精神安定剤および睡眠薬の乱用・依存の実態と予防に関する研究

文献情報

文献番号
200000834A
報告書区分
総括
研究課題名
精神安定剤および睡眠薬の乱用・依存の実態と予防に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成12(2000)年度
研究代表者(所属機関)
川上 憲人(岡山大学医学部衛生学講座教授)
研究分担者(所属機関)
  • 宮里勝政(聖マリアンナ医科大学助教授)
  • 今津 清(千葉少年鑑別所医務官)
研究区分
厚生科学研究費補助金 健康安全確保総合研究分野 医薬安全総合研究事業
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
-
研究費
6,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
精神科だけでなく一般診療科においても精神安定剤や睡眠薬の処方が日常化している。精神安定剤・睡眠薬を使用した犯罪の発生やインターネットなどによる精神安定剤・睡眠薬の薬物売買広告の増加などからも、その不適正な入手や使用、乱用の機会が今日きわめて一般化しつつあることが危惧される。麻薬や覚醒剤など法的に厳しい規制がなされている物質以外にも、精神安定剤や睡眠薬の不適正使用、乱用あるいは依存症が増加していると推測される。平成9年度厚生白書は青少年における薬物乱用対策が今後の課題であると指摘しているが、不眠に悩む高齢者にも精神安定剤・睡眠薬の乱用や依存が増加している可能性がある。本研究の目的は、一般住民および2つのハイリスク群(精神科患者および非行少年少女)における精神安定剤・睡眠薬の使用状況、不適正使用(医師の指示に従わない使用や目的外使用など)、精神科診断基準による乱用および依存症の実態を明らかにすることである。また、精神安定剤・睡眠薬の種類、入手経路(処方による適正な入手やそれ以外の経路からの入手)、使用目的、効果、副作用、社会心理的障害について明らかにする。最終的にはこれらの成果に基づいて、わが国における精神安定剤・睡眠薬の乱用・依存症の予防対策を立案することを目的としている。
研究方法
1.地域住民調査:岐阜県都市部G市(人口約40万人)の20歳以上全人口から選挙人名簿に基づいて2012名を無作為に集出した。また、同県T市(人口8万人)の50歳以上人口から無作為に500名を抽出した。同様の調査を実施した。これらに対して2日間の訓練を受けた面接員(学生、看護婦、主婦)約30名が個別に調査を実施した。 結果として合計1305名の面接を実施した。入院、死亡、転居者、住所なしを除いた対象者に対する回答率は58%であった。面接における調査項目は、性別、年齢、家族構成などの基本的属性のほか、WHO統合国際診断面接(WHO-CIDI)のミシガン大学修正版(UM-CIDI)から、うつ病、躁病、パニック(恐慌性)障害、全般性不安障害、アルコール・薬物依存症に関する質問項目である。薬物依存症については特に精神安定剤(睡眠薬を含む)に限定して調査を実施した。これらの2種類の薬物に対して、これまでに(A)2週間以上の処方による服用経験、(B)その際の問題のある服用の仕方(処方以上の量や期間の使用あるいは習慣性・依存性の自覚)、(C)処方された以外で非医療的な目的(リラックスする。気分がよくなる等)のために6回以上の使用の経験を質問し、(B)または(C)に該当した場合に、さらに乱用・依存症の診断のために必要な質問を行った。回答からDSM-III-R診断に基づいた精神安定剤依存症(304.10)、同乱用(305.40)の診断を行った。さらにG市における回答者のうち過去12ヶ月間に精神安定剤・睡眠薬を服用した経験のある者のうち、電話による追加面接に同意が得られた28名に対して、WHO薬物疫学モジュールを使用した追加電話面接を実施した。追加面接では、使用した精神安定剤・睡眠薬の種類、精神安定剤・睡眠薬の入手先、服用方法に関する医師の指示の有無、副作用について聞き取り調査を実施した。2.精神科患者調査:対象は総合病院(聖マリアンナ医科大学病院)精神科外来受診者である。これらの対象に精神保健指定医の資格をもつ2名の精神科医が面接調査を行った。2000年11月~12月の間に順次面接を続け総数が200名を越えた日に終了とした。得られた回答から米国精神医学会の診断分類DSM-Ⅳによる乱用と依存の頻度を解析した.面接にはWHOの統合国際診断面接CIDIより抜粋した精神安定剤・睡眠薬の乱用・依存症診断面接表を用いた.面接は
文書による説明と同意の手続きを経てから行った。尚,研究の実施に先立ち聖マリアンナ医科大学生命倫理委員会で承認を得た。3.非行少年少女調査:2000年1月1日から12月31日までの間に千葉少年鑑別所に入所した少年男女全員984人(14才~19才、外国人を除く)を対象に、面接調査を行った。男女の内訳は、男子892人、女子92人であった。調査項目は、(1)性、入所日、国籍等の基本的属性、(2)精神安定剤の使用状況、(3)鎮痛剤の使用状況、(4)覚醒剤、大麻、有機溶剤の乱用状況、(5)薬物関係以外の問題行動歴、(6)父母の養育態度、(7)現在の家庭の問題であった。使用者すべてに対してWHO総合国際診断面接(WHO-CIDI)のCIDI2.1睡眠薬・精神安定剤の乱用・依存症診断面接に準拠して依存傾向の有無を判定した。4.精神安定剤・睡眠薬の乱用・依存症の対策に関する研究:クイーンズランド大学(オーストラリア)を訪問し、意見交換・情報収集と関連文献のレビューから、精神安定剤・睡眠薬の乱用・依存症の対策の方針とセルフチェック法、さらに不眠の非薬物療法および不眠のセルフケアの方法について検討した。
結果と考察
(1)一般住民1305名中の精神安定剤・睡眠薬の2週間以上服用経験者は9%、不適正使用者は5%、乱用・依存症者(DSM‐Ⅳ診断)は0.4%であった。精神安定剤・睡眠薬の使用は高齢者に多かった。同使用理由は不眠が最多であった。G市の調査対象者の中から、過去12ヶ月間に精神安定剤・睡眠薬を使用した28名に対する追加電話面接(WHO薬物疫学モジュール)では、薬物の入手先は半数以上が内科などの非精神科医であり、決まった量の服用指示を受けてない者が1/4みられた。1年以上の服用者が2/3あった。以上から①非精神科医師による患者への精神安定剤・睡眠薬の服薬指導と②一般住民の不眠の対策が精神安定剤・睡眠薬の乱用・依存症予防として重要と考えられた。このために、クイーンズランド大学(オーストラリア)での情報収集と文献レビューから、精神安定剤・睡眠薬の乱用・依存症のチェック法および不眠のセルフケア用パンフレットの素案を作成した。(2)精神科外来患者207名(男性79名女性128名)におけるDSM-IV精神安定剤乱用は13.5%(男性11.4%,女性14.8%)、同依存は6.8%(男性6.3%, 女性7.0%)に認められた(図1)。精神安定剤あるいは睡眠薬の服用経験者199名(男性76名女性23名)におけ乱用は14.1%(男性11.8%, 女性15.4%),依存は7.0%(男性6.6%, 女性7.3%)に認められた。全体での乱用の年齢層別頻度は,40歳代20.0%,30歳代15.2%,20歳代15.1%,50歳代12.5%, 60‐65歳11.1%,65歳以上7.5%であり,19歳以下には乱用者はいなかった。全体での依存の年齢層別頻度は,20歳代15.1%,30歳代6.1%,40歳代5.7%,60-65歳5.6%,65歳以上2.5%であり,19歳以下と50歳代には依存者はいなかった。.乱用の内容では薬物使用のために勉強や仕事や家事への支障,危険な状況での反復使用が多く,依存の内容では使用中止または減量欲求, 薬物使用欲求,必要性,中止困難感が多かった。(3)非行少年少女では調査対象者中精神安定剤使用者が3%(28人)であった。この内、不正な入手の全使用者に対する割合は、50 %(14人)であった。不正入手者の入手方法の内訳は、友人や知人・売人(友人、知人、売人を正確に面接調査から区別することは困難であった)から入手した者が10人、親から入手した者が4人であった(内2人は親から盗んでいた)。精神安定剤依存を有する者は0.5%(5人)であった。友人や知人・売人から入手した者が3人(内1人は詐病で病院から入手したこともあった)。正当に精神科治療を受けている者が2人(内1人は精神安定剤の多量服用による自殺企図歴があった)。
結論
地域住民の9%が精神安定剤・睡眠薬を2週間以上服用した経験があり、5%が問題のある服用をしていた。米国精神医学会の診断基準DSM-III-R診断にもとづく精神安定剤の乱用・依存症は250人に1人で、精神安定剤乱用・依存症患者は全国で約40万人と推定された。特に高齢者がハイリスク群と考えられた。一般住民は精神安定剤・睡眠薬を主に不眠のために、半数以上が内科などの非精神科医から処方され、必ずしも明確な服用量の指示を受けないまま、長期間
にわたって使用していた。総合病院精神科外来受診者207名を対象としたWHO CIDI(抜粋)による面接調査では、DSM-Ⅳ診断による乱用および依存の頻度はそれぞれ14%および7%ときわめて高頻度であった。少年鑑別所に入所した非行少年少女984人を対象とした面接調査では、精神安定剤の使用者は3%であり、このうち半数が不適正な使用をしていた。精神安定剤依存は0.5%(5人)であった。また3名が精神安定剤を虚偽申告による病院からの処方や売人からの購入など不正な方法によって入手していた。精神安定剤・睡眠薬の乱用・依存症の予防対策について情報収集および文献レビューを実施し、同乱用・依存症のチェックリストおよび不眠のセルフケアマニュアル(案)を作成した。

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