脳梗塞急性期医療の実態に関する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200000907A
報告書区分
総括
研究課題名
脳梗塞急性期医療の実態に関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成12(2000)年度
研究代表者(所属機関)
山口 武典(国立循環器病センター)
研究分担者(所属機関)
  • 端和夫(札幌医科大学)
  • 斎藤勇(杏林大学)
  • 大和田隆(北里大学)
  • 村上雅義((財)先端医療振興財団)
研究区分
厚生科学研究費補助金 健康安全確保総合研究分野 健康科学総合研究事業
研究開始年度
平成10(1998)年度
研究終了予定年度
平成12(2000)年度
研究費
55,500,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
脳卒中診療の水準向上のためには、診療体制や治療内容などを詳細に把握する必要がある。本研究では、脳卒中の大部分を占める脳梗塞について、その発症、来院および入院の状況、病型、診療体制、急性期治療、転帰や死亡率、平均在院日数、および退院後の生活状況を調査し、わが国の脳卒中診療の基礎データを得ることを目的とする。
研究方法
平成10年度に実施した全国施設へのアンケートに基づき、脳梗塞急性期入院患者が年間50例以上の156施設において、平成11年5月1日より入院した急性期脳梗塞患者連続例について全国多施設前向き調査をおこなった。脳梗塞急性期患者の発症・入院状況、重症度、急性期治療内容、退院時の患者状況、病型などを退院時において調査した。平成12年4月30日で1年間の一次調査(急性期症例登録調査)登録を終了、7月31日を調査期限とし、回収にあたった。一次調査に引き続き、退院時死亡例を除外した症例に対し、平成12年9月における状態を患者本人あるいは家族に記入してもらった(第二次調査:追跡アンケート調査)。退院後死亡の有無、ハンディキャップや日常生活動作、通院や介護の状況、在宅サービス、住居、医療・介護費などについて質問し、同年12月31日を調査票回収期限とした。また、一次調査結果をもとに、地域特異性について検討した。道東医療圏における脳卒中急性期医療に関する前向き悉皆調査、北里大学における脳梗塞急性期の実態調査、全国7施設における発症7時間以内入院の脳主幹動脈閉塞・狭窄症診療実態調査を行なった。
結果と考察
一次調査は、基準不適合例を除き、16,922例(発作数)で解析を行った。男性が多く(61% v.s. 39%)、平均年齢70.6歳(男性68.7歳、女性73.6歳)で女性が高齢であった。担当科は脳神経外科49%、神経内科44%、脳卒中診療部7%であった。北海道で9割、東北で6割以上の患者を脳神経外科医が診療したが他地域では4割以下で、近畿・九州は脳卒中診療部が目立った。発症は安静時34%、活動時44%、就寝時13%で、場所は自宅が多かった(79%)。発症・発見から来院までの時間は0-3時間37%、3-6時間13%、6-12時間10%、12-24時間13%、1-2日12%で、6時間以内の来院は全体の50%であった。北海道東医療圏、北里大学、脳主幹動脈閉塞・狭窄症の全国調査もほぼ同結果で、発症3時間あるいは6時間以内入院は全体の1/3から2/3であった。発症時の適切な対応を市民に啓発すること、社会的な救急体制と医療機関の診療体制の充実が必要である。心原性脳塞栓症では発症3時間以内に62%が来院したが、ラクナ梗塞では22%が来院したのみであった。来院方法は自力17%、介助37%、救急車43%であった。3時間以内来院患者に限ると、救急車は67%で使用されていた。発症時出現した症候は運動麻痺71%、言語障害46%、歩行障害37%、意識障害25%などであった。脳卒中既往歴は31%に、家族歴は43%にあった。初診医は神経内科医31%、その他の内科医21%、脳神経外科医40%、救急診療医6%、研修医6%であった。入院病棟は一般病棟(脳卒中患者主体58%、混合病棟27%)が多く、集中治療室は19%と少なかった。集中治療室患者に重症が多かったが、重症度別に一般病棟と集中治療室症例で退院時転帰を比べると、中等症から重症例において集中治療室入院例で転帰良好の頻度が高かった。脳卒中集中治療室(stroke care unit: SCU)を備えた脳卒中センターの整備が必要である。一方、特に欧州において、急性期からリハビリテーションまで継ぎ目のない医療をめざしたstroke unit(SU)が生命、機能予後とも改善すると報告されている。診療科の枠を越えた脳卒中専門医(strokologist)の育成が
急務である。急性期入院病棟には地域差があり、混合病棟入院比率は12%から38%まで幅があった。入院時のNational Institute of Health Stroke Scale (NIHSS) スコアは、中央値5、平均8±8であった。来院から頭部CT・MRI検査までの時間は0-30分65%、30分-1時間24%、1時間以降11%と速やかに緊急対応されていた。脳血管診断法はMRA(61%)、頸部血管エコー(34%)、脳血管造影(17%)、CTアンギオ(5%)、経頭蓋ドプラ・経頭蓋カラードプラ(3%)などが用いられ、非侵襲的検査が主流であった。脳血管無評価例が16%にみられ、施設に適した補助診断法が来院早期になされることが望ましい。急性期治療としてウロキナーゼ(UK)は6%に用いられていたが、依然として少量の経静脈的使用が多かった(4%)。UKにより動脈内局所線溶療法を施行した患者に関して、性、年齢、病型(心原性脳塞栓症)、神経学的重症度をマッチさせたケース-コントロール解析では、退院時転帰は同療法群の方が対象群より良好であった。組織プラスミノーゲンアクチベーター(t-PA)の使用は1%以下であった。血栓を溶解する目的で血栓溶解薬(UKとt-PA)は3%に使用されていた。至適投与時間の問題、発症早期の迅速な診断と専門病院への搬送を克服した上で、急性期脳梗塞に対する血栓溶解療法がわが国でも認可されることが強く望まれる。その他の急性期治療薬はオザグレルナトリウム49%、アルガトロバン21%、ヘパリン16%、チクロピジン14%、アスピリン10%、ワルファリン6%などで、使用頻度は地域差があった。外科的治療は少なかった(2%)。臨床病型は、ラクナ梗塞36%、アテローム血栓性脳梗塞31%、心原性脳塞栓症20%、その他の脳梗塞6%、TIA6%であった。関東・近畿でアテローム血栓性脳梗塞の頻度が高い傾向にあった。同地域で高脂血症や糖尿病が多いことと関連あるだろう。わが国の脳梗塞はラクナ梗塞が多く死亡率が低いといわれているが、今後アテローム血栓性梗塞の増加に伴い重症化する危険性がある。障害血管は右内頸動脈(ICA)系35%、左ICA系40%、椎骨-脳底動脈・後大脳動脈系25%であった。危険因子は高血圧61%、糖尿病24%、喫煙18%、心房細動21%、高脂血症17%であった。わが国においても一次予防に関する大規模研究が必要である。リハビリテーション開始時期は入院日3%、3日以内30%、7日以内20%、14日以内9%で、28%では軽症のため行われなかった。退院時状況は独歩58%、杖歩行11%、車椅子16%、寝たきり8%、死亡7%であった。退院時転帰はmodified Rankin Scaleで判定し、全く障害なし19%、問題となる障害なし29%、軽度障害13%、中等度障害8%、比較的高度の障害14%、高度障害10%、死亡7%であった。退院先は自宅64%、転院25%、リハビリテーション科転科3%で、平均在院日数は35±34日であった。期間内の再発は215例にみられた。再発することで退院時転帰は不良となった。二次調査においては、生存退院者15,524例より11,266の調査票が回収された(総回収率73%)。12施設(423症例分)が調査を中止したため、対象患者は15,101人で、一次調査と照合不能の370例を除外した有効回収症例は10,896例となった(有効回収率72%)。アンケート記入者は本人が最も多く(50%)、次いで配偶者(20%)、子供(19%)であった。全く障害なし16%、症状あるが問題となる障害なし31%、軽度障害15%、中等度障害13%、日常生活に介助要13%、ベッド上の生活11%、退院後死亡5%であった。疾病に関し、変わりなし69%、脳卒中再発5%、他の病気に罹患11%、などであった。病院・診療所へ1ヶ月や2-3週間に1回(36%、23%)通院することが多かった。主な介護者は配偶者(63%)や子供(21%)で、60-70代(51%)、女性(78%)が多かった。介護保険申請をした人は31%、していない人は58%であり、前者の25%が在宅サービスを受けていた。自宅生活者が最も多く(73%)、次いで老人ホーム(10%)、子供の家(4%)、老人保健施設(3%)、特別養護老人ホーム(1%)の順であった。医療費実費負担月額は2,000円以下が多かった(24%)が、20,000円以上が13%あり、また、13%で医療費を除く介護費が月額20,000円以上だった。今後人口の高齢化、脳梗塞の臨床病型の変化に伴い、ますます脳卒中に
よる要介護者が増えると考えられ、よりよい公的保険制度を含め各方面から議論していく必要がある。
結論
わが国の脳梗塞急性期医療は、発症早期受診の啓発と診療体制の充実、SCUやSUなどの院内体制整備、血栓溶解療法の早期認可、などをめざす必要がある。そのためには、診療科の枠を越えた、いわゆるstrokologistの育成が急務であろう。正確な臨床病型診断、速やかな補助検査が重要である。人口の高齢化、脳梗塞の臨床病型の変化に伴い、今後も脳卒中による要介護者が増えると考えられ、各方面から議論をつくす必要がある。

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