疲労の実態調査と健康づくりのための疲労回復手法に関する研究

文献情報

文献番号
200000876A
報告書区分
総括
研究課題名
疲労の実態調査と健康づくりのための疲労回復手法に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成12(2000)年度
研究代表者(所属機関)
木谷 照夫(市立堺病院)
研究分担者(所属機関)
  • 簑輪眞澄(国立公衆衛生院)
  • 橋本信也(国際学院埼玉短期大学)
  • 松本美富士(豊川市民病院)
  • 赤枝恒雄(赤枝医学研究財団)
  • 倉恒弘彦(大阪大学大学院医学系研究科)
  • 志水彰(関西福祉大)
  • 渡辺恭良(大阪市立大学大学院医学研究科)
研究区分
厚生科学研究費補助金 健康安全確保総合研究分野 健康科学総合研究事業
研究開始年度
平成10(1998)年度
研究終了予定年度
平成12(2000)年度
研究費
4,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
今日の社会は急激に社会構造に変化をきたし、労働環境や生活環境は大きく変化してきていて、そこには過大な肉体的、時間的労働の強制のほかに例えば情報、電子機器などの開発とともに作業環境の中により精神的緊張を強いる要素が増加してきている。そのため肉体的過労働負荷による疲労に加えて、精神的疲労は著しく増加してきている。また、社会生活の多様化は対人関係をも複雑なものとし、これまた精神的な緊張を強いて、疲労増大の原因となっている。そこで本研究では、まず基本となる資料をうるため、疫学的な実態調査を行うことを第一の目的とした。一般地域住民における疲労実態の調査により疲労自覚者の有症率や疲労の強さのほか、生活習慣、職業、疾病などの背景因子との関連を知ることは重要であり、それにより疲労発生の危険因子を知りうることになる。また医療機関受診者における疲労自覚者の実態の調査は、疲労という自覚症の受診の動機としての意義や、疾病との関連、更に地域住民調査との対比により更に両者においてより内容のある解析が可能となることを期待した。
研究方法
(A)疲労の実態調査、ア)地域住民の疲労の実態調査:愛知県豊川保健所管内の4,000人を無作為抽出し、アンケート法で実施した。調査内容は疲労の有無、程度、原因、期間などのほか生活習慣や職業など背景因子についても多くの設問をもうけた。疲労のない人の項目陽性率を1とし、多重ロジスティクモデルを用いリスクファクターを調べた。イ)医療機関受診者の疲労の実態調査:地域住民の疲労実態調査を行った同一地域で協力が得られた19医療機関に調査を依頼した。調査時期、期間は平成12年7月~8月である。受診者のうち協力可能な15~64才の男女を対象とし、調査票に記入してもらった。調査項目は地域住民調査における項目に加えて受診疾患との関連を問うた。また医師へは対象者の主訴、受診した原因疾患の診断名などの記入を依頼した。ウ)女子大生における実態調査:同一のアンケート調査用紙を用い、昨年度と同じ女子短期大学に通学している学生377例について行った。この成績を昨年の成績と対比検討し、また前回、今回をあわせ、疲労発現の背景因子、危険因子を調べた。(B)疲労の定量法の開発:Advanced Trail Making Test(ATMT)やモーションキャプチャーシステム、 アクティーグラフなどの手法を用いてより客観的な疲労・倦怠感の評価法の開発を試みた。(C)慢性疲労症候群患者については、脳・神経代謝異常という観点よりPETを用いて局所脳血流量や局所脳アセチルカルニチン取り込みの解析を行った。
結果と考察
(A)疲労の実態調査:アンケートの回収率77.3%と良好であった。今回の調査により地域住民の59.1%が現在疲労を感じているという極めて高率の疲労自覚者の存在が明らかにされた。また6ヶ月以上疲労が持続している人の数も35.8%と高値であった。このような値はこれまで欧米で発表されている成績に比べはるかに高率である。欧米と本邦との疲労者数を比較する場合、第1の基本的な問題は疲労の定義である。欧米での調査では多くの場合、「現在疲労がある」とするには最近の1~2週間疲労が持続ないし反復するものとしている。また疲労とは疲れている感覚のみでなく状態が悪いとか、活動性の低下を含んだ内容を持つようである。そこで今回我々の調査の慢性疲労者のうち日常生活に支障がないと答えたものを除いてみると、慢性疲労は15%となる。この数値は欧米での慢性疲労者
の多くの数値に近いものである。同様に現在疲労を感じている数値(59.1%)よりそのうちの日常生活に支障がないとする59.6%を除くと35.2%となり、これまた欧米の短期間の疲労自覚者の率に近くなる。国際比較を行う場合には今後、このような言語文化的な面までも検討をすすめる必要があることが痛感させられた。以上の疫学的疲労実態調査のデーターは今後更に様々な観点から分析する必要があり、それにより、より意義あるものとなるものと考えている。今年度に行なった医療機関外来受診者における疲労実態の調査では、現在の疲労の有症率は67.1%と地域住民のそれよりやや高い値であった。また6ヶ月以上疲労を感じている人(慢性疲労)も45.1%で、同様に地域住民調査よりやや高率である。疲労の原因別にみると現在の疲労も慢性疲労も病気を原因とする群の%が増しており、特に慢性疲労では顕著であった。明確な原因群と原因不明群は病気による増加を除いて補正すると住民調査の率とほとんど変わっていない。疲労を主訴として医療機関を受診する人は全受診者の約10%であった。疲労のリスクファクターについては多くのものの関与が示されているが、多岐にわたるため個別の報告はみられない。女子短大生についての調査では今回は特に慢性疲労に注目し調査をした。新しい対象で行なった今回の成績は前回の成績とほぼ同じ値を示し、調査の信頼性が確かめられた。女子短大生では現在「だるい」と感じている学生は80%前後で、うち原因不明の疲労は50%と、地域住民の調査よりはるかに高率であることが注目された。(B)疲労の定量法の開発:疲労の定量的評価は極めて困難なものとされて来た。今回3種の新しい方法でCFS患者ならびに作業負荷健常人について定量評価を試みた。ATMTを用いた精神疲労の客観的評価の成績は、CFS患者においては精神疲労をきたし易く、作業能力の低下を代償、補完することが困難であることが示された。また重症度と相関する可能性も示された。しかし、健常者の場合は身体的運動負荷を行っても、精神作業能力は低下せず、むしろ向上するという成績が得られた。したがって、肉体的疲労、疲労感と精神疲労とは独立した因子であり夫々別に評価する必要があることが示唆された。Dual Testによる疲労の評価では、CFS患者で全ての課題でomission errorに有意にエラー数が多く、また反応時間にも延長がみられた。一方、健常者で急性疲労をおこさせるように身体運動負荷を行なった後調べると注意の強度や持続性に低下はみられずむしろ反応時間は短縮していた。しかし、この場合は反応時間の変動係数が上昇していることが明らかになった。通常の生活の中では、過労状態に陥っていても明らかな身体異常やミスがおきるまで過労状況に気付かないことが多いが、このような検査を行うことにより疲労による身体の変化を早期に検出できる可能性がある。モーションピクチャーシステムを用いた疲労の評価においては、断続立ち座りにより移動距離が短縮され、パフォーマンスの低下を最小限にするための代償反応が示されているものと考えられた(C)PET解析による脳機能異常の解析:近年CFSの疲労は中枢性疲労と考えられるようになり中枢神経系にこれまでの検査法では見いだし得ない病変が存在するのではないかと考えられるようになってきた。本研究班ではCFSで有意に低下がみられるアシルカルニチンに注目し、この物質のCFS患者脳内への取り込みをPETを用いて解析し、前帯状皮質24野、33野と前頭皮質9野において局所的に取り込みの低下が認められることを見いだしてきた。このことは、疲労感覚に関与する領域(疲労中枢の可能性)の存在を示唆している。今回は、この成績をより明確にするために個々の症例ならびに正常対照の脳血流量とアセチルカルニチンの取り込みを規格化した後群間比較を行ったところ、上記成績の統計学的有意差はより明確となり、結果の信頼性が確認された。
結論
地域住民ならびに医療機関受診者の疲労実態調査を行い、我が国の疲労自覚者の現状を明らかにすることができた。これまで疲労実態に関する疫学的調査はほとんど実施されておらず、有益な基
礎資料となるものである。その成績からみると、我が国では現在疲労を感じている人も6ヶ月以上疲労が続いている人も欧米の報告に比べてはるかに高率であることが明らかとなった。現代日本社会の労働環境や生活環境には肉体的、精神的に過剰な負荷やストレスを与える要素が満ちあふれており、それを癒やす自然環境も悪化が続いている。今回の調査成績はその結果として生じた我が国社会の歪みの一つを示すものであり、ゆとりある社会への方向是正を求める警告とも言えよう。今回得られた結果に加えるに今後更にデーターを解析し、疲労発現の危険因子を明らかにすることは、生活習慣、労働環境、教育の場などの改善に寄与しうるものと確信している。

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