透析合併症の病態解明及びそれに基づく治療法の確立

文献情報

文献番号
200000915A
報告書区分
総括
研究課題名
透析合併症の病態解明及びそれに基づく治療法の確立
課題番号
-
研究年度
平成12(2000)年度
研究代表者(所属機関)
宮田 敏男(東海大学医学部内科 助教授)
研究分担者(所属機関)
  • 渡辺 毅(福島県立医科大学医学部内科 教授)
研究区分
厚生科学研究費補助金 健康安全確保総合研究分野 健康科学総合研究事業
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
-
研究費
29,600,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
我々は、透析患者において生体内に多量に蓄積した糖・脂質由来の反応性カルボニル化合物が異常な蛋白修飾をひきおこし、それが透析合併症の大きな誘因となる可能性を報告してきた。そうした状況を“カルボニルストレス"という概念でとらえ、本研究課題において、カルボニルストレスの生化学的解析、病態生理学的解析、及びそれに基づく新規治療法開発の可能性などを検討してきた。また腹膜硬化症、副甲状腺機能亢進症などの合併症に関してはより詳細な発症機序の解明とそれに基づく治療法の確立を目指す基礎研究を行ってきた。本年度は、以下の研究項目について検討を行った。
I. カルボニル化合物とシグナル伝達
糖や脂質に由来するグリオキサール, メチルグリオキサール, 4-ヒドロキシ-2-ノネナール(HNE)などのカルボニル化合物は、蛋白質のリジン残基の_-アミノ基等と結合してシッフ塩基を形成したり、HNEは蛋白質のシステイン、リジン、ヒスチジン等とマイケル付加体を生成する。その後、時間の経過とともに分子の再構築が進み、カルボキシルメチルリジン (CML) などのadvanced glycation end products (AGEs)が作られる。AGEsは、特に透析合併症と関連して組織に沈着することが知られてきており、その病因的意義が注目されている。本研究は独自の視点から、AGEs形成の初期段階のシッフ塩基の形成やマイケル付加が細胞内シグナル伝達系に及ぼす作用とその病態形成における意義の解明をめざした。
II. 腎不全合併症(とくに透析アミロイドーシス)におけるカルボニルストレスの病態生理学
透析アミロイドーシスは、透析年数が10~15年を経過した長期透析患者に高率に発症し、患者のquality of life(QOL)を著しく損なう重大な合併症である。透析アミロイドーシスの病態に関して、アミロイド線維の主成分はβ2ミクログロブリン(β2-m)であること、アミロイド沈着部位周辺にマクロファージの浸潤が多く見られることから、それらの病理学的意義が注目されてきた。その中で我々は、沈着アミロイドに含まれるβ2-mが腎不全患者生体内に蓄積した糖/脂質由来の反応性カルボニル化合物(カルボニルストレス状態)により不可逆的、非酵素的修飾を受け、糖化/脂質過酸化最終産物(AGEs/ALEs)化されていること、AGEs/ALEs化β2-mが種々の生理活性を有することを明らかにし、それが透析アミロイドーシスの発症・進展に関与する可能性について報告してきた。
しかし、アミロイド沈着物の周辺のマクロファージの浸潤や、アミロイド沈着物のAGEs/ALEs化による修飾などに関するこれまでの報告は、そのほとんどが透析アミロイドーシスの後期の限られた部位におけるアミロイド沈着物の解析によって得られた結果であることから、各段階の沈着アミロイドにおけるAGEs/ALEs修飾や浸潤マクロファージのin vivoでの関与について詳細は明らかではない。そこで我々は、透析アミロイドーシスの発症進展機序へのカルボニルストレスの関与につき明らかにするため、無症状でアミロイドの沈着が病理的に認められる前期段階と骨/関節破壊などの臨床症状の現れる後期段階に分け検討を行った。
III. カルボニルストレスと透析患者循環器系臨床的指標との関連
透析患者の死因の40%以上を占める心血管系疾患の進展予防は患者の予後ならびにQOLの向上,ひいては医療費削減のために重要である。これまでに腎不全血管組織における病理組織学的検討ならびにin vitroで示されたカルボニルストレス最終産物のatherogenic effectsよりカルボニルストレスの新たな心血管系危険因子としての意義が強く示唆されているが,臨床病態との関連は必ずしも明らかではなかった。本検討によりカルボニルストレスと透析患者循環器系臨床的指標の関連を検討を行った。
IV. 腹膜機能不全へのカルボニルストレスの関与
腹膜透析は血液透析に比べ、患者の時間的拘束がなく比較的食事摂取も自由であることからQOLを保ちやすく、また残腎機能保持に優れている。そして血液透析のような大がかりな設備を必要としないことから、今後コストを下げることが可能な透析であり、社会経済的にもその普及が待たれる。しかし長期腹膜透析により腹膜機能(除水能力)の低下が認められ、約5年程度で腹膜透析を中断せざるをえなくなることが多いことから、その普及が妨げられていると考えられる。除水機能の悪化はすなわち腹膜の有効血管床の増大を意味する。そこで本研究では除水機能不全発症の分子メカニズムをカルボニルストレスの腹膜の有効血管床の増大への関与という面から明らかにし、長期腹膜透析を可能にする治療・予防法開発を模索した。
V. 腹膜硬化症におけるheat shock protein 47 (HSP47) の関与-HSP47を標的とした新しい治療法の基礎的検討-
腹膜硬化症は腹膜透析合併症の中で、透析患者生命をも脅かす重大な合併症であり、早期診断あるいは治療法の開発が望まれる。我々は、これまでコラーゲン産生時に分子シャペロンとして働いているHSP47が腹膜透析患者腹膜及びクロールへキシジン・グルコネイト(CG) によるラット腹膜硬化モデルにおいて発現されている事を報告してきた。今回、HSP47が腹膜硬化治療の分子標的になるかどうかを調べるため、CGによる腹膜硬化モデルにおけるHSP47のアンチセンスオリゴヌクレオチド(AS) の効果を検討した。
VI. 血液浄化システムとカルボニルストレス
血中AGEsは、腎機能障害とともに増加し、酸化ストレスマーカーである脂質過酸化物や蛋白酸化物と有意に相関することを我々が明らかにして以来、上昇要因や疾患との関連性など多方面から高い関心を集めている。
そこで、まずペントシジンに注目し、ELISA測定法を確立し、次いで健常者、腎不全患者を対象として、血漿ペントシジン濃度を測定し、種々の生化学検査値との相関性について検討した。また血液透析患者についてエンドトキシン(ET)除去フィルター使用の有無とペントシジン濃度との関連性を検討した。
VII. 腎不全における副甲状腺機能亢進症の病態解明と新しい治療法の開発
骨・カルシウム代謝異常は,慢性透析患者のほとんどにみられ,QOLにかかわる重要な合併症である。その中でも,二次性副甲状腺機能亢進症は,過剰な副甲状腺ホルモン(PTH)により高回転骨病変を引き起こす病態である。最近の病態解明により,副甲状腺が1腺でも結節性過形成に至ると,内科的治療法では管理できないことがわかってきている。
われわれは,このような病態に基づいて,結節性過形成に至った副甲状腺を選択的にエタノールで破壊する治療法(PEIT)を開発し,有効な成果を挙げてきた。しかし,手術やエタノール注入で破壊するのではなく,他の方法で異常な副甲状腺細胞を正常に戻せれば,長期的な管理がさらに容易になると考えられる。PEITと同様の技術を用いて,腫大副甲状腺に高濃度の活性型ビタミンD溶液を注入すると,内科的治療への反応性の回復と副甲状腺過形成の退縮を誘導することに注目し,この治療の作用機序を解明することによって副甲状腺過形成を正常化する治療の開発につなげたいと考えた。
また,治療法の進歩によって,PTHの分泌は多くの症例で抑制可能になってきたが,逆にPTHを正常範囲まで抑制すると,骨が低回転になってしまうことが認識されるようになった。現在,透析患者で正常な骨回転を維持するためには,正常の2-3 倍のPTH濃度を目標に管理することが定着しつつあるが,その根底にある腎不全における骨のPTHに対する抵抗性は解決されていない。腎不全における理想的な骨・カルシウム代謝管理のためには,この異常の本態を充分に解明する必要がある。PTHが骨に作用して,最終的に破骨細胞の働きによってカルシウムが動員されるまでには多数のステップがあり,その機序が分子レベルで解明されつつある。PTH作用によって破骨細胞誘導因子(RANKL)が骨芽細胞で産生され,これが破骨細胞の分化を促進するが,血清中にはそのデコイ受容体である破骨細胞形成抑制因子 (osteoprotegerin = OPG)が存在する。今回われわれは,腎不全の保存期と透析期の腎不全患者におけるOPGの動態と骨代謝への関与について検討を行った。また,腎不全では活性のあるPTHホルモンだけでなく,そのフラグメントも血中に蓄積するため,PTH検査値の解釈が困難になる場合が多い。現在PTHに関して最も信頼されているのはintact PTH assayである。この測定法は2抗体法であるが,その抗体認識部位ゆえに完全な1-84PTH以外に7-84PTHも認識してしまう可能性がある。腎不全患者のPTH 活性の評価について,このことが影響しうるかについても検討した。
VIII. カルボニルストレスに基づく新治療法開発
これまで本研究期間に行われた研究結果から、カルボニルストレスが透析合併症の発症進展に様々な場面で関与していることが明らかとなってきた。従って、病態の進行過程のいくつかの段階において、カルボニルストレスを軽減することにより合併症の発症や進展を抑制することが可能と考えられる。カルボニルストレスに対する阻害薬として、我々はすでにguanidine誘導体、thiazolidine誘導体、thiol化合物がカルボニルストレス阻害効果を有する可能性を見いだし、いくつかのカルボニルストレスインヒビターのモデル化合物を得ている。本研究はカルボニルストレスの阻害、あるいは生成されたカルボニル化合物の消去によって合併症の発症進展を抑制する新たな透析治療、および治療薬の開発を目的とし、さらに最終的には将来臨床への実際的なフィードバックを可能とすることを目指し行われた。
研究方法
I. カルボニル化合物とシグナル伝達
代表的なカルボニル化合物であるメチルグリオキサールや HNEをヒトリンパ性白血病細胞株(Jurkat)やヒト血管内皮細胞(HUVEC)に試験管内で作用させた。経時的に細胞を溶解して、SDS-PAGEで各細胞蛋白を分離し、イムノブロット法により、各情報伝達分子の量とリン酸化の程度を定量した。また、細胞のアポトーシスのレベルをアガロース電気泳動とフローサイトメトリーによるDNAの断片化により調べた。さらに、ミトコンドリアの膜電位の変化、カスパーゼの活性化のレベル、細胞内のグルタチオンのレベルをフローサイトメトリー、イムノブロットまたは生化学的方法により測定した。 
II. 腎不全合併症(とくに透析アミロイドーシス)におけるカルボニルストレスの病態生理学
透析患者および対照につき、剖検によって得た胸鎖関節についてアミロイドの沈着を病理学的に解析し、stage分類した。そしてstage分類した各組織について、マクロファージの浸潤及びAGEs/ALEs修飾を検討した。AGEs/ALEs修飾については、ペントシジン、カルボキシメチルリジン、マロンジアルデヒド-リジンおよび ヒドロキシノネナール付加蛋白に対する抗体を用いて免疫組織染色により検討した。さらに、一部の組織については、6N塩酸を用いて加水分解した後、高速液体クロマトグラフィーを用いてペントシジンの測定を行った。
III. カルボニルストレスと透析患者循環器系臨床的指標との関連
対象:イタリア CNR clinical physiology center and nephrology & renal transplant divisionで維持血液透析を施行中の患者91例(男52例,女39例,57.2+/-14.1歳)。
方法:全例で心臓超音波検査により左室重量指数(LVMI),左室後壁壁厚(PWT),心室中隔壁厚(IST),左室拡張期径(LVEDD)を,頚動脈超音波検査により内膜厚(IMT),プラーク数を計測.変数選択重回帰解析(変数減少法)により,血中カルボニルストレスの指標となる血漿ペントシジンを含む性別,BMI,血圧,心拍数,喫煙指数,透析期間,血清脂質(総コレステロール,中性脂肪,HDL-コレステロール,LDL-コレステロール),アルブミン,ヘモグロビン,P,Ca,intact-PTH,IgG,IgG,IgMなどの選択変数群がこれらの説明(独立)変数となりうるか否か検討した。
IV. 腹膜機能不全へのカルボニルストレスの関与
腹膜透析患者腹膜の病理所見について、短期腹膜透析患者、あるいは長期(除水機能不全を伴う)腹膜透析患者由来の腹膜の病理所見を光学顕微鏡にて検討した。また、コンピューター画像解析にて腹膜の有効血管面積を測定した。また除水機能不全を伴う腹膜透析患者腹膜における血管新生/拡張関連因子の発現変動について、血管の新生や拡張に関与する因子(NOS, VEGF, FGF2)に関し検討した。さらに除水機能不全を伴う腹膜透析患者の腹膜におけるカルボニルストレスの関与を検討するため、透析前後の透析液中カルボニル化合物含有量を測定し、腹腔内のカルボニルストレス状態を検討した。また、各種腹膜透析患者由来の腹膜にAGEs/ALEs化最終産物が存在するか否かを抗AGE/ALE抗体を用いた免疫染色にても検討し、さらに、腹膜においてAGEs/ALEs化最終産物検出部位とNOS, VEGF発現部位が同一であるか否かを免疫染色にて検討した。
V. 腹膜硬化症におけるheat shock protein 47 (HSP47) の関与-HSP47
を標的とした新しい治療法の基礎的検討-
ラット腹腔内にCG を2週間連日投与し腹膜硬化モデルを作成した。その際、HSP47に対するASを8日目よりCG と共に投与した。また、生理食塩水投与群を対照とした。CG 投与2週間後に腹膜を採取し、PAS染色にて形態的変化を調べると共に、HSP47 mRNAの発現を非放射性標識のin situ hybridizationで、またHSP47、コラーゲン・、CD68(浸潤マクロファージのマーカー)、Factor VIII(血管内皮のマーカー)の発現を免疫組織染色にて検討した。
VI. 血液浄化システムとカルボニルストレス
対象; ヘパリン血漿は採血に同意の得られた、 健常者80名(男性63/女性17、 平均年齢38.3±1.3歳)、 保存期腎不全患者160名(92/68、 57.5±1.1歳)、 血液透析患者22名(11/11, 59.3±3.2歳、 平均透析歴1.7±0.34年)、 腹膜透析患者26名(15/11、 44.7±2.3歳、 4.6±0.62年)から採取した。
材料と方法;
1) Sellら(J. Biol. Chem. 264:21597-21602. 1989)の方法を一部改変してペントシジンを合成し、次いで、これを抗原として、抗ペントシジンウサギポリクローナル抗体を作成、競合ELISAによる測定系を作った。 
2)血漿クレアチニン、 尿素窒素、 グルコ-ス、 β2-ミクログロブリン(β-m)、phosphatidylcholineperoxide(PCOOH)を測定した。         
3)統計処理数字は平均値±SEで示し、Studentのt検定で5%以下の危険率を有意とした。
VII. 腎不全における副甲状腺機能亢進症の病態解明と新しい治療法の開発
1)腫大副甲状腺に対する薬剤直接注入
部分腎摘により作成した腎不全ラットを高リン食にて7週間飼育した。腫大した副甲状腺に対して5mlの薬液を注入し,1週後のPTH濃度,組織変化を検討した。
2)腎不全におけるOPG 
保存期腎不全患者46名(Ccr 3.2~161.3 ml/min,50~82歳,男/女 = 26/20), 透析者41名(26~75歳,男/女 = 25/16)の血清OPG値をELISA法によって測定した。一部ではOPGの生理的リガンドであるRANKLを固定化したELISAによって測定値を再検した。また,透析者のうちの20例は腸骨骨生検を行い,その組織パラメーターと血清 OPG値との比較を行った。
(3)腎不全におけるPTHの評価
84PTHのみを測定する米国Scantibodies社のwhole PTH assay kitを用いてPTH濃度を測定し,intact PTH assayの結果と比較した。
VIII. カルボニルストレスに基づく新治療法開発
グアニジン誘導体を透析膜あるいは市販のセファロースビーズに化学的に結合させ、カルボニルトラップ膜、カルボニルトラップビーズを作製し、ジカルボニル化合物混合液及び腹膜透析液中のカルボニルストレス抑制効果について検討を行った。さらに反応性カルボニル化合物に対する生体の制御機構を明らかにするため、代謝酵素であるグリオキサラーゼ-I(GLO-I)とその補酵素であるグルタチオンを組み合わせたカルボニルストレス消去システム(グリオキサラーゼシステム)について検討を行った。GLO遺伝子を導入したGLO-I過剰発現培養細胞(Chinese hamster ovary 細胞)を樹立し、培養液中に添加したα-ジカルボニル化合物に対してカルボニルストレス抑制効果があるかについて検討した。さらに腎不全患者について、血中GLO-Iレベルとカルボニルストレスとの関係について検討を行った。
結果と考察
I. カルボニル化合物とシグナル伝達
(1)メチルグリオキサールやHNEを試験管内でJurkat細胞に作用させたところ、典型的なアポトーシス、すなわちDNAの切断/カスパーゼの活性化が誘導された。(2)メチルグリオキサールをHUVECに作用させた場合には、DNAの切断は顕著でなかったが、明瞭なカスパーゼの活性化が観察された。以下、メチルグリオキサールあるいはHNEをJurakt細胞に作用させた場合に誘導される典型的なアポトーシスの誘導の機序を調べた。(4) メチルグリオキサールをJurkat細胞に作用させるとJNKが活性化したが、この活性化をJNKの阻害剤(C urcumin)で阻止するとアポトーシスの誘導が阻止された。また、(5)JNKのdominant-negativeな変異体のmRNAをこの細胞に導入したところ、アポトーシスの誘導は部分的に抑制された。一方、(6)HNEを作用させるのに先立ってシステインを添加するとアポトーシスの誘導は抑えられた。酸化型のシスチンにはこうした作用はなかった。(7)HNEを作用させた細胞の中の還元型グルタチオン(GSH)の量を測定したところ、この量が低下していた。
得られた成績から、メチルグリオキサール、HNEなどのカルボニル化合物は、Jurkat細胞、HUVECなどの各種細胞にさまざまなレベルのアポトーシスを誘導するシグナルを伝達すること、このシグナルの伝達機序においてJNKの活性化および細胞内GSHの低下が関わることが示された。こうしたカルボニル化合物の作用は、血管性病変を含む多くの病態にかかわる可能性がある。
II. 腎不全合併症(とくに透析アミロイドーシス)におけるカルボニルストレスの病態生理学
剖検により得た腎不全患者由来のアミロイド沈着病変部をGarbarらの方法に従い病理学的に3段階に分類した。stage 1つまり初期段階ではアミロイド沈着は軟骨の表面のみにみられ、stage 2になると沈着は軟骨表面から被膜、滑膜に認められた。stage 1、stage 2の段階ではアミロイド沈着部位にはマクロファージの浸潤は認められなかった。そして最終的には後期のアミロイドの像を呈するstage 3に至り、この段階でマクロファージの浸潤がアミロイドの沈着した滑膜部分のみに認められた。
AGEs/ALEs修飾とアミロイド沈着の関連性について抗AGEs/ALEs抗体を用いた免疫組織染色により検討したところ、stage 1あるいはstage 2のアミロイド組織において、軟骨自体はAGEs/ALEs化されているが、その表面に沈着したβ2-mアミロイドは抗AGEs/ALEs抗体で染色されず、初期の段階でのアミロイドではAGEs/ALEs修飾は認められないことが判明した。また、stage 2にみられる被膜、滑膜の沈着β2-mアミロイドもこの時点でAGEs/ALEs修飾されていなかった。しかし、stage 3、つまり後期のアミロイドでは、軟骨表面上の沈着β2-mアミロイドには変化は認められないものの、滑膜に沈着したβ2-mアミロイドは抗ペントシジン抗体、抗カルボキシメチルリジン抗体などの抗AGEs抗体及び抗マロンジアルデヒド-リジン抗体、抗ヒドロキシノネナール付加蛋白抗体などの抗ALEs抗体と強く反応し、高度にAGEs/ALEs修飾されていることが明らかとなった。これらのことから、少なくとも初期のアミロイド形成にAGEs/ALEs修飾は必須ではないことが示された。またアミロイドの中でAGEs/ALEs修飾されているβ2-mアミロイドは滑膜に沈着したものだけであることが明らかとなった。
β2-mアミロイドのAGEs/ALEs化、あるいはマクロファージの浸潤との関連性を検討したところ、アミロイド沈着の初期にはAGEs/ALEs修飾もマクロファージの浸潤も認められず、後期のβ2-mアミロイド沈着、それも滑膜に沈着したβ2-mアミロイドにだけAGEs/ALEs修飾とマクロファージの浸潤が同時に生じることが示された。
後期の骨・関節の破壊に対するマクロファージと、AGEs/ALEs化による修飾の役割に関しては、マクロファージ浸潤のある場所に、AGEs/ALEs修飾が認められることから、両者には関連性があると考えられるた。
現時点では、アミロイド形成の原因/促進のなりうる因子の断定は困難であるが、免疫組織染色で検出できないようなわずかなβ2-mのAGEs/ALEs修飾がアミロイド形成に関与している可能性は否定できない。また、滑膜という限られた領域に沈着したβ2-mアミロイドのみがAGEs/ALEs修飾されるメカニズムやその意義などを詳細に解析し、アミロイド形成に関与する因子を同定していく必要性があると考えられる。そのためには、免疫組織学的解析だけでなく、高感度の機器分析を用いた化学的定量系を用いた検討も必要であると考えられる。
III. カルボニルストレスと透析患者循環器系臨床的指標との関連
血漿ペントシジンは血液透析患者においてmean wall thickness (PWT+IST/2;心筋線維化の進行に伴う心筋肥厚を反映;Fagard RH, Hypertension 29 (1997)),relative wall thickness(2PWT/LVEDD)ならびに左室拡張期径(LVEDD)の説明(独立)変数となることが示された。
Mean wall thickness: multiple R=0.45, p<0.0001.[ 説明(独立)変数,血清アルブミン(_=-0.34, p=0.002),脈圧(_=0.28, p=0.006),総コレステロール・中性脂肪積(_=0.25, p=0.02),血漿ペントシジン(_=0.20, p=0.045)]
Relative wall thickness: multiple R=0.47, p<0.0001.[ 説明(独立)変数,総コレステロール・中性脂肪積(_=0.39, p=0.0001),血清アルブミン(_=-0.36, p=0.001),血漿pentosidine(_=0.24, p=0.016)] LVEDD: multiple R=0.58, p<0.0001.[ 説明(独立)変数,性別(_=-0.38, p=0.0001),総コレステロール・中性脂肪積(_=-0.32, p=0.001),透析期間(_=-0.27, p=0.003),血漿ペントシジン(_=-0.23, p=0.01)]。以上よりカルボニルストレスが腎不全における左室心筋remodelingならびに拡張障害と関連を有することが示唆された。
IV. 腹膜機能不全へのカルボニルストレスの関与
1) 除水機能不全を伴う腹膜透析患者腹膜の病理所見
短期腹膜透析患者と除水機能不全を伴う長期腹膜透析患者の腹膜の病理所見を比較すると、透析期間に比例して血管の増殖、血管拡張、血管壁の肥厚、間質の線維化が認められることが確認された。コンピューター画像解析によると長期腹膜透析患者腹膜の血管総面積は正常腹膜に比し約4倍に増加していた。
2) 除水機能不全を伴う腹膜透析患者腹膜における血管新生/拡張関連因子の発現変動
除水機能不全を伴う腹膜透析患者の腹膜における血管増殖因子(VEGF, FGF2)や血管拡張因子(NOS)の発現を比較検討したところ、透析期間に比例して腹膜の全NOS(nNOS, eNOS)活性が亢進することが明らかとなった。またVEGF, FGF2の発現も腹膜透析によって亢進していた。同様の現象は5/6腎摘出腎炎モデルラットにおいても確認できた。これらの結果から、除水機能不全の原因となりえる血管増殖・血管拡張にNOS, VEGF, FGF2などが関与することが明らかとなった。
3) 除水機能不全を伴う腹膜透析患者腹膜におけるカルボニルストレス
透析前後の透析液中のカルボニル化合物を測定すると、透析直後は透析液中に含まれる糖由来のカルボニル化合物が、透析後の排液中には糖由来のカルボニル化合物のみならず脂質由来のカルボニル化合物が多量に含まれていることが明らかとなった。このことから腹膜透析によって腹腔内は透析液由来のカルボニル化合物のみならず多量の血液由来のカルボニル化合物にも曝露されていることが明らかとなった。事実、長期腹膜透析患者腹膜を抗AGEs/ALEs抗体による免疫染色を解析すると、腹膜透析の期間に比例して、AGEs/ALEsが肥厚した中皮下の繊維層や血管壁に有意に検出される。さらにAGEs/ALEs検出部位に一致してVEGFやNOSの産生が亢進していることも明らかにされ、カルボニルストレスによってVEGFやNOSの産生が局所で亢進している可能性も示された。
以上、本研究では除水機能不全の分子メカニズムを検討した。まず、我々は除水機能不全の主要因は腹膜有効血管症の増大、つまり血管新生、血管拡張であることを明らかにした。その原因として、従来、血管新生、血管拡張因子として知られているNOS, VEGF, FGF2などが関与していることが明らかとなった。一方で腹膜透析にて腹腔内は多量のカルボニルストレスに暴露されていること、それらは血液中に蓄積したカルボニル化合物が浸透圧勾配によって腹腔内に移行して生じることが示された。そこでカルボニルストレスが血管増殖・拡張因子の発現を亢進させる要因となりえるか否かを検討したところ、カルボニル化合物に暴露された部位とVEGF, NOSの発現亢進部位が一致することから。腹腔内に蓄積するカルボニル化合物が腹膜有効血管床の増大に関与していることが判明した。    
V. 腹膜硬化症におけるheat shock protein 47 (HSP47) の関与-HSP47
を標的とした新しい治療法の基礎的検討-
ラット腹膜はCGの腹腔内投与により有意に肥厚し、HSP47 ASを同時に投与することでその肥厚は明らかに抑制された。In situ hybridizationではCG群においては中皮下組織にHSP47 mRNAの強い発現が認められたが、ASを投与することにより著明にHSP47 mRNAの発現は減少した。免疫組織染色による検討では、CG単独投与群と比し、AS投与群でHSP47蛋白、コラーゲン・の発現は減弱した。また、浸潤マクロファージ数や新生血管数もAS投与群においてCG群に比し有意に減少した。
これまで、我々はHSP47が腹膜透析患者腹膜や腹膜硬化モデルにおいて発現していることを示し、HSP47が腹膜硬化の発症進展に密接な関与があることを明らかとしてきたが、今回の検討でASによりHSP47の発現を抑えることにより腹膜硬化の進展を抑制しうることが明らかとなった。すなわち、これまでにない全く新しい腹膜硬化治療の可能性を示すことができた。興味深い点は、コラーゲン産生そのものを直接抑制しようとしたのではなく、分子シャペロンの産生を抑制することでコラーゲン産生そのものも低下してしまう点である。また、ASに投与によりマクロファージの浸潤や新生血管が減少したが、そのメカニズムは不明であり、腹膜硬化の病態にHSP47が関与するコラーゲン産生の他、マクロファージ、新生血管が複雑に関わっていることが推定され今後の詳細な検討が必要と思われた。
VI. 血液浄化システムとカルボニルストレス
健常者の血漿ペントシジン濃度に比較して腎機能軽度低下群では1.8倍、 腎機能中等度低下群では2.7倍、 腎機能高度低下群 では2.8倍、 腎不全群では5.0倍、 尿毒症群では9.7倍、 血液透析患者群では12.4倍、 腹膜透析患者群 では16.2倍の高値であった(いずれもp<0.01)。 健常者の血漿クレアチニン、尿素窒素値に比較して、 腎機能軽度低下群では有意な変化は認められなかったが、 他の群では有意な上昇が認められた。β2-mは健常者に比較して全ての群で有意な高値を示した。 血漿ペントシジン濃度はクレアチニン濃度、尿素窒素、β2-m、 PCOOHとの間の相関係数はそれぞれ、r=0.8284、0.7199、 0.7958、と高い相関性を示したが、 血糖値との相関係数はr=0.0620、 年齢とは r=0.1804と有意な相関性は認められなかった。 また、血液透析患者では、ET除去フィルター非使用群は使用群と比較して有意に血漿ペントシジン濃度は高値を示した。
以上、ペントシジンのELISA測定法を確立、多数例の測定に道を開いた。その結果、血漿クレアチニン、尿素窒素、 β2-m、 PCOOH、Ccrと血漿ペントシジン濃度は有意の相関性を示すことが明らかにされ、血液透析患者では、ET除去フィルター非使用群は使用群と比較して有意に高値を示すことが明らかとなった。ET除去フィルター使用により様々な透析合併症の進展に関わるAGEを低下しえたという事実は、今後透析膜の生体適合性を改善することにより、合併症の発症を抑制し得ることを示しているものと考えられる。また簡易に血中ペントシジンの測定を行うシステムを樹立したことにより、カルボニルストレスという面での透析条件の評価を容易になしえるようになったと思われる。
VII. 腎不全における副甲状腺機能亢進症の病態解明と新しい治療法の開発
(1)腫大副甲状腺に対する薬剤直接注入
高リン食にて飼育後,血中PTHは上昇し,副甲状腺過形成がみられた。 1,25(OH)2D3, 22-oxa 1,25(OH)2D3,calcimimeticsの局所注入によって,1週間後の血中PTHが低下しただけでなく,副甲状腺細胞数の減少,ミトコンドリアにおける初期アポトーシスシグナルの検出に成功した。したがって,これらの薬剤の注入により,副甲状腺過形成を退縮させることが可能なことが示唆された。
(2)腎不全におけるOPG 
保存期腎不全患者において,OPG値の逆数は腎機能の指標であるクレアチニンクリアランス(Ccr)値に反比例した(r2=0.608 p<0.001)。透析者のOPG値は腎機能正常者の3倍以上にあたる3.70±1.93ng/mlに達した。この値は,in vitroでOPGが破骨細胞形成を50%抑制する濃度に匹敵する。さらに,このELISA値は,RANKLを固定化したELISAによる再検値とほぼ一致し,尿毒症血清中のOPG分子はRANKLへの結合能を保持していると判断された。したがって,尿毒症血清中のOPG分子は,破骨細胞形成抑制効果をも保持している可能性が高い。
骨形態計測を行った透析者においては,OPG値はintPTH値とに相関しなかったが, ES/OS値とは負の相関傾向を示した(r2=0.178 p=0.06)。血清OPG値が3.0ng/ml以上の 患者群では,3.0ng/ml未満の患者群に比較して低いES/BS値を示した(5.8±1.0% vs 19.6 ±10.9%, p=0.04) 。したがって,実際に,血中OPG濃度は,PTHとは独立に生検骨組織の骨吸収パラメータに影響を与えていると考えられる。
以上より,腎機能の低下に伴って血中に増加するOPGは,PTHに対する骨抵抗性増強現象を誘導することによって,続発性副甲状腺機能亢進症や腎性骨異栄養症の病因となる可能性が示された。
(3)腎不全におけるPTHの評価
whole PTHの値は,intact PTHの値より一般に低めで,特にintact PTHが高値の症例でdiscrepancyが大きかった。最近7-84PTHは1-84PTHの効果を阻害するという報告もあり,従来のintact PTH assayは,腎不全患者において,PTH濃度だけでなく,その活性をも高く見積もっていた可能性が示唆された。
VIII. カルボニルストレスに基づく新治療法開発
グアニジン誘導体結合透析膜あるいはビーズについて、ジカルボニル化合物混合液あるいは腹膜透析液中のジカルボニル化合物のトラップ効果を確認した。グアニジン誘導体結合透析膜を血液透析膜として利用し腎不全患者血中に増加したカルボニル化合物をトラップする方法や、あるいは加熱滅菌の過程でグルコースから生成され腹膜透析液中に含まれているカルボニル化合物をビーズにてトラップすることが、透析患者のカルボニルストレスを軽減させる方法として臨床応用可能であると考えられた。
腹膜透析液中にGLO-Iとグルタチオンを添加することにより、効果的にグリオキサール、メチルグリオキサール、3-デオキシグルコソンなどの反応性の高いα-オキソカルボニル化合物が有効に消去されることを確認した。GLO遺伝子を導入したGLO-I過剰発現培養細胞の細胞溶解液に添加したα-オキソカルボニル化合物がグルタチオンの存在下で速やかに消去されることを確認した。さらに腎不全患者おいて血中GLO-I活性が低値である症例を偶然見いだし、検討したところ血中AGEレベルが極めて高値であり、血中GLO-I活性が実際に生体内でもカルボニルストレス除去に対して有効に働いていることが示唆された。GLO-Iの投与が臨床応用として考えられる。
結論
I. カルボニル化合物とシグナル伝達
カルボニル化合物であるメチルグリオキサールやHNEが、JNKの活性化やGSHレベルの低下と連動するアポトーシス誘導のシグナルを細胞内に伝達することを示した。
II. 腎不全合併症(とくに透析アミロイドーシス)におけるカルボニルストレスの病態生理学
透析アミロイドーシスの病態において、骨・関節組織の沈着β2-ミクログロブリンのAGEs/ALEs化による修飾が、骨・関節破壊に関与するマクロファージの浸潤に大きな役割を持つことが示唆された。骨・関節組織におけるカルボニルストレスの除去により透析アミロイドーシスによる骨・関節破壊の抑止が可能であると考えられる。今後、“カルボニルストレス"という新しい概念に基づいて、透析アミロードーシスの発症機序に関してさらに分子レベルでの解析が進み、今後の透析アミロードーシスに対する有効的な治療法開発に大きく寄与することが期待される。
III. カルボニルストレスと透析患者循環器系臨床的指標との関連
カルボニルストレスは実際に腎不全循環器合併症の臨床病態に関与する可能性が示唆された。治療戦略の確立のため更に詳細な臨床疫学的検討が必要であると考えられた。
IV. 腹膜機能不全へのカルボニルストレスの関与
現在まで、除水機能不全の原因が不明であったため、その治療・予防法は確立されていない。本研究にて腹腔内カルボニルストレスが血管増殖・拡張などの有効血管床増大の引き金となり、最終的に除水機能不全を引き起こす可能性が示唆された。このことから、カルボニルストレス消去剤が除水機能不全の予防・治療に有効である可能性が考えられ、さらなる研究が期待される。
V. 腹膜硬化症におけるheat shock protein 47 (HSP47) の関与-HSP47
を標的とした新しい治療法の基礎的検討-
HSP47が腹膜硬化治療の新たな分子標的になる可能性が示されると共に、HSP47が腹膜硬化において重要な役割を果たしていることが示唆された。
VI. 血液浄化システムとカルボニル
ストレス
AGEsの血中蓄積あるいは産生に腎機能、酸化的ストレス、透析液中のET が関与しているものと判断され、血液浄化システムの選択にあたっては、膜の生体適合性とともに、透析液の正常化が重要であると推察された。
VII. 腎不全における副甲状腺機能亢進症の病態解明と新しい治療法の開発
腎不全における骨・カルシウム代謝異常は複雑であるが,病態の解明を着実に進めることによって,より理想的なコントロールが可能になることが期待される。
VIII. カルボニルストレスに基づく新治療法開発
透析合併症の発症進展に深く関与するカルボニルストレスの阻害あるいは除去に有効に働き、かつ治療法として利用できると考えられた方法につき検討した。その結果、いくつかの方法を用いカルボニルストレスを軽減させることが可能であることが実際に確認された。透析患者においてカルボニルストレスを軽減させることにより、透析合併症の発現頻度を抑えることができると考えられる。現在、いくつかの企業の賛同を得ており、今後、この研究成果を安全に臨床へフィードバックできるようさらに検討を続ける。

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