健康増進を目的とした実践的生活改善プログラムの開発および疫学的評価に関する研究

文献情報

文献番号
200000878A
報告書区分
総括
研究課題名
健康増進を目的とした実践的生活改善プログラムの開発および疫学的評価に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成12(2000)年度
研究代表者(所属機関)
児玉 和紀(広島大学医学部保健学科)
研究分担者(所属機関)
  • 能勢隆之(鳥取大学医学部)
  • 佐々木英夫(広島原爆障害対策協議会健康管理増進センター)
  • 種田行男(明治生命事業団体力医学研究所)
  • 竹島伸生(名古屋市立大学自然科学研究教育センター)
  • 萱場一則(上越地域医療センター病院)
  • 谷原真一(自治医科大学)
  • 笠置文善((財)放射線影響研究所)
研究区分
厚生科学研究費補助金 健康安全確保総合研究分野 健康科学総合研究事業
研究開始年度
平成10(1998)年度
研究終了予定年度
平成12(2000)年度
研究費
13,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
壮年期から老年期にかけての運動の実践と生活習慣の改善は老年期の活動能力の向上と生活習慣病の予防に役立つと考えられている。そこで、壮年期までの運動の実践および活動的な生活習慣が老年期における社会活動能力などに及ぼす影響を疫学的に評価し、高齢期の自立した生活能力を維持する上で必要な運動の強さと頻度を明らかにするとともに、簡便でかつ実践的な生活習慣改善プログラムを開発することを目的として本研究を企画した。
研究方法
1) 長期縦断追跡集団における生活習慣病ならびに老化予防に関する疫学研究
原爆被爆者集団についてPhysical Activity Index(PAI)の情報を用いて26年間の全死因死亡率ならびに老人性痴呆有病率を解析することにより、身体活動の生活習慣病予防効果について検討を加えた。
2) 日常身体活動度と死亡との関連に関する研究
新潟県Y町の老健法基本健康診査受診者を対象にPAI の情報を収集し、PAIレベルと追跡6年間の全死因死亡との関連を検討した。
3) 農村住民の追跡による生活習慣病抑制因子の解明に関する研究
栃木県M町住民を対象に約20年追跡をおこない、死亡またはADL低下に関連する要因について検討した。
4) 健康増進センターコホートにおける運動の意義に関する疫学的研究
広島原対協健康増進センター受診者のコホートを形成し、ベースライン検査時の最大酸素摂取量とその後の高血圧罹患との関係について検討した。
5) 運動指導による地域の中高年住民の健康および体力向上に関する研究
S総合病院の振動障害検診を受診した振動障害患者52名を無作為に運動指導(介入)群と非指導(非介入)群にわけ、歩行を中心とした軽度の有酸素運動(1日30分の歩行)を介入群に指導し、1年後の生活体力に与える影響を調べた。
6) 高齢者のための運動習慣の形成・継続プログラムの開発
神奈川県K市の地域在宅高齢者で自主的に運動プログラムに参加した32名を介入群、プログラムには参加せずに測定だけを受けた者38名を非介入群とし、介入終了1年後において両群に体力測定への参加を呼びかけ、介入プログラムの終了後1年間における運動継続状況および生活体力の推移について検討した。
7) 活動能力向上を目的とした身体運動の具体的方法に関する研究
運動習慣を有しない高齢者76名を対象に運動群47人と非運動群29人に分けて検討し、運動群に主に筋力強化に主眼をおいた自宅で実施可能な運動方法プログラムを12週間に亘り指導し、全身持久性、上肢の柔軟性、筋力、下肢の柔軟性、敏捷性または動的バランスなどの経時変化を測定した。
8) 老化指標および活動能力指標の作成
これまでに作成した高齢者の老化指標、個人的生活活動指標、社会的活動指標を集団に適応し、諸種集団への適応可能性の検討を行った。対象集団は、上記研究7)の運動の生活化を計る目的で高齢者にとって自宅で手軽に実施容易な運動プログラムを受けている地域住民である。
結果と考察
1)長期縦断追跡集団における生活習慣病ならびに老化予防に関する疫学研究
身体活動不足が心・血管疾患の重要な危険因子であることは欧米の疫学研究では既に明らかにされている。ただその結果がそのまま日本人にあてはまるかどうかには疑問が残る。そこで身体活動指標(PAI)のレベル、性、年齢、教育歴、喫煙、飲酒、血圧、糖尿病既往などを説明変数、26年間の全死因死亡を目的変数として解析を行った。その結果、睡眠を除いたPAIでは全死因死亡とU字型の関連を示した。つまり、身体活動が低すぎても高すぎてもその後の死亡率が高くなるといった結果が得られた。このことは生活習慣病予防のための身体活動にも適切なレベルのあることを意味しており、今後の具体的な対策樹立に大いに寄与できる知見と考えられる。なお、身体活動以外にも喫煙、多量飲酒、血圧上昇などがいずれも死亡のリスクを増しており、やはり総合的な対処の必要性があることが確認された。老人性痴呆と身体活動については関連性が認められなかった。
2)日常身体活動度と死亡との関連に関する研究
PAIと死亡の関連では、男女ともに活動度が高いほど死亡率が低い傾向を示した。この傾向はPAIを仕事と余暇時に分けるとより明確となり、男性では活動度の高い群で死亡率が高くなるU字型の傾向が見られた。女性においても男性ほど著明ではないもののWork、Leisureともに活動度が高い群において死亡率が低い値を示した。これは、活動度の高い群ほど健康状態のよい人が多いためとも考えられるが、年齢や各種危険因子を調節してもその傾向はみられ、PAIは独立した因子となりうることが示唆された。
3)農村住民の追跡による生活習慣病抑制因子の解明に関する研究
人口移動の少ない農村地区の住民を約20年間に渡って追跡を行い、死亡又はADL低下に関連する要因について検討した。その結果、死亡については男性のリスクが高かったが、ADL低下については性差は明らかではなかった。多変量解析の結果、死亡又はADL低下のリスクを増加させていた因子は年齢と喫煙であった。死亡に至らない老化予防に対しても喫煙対策は重要である。また、高血圧も老化のリスクを増加させる傾向が認められた。個別の食生活習慣については統計学的に有意となった因子は認められなかったが、今後は死亡ならびにADL低下の原因を考慮した解析を行って、実際に生活指導の場でも応用可能な形で食生活習慣の影響を検討する必要がある。
4)健康増進センターコホートにおける運動の意義に関する疫学的研究
複数回受診者の中で初診時に正常血圧であった者2,961名を追跡して高血圧の罹患状況を調査し、心肺持久力(最大酸素摂取量)との関連を検討した。男女とも、またどの年代でも心肺持久力が高いほど高血圧罹患率が低下する傾向がみられた。Cox modelによる解析では高心肺持久力の高血圧罹患のRRは0.80であった。また、余暇運動の有無では運動群で、飲酒量では高飲酒量群で有意であった。これらのことは心肺持久力を維持・向上させることによって、高血圧の罹患を予防する可能性が示唆される。とくに男性、中高年、余暇運動を行う者、高飲酒群でより高い効果が期待できる。
5)運動指導による地域の中高年住民の健康および体力向上に関する研究
高齢者では歩行のような軽度の有酸素運動でも効果がみられるといわれている。このようなことを考慮して、今回の運動指導は自宅周辺で行う運動とし、安全性の問題から軽度の有酸素運動として30分間の歩行を選んだ。介入群では、余暇時間に平均して1日30分の歩行以上の運動を行った人は、介入前の11名から介入後は22名に有意に増加していた。軽い有酸素運動による体力への影響をみると、生活体力総合評価点の変化にみられるように、非介入群に比較して介入群で有意に加齢による体力の低下が抑制されていた。項目別でみると、起居能力、身辺作業能力に有意の差がみられた。今回の結果より高齢の振動障害患者では、生活自立能力の維持のため有酸素運動指導は有効であるといえる。このように障害を有する高齢者では、従来の局所的の障害の評価とその治療、対策だけでなく、生活自立能力を含めた身体活動能力、体力の評価とともに、その維持向上のため運動指導を積極的に考慮すべきであると考えられる。そのためには、疾病や障害を有する高齢者での運動指導の効果や安全性についてさらに研究をすすめていく必要がある。
6)高齢者のための運動習慣の形成・継続プログラムの開発
介入終了1年後において、継続群の消費エネルギー量はほぼ維持されたが、非継続群では減少する傾向がみられた。これらのことから、介入終了時点での習慣的運動量はその後の運動継続状況を決定する重要な要因と考えられた。体力指標としての3分間歩行距離,長座体前屈,および脚筋力の結果について継続群と非継続群との間で比較した結果、介入終了1年後において継続群ではいずれの項目ともほぼ維持されていたが、非継続群では低下傾向にあった。また、生活体力では歩行能力と身辺作業能力においても継続群では高水準が維持されていたのに対し、非継続群では低下傾向がみられた。したがって、これらの項目では習慣的運動量と各能力との間に密接な関連性を持つことが示唆された。継続群の運動による消費エネルギー量は約200 kcal/dayであったことから、運動の継続および生活体力の維持には、この程度の運動量を目標にすることが望ましいと考えられた。
7)活動能力向上を目的とした身体運動の具体的方法に関する研究
高齢者には運動プログラムが単純かつ容易なものであることが求められ、運動の継続性の観点からは、家庭型の運動方法の開発が求められている。本研究では、運動プロラグムの作成にあたり、エアロビクス、レジスタンス、柔軟性の3点の実施を想定し、高齢者が理解し易い運動方法の習得に工夫を凝らした。運動群では日常生活能力をみることから作成されたFunctional Fitness(機能的体力)を用いて筋力(上肢、下肢)、敏捷性、動的バランス、柔軟性(下肢)の改善が明らかであった。全身持久性については改善が認められなかったが、運動参加者の中に毎日の生活において階段の上がり下がりが楽になったことや坂道や荷物の保持が楽になったなどの感想を示す者が多いことなどをみれば、今回採用した運動の効果は実際の日常生活において好影響を及ぼしている可能性が推察できる。
8)老化指標および活動能力指標の作成
高齢者の日常的な生活活動の活発さを測る物差しとして、老化指標、個人的活動度指標、社会的活動度指標を提供してきた。これらの指標を物差しとして、実践的な生活改善プログラムによって実際に最終レベルである生活活動度の活発さまでに変容したかどうかが測定可能となる。これらの各指標は、大多数の高齢者自身が労力なく誰でも回答しうる簡便な質問票に基づいて作成されており、いずれの高齢者集団にあっても測定可能な指標である。
老化指標、個人的活動度指標、社会的活動度指標と散歩やジョギングなどの運動およびQOLとの関連を通してそれら指標としての妥当性を検討した。散歩や体操の実施頻度が少ない人の方が老化指標は高く老化度が高いことが示され、その傾向性の検定は有意であった。スポ-ツやジョギングの実施頻度が少ない人ほどやはり老化指標は高くその傾向性も有意となっていた。スポ-ツやジョギングなどの運動と個人的活動度指標、社会的活動度指標との関連をみると、それらの実施頻度が少ない人ほど、各々の活動度指標の値は小さく個人的活動や社会的活動のアクティビティが低くなっていた。老化指標では、スコア-の1増加、すなわち老化度が1歳高い人ほど、生活満足感、幸福感、生きがい感は低く、この傾向はいずれも有意であった。個人的活動度、社会的活動度とQOLとの関連をみると、活動度スコア-が高くなるに応じて生活満足感、幸福感、生きがい感も高くなる傾向がみられ、個人的活動度指標および社会的活動度指標と生きがい感との関連は有意であった。
介入前後での各指標の変化についての検討では、老化指標は介入後には介入前と比較して低下傾向が反映された。一方、個人的活動度指標ならびに社会的活動度指標では変化はさほど観察されなかった。
元来、指標としての有効性の評価には、2つの面を考えなければならない。1つは、何らかの健康状態と横断的に相関し、かつまた何らかの健康状態と縦断的にも相関しているという指標の妥当性である。2つめは、健康状態が変化すればそれに対応して指標も変化するという指標の鋭敏性である。本分担研究で作成された老化指標、個人的活動度指標、社会的活動度指標ともその妥当性については、初年度および2年度の研究によりある程度の成績が得られたし、また全く別の集団に適用した本年度の研究においても、過去2年間で認められた横断的妥当性が更に追認され、本指標の種々の集団への適用可能性が認められた。一方、指標の鋭敏性の観点では、老化指標は介入後に低下したことが観察されはしたが、全体としてこれら3つの指標に充分な鋭敏性があるという結論には達し得なかった。
どんなに少ない生活活動の改善であったとしても、それに応じて鋭敏に反応することが指標には要求され、本活動度指標には不充分さもみられ改良の必要性が惹起される。
結論
1) 原爆被爆者の長期追跡集団では、身体活動指標(PAI)のレベルと26年間の全死因死亡ならびに老人性痴呆有病率との関連性について検討した。その結果、PAIと全死因死亡とにU字型の関連が認められ、生活習慣病予防のための身体活動には適切なレベルがあると判明した。PAIレベルと老人性痴呆有病率との関連はみられなかった。
2) 新潟県Y町の老健法による健診受診者では、PAIレベルと追跡6年間の全死因死亡との関連を検討した。その結果、PAIレベルが高いほど6年間の全死因死亡率が低い傾向が認められた。仕事時のPAIでは、PAIと全死因死亡率とにU字型の関連が認められた。
3) 農村住民集団における追跡調査では、死亡またはADL低下に関連する要因について検討した。その結果、死亡またはADL低下リスクの増加と関連していた要因は年齢と喫煙であった。喫煙対策の重要性が再確認された。
4) 健康増進センターコホートの調査では、心肺持久力と高血圧罹患との関係をみたが、最大酸素摂取量の多い群で高血圧罹患率が低い傾向を認め、心肺持久力を維持・向上させることによって、高血圧の罹患が予防できる可能性が示唆された。
5)高齢振動障害患者を対象とした介入研究では、歩行を中心とした軽度の有酸素運動(1日30分の歩行)指導により1年後の生活体力への影響について検討した。介入群では起居動作、身辺作業動作が有意に改善しており、生活自立能力の維持向上のため、軽度の有酸素運動が有効であることが確認された。
6)地域在宅高齢者における介入研究では、運動プログラムを実施した群の1年後の運動継続状況ならびに生活体力について検討した。その結果、運動継続群では生活体力が維持されていたものの、運動中断群では生活体力が低下していた。運動の継続ならびに生活体力の維持には、一日約200Kcalの運動量が適当と考えられた。
7)活動能力向上を目指した運動方法の開発研究では、在宅高齢者に筋力強化に主眼を置いた自宅型運動を12週間実施することにより、筋力、下肢の柔軟性、敏捷性などに顕著な改善が認められた。筋力の改善を目指した自宅運動型運動が活動能力向上に有効であることが認められた。
8) 老化指標および活動能力指標の作成
老化指標及び生活活動能力指標作成研究では、これまでに作成した高齢者の老化指標、個人的生活活動指標、社会的活動指標を集団に適応し、諸種集団への適応可能性の検討を行った。前述の活動能力向上を目指した運動方法の開発研究における介入群において、介入前後で各指標の変化を観察した。その結果、老化指標は活動能力向上と反比例して低下がみられたが、活動能力指標はさほど変化がみられず、活動能力指標の鋭敏性に検討の余地があることが示唆された。

公開日・更新日

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