経鼻麻しんワクチンの開発に関する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200000808A
報告書区分
総括
研究課題名
経鼻麻しんワクチンの開発に関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成12(2000)年度
研究代表者(所属機関)
齋加 志津子(千葉県血清研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 齋加志津子(千葉県血清研究所)
  • 木所稔(千葉県血清研究所)
  • 大川時忠(千葉県血清研究所)
  • 小船富美夫(国立感染症研究所)
研究区分
厚生科学研究費補助金 健康安全確保総合研究分野 医薬安全総合研究事業
研究開始年度
平成10(1998)年度
研究終了予定年度
平成12(2000)年度
研究費
20,500,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
麻しんが常在している途上国においては,麻しん罹患年齢が低いため母親由来の移行抗体を持つ乳児早期に有効な麻しんワクチンが求められている。麻しんワクチンに要求される移行抗体存在下での有効性をみるため,受動免疫を与えたサルにワクチンを経鼻または皮下に接種しその抗体産生能及び感染防御能を比較する。
研究方法
サルγグロブリンを筋肉内接種し受動免疫を与えられたカニクイザルに、TD97ワクチン株を経鼻または皮下に接種し、その抗体反応を調べた。また、ワクチン接種後12週目にHL株で攻撃し、抗体反応、末梢リンパ球及び咽頭拭い液中のウイルスRNAの消長、解剖時組織中ウイルスRNAの検出並びに病理病変から感染防御能を調べた。
結果と考察
麻疹流行が常在している途上国においては、麻疹罹患年齢が低いため母親由来の移行抗体を持つ乳児期早期に有効な麻疹ワクチンが求められている。ワクチンを経鼻または皮下に接種後RT-PCRで末梢血リンパ球及び咽頭拭い液中のウイルスRNAの検出を行うと、皮下接種の場合は末梢血リンパ球から、経鼻接種の場合は咽頭拭い液から検出されている。このことは今回の試験でも確認されており、接種経路により体内に入ったワクチンウイルスの初期増殖部位が異なり、経鼻接種法の場合は末梢血リンパ球中でよりも上気道粘膜局所で増殖しやすと考えられた。それゆえ、経鼻接種法は皮下接種法よりも移行抗体の影響を受けにくいことが推察された。そこで、受動免疫存在下でワクチンを経鼻または皮下に接種しその有効性を調べた。サルγグロブリン(HI抗体2^9、中和抗体価2^13.3)1.2ml/kgをサルの筋肉内に接種したところ、翌日の血中抗体はHI、2^3、中和、2^5.3、PA、2^6であった。得られた中和抗体価は直線的に減衰し、半減期は2.4週であった。中和抗体価は接種後8週目に検出限界以下になった。一方、同量の受動免疫を与えたサルに、翌日10^5.2PFUのワクチン(TD97株)を経鼻または皮下に5頭ずつ接種したところ、顕著な抗体応答は認められなかったが、抗体の減衰は、受動免疫のみのサルのそれと比べると緩やかで、経鼻ワクチン接種群4頭及び皮下接種群5頭は12週後でも中和抗体を保持していた。その価は皮下接種群の方が経鼻接種群よりも高かった。また、IgM抗体の上昇は全てのサルで認められたが、中和抗体と同様、経鼻接種に比べて皮下接種の方がより高く誘導された。IgM抗体が誘導されたこと、また、中和抗体価の減衰が緩やかになったことからみて、受動免疫存在下で経鼻または皮下接種両接種法でワクチンによるプライミングが成立したものと考えられた。ワクチン接種後12週後にHL株で攻撃したところ、皮下接種群の1頭は攻撃後に抗体の動きはなく、末梢血、咽頭拭い液、および解剖時の組織いずれからもウイルスRNAが検出されていないことから、ワクチンにより賦与された免疫により感染防御が成立し、攻撃ウイルスの増殖が完全に抑制されたと考えられた。他の9頭全ては1週後に顕著な中和抗体の上昇を認めた。IgM抗体価は経鼻接種群5頭全てに明らかな上昇を認めたのに対して、皮下接種群では若干上昇したのみであった。攻撃1週後に抗体の顕著な上昇をみたことは、明らかにワクチン接種によりプライミングが成立し、メモリーが残っていたことを示している。また、HL株による攻撃後の末梢血及び咽頭拭い液中のウイルスRNAは経鼻接種、皮下接種いずれにおいても一時的に陽性になるものの、3週目以降に殆どの個体で陰性化した。昨年度までの成績から、麻疹ウイルスに対して免疫の無いサルにHL株を接種した場合、末梢血中のウイルスRN
Aは接種後5週まで検出されることが確認されていることから、完全ではないものの麻疹ワクチンによって免疫系が感作され、攻撃によるウイルス増殖を抑制したことを示唆している。解剖時の組織からのウイルスRNA検出では、攻撃後1週の場合に経鼻接種群、皮下接種群ともに対照群と差が認められ、2頭中1頭で組織からのRNA検出が陰性であった。攻撃後4週目では皮下接種群で部分的または完全にウイルスRNA検出が陰性化したのに対し、経鼻接種群ではごく一部の組織で陰性化するか1頭では全ての組織から検出された。病理変化では、ワクチンを接種していない1週後対照群のサルは広範な中枢神経系及びリンパ系組織に軽度から重度の病変が認められたのに対し、TD97株を経鼻接種した群では4週目1頭の鼻粘膜に中程度の病変が認められた以外は軽度の病変であった。また皮下接種した群では1週目1頭の胸腺に中程度の巨細胞が認められた以外は軽度の病変であり、明らかにHL株でみられる病変より弱かった。しかし、TD97株の経鼻接種によって惹起される病変は、扁桃のごく軽度のリンパ球浸潤のみであり、ワクチン株による病変よりは強い傾向があった。加えて、これらの個体の組織からウイルスRNAが検出されたことからワクチンによる免疫によってHL株の病変が完全ではないもののある程度抑制されたと考えられる。本研究ではサルの片鼻に0.25mlずつを専用スプレーで両鼻腔に噴霧する経鼻接種方法をとっている。この際の接種液量の適否について検討したところ、体重2~3kgのサルでは接種液の殆どが食道から胃に流れていおり、実際に鼻腔内に残留する量は投与量の1/10以下と考えられた。今回実施した受動免疫下でのワクチンの経鼻または皮下接種試験では、抗体応答、ウイルスRNAの検出及び病理変化の検討から、両接種法ともにある程度のHL株に対する増殖抑制効果が認められ、その抑制効果は経鼻接種に比べ皮下接種法の方がより高かった。しかし、経鼻接種において免疫賦与に有効に作用しえた用量を考慮すると、今回の試験結果より接種経路による防御効果の優劣は判断できない。今後、極小量でより高濃度のウイルスを効率よく鼻腔内に投与する方法を検討する必要がある。
結論
HI抗体価8倍の受動免疫を持つサルにTD97株を経鼻または皮下に接種した場合、野外株の攻撃に対して完全ではないものの、ある程度のウイルス増殖抑制効果を示した。また、高濃度のウイルスを極小量鼻腔内に投与することにより、より有効に免疫を賦与しうる可能性が示唆された。

公開日・更新日

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