規制薬物の依存メカニズムと慢性精神毒性に関する神経科学的研究

文献情報

文献番号
200000820A
報告書区分
総括
研究課題名
規制薬物の依存メカニズムと慢性精神毒性に関する神経科学的研究
課題番号
-
研究年度
平成12(2000)年度
研究代表者(所属機関)
佐藤 光源(東北大学大学院医学系研究科)
研究分担者(所属機関)
  • 三木直正(大阪大学大学院)
  • 長谷川高明(名古屋大学医学部保健学科検査技術科学)
  • 五味田裕(岡山大学医学部)
  • 大熊誠太郎(川崎医科大学薬理学)
  • 鍋島俊隆(名古屋大学医学部)
  • 佐藤公道(京都大学大学院)
  • 鈴木勉(星薬科大学)
  • 笹征史(広島大学医学部)
  • 山本経之(九州大学薬学部)
  • 伊豫雅臣(千葉大学医学部)
  • 西川徹(国立精神・神経センター)
  • 丹羽真一(福島県立医科大学)
  • 氏家 寛(岡山大学医学部)
  • 小山司(北海道大学大学院)
研究区分
厚生科学研究費補助金 健康安全確保総合研究分野 医薬安全総合研究事業
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
-
研究費
30,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
覚せい剤を主とする規制薬物を対象に、依存と慢性的な精神毒性(精神病や人格変化)の神経メカニズムを解明し、新たな予防・治療法の開発と乱用防止の啓発に役立て、研究成果を社会に還元する。
研究方法
薬物依存および精神毒性の発現メカニズムに関する神経薬理学的研究では、主に生化学、神経薬理学、行動薬理学、薬物依存における脳性障害の検出・診断法に関する研究では主に神経化学、分子生物学、核医学の手法を用いた。
結果と考察
1)ラット自己投与法を用いた薬物依存症動物モデルに関する基礎的検討(担当:山本);コカインに対する渇望の発現にグルタミン酸作動性神経系が関与していることを示唆した。
2)メタンフェタミン逆耐性動物モデルにおけるメタンフェタミン体内動態の解析-有機カチオン輸送担体の機能変化に関する検討-(担当:長谷川);メタンフェタミン逆耐性群におけるメタンフェタミンの血漿中濃度および腎排泄クリアランスは,コントロール群に比べ有意にそれぞれ高値および低値を示した.このメタンフェタミン体内動態の変化には,有機カチオントランスポーター,特に有機カチオントランスポーター3の発現低下によるメタンフェタミン腎排泄と組織移行性の変化が重要な役割を果たしていることを見出した。
3)メタンフェタミン反復投与後における腹側被蓋野-側坐核ド-パミン系ニュ-ロンの機能変化に関する電気生理学的研究-(担当 :笹);メタンフェタミン連続投与により,側坐核ニューロンにおけるドパミンおよびメタンフェタミンに対する感受性の亢進が認められ,この機能変化は,ドパミン受容体サブタイプの質的な変化でなく,量的な変化によることが示唆された。
4)依存性薬物の連用による薬物動態の変化と依存強度の解析:nicotine退薬症候におけるserotonin神経機構の関与(担当:五味田);ニコチン退薬時には5-HT神経機能が変化し,特に5-HT2受容体に対する感受性が増大していることが示唆された
5)麻薬依存形成・禁断症状発現に対するグルタミン酸神経系の可塑的変化-グリア型グルタミン酸トランスポーターの関与―(担当:佐藤公道);麻薬依存形成・禁断症状発現におけるグルタミン酸神経機能の可塑的変化に脳内グリア型グルタミン酸トランスポーターGLT-1が関与していることが示唆された。
6)依存性薬物における脳内diazepam binding inhibitor (DBI) の病態生理学的役割とその発現機序(担当:大熊);モルヒネ長期投与によって脳内DBI mRNAが増加し,この増加は薬物の退薬によりさらに増加した.初代培養マウス大脳皮質神経細胞を用いてその発現変化の機序を検討したところ,長期にわたるオピオイド受容体のμ1およびμ2受容体の活性化に起因することを見出した。
7)モルヒネの依存形成に対するデハイドロエピアンドロステロン硫酸塩の抑制作用:脳内シグナル伝達系の関与(担当:鍋島);モルヒネの依存形成に対するDHEASの抑制作用はシグマ1受容体を介するシグナル伝達系,特にERKカスケードが関与している可能性が示唆された。
8)モルヒネ依存形成に関わる遺伝子発現の研究(担当:三木);モルヒネはCaMの遺伝子発現に,また,PurαはCRE配列を有する遺伝子の転写活性に作用し,遺伝子発現を調節する可能性が示唆された。
9)Methamphetamine誘発数種薬理作用の遺伝解析(担当:鈴木);メタンフェタミン誘発報酬効果には,第2,17,18,19染色体上の5遺伝子座,自発運動促進作用には第 10,11染色体上の3遺伝子座,その逆耐性形成には第 3染色体上の 2 遺伝子座が関与していることを明らかにした。
2. 慢性精神毒性の研究 (佐藤班)
1)PETを用いた覚醒剤使用者の線条体ドーパミン・トランスポーターに関する研究III(担当:伊豫); 覚せい剤長期使用により脳内ドーパミン神経の神経終末に存在するDAT密度は有意に低下し、覚せい剤の後遺症状と深く関与していること示唆された。
2)行動感作獲得における海馬の役割:腹側海馬ニューロン活動に及ぼす覚醒剤反復投与の影響の検討(担当:丹羽);腹側海馬活動が行動感作獲得に影響を与えている可離が示唆された。
3)Methamphetamine神経毒性発現下における行動感作形成の有無について(担当:小山); 2時間毎のわずか4回の高用量あるいは低用量MA処置のみでMAのstereotypy誘発効果に対する行動感作が形成され、また、MAのlocomotion誘発効果に対する行動感作は神経毒性を生じる高用量MA処置のみで形成されることを示唆する。これらの行動感作発現のメカニズムはシナプス後D1, D2 DA受容体の感受性亢進では説明できなかった。
4)覚醒剤逆耐性現象における中枢ヒスタミン神経系の作用:ヒスチジン脱炭酸酵素遺伝子ノックアウトマウスを用いた研究(担当:佐藤光源);神経系の変化がHDC-KOマウスにおけるMAP投与による移所運動量の増加の一端を担っている可能性が示唆された。
5)乱用薬物による脳機能障害の分子機構の解明(担当:西川); Mrt1B蛋白が脳のシナプスで逆耐性形成に関与する神経可塑性関連分子として機能していることが示唆された。
6)メタンフェタミン精神病モデルラットにおける可塑性関連遺伝子MAPkinase
Phosphatase(MKP)-1、-3の脳内での発現変化(担当:氏家);逆耐性現象の形成と維持期において、様々な脳部位でMKP、MAPキナーゼカスケードが活性化されており、これらの脳部位で複雑に制御された脳可塑性が生じていることが示唆された。
結論
精神依存メカニズムでは、依存形成に薬物動態の変化が関係するという作業仮説が検証され、薬物摂取への渇望を生む脳報酬系の変化(中脳被蓋野のA10細胞の各種ドーパミン受容体の変化)、モルヒネ依存形成、退薬症候群の発現期序が明らかになり、依存形成で生じる遺伝子発現の変化、MAP誘発自発運動促進作用に関する遺伝子座の特定作業が進んだ。慢性の精神毒性については、臨床研究において倫理委員会の承認を得て、覚せい剤精神病から回復した人のドーパミントランスポーター(DAT)密度の変化と可逆性がPET画像解析で明らかにされ、動物研究において、逆耐性獲得に関する海馬の役割を確認し、MAP逆耐性に対して脳ヒスタミン(HA)神経系が抑制系をなすということをHA合成酵素(HDC)ノックアウト動物で確認し、逆耐性現象の基盤をなす神経可塑性の変化に特異的に関わる遺伝子及び転写機構の変化-mrt1-を特定できた。

公開日・更新日

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