日本版処方イベントモニタリング(J-PEM)のパイロットスタディ(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200000825A
報告書区分
総括
研究課題名
日本版処方イベントモニタリング(J-PEM)のパイロットスタディ(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成12(2000)年度
研究代表者(所属機関)
久保田 潔(東京大学医学部薬剤疫学講座)
研究分担者(所属機関)
  • 該当せず
研究区分
厚生科学研究費補助金 健康安全確保総合研究分野 医薬安全総合研究事業
研究開始年度
平成10(1998)年度
研究終了予定年度
平成13(2001)年度
研究費
12,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
処方-イベントモニタリングPEMは1980年代に英国で開始された新医薬品の安全性(一部有効性)をモニターする疫学的方法であり、本厚生科学研究は、我が国における英国PEM同様のモニタリングの方法を成立させることを目指して行われたパイロットスタディである。それぞれの患者にモニター対象薬が処方されてから6ヶ月以上経過後に医師と薬剤師にA4版裏おもての質問票を送付し、モニター対象薬処方後におこったイベントその他についての報告を求めた。解析にあたっては、医師または薬剤師が副作用と疑ったイベントを検討するとともに、イベント粗発生率の比較をLog Likelihood Ratio Testを用いて行い、有意差のあるイベントについて、多変量解析の手法を用いて薬剤以外の要因が粗発生率の有意差を生み出した可能性について検討した。さらに問題となるイベントについては追跡調査を実施した。さらに個人情報保護の高まりを受けて、本厚生科学研究では患者のプライバシー保護、インフォームド・コンセントの是非についても検討を加え、患者登録を担当した薬局などでポスターを掲示し、患者用の説明文書を配布するなどの改良を加えるとともに、インフォームド・コンセントの実施が調査に対して与える影響についても検討した。
研究方法
結果と考察
本厚生科学研究における患者の登録総数は7452件であり、薬剤師には4344人分の質問票が、医師には3517人分の質問票が送付された。回答率は薬剤師の83%、医師39%であり、院内薬局が患者登録を担当した場合と院外保険薬局が診療所の患者を登録した場合に医師回答率が高かった。診療所は市販後調査の場として適切と考えられる。報告されたイベントその他は事務局でコンピュータに記録したが、特にイベントのコードにはICH国際医薬用語集日本語版(MedDRA/J)を用い、MedDRA/Jの下層語(LLT)を用いて入力し、MedDRA/Jの基本後(PT)または特別検索カテゴリー(SSC)レベルで集計した。医師または薬剤師が副作用と疑ったイベントについて集計したところ、医師は49件(うちロサルタン11件)、薬剤師は209件(うちロサルタン34件)の報告イベントを副作用(疑)と考えた。このうち、厚生省または企業に報告されたのは医師では0件、薬剤師で3件にすぎなかった。テスト薬使用者群とコントロール薬使用者群の間で薬使用中のイベントの粗発生率をLog Likelihood Ratio Testで比較した結果、「紅色汗疹」「浮腫」「不眠症」「動悸」「喘息」「異常感」「血中クレアチン・ホスホキナーゼ(CPK)増加」の8イベントで有意差を認めた。このうち5つのイベントは添付文書上、副作用として記載されているものである。粗発生率で有意差を認めたものの中には副作用ではなく、テスト薬使用者群とコントロール薬使用者群の曝露因子(モニター対象となった使用薬剤の種類)以外の因子の異なり、または確率誤差のため偶然に有意差が出たものが含まれる可能性があり、多変量解析の手法を用いて、薬以外の因子の寄与の可能性について検討し、また、追跡調査により、個別の症例における因果性の評価を行い、これらの総合評価によって最終的な結論を下す方法が有効と考えられる。しかし、同時に個別の因果性評価では副作用(疑)と考えられなかった副作用が粗発生率で有意差のあるイベントとして浮かびあがることもありうる。本厚生科学研究ではCPK上昇がこれに該当し、個別の報告をみるとCPK上昇について副作用(疑)である旨言及したものはなかったにもかかわらず、粗発生率に有意差のあるイベントとして浮かび上がって。ただし、CPK上昇自体は既知の副作用であり、本厚生科学研究で「未知の副作用」が発見されたわけではないが、個別の症例では副作用(疑)と考えられなかった副作用を発生率の差の比較によって捉えることが可能であることを示すものであり、今後J-PEMが報告者の疑いというメカニズム以外の方法で未知の副作用を捉える可能性を示唆するものと考えられる。PEMにおけるデータ解析では一例ごとの因果性評価を統計的方法と適切に組み合わせることが有用であることが示唆された。ただし、患者登録が登録期間の後半に集中したことを受けて、解析は現時点では完全には終了しえていない。平成13年6-7月には、解析を終了し国際雑誌に結果を投稿する予定である。本厚生科学研究においては「本研究においてインフォームドコンセントは不要である」との立場をとってきたが、個人情報保護の高まりを受けて、患者登録を担当する薬局で掲示するポスターおよび、患者への説明文書を作成した。本厚生科学研究に参加した薬局を相当数含む927薬局に対してインフォームド・コンセントなどに関するアンケートを平成12年末から平成13年初めにかけて実施したが、回答した薬局の70%近くが「インフォームド・コンセントは必要である」としたにもかかわらず、登録の際に必ずインフォームド・コンセントの実施を求められた場合「登録しにくくなる」との回答が52%から、「参加自体が困難になる」との回答が6%からえられ、「影響なし」としたのは37%にすぎなかった。登録あるいは参加自体が困難である主たる理由として130軒が「説明して理解してもらうのが困難・面倒がられる」あるいは「場所的・時間的余裕がない・業務が煩雑になる」ことを挙げた。調査の円滑な実施を保証しながら、インフォームド・コンセントを実施することは必ずしも容易ではなく、今後、J-PEMに適切なインフォームド・コンセントのあり
方などをさらに究明していくことが必要である。
結論
本厚生科学研究は我が国で製薬企業から独立した第三者研究機関による市販後医薬品のモニタリングが可能であることを示した。ただし、規模は未だ十分な大きさに達しておらず、医師回答率も低いなど今後克服すべき課題は多い。処方の決定の段階とモニター対象の患者を選択する段階の明確な分離や、コントロール群をもちテスト薬使用者群とコントロール薬使用者群との間でイベント発生率が比較可能である点などは、使用成績調査などにはなかったJ-PEM固有の利点である。平成12年12月の市販直後調査の導入に伴う使用成績調査の一律実施の廃止の決定などに見られる通り、現在行政は医薬品の安全性調査に疫学的手法を用いることに後ろ向きといってよい姿勢をとっているが、慢性疾患の増加など疾病構造の変化と長期に使用する薬の増加など、市販直後におこるまれで重篤な副作用にのみ着目するのではなく、遅発性の副作用などについて、疫学的手法を用いた医薬品の安全性モニターを可能とする体制作りがいずれ問われることは必至と考えられる。対照群をもたない使用成績調査は未知の副作用の発見という点で果たしうる役割は小さく、21世紀における疫学的手法を用いた医薬品の安全性調査においてJ-PEMは重要な役割を果たしうると考えられる。

公開日・更新日

公開日
-
更新日
-