした。細胞の異常増殖を伴う疾病は、血管および気道平滑筋や関節滑膜の増生肥厚など、癌や免疫系のみならず炎症やアレルギーなど、広範な疾病にも及んでおり、そのメカニズムの解明が厚生行政の大きな課題の一つとして残されている。
蛋白質の3次元構造と機能解析における進展を含めた本研究事業の成果は、組織の再生やゲノムの修復に関連した医療と創薬への応用を目指した研究へ大きく発展することが期待される。

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