モルヒネを主軸とした癌疼痛管理のガイドラインの有用性に関する研究

文献情報

文献番号
200000822A
報告書区分
総括
研究課題名
モルヒネを主軸とした癌疼痛管理のガイドラインの有用性に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成12(2000)年度
研究代表者(所属機関)
平賀 一陽(国立がんセンター中央病院)
研究分担者(所属機関)
  • 福井次矢(京都大学)
  • 大橋京一(浜松大学)
  • 村国 均(東邦大学)
研究区分
厚生科学研究費補助金 健康安全確保総合研究分野 医薬安全総合研究事業
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
平成13(2001)年度
研究費
12,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
日本緩和医療学会が作成した「 Evidence-based Medicineに則ったがん疼痛治療ガイドライン(以下GLと略)」(1999年 9月発行)の有効性を評価することが目的である。
研究方法
Ⅰ.多施設共同臨床試験(個々の患者の疼痛治療の推移からのGLの有用性の検討)
1.臨床試験内容と方法
1)研究施設及び研究対象
がん診療施設に指定されている国立病院を研究施設とし、参加施設に入院している患者のうち、がん疼痛を訴えるがん患者を研究対象とした。
2)痛みの評価者
対象病院でのがん患者について、プロトコ-ルに基づいて、患者の背景(病期、診断名、疼痛の原因、転移の有無、PSなど)、全身状態、疼痛の原因、使用薬剤、薬の副作用、疼痛の強さの時間経過などについて観察開始時と1週間後、2週間後に観察し、担当医ががん疼痛調査用紙に記載した。疼痛の程度、有痛時間、日常生活の程度、眠気、便秘、嘔気などの副作用の有無を記載してもらうアンケ-ト用紙を患者に配布して記載してもらい、がん疼痛調査用紙に転記した。
2.臨床研究プロトコール
がん疼痛治療GLの配布前(介入前)の調査として、平成11年8月から9月までをエントリ-期間とした。平成11年10月にGLを配布し、GL配布後(介入後)の調査期間は平成12年7月から平成13年3月までとした。
Ⅱ.看護婦、医師への癌疼痛実態調査
エントリ-した施設に入院しているがん患者の疼痛の出現率・鎮痛法の現状と除痛率などについて看護婦・医師にアンケ-ト調査を行った。具体的には、看護婦へのアンケ-ト調査の項目は、病期別鎮痛対策患者数(有痛患者)と鎮痛効果(患者が十分に満足する除痛率)、鎮痛法の汎用頻度とそれらの鎮痛効果などである。がん治療医へのアンケ-ト調査項目は、鎮痛法選択の順位、モルヒネ投与の時期、モルヒネ投与時の薬品の説明、モルヒネ経口投与が中止になる原因などである。
GL配布1年後のアンケ-ト調査を平成13年1月行い、昨年実施した配布直後の同様なアンケ-ト調査と比較検討を行った。
さらに、薬剤部に過去5年間の麻薬消費量の実態調査のアンケ-トを依頼した。
結果と考察
Ⅰ.多施設共同臨床試験(個々の患者の疼痛治療の推移からの有用性の検討)
多施設共同臨床試験によるがん患者疼痛調査の結果(介入前、介入後の比較)、介入前後での有意差がみられた主な項目は以下の点であった。①介入後の対象患者数、疼痛の原因としての神経圧迫と内臓転移・浸潤、疼痛部位では腹部、副作用(便秘、嘔気・嘔吐、眠気)の割合が介入前より少なかった。②使用された薬剤では、介入後には、経口塩酸モルヒネ、NSAIDsが有意に多くなった。③治療開始後の疼痛軽減の度合いは、介入前後でほぼ同じ傾向を示した。④副作用(便秘、嘔気・嘔吐、眠気)の割合は、介入後に明らかに減少した。
Ⅱ.看護婦、医師への癌疼痛実態調査
平成12年1月(配布後)、平成13年1月(配布1年後)に実施したがん診療施設の国立病院を対象にしたがん疼痛の実態調査の結果は次の通りであった。
1.看護婦へのアンケ-ト結果
①保存的患者の有痛率は、配布後が35%、配布1年後が42%で、除痛率は配布後が65.2%、配布1年後が59.1%で、有痛率も除痛率も変化がなかった。
②末期状態の患者の有痛率と除痛率はそれぞれ、配布後が66.7%、66.7%、配布1年後が67.9%、52.8%で、有痛率は変わりがなかった。除痛率はGL配布1年後の除痛率は配布後より低下していた。
③保存的治療期の有痛患者での経口モルヒネ使用頻度と除痛率は、それぞれ配布後が32.3%、66.7%、配布1年後が46.9%、71.2%で、使用頻度は有意に上昇し、除痛率には有意差がなかった。
④末期状態の有痛患者での経口モルヒネ使用頻度と除痛率は、それぞれ配布後が63.0%、62.0%、配布1年後が41.9%、54.8%で、使用頻度、除痛率とも低下していた。
⑤末期状態の有痛患者でのモルヒネ注射の使用頻度と除痛率は、それぞれ、配布後が24.3%、67.3%、配布1年後が30.2%、61.3%で、使用頻度は上昇、除痛率は低下する傾向にあった。
⑥モルヒネ服用患者への服薬指導を行っている病棟は配布後は47.9%(うち、口頭のみで行っている病棟が32.9%)で、配布1年後は44.8%(うち、口頭のみで行っている病棟が31.5%)と、配布1年後でも配布後より増加していなかった。
2.医師へのアンケ-ト結果
①鎮痛法の選択順位では、「WHO方式」を実践している医師は配布後が73.6%、配布1年後が75.0%と差がなかった。
②モルヒネ投与の時期については、「病期に拘らず、必要なら積極的に投与する」と答えた医師は、配布後が82.1%、配布1年後が75.8%とGLの配布1年後は低下傾向を示した。
③モルヒネ投与時の薬品の説明では、「患者にモルヒネであることを話している」医師は配布後が42.1%、配布1年後が50.9%と、配布1年後は増加していた。
④モルヒネ経口投与が中止になる原因では、「副作用のため」の項が、GL配布後が58.3%、配布1年後が58.1%と有意差がなかった。副作用の内容は嘔気、便秘などの消化器系と眠気、幻覚・混乱などの中枢神経系が主なもので配布前後での有意差はなかった。
3.麻薬消費量の推移
薬剤部に依頼した過去5年間の麻薬消費量の推移は平成7年10月~平成8年9月までが13.4Kg、以下14.6Kg、15.2Kg、13.7Kg、14.5Kg(平成11年10月~平成12年9月)と殆ど変化をしていなかった。
GLの有効性を判定するためには、医師がGLをよく理解してGLを遵守した医療を行うことが前提である。がん患者の痛みを緩和するためには、痛みの評価、治療効果の評価、薬物療法、副作用対策、服薬指導の実施などが重要な要素であることをGLは強調している。しかし、看護婦のアンケ-ト調査でもモルヒネの服薬指導を行っている病棟は50%未満であり、その中で文書を用いて行っている病棟は13.3%しかなかった。がん疼痛治療に関与している医師も50%は患者自身にモルヒネの説明を行っていない現状では、GLの有効性を証明出来ないのは当然の帰結である。
「EBMに則ったがん疼痛治療のガイドライン」の本と患者用のモルヒネ服薬指導用教本「痛み止めの薬の易しい知識」を研究参加施設が希望するだけ配布したが、GLの有用性の研究には、GLが遵守されているかを監視する体制下で行う必要があった。
WHOが癌疼痛治療法を発刊した1986年に全てのがん患者の痛みが除去される目標を14年後の2000年においていることから、ガイドライン配布後の1年数カ月の期間内で、医師のがん疼痛治療への意識・知識・技量が啓発されることは困難であったと推測された。
結論
結語=GLの有効性を評価するための臨床試験を行った。
多施設共同臨床試験によるがん患者疼痛調査の結果(介入前、介入後の比較)、副作用(便秘、嘔気・嘔吐、眠気)の割合が介入前より少なかった。使用された薬剤では、介入後に経口塩酸モルヒネ、NSAIDsが有意に多くなったが、疼痛症状の改善は得られなかった。
看護婦へのアンケ-ト結果では、GL配布1年後の調査結果から、保存的治療期の患者のモルヒネ経口投与による除痛率はGL配布1年後も向上したが、末期状態におけるGL配布1年後のモルヒネ経口投与による除痛率は配布前より低下していたことが判明した。
モルヒネの説明を患者に行っている医師は配布前後の40%からGL配布1年後では50%を超えたが、医師のがん疼痛治療に対する診療態度は、GL配布前後で変化がなかった。
それらの原因は治療者がGL(痛みの評価、治療効果の評価、薬物療法、副作用対策、服薬指導の実施などが重要と記載)を遵守しなかったことが推察された。ガイドライン配布後の1年数カ月の期間内で、医師のがん疼痛治療への意識・知識・技量が啓発されることは困難であったと推測された。

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