全国規模ネットワークシステムでの患者登録による糖尿病性腎症の疾病構造の解析と腎症進展阻止指針作成の為の体制整備に関する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200000916A
報告書区分
総括
研究課題名
全国規模ネットワークシステムでの患者登録による糖尿病性腎症の疾病構造の解析と腎症進展阻止指針作成の為の体制整備に関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成12(2000)年度
研究代表者(所属機関)
山田 研一(国立佐倉病院)
研究分担者(所属機関)
  • 柏原英彦(国立佐倉病院)
  • 木田寛(国立金沢病院)
  • 斎藤康(千葉大学医学部第二内科)
  • 酒巻建夫(国立佐倉病院)
  • 川口毅(昭和大学医学部公衆衛生学)
  • 星山佳治(昭和大学医学部公衆衛生学)
  • 秋山昌範(国立国際医療センター)
  • 西村元伸(国立佐倉病院)
  • 涌井佐和子(国立佐倉病院)
  • 平野和保(国立療養所北潟病院)
研究区分
厚生科学研究費補助金 健康安全確保総合研究分野 健康科学総合研究事業
研究開始年度
平成10(1998)年度
研究終了予定年度
平成12(2000)年度
研究費
9,250,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
糖尿病及びその合併症の発症・進展には、生活習慣・環境因子の他に、候補遺伝子多型が多重的に関与しているとされている。今回、第一部の環境因子の面の検討から、糖尿病性腎症の病態特性として、高血圧の存在、血管内皮細胞機能の異常、そして腎細胞外基質増生が、問題とされた。そこで、まずそれらの病態に関与する遺伝子多型について検討した。すなわち、血圧調節はACE遺伝子多型(D/I)、AngiotensinⅡType1受容体(AT1R)遺伝子多型、血管内皮細胞機能はecNOS遺伝子多型(Glu 298Asp Exon7、T-786→C,5'-Flanking領域)、細胞外基質Ⅳ型コラーゲンに関連して、TGFβ1遺伝子多型(T29→C(Leu10→Pro)Exon1)について、それらに関連する機能とともに比較検討した。更に、環境因子の検討からⅡ型糖尿病性腎症の病態には、動脈硬化性因子が大いに関与している可能性が判明した。動脈硬化の成因には、HLA classⅡDRの関与が報告されている。そこで、HLA classⅡDNAタイピングを行い、HLA-DR遺伝子の関与についても検討した。
研究方法
a:検討対象〔1〕選択基準;1.登録時65歳以下で糖尿病罹病期間(推定)8年以上の症例。2.酵素法でS-Cr2.0mg/dl未満の症例。3.糖尿病性網膜症(SDR以上)を有する症例。(但し、腎生検で腎症が診断されている症例では、糖尿病罹病期間8年未満でも、あるいは網膜症を有さなくても登録可とする。)4.同意が文書で得られた症例。〔2〕除外基準;1.他の腎疾患が疑われる症例。2.二次性糖尿病(膵炎に伴う糖尿病、等)。3.尿路感染症、心不全、重篤な肝障害を有する症例。4.その他、担当医師が不適当と判断した症例。登録は、平成11年3月より平成12年10月までに、HOSPnetネットワークシステムを通じて、フロッピー又はFAXで行われた。総数244症例の内、IDDM12例、エントリー取り消し13例、不明1例を除き、最終的に218例のⅡ型糖尿病を解析対象とした。更に健康診断時、文書同意を得た検診群(n=228、年齢25~64歳)も対象とした。b:方法(遺伝子解析)DNA抽出;新鮮な、EDTA採血7ml末梢血バッフィーコートよりSDS存在下にプロテナーゼKを用いて抽出した。遺伝子多型の検出;HLA-DR抗原の多型性はDynal社のReli(HLA-DR low resolution) kitを用いてタイピングし、2桁レベルに読み替えたものを使用した。アンギオテンシンⅠ変換酵素(ACE)のイントロン16のD/I多型性は、Hunleyらの報告にしたがって検出した。ecNOS Exon7の多型性はMiyamotoらの方法によって、PCR-RFLP法によって検出した。298番目のGlu遺伝子をAとし、Asp遺伝子をaとして表記した。ecNOSプロモータ領域(-786)の多型性(T→C)の検出にはPCR-SSP法を用いて検出した。使用した共通のフォワード側のプライマーの配列は5'GCATGCACTCTGGCCTGAAG3'、リバース側のプライマーでT型の検出には5'GCTGAGGCAGGGTCAGCCA3'を用い、C型の検出には5'GCTGAGGCAGGGTCAGCCG3'を用いた。これら2組のプライマーを使用し135bpの増幅バンドサイズの有無により多型性を判定した。TGF-β1遺伝子のExon1 T29→Cの遺伝子多型はYokotaらの方法によりPCR-SSP法により検出した。アンギオテンシンⅡレセプターtype1 (AT1R)の1166番目ヌクレオチド遺伝子多型性(A1166→C)はPCR-SSP法により決定した。使用したプライマーは共通のフォワード側プライマーと
して5'GAAGCCTGCACCATGTTTTGAG3'を使用し、A多型に対してはリバースプライマー5'CCTTCAATTCTGAAAAGTAGCTAAT3'を使用し、C多型に対しては5'CCT TCAATTCTGAAAAGTAGCTAAG3'を用いた。これら2組のプライマーを使用し特異的な141bpの増幅バンドを検出した。統計方法は、カイ二乗検定、Wilcoxon signed rank検定、Kruskal Wallis検定、重回帰分析、ロジスティック回帰分析により行った。
結果と考察
①検診群及び糖尿病性腎症各病期別の遺伝子(genotype)多型の分布:ACE genotype(D/I)多型分布に検診群と顕性腎症群とに、ecNOS(T-786→C)遺伝子多型の分布に正常アルブミン尿症と(微量アルブミン尿+顕性腎症)群とに、更にHLA-DR 12の有無に検診群と顕性腎症群、正常アルブミン尿症群と顕性腎症群との間にX2検定で有意な分布の違いを認めた。ACE genotype遺伝子多型で検診群に比較し今回解析したすべての糖尿病群(少なくとも網膜症を有する糖尿病)で、DD型の有意の分布高値を示した。②正常アルブミン尿群に対する顕性腎症群の、各々の遺伝子多型(covariates)によるimpacts(相対的危険度)を多変量ロジスティック回帰分析:ecNOS(T-786→C)遺伝子genotype TTに対してTC/CCで有意にodds比の低下を認め、TGFβ1(T29→C)genotype TTに対してCCは有意にOdds比の上昇を認めた。更にHLA-DR 12の存在は、非存在に比べ有意に顕性腎症に対するOdds比が低下した。③候補遺伝子多型とその表現型としての関連機能との相関性:③ -a.:解析対象糖尿病症例のACE genotype DD型は、DI/II型に比べ、収縮血圧の高値、凝固系Indexの高値(非降圧治療者のみ)及び、血漿NOx値の低値を示した。これは、長期糖尿病罹病患者のgenotype DDは、血管障害の候補遺伝子である可能性を示唆している。③-b.: ecNOS(T-786→C)TT genotypeはTC/CCに比較し、血漿NOx値が高値傾向(p<0.088)にあるも、腎機能の障害度が高かった。T-786→C変異株では、低酸素状態に対するecNOS遺伝子のプロモーター活性の低下を認め、冠動脈攣縮との関連性の報告がある。糖尿病性腎障害とは病態が必ずしも一致しない可能性があり、今後の検討課題として残った。③ -c.:降圧治療群では、治療内容に有意差を認めないにもかかわらず、TGFβ1 CC genotypeでTTに比べ血圧値の高値を認め、又、CT/CC群でTT群より有意に血漿PAI-1値の高値を認めた。しかし、尿Ⅳ型コラーゲン排泄は、TGFβ1 CC genotype群で高値傾向にあるも有意ではなかった。③ -d.: HLA class ⅡDR 12遺伝子を保持する症例は、保持しない症例に比べ、有意に腎機能(尿Alb/gCr、尿NAG/gCr)が良好であった。以上が多施設共同研究による共通プロトコールの最終解析結果である。このデータベース構築作業のなかで、システム担当の柏原班員は、より円滑な診療プラス臨床研究支援を目指した糖尿病性腎症データベースの基本概念を示した。患者基本情報ファイル、臨床経過情報ファイル、及び疾患(糖尿病性腎症)固有情報の3段階の情報ファイルシステムを報告した。病態担当の齋藤班員は、2型糖尿病の病態に関連して食事蛋白制限による尿アルブミン減少効果にも、ACE遺伝子多型が関与している可能性も示唆した。木田班員は、①糖代謝異常に伴う基本病変として、びまん性糸球体病変と器質化に伴うⅠ型結節形成、また付加的病変として②虚血・再潅流に伴うメサンギオリシスとその修復過程で形成されるⅡ型結節(メサンギオリシス系病変)、及び③虚血に起因したFGS様病変、全節性糸球体硝子化等に、腎症が成因的に分類されると提案した。西村班員は、糖尿病性腎不全患者(血清Cr>2.0mg/dl)の進展危険因子をRetrospective Studyより解析した。その結果、腎不全進展速度には尿蛋白、血圧、血清Alb値、LDL-コレステロールとともに腎エコーによる腎サイズ指標(腎肥大の存在は、より腎不全への進展が早い)が有意因子となり、形態学的評価としての腎サイズ指標も治療管理方針決定に意義をもつことを明らかにした。秋山班員はEBM(臨床研究)、地域連携、経営改善、物流管理、医療過誤対策などを可能とした多目的対応の、統合化病院管理情報システムを報告した。また、本年度は特に食事
・栄養調査に対する栄養士の検討により、低蛋白食の食事・栄養指導をするにあたり、エネルギー摂取に十分配慮する必要が示された。
結論
今回の検討で、同程度の糖尿病罹病期間があり、糖尿病治療内容に違いがないにもかかわらず、糖尿病性腎障害の程度(正常アルブミン尿、微量アルブミン尿、顕性腎症)に違いが生じている病態特性について①生活習慣・環境因子の面からと、②候補遺伝因子の面から、全国規模で横断的に検討した。今年度の遺伝因子の検討から、糖尿病性腎症の発症・進展の病態特性と候補遺伝子多型(ACE、ecNOS、TGFβ1)の関与、発症・進展に対する抑制遺伝子(HLA classⅡ DR12)の存在が明らかになった。

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