保健サービスの効果の評価に関するコホートおよび介入研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200000858A
報告書区分
総括
研究課題名
保健サービスの効果の評価に関するコホートおよび介入研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成12(2000)年度
研究代表者(所属機関)
辻 一郎(東北大学大学院)
研究分担者(所属機関)
  • 大森浩明(東北大学大学院)
  • 今井 潤(東北大学大学院)
研究区分
厚生科学研究費補助金 健康安全確保総合研究分野 健康科学総合研究事業
研究開始年度
平成10(1998)年度
研究終了予定年度
平成12(2000)年度
研究費
11,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
痴呆や寝たきりなど障害高齢者の増加が医療福祉資源を圧迫している。一方、疾病予防と健康増進に向けた保健サービスの拡充により健康な生存期間(健康寿命)を延長できれば、医療福祉へのニーズは軽減し、その費用も抑制できる。本研究の目的は、従来の保健サービスと新しいサービス(高齢者に対する運動訓練・家庭血圧測定に基づく高血圧管理)について、コホート研究及び無作為割り付け対照試験(RCT)により、その効果と効率(寝たきりを含む健康指標や医療費に対する効果)を評価することである。これにより健康寿命の延長と医療福祉ニーズ減少のための効果的かつ効率的な保健サービス施策の立案に資するものである。そのため、以下の3つの研究を実施した。辻は、宮城県大崎保健所管内の国民健康保険加入者(40~79歳)約5万人のコホートに対する4年間の追跡研究をもとに、喫煙・飲酒・運動不足・肥満などの生活習慣が健康と医療費に及ぼす影響を定量的かつ実証的に分析した。大森は、仙台市在住の高齢者65名に6ヵ月間の運動訓練を行い、その免疫機能に対する効果を無作為割り付け対照試験(RCT)により検証した。今井は、岩手県大迫町で家庭血圧測定を10年間にわたって実施しており、この間の血圧値と高血圧治療の推移を検討した。
研究方法
(1) 生活習慣と地域保健サービスが医療費に及ぼす影響に関するコホート研究:本研究(大崎国保加入者コホート研究)は、宮城県の大崎保健所管内に住む40歳から79歳の国保加入者全員約5万人を対象として、1994年9月から12月に行われたベースライン調査および1995年1月以降の国保レセプトによる追跡に基づくものである。本研究は、東北大学倫理委員会の承認のもとに行われている。ベースライン調査の項目は、社会人口的情報、病歴、身体機能、嗜好や食習慣などの健康に関連する生活習慣である。対象者54,996人のうち有効回答者数52,029人(95%)を追跡した。追跡調査では、1995年1月から毎月の国保レセプトにより受診状況・医療費を、併せて同期間の国保「喪失移動データ」により対象者の死亡・転出を追跡している。平成6年ベースライン調査時の生活習慣とその後の死亡リスク、医療受診・医療費との関係を解析した。解析期間は1995年1月から1998年12月までの4年間とした。このデータをもとに、第1に、男性について、1週間の飲酒頻度と1回飲酒量からエタノール摂取量を算出し、1-149g/w、150-299g/w、300-449g/w、450g/w以上、さらに過去飲酒と非飲酒を加えて6分類して、死亡リスク、医療受診・医療費に対する影響を分析した。第2に、運動や歩行に支障ある者を除外したうえで、1日の歩行時間について30分未満、30分~1時間、1時間以上に3分類して、死亡リスク、医療受診・医療費に対する影響を分析した。第3に、中~強度な運動を行えない者やBMI20未満の者を解析から除外したうえで、喫煙(非喫煙vs 喫煙)・肥満(BMI:20-25 vs 25以上)・運動不足(1日歩行時間:1時間以上 vs 1時間未満)という3つの生活習慣の組み合わせ別に医療費を比較した。 (2) 高齢者に対する運動訓練の効果に関する無作為割付け対照試験(RCT):健康な自立している高齢者65名に25週間の運動訓練を実施し、その効果をRCTにより実証した。このRCTにより、持久的体力(有酸素能力)、筋力、血圧などの多様な指標が改善し、しかもその効果は長期にわたって持続していることが明らかになっている。本年度は、運動訓練が免疫機能に及ぼす影響について検討した。そのため、運動訓練前(1998年3月末)と訓練終了直後(1998年9月末)の2回にわたって免疫機能を測定した。測定項目は、以下の通りである。・型ヘルパーT細胞機能
と・型ヘルパーT細胞機能のバランス(Th1/Th2バランス)、血清IgE・IgG量、ツベルクリン反応。(3) 家庭血圧測定に基づく高血圧管理の効果と費用効果に関する介入研究:大迫町では、1988年から1993年まで(第1期)と1997年から1999年まで(第2期)の2回にわたって家庭血圧測定を実施している。両方の測定に参加した40歳以上の者1188名を対象として、家庭血圧値や高血圧の有病率(降圧薬内服者の割合などを含む)に関する推移を検討し、高血圧の発生と進展に係る危険因子を解明する。
結果と考察
(1) 生活習慣と地域保健サービスが医療費に及ぼす影響に関するコホート研究:第1に、飲酒習慣と総医療費との関係はU字曲線を示していた。総医療費が最も低いのは150-299g/w飲酒者であり、1月当たり平均医療費は23,244円であった。それに対して、450g/w以上の飲酒者では総医療費が約10%も増加していた。入院の各指標(入院率、入院日数、入院費用)もU字曲線を示していた。一方、外来の各指標は飲酒量と共に減少した。第2に、1日歩行時間が1時間未満の者の医療費(1月当たり19,608円)は、1時間以上歩行する者の医療費(1月当たり17,507円)より12%高かった。この集団全体が消費する医療費のうち、6.3%が運動不足(1日1時間未満の歩行)に起因するものと推定された。第3に、喫煙・肥満・運動不足のいずれも該当しない者の1月当たり医療費(18,601円)に対して、3つすべて該当する者の1月当たり医療費(27,426円)は47%も高かった。喫煙・肥満・運動不足に起因する過剰医療費は、この集団の医療費全体のうち約15%に相当するものであった。(2) 高齢者に対する運動訓練の効果に関する無作為割付け対照試験(RCT):血流中のTh2細胞の割合の増加、血流中のCD4メモリー細胞の増加、血中IgG4濃度の低下、ツベルクリン反応の増強という結果が得られた。これらの変化は、生体におけるTh1細胞の応答を高めるような変化であったと要約できる。Th1細胞は、γ-インターフェロンを分泌して殺菌・殺細胞活性を賦活化する。一方、高齢者ではTh1細胞の機能低下が著しく、それが細菌性肺炎に対する高齢者の易感染性の要因の1つと考えられている。高齢者に対する運動訓練は、体力や筋力だけでなく、免疫機能をも改善することが示唆された。(3) 家庭血圧測定に基づく高血圧管理の効果と費用効果に関する介入研究:第1期と第2期との平均7.7年の間隔で、収縮期、拡張期とも、集団の平均値は2mmHg程度上昇し、降圧薬服用者の割合は26.9%から34.5%へと増加していた。第1期で正常血圧であった者のうち、約20%の者が第2期では高血圧に進展していた。追跡期間中に新たに高血圧を発症するリスクでは、肥満と収縮期血圧高値が関連していた。第1期で降圧薬を内服していた339名のうち、第2期で280名(82.6%)が降圧治療を継続していた。一方、59名(17.4%)は降圧治療を中断したが、そのうち39名は正常血圧レベルにあった。降圧薬内服を始めた者でも、その後、降圧薬服用を中止しうる者が少なくないことを示す結果といえる。人口の高齢化と医療技術の発展などにより、医療費は高騰を続けている。このような状況だからこそ、適切な1次・2次予防対策と健康増進の拡充によって医療ニーズを減らし、その結果として医療費を節減するという、予防医学の基本に立ち返るべき時と言える。現在、わが国では21世紀における国民健康づくり運動「健康日本21」が展開されている。本研究結果より考案するに、「健康日本21」によって国民の生活習慣と健康度が改善すれば、(疾病予防により)医療費も、さらには(障害発生の予防により)福祉や介護保険費用も、減少することが期待される。その意味で、「健康日本21」の社会経済的な意義は極めて大きい。保健サービスは、少子高齢化の進むわが国の活力を維持するための「投資」であり、その費用対効果を明確に提示して政策判断に反映させるべきである。そのための科学的な基礎資料(根拠)を提供することが、本研究の目指すところであり、今後もそれに向けた研究を進めるものである。
結論
各種の保健サービスについてコホート研究および無作為割付け対照試験(RCT)の手法で効果と効率を評価した。生活習慣は
医療費に大きな影響を及ぼしている。喫煙・肥満・運動不足のいずれも該当しない者に比べて、3つすべて該当する者の医療費は47%も高かった。この3つの習慣に起因する過剰医療費は、医療費全体の約15%に相当した。高齢者に対する運動訓練によりTh1細胞の応答を高めるような変化が見られた。これにより、運動が高齢者の感染予防に貢献する可能性が示唆された。家庭血圧測定に基づく包括的な循環器疾患管理を10年間続けている岩手県大迫町では、血圧管理の効果が着実に現われてきている。少子高齢化の進むわが国にとって、保健サービスは社会経済的な活力を維持するための「投資」であり、その費用対効果を明確に提示する必要があると思われる。

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