地域保健サービスの生産関数・費用関数の推定とサービス供給の効率性に関する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200000887A
報告書区分
総括
研究課題名
地域保健サービスの生産関数・費用関数の推定とサービス供給の効率性に関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成12(2000)年度
研究代表者(所属機関)
武村 真治(国立公衆衛生院公衆衛生行政学部)
研究分担者(所属機関)
  • なし
研究区分
厚生科学研究費補助金 健康安全確保総合研究分野 健康科学総合研究事業
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
-
研究費
4,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
公衆衛生の分野においても、限られた資源のもとで、効率的な地域保健サービスの供給が求められているが、これまでの研究ではサービス供給の効率性に関する知見はほとんど得られていない。ミクロ経済学における企業行動の理論では、資本、労働などの生産要素と生産物との関連から生産関数を、また生産物と費用との関連から費用関数を導出し、生産活動の効率性、特に効率的な生産規模を検討する手法が開発されている。本研究では、ミクロ経済学における企業行動の理論を応用して、地域保健サービスの生産関数・費用関数を推定し、効率的なサービス供給主体の規模を明らかにすることを目的とした。
研究方法
①母子保健事業と老人保健事業の費用関数と規模の経済性を推定し、地域保健サービスの実施主体としての市町村の規模のあり方を検討した。全国の市町村における母子保健事業及び老人保健事業の平成10年度の会計上の事業費総額、人口、出生数、5歳未満人口、40歳以上人口などのデータを用いて、総費用(事業費総額)を生産量(母子保健事業では出生数または5歳未満人口、老人保健事業では40歳以上人口)で説明する費用関数を推定した。②保健医療サービスの経済的評価において近年多く用いられている、サービスの結果の指標としての支払意思額(Willingness To Pay: WTP)とその測定方法である仮想市場法(Contingent Valuation: CV)に関して文献レビューを行い、地域保健サービスへの適用可能性を検討した。③胃がんの一次スクリーニング法として開発されたペプシノゲン法(PG法)に関して、CVを用いて地域住民のWTPを測定し、PG法の胃がん検診への導入可能性を検討した。東京都町田市の間接X線法による胃がん検診受診者176人を対象に、検診会場で自記式調査票を配布・回収した。CVの中の二肢選択法を用いて、PG法の自己負担料として0~50,000円の8つの金額を無作為に提示し、受診意思の有無を設問した。提示額とその額で受診意思のある者の割合との関係から、ノンパラメトリックな方法としてターンブル法、パラメトリックな方法としてロジスティック分布を用いて、対象者集団のWTPの平均値を推定した。④老人保健法に基づく機能訓練に関して、CVを用いてWTPを測定し、機能訓練教室の費用便益分析を行った。対象地域は横浜市18区とした。平成12年10~11月に実施された機能訓練教室の参加者631人を対象に自記式調査票を配布し、501人の回答を得た(回収率79.4%)。CVの中の支払いカード法を用いて、金額の選択肢の中から対象者個人のWTPを設問した。機能訓練教室の費用の範囲を事業費、人件費、ボランティア費として、平成11年度の実績データ(事業費の決算額、従事した職員やボランティアの延べ人数、参加延べ人数、実施回数など)を用いて、各区の参加者1人1回当たり費用を算出した。18区ごとに1人1回当たり純便益を算出し、機能訓練教室の規模と1人1回当たりの費用、便益、純便益との関連を分析した。
結果と考察
①母子保健事業の費用関数としては、生産量を出生数とした場合も5歳未満人口とした場合も、生産量の増加に対して総費用が逓減するモデルが最も適切であり、平均費用は事業対象者の規模の増加にしたがって減少していた。老人保健事業の費用関数としては、生産量の増加に対して総費用が正比例するモデルが最も適切であり、事業対象者1人当たり費用は3,771円で一定であった。②CVは、評価対象となるサービスの内容や効果などを記述したシナリオを提示し、「仮にこのサービスが市場で取引されていたとしたら、最大いくらまで支払って購入しますか」として、行政サービスや保健医療サービスなどの通常の市場機構で取り引きされていないサ
ービスに対するWTPを測定する方法である。CVの調査方法としては、対象者個人のWTPを直接設問する方法が簡便であるが、回答者の負担やバイアスが大きいという問題があるため、対象者の提示額に対する反応から対象者集団全体のWTPを推定する二肢選択法が推奨されている。しかし二肢選択法において統計的に安定したWTPの推定値を導き出すためには、十分な対象者数と適切な提示額の設定が必要である。地域保健サービスのシナリオには、サービスの効果とサービスの過程(サービス利用に必要な期間や時間、苦痛や不安の軽減、提供される情報などの、健康状態の改善以外の要素)を網羅的に記述する必要がある。保健医療サービスの便益は利用者だけでなく非利用者によっても享受される。特に公衆衛生・地域保健サービスに関しては、利用者がサービスを利用することによって非利用者が直接的・間接的に享受できる便益、つまり外部経済性を考慮する必要がある。CVによるWTPを地域保健サービスの政策決定に利用する際には、回答者がサービスの有料化や自己負担料の増加を危惧してWTPを過小に表明する可能性があること、逆に仮想であるがゆえに回答者がWTPを過大に表明する可能性があり、WTPを実際の自己負担料に設定するとサービス利用量が減少する危険性があること、調査対象者はサービスの過程や結果の重要性といった、便益の評価に必要な情報を十分にもっていない可能性があること、などを考慮する必要がある。③PG法の提示額と世帯収入、PG法に対するコスト意識との正の関連、PG法の受診意思とPG法に対するコスト意識、PG法の提示額との負の関連がみられた。多変量解析の結果、PG法の受診意思と関連がみられたのはPG法の提示額のみであったため、この2つの変数を用いてWTPを推定した。WTPの平均値は、ターンブル法では10,485円(下限平均値)、12,820円(中位平均値)、15,155円(上限平均値)、ロジスティック分布を用いた推定では15,585円(95%信頼区間7,687円~32,063円)であった。④機能訓練教室のWTPは0~9,000円の範囲で、平均値441円、中央値300円、標準偏差633円であった。WTPと発症期間との負の相関、年間所得との正の相関がみられた。機能訓練教室の1人1回当たり費用は3,289~8,366円で、純便益は全ての区で負の値であった。機能訓練教室の規模(参加延べ人数、実施回数)と1人1回当たり費用との負の相関、1人1回当たり純便益との正の相関がみられた。
結論
①母子保健事業の実施主体を市町村とする現在の実施体制では、対象者規模に対する固定費用が大き過ぎるため、いくつかの市町村で広域連合を組織すること、町村合併によって市町村の規模自体を大きくすることなどによって、実施主体の対象者規模を拡大する必要がある。②地域保健サービスの経済的評価の手法としてはWTPを用いた費用便益分析が適切であるが、CVによってWTPを測定する際には、調査方法やシナリオに関して予備調査を実施すること、利用者と非利用者を含めた地域全体のWTPを測定すること、バイアスや情報の非対称性を考慮した上で政策決定に利用すること、が必要である。③胃がん検診受診者のPG法による胃がん検診に対するWTPの平均値は、ターンブル法で10,485円、ロジスティック分布による推定で7,687円で、PG法の費用とされる1,000円よりも大きく、費用便益の観点からPG法を胃がん検診に導入する価値があることが示唆された。④機能訓練教室の費用は便益を大きく上回っていたが、教室の規模を拡大することによって、費用の削減による純便益の増加が可能であることが示唆された。今後、機能訓練教室による、節約された医療費などの社会的費用、ボランティアや地域住民などの非利用者の便益を測定し、社会全体の視点からの費用便益分析を行う必要がある。

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