脳梗塞動物モデルの開発と創薬研究への応用

文献情報

文献番号
200000927A
報告書区分
総括
研究課題名
脳梗塞動物モデルの開発と創薬研究への応用
課題番号
-
研究年度
平成12(2000)年度
研究代表者(所属機関)
柳本 広二(国立循環器病センター研究所脳血栓障害研究室)
研究分担者(所属機関)
  • 金子 次男
  • 新津 陽一(三共株式会社 第三生物研究所)
  • 永田 泉(国立循環器病センター脳血管外科)
研究区分
厚生科学研究費補助金 健康安全確保総合研究分野 創薬等ヒューマンサイエンス総合研究事業
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
-
研究費
6,291,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
脳梗塞に対する新たな治療法を開発するにあたり、ラットを用いた脳梗塞モデルが頻用されている。自然発生高血圧ラットを用いた脳梗塞モデルの場合は、単一血管の閉塞により、安定した皮質性脳梗塞巣を造り出すことが可能であるが、高血圧という病態が併存しているため、脳保護の厳密な評価が困難である。これに対し、正常血圧ラットでは、単血管の部分閉塞手技では、均一な皮質性脳梗塞を造り出すことが困難である。従来より報告されている実験的永久局所脳梗塞モデルの中では、両側頸動脈および一側中大脳動脈の3血管を同時に閉塞する技術を用いたモデルが最も再現性のよい皮質性脳梗塞を生み出すことが知られている。しかしながら、このモデルでは致死率が高く、短期間の脳保護効果の判定には有用であるが、長期の効果判定を行うことは不可能であった。本研究では、正常血圧ラットを用いて、長期生存可能な新たな永久局所脳梗塞モデルの開発を目指した。また、すでに作成したラット脳神経脱落機能評価のためのスコアリングシステムを用いて、脳機能障害の経過を追跡し、低体温の有する脳保護効果を機能の面からも観察した。さらに永久的脳血管閉塞後の局所脳血流の変化を明らかとするため、新たな永久局所脳虚血モデルにおける局所脳血流の急性期における変化を常温群および低体温群において比較した。
研究方法
長期に生存可能な永久局所脳虚血モデルを作成するために両側の総頸動脈、内頸動脈、外頸動脈、左中大脳動脈のうち、様々な組み合わせによる脳虚血負荷を試みた。脳梗塞の判定は、虚血負荷1日後に脳を取り出し、上記の方法に準じて行った。様々な組み合わせの中より、安定した脳梗塞巣を示し、尚かつ長期生存可能な方法を用いて以下の実験を行った。モデルの脳保護効果判定への有用性を見るため、摂氏33度の軽度低体温を用いた。低体温は、虚血負荷直後より、導入し、2時間麻酔下に維持を行い、その後は低温室に48時間置くことで体温の上昇を抑制した。常温下での脳虚血負荷対照群も同じく2時間の麻酔を行い、術後は常温室に置いた。虚血後の局所脳血流の変化を観察するために虚血中心部および虚血辺縁部にてレーザー脳血流計による局所脳血流の計測を虚血開始後より6時間にわたり行った。脳梗塞巣の判定は、虚血負荷2日後あるいは21日後に行った。さらに、脳機能評価のためすでに開発した脳脱落機能評価系を用いて、2日後、1、2、3週間後にスコアリングを行った。
結果と考察
研究成果と考察=新たな永久局所脳虚血の検討では、2血管閉塞(結紮)手技では、脳梗塞が生じない個体があり、3血管以上の閉塞手技が必要であることが明らかとなった。多血管閉塞手技の検討の結果、右の内頸動脈、左の内頸動脈、左の外径動脈、及び左の中大脳動脈の永久閉塞により、安定した脳梗塞が生じ、尚かつ、長期生存が可能であった。このモデルを用いて、軽度低体温負荷をおこない、脳保護効果の検討に対するモデルの有用性を検討した。新たな4血管閉塞手技を用いた永久脳虚血モデルに軽度低体温を負荷した結果、48時間後の脳梗塞巣体積判定(各群n=6)では、常温群が139±21mm3であるのに対し、低体温群では、77±20mm3と有意に縮小していた(mean, SEM)。また、脳浮腫比が24時間後、常温群で10±1%に対し、低体温群では、5±2%であり、有意に軽度であった。3週間後の脳梗塞(欠落部位)体積判定(各群n=6)では、常温群が211±19mm3であるのに対し、低体温群では、88±15mm3と有意に縮小していた。また、このモデルでは、虚血負荷による3週間以内の死亡はなかった。
新たな永久局所脳虚血モデルに対し、虚血負荷後、常温群および低体温群で脳脱落機能の評価を行った。それぞれの群では虚血負荷により神経機能の脱落が生じたが、常温群に比し、軽度低体温負荷では、各測定時間において有意に軽度であった。局所脳血流測定の結果、新たな永久局所脳虚血モデルの虚血中心部では、虚血前値(100%)のおよそ20%に低下した。しかしながら、虚血負荷3時間後より、虚血状態は徐々に緩和し、虚血負荷4時間後には、前値の50%まで回復することが明らかとなった。また、軽度低体温下での脳血流は、常温下に比して、虚血状態の緩和がより、緩やかな傾向を示した。
考察=虚血性脳卒中の中では、再灌流の達せられない永久血管閉塞型脳血管閉塞が最も多い病態であり、局所的に強度の脳虚血負荷が加わると考えられている。新たな脳保護薬を開発するにあたり最も強度の永久型虚血負荷を模した動物モデルが欠かせない。しかしながら、従来より存在するラット3血管閉塞モデルでは、2日後の致死率が50%を超えることが明らかとなり、長期予後を判定することが困難であった。今回、我々の開発した新たな4血管閉塞手技を用いた永久局所脳虚血モデルでは、ばらつきの少ない安定した脳梗塞巣を造り出すことが可能であり、また、長期に生存することが明らかとなった。現在までに報告されている低体温の有する脳保護効果をこの新たな脳虚血モデルを用いて検討した結果、軽度の低体温は、永久血管閉塞に基づく局所脳虚血に対しても永続する脳保護効果を有することが初めて明らかとなった。このモデルでは、軽度低体温の有する抗脳浮腫効果も明らかとなった。さらにこのモデルの解析の結果、血管閉塞導入後より、脳梗塞体積が徐々に増大した。すなわち、従来より、虚血性脳梗塞は、血管閉塞による発症後速やかに病巣が確定し、6時間でほぼ完成すると考えられてきたが、脳梗塞体積は発症後2日間を経過しても尚、病巣の拡大(127±21mm3から211±19mm3へ)が存在し得ることが示された。超急性期の脳血流の改善にも拘わらず、病巣の体積が拡大する原因としては、血管内血栓の増大進展、脳浮腫の進展による血管閉塞あるいは虚血領域の拡大、脳壊死組織からの放出物質による周囲組織への影響あるいはそれに基づく炎症反応等が可能性として考えられるが、現時点で、その主たる原因は明らかでない。しかしながら、この遅発性脳梗塞病巣の遅発性拡大がヒト病態でも生じるのであれば、それらの(重症)脳虚血治療における治療(脳梗塞巣進展の抑制)可能な時間帯は、発症後6時間を超えて存在する可能性がある。
結論
本研究では、永久型脳血管閉塞に起因する皮質性脳梗塞ラットモデルを開発した。このモデルにより、永久脳血管閉塞後の脳血流の変化および、脳梗塞巣の進展現象を観察することが可能であった。この新たな永久局所脳虚血モデルでは、安定した重症度の虚血性局所脳傷害を生じさせることが可能であり、長期予後の判定も可能である。さらに脳梗塞による脳の解剖学的な傷害のみならず、機能的な傷害をも追跡評価することを可能とする脳機能障害スコアリングシステムとの併用により、今後様々な新薬開発のための脳保護効果判定に有用であると考えられる。

公開日・更新日

公開日
-
更新日
-

研究報告書(紙媒体)

公開日・更新日

公開日
-
更新日
-