疾病管理による保健サ-ビスの経済的評価

文献情報

文献番号
200000860A
報告書区分
総括
研究課題名
疾病管理による保健サ-ビスの経済的評価
課題番号
-
研究年度
平成12(2000)年度
研究代表者(所属機関)
久繁 哲徳(徳島大学医学部)
研究分担者(所属機関)
研究区分
厚生科学研究費補助金 健康安全確保総合研究分野 健康科学総合研究事業
研究開始年度
平成10(1998)年度
研究終了予定年度
平成12(2000)年度
研究費
10,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
急速に高齢化社会を迎えるわが国では,生活習慣病および老人病に対応できるような効果的な保健医療の提供とともに,それにともない高騰する保健医療費の適正化が緊急の政策的課題となっている。国際的には,こうした課題に対応するために,最も効果的な保健医療サ-ビスの評価を行い,しかも限られた保健医療費の下で最大の健康改善をもたらす効率的なサ-ビスの選択を試みている。そうした戦略が「根拠に基づく保健医療」(evidence-based healthcare)である。その中でも「疾病管理」(disease management)は,個別の疾患に焦点を絞り,地域全体を視野に入れ,1次予防から3次予防まで,継続的で統合的な保健医療のあり方を検討する接近法として注目されている。そこで,わが国において,生活習慣病に対する効果的で効率的な保健医療サ-ビスのあり方について,疾病管理の枠組みを用い、今後の戦略を設定するための研究を行いたいと考えた。本研究では、生活習慣病の代表として糖尿病を選び,国および地域の視点から、疾病管理の具体的な適用を試みた。
研究方法
わが国の生活習慣病に対する保健医療サ-ビスの総合的な評価を、疾病管理の枠組みに基づき、糖尿病を対象として以下の方法にしたがって実施した。 1) 疾病管理の方法論: 国際的な情報の収集と批判的吟味を実施し,わが国での適用枠組みを明らかにした。 2) 糖尿病の社会的負担の評価: 糖尿病の頻度と予後から,その健康障害と社会的負担を評価した。健康障害については生活の質(とくに効用)の評価を行なった。その基礎となる生活の質については、国際的に利用されているEuroQol を用い、全国および徳島全県の調査を行なった。社会的負担については,直接費用と間接費用をともに評価し,疾病費用(cost of illness)を行った。 3) 糖尿病の保健サ-ビスの効果評価: 批判的吟味による予防の根拠に基づき、症例発見に焦点を当てた2次予防、合併症の削減を目的とした3次予防(とくにスクリ-ニング)について、生涯に渡る健康改善について、判断分析、シミュレ-ション・モデルにより評価を行なった。 4) 糖尿病の保健サ-ビスの費用評価: 予防管理に要する費用(直接費用および間接費用)について、予防を行なわない場合と比較して、経済的評価を試みた。 5) 最適保健サ-ビス戦略の選択: 上記の成果に基づき,ミクロ血管障害の予防について,判断分析およびマルコフ・モデルにより,臨床的有効性と経済的効率性の高い保健サ-ビスの選択を行った。 6) 地域における疾病管理の実行と評価: 4地域を選び,疾病管理の計画および導入による問題点を検討するとともに,実行後の評価を試みた。 7)保健医療行動の評価:医療機関において、2次から3次予防の連携促進強化による、治療継続の影響の検討を行なった。また、地域においては、糖尿病診断後の受療行動による症状への影響とともに、受診者の生活習慣の変化と医療費との関連について検討を行った。 8)保健政策の決定方法: 上記の評価を統合し、政策決定のための意思決定の方法を、システムダイナミックスを用いて開発した。とくに、国あるいは地域の出発点の状況から、糖尿病の最適保健サ-ビス戦略の選択と実行が、国民・住民の健康改善と医療費にどのような影響を与えるかを、簡単に予測できるように、コンピュ-タ・ソフトの開発を行なった。
結果と考察
1)糖尿病による健康障害と社会的負担について検討した。その結果、糖尿病患者の生活の質(EuroQol)の低下が認められた。また、地域住民の生活の質に影響する独立の要因として糖尿病が挙げられた。なお、全国調査により、生活の質の参照値を明らかにした。一方、疾病費用と効用(健康の価値)を、糖尿病と合併症の種類別に比較検討を行なったが、年間の総合的費用は66万円から
649万円まで、また効用は0.93から0.46まで大きな変動が認められた。 2) 糖尿病の予防サ-ビスの効果の批判的吟味により、症例発見に焦点を当てた2次予防、合併症削減を目的とした3次予防の有効性を明らかにした。また、これらのサ-ビスによる生涯に渡る健康改善を測定した結果、0.25-0.66生存年の延長、0.34-0.57QALYの延長が認められた。 3) 糖尿病の予防管理に要する費用(直接および間接費用)を、予防を行なわない場合と比較した。その結果、一人当たりの費用が、63万円増加から76万円減少まで大きな差異が認められた。 4) 予防サ-ビスの経済的効率について、判断分析・マルコフ・モデルにより費用-効果を検討した。その結果、糖尿病スクリ-ニングは187万円/QALY延長、網膜症スクリ-ニングは736万円/QALY延長、一方、腎症スクリ-ニングは、QALY延長あたり262万円の費用削減であった。 5) 4地域での疾病管理の計画・導入による問題点と実行後の評価を試みた。その結果、富山県では、基本健診後のフォロ-アップを導入している段階、島根県では糖尿病検診と教室により発生、合併症、血糖値の減少が示唆された。香川県では患者登録システムの導入と経過観察を実行し、管理内容の変化を認めており、徳島県では患者の個別栄養相談による血糖値の減少を認めている。地域により内容と段階に違いがあるが、今後の成果を示唆する結果を得た。6)医療機関における、検診後の受療促進の強化により、影響が示唆された。また、地域にける検診後の受療行動を分析した結果、受療者における糖尿病症状への影響が示唆され、受療者の中で生活習慣を変更したものに、医療費の低下が示唆された。 7)政策決定のための意思決定のプログラムを開発し、最適保健医療サ-ビス戦略の選択・実行の成果予測を行なった。その結果、予防介入により、20年後に、未治療患者の2/3減少、合併症患者数は1/2減少が予想された。また、合併症に要する医療費の減少も認められた。そのために要する予防の費用は、全国で1兆円(20年間)と推定された。
結論
急速な高齢化社会を迎えるわが国では,生活習慣病あるいは老人病に対応できる効果的で効率的な保健医療サ-ビスの提供が緊急の課題となっている。そのためには、1次予防から3次予防までを視野に入れて、最も効果的な保健医療サ-ビスの選択を行うとともに,限りある医療費の下で最大の利益が得られるような(効率的な)戦略を作りだすことが求められる。本研究は、わが国の主要な生活習慣病の一つである糖尿病を選び,疾病経営管理の枠組みにより、1次予防から3次予防までの保健医療について評価を行ない、国あるいは地域における政策決定の方法を提示したものである。この研究結果に基づき,医療政策および地域医療計画,保健医療ガイドラインなど,さまざまなレベルにおいて支援情報が得られ,国民の健康と福祉の増進が,根拠あるいは知識に基づき展開することが可能となる。

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