分子運動性スケールの利用による効率的省資源型安定性試験法の確立(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200000805A
報告書区分
総括
研究課題名
分子運動性スケールの利用による効率的省資源型安定性試験法の確立(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成12(2000)年度
研究代表者(所属機関)
吉岡 澄江(国立医薬品食品衛生研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 村勢則郎(東京電機大学)
研究区分
厚生科学研究費補助金 健康安全確保総合研究分野 医薬安全総合研究事業
研究開始年度
平成10(1998)年度
研究終了予定年度
平成12(2000)年度
研究費
4,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
現在、医薬品製剤の有効期間の推定は、製剤を一定条件に長期にわたって保存し、その品質の経時的変化を実際に観察する保存安定性試験のデータを基にして行われている。試験を長期にわたって行なわなければならないことから、かなりの労力が必要であり、また大量の検体も必要とされる。地球の環境問題から資源の節約が叫ばれている現在において、医薬品を保存するという保存安定性試験の概念から全く離れ、保存することなく有効期間を推定できる方法が確立されれば、効率的省資源型安定性試験として、新世紀への画期的なステップとなると考えられる。本研究は、この目標に向かって、医薬品製剤中の分子の運動性を解析することによって保存試験を行わずに有効期間を推定する方法を確立するための基礎研究を行うことを目的とする。
研究方法
牛血清γグロブリン(BGG)をモデルタンパク質とする凍結乾燥製剤は、デキストランおよびBGGの混合溶液を、液体窒素で凍結し、23.5時間、約5Paで凍結乾燥して調製した。製剤中のプロトンのT1およびT1rをパルスNMR(MU-25、日本電子)を用いて測定した。T1の測定はInversion-recovery法で行った。T1rは10ガウスのスピンロッキング磁場を照射して測定した。また、デキストランのメチン炭素のT1およびT1rを固体高分解能13C-NMR(Varian)を用いて測定した。T1の測定には Torchiaのパルス系列を用い、T1rの測定には54ガウスのスピンロッキング磁場を用いた。
架橋デキストラン(セファデックスG25ゲル)を含水率50wt%に調整し、5℃/minで-50℃付近まで冷却し、その後1℃/minで昇温してX線回折-DSCを測定した。
結果と考察
タンパク質凍結乾燥製剤の分子運動性
1Hのスピン-格子緩和は、いずれの水分活性(0.12~0.86)の製剤においても測定温度の全領域で一相性の減衰を示した。一方、1Hの回転系におけるスピン-格子緩和は、水分活性の低い製剤では全温度領域で一相性の減衰を示したが、水分活性の高い(0.86および0.75)製剤では高温領域で二相性の減衰を示した。13Cのスピン-格子緩和および回転系におけるスピン-格子緩和を、高い水分活性(0.86および0.75)の製剤について測定した結果、全温度領域で一つの指数関数項でフィットすることができた。
測定されたT1は1Hおよび13Cのいずれも温度上昇とともに減少した。それに対して、T1rは二相性の減衰を示した高い水分活性および高温領域では、1Hおよび13Cのいずれも温度上昇とともに増大したため、T1rの極小値が観察された。T1rの極小値の温度は水分活性の高い製剤ほど低温側に移動した。
水分活性が0.60および0.75の製剤では、それぞれ約35℃および25℃を超えると、T1およびT1rいずれも温度上昇に伴う低下率が大きくなった。その温度は前回に報告した1Hのスピン-スピン緩和においてロレンツ型緩和が現れ始める温度(Tmc)とほぼ一致した。Tmc付近におけるT1rの温度依存性の変化は、1Hおよび13CのいずれもT1の温度依存性の変化より大きかった。T1rに極小値がみられた水分活性の高い製剤について、T1rの観測値から計算した1Hおよび13Cの相関時間(tc)は、Tmcで温度依存性が変化し、さらにTmcより30oC程度高い温度で再び温度依存性が大きくなった。これらの温度付近において、高分子添加剤の分子運動のモードが変化すること、すなわち、Tmc以上になると高分子のグローバルなセグメントが動き始め、さらに30oC程度高い温度でより大きなセグメントが動きはじめることが示唆される。
炭素と水素の双極子-双極子相互作用が支配的であること、さらに遅い運動領域での緩和時間が単一のtcで表せられることを仮定して13CのT1の観測値からtcを計算し、T1rの観測値から計算したtcと比較した結果、tcの温度依存性が断線を示す付近の温度領域では、T1から計算したtcはT1rから計算したtcに近い値を示したが、低温領域では両者で大きな差がみられた。
BGG凍結乾燥製剤中の13Cおよび1Hについて測定したT1およびT1rは、いずれもTmc付近における運動性の急激な変化を反映して大きく変化するが、T1rはT1に比較して変化の度合いが大きことから、製剤中で観察されるような遅い動きについては、T1rの方がより感度良い指標になると考えられる。また、T1rの温度依存性は13Cおよび1Hで大きな違いが観察されなかったことから、製剤中のデキストラン分子の運動性はメチン炭素およびそれに結合したプロトンのいずれの緩和時間によっても測定できると考えられる。T1rから算出したtcは温度がTmcを超えると急激に減少した後、さらにTmcよりも約30℃高い温度で再び急激な減少を示したが、この減少は、ガラス転移温度付近での大きな運動性の変化を反映していると考えられる。
凍結挙動からみた水分子の運動性
X線回折-DSC同時測定によって20゜<2θ<42゜に5本の回折ピークが観測され、既存のデータより、これらはいずれも六方晶氷(Ih)によるものと同定された(θの小さい方から、ピーク1、2,3,4,5とする)。ガラス化したことの証拠とされる球状晶氷(Ic)は検出されなかった。ピーク1の反射強度はDSC曲線でみられる発熱ピークに対応して顕著に増大した。このピークは六方晶氷のa軸方向(100)の成長に対応するもので、結晶成長に異方性のあることが示唆された。
DSC発熱ピークに先行する吸熱方向への移行の際に、反射ピーク強度の低下は確認できなかった。このことは、吸熱方向への移行が氷の融解によるものとは断定できないことを意味する。しかしながら、反射強度の温度変化はピークごとに複雑に揺らいでおり、反射強度の低下がこの揺らぎに隠れてしまっている可能性を否定できない。
DSC昇温過程で観測される発熱ピークは六方晶氷の形成によるものであることが明らかになったが、発熱ピークに先行する吸熱方向への移行の原因は解明できなかった。理由の1つは、温度による反射強度の揺らぎが大きいことにある。揺らぎが大きくなる理由としては、微小な氷晶の融解時における結晶軸変動の可能性が強い。その結果、反射強度の温度変化は、ピークごとに再現性の乏しい異なった挙動をとるものと考えられる。すなわち、反射強度の揺らぎが大きいこと自体、氷の微結晶の融解を反映している可能性が強い。一次元の検出器でなく、二次元の検出器を使用することにより、反射強度の温度変化を精度よく解析できる可能性があると考えられる。
結論
タンパク質凍結乾燥製剤の13Cおよび1Hについて測定されるT1rの特徴を検討した結果、T1rはT1に比較して、製剤中で観察されるような遅い動きの変化をより感度良く検出でき、凍結乾燥製剤の運動性の指標として有用であることが分かった。1HのT1rおよび13CのT1rは同じ温度依存性を示し、デキストラン分子のメチン炭素およびそれに結合したプロトンの両者は同様の動きを示すことが分かった。T1rから算出したtcはTmcおよびTmcよりも約30℃高い2ヶ所の温度で、急激に減少し、製剤の運動性が急激に増大することが明らかになった。
凍結した架橋高分子-水系のDSC昇温曲線で観測される発熱ピークのメカニズムと、発熱ピークに先行する吸熱方向への移行原因を解明する目的で、詳細なX線回折-DSC同時測定を試みた結果、発熱ピークは六方晶氷形成によるものであることが明らかとなった。発熱ピークに先行する吸熱方向への移行原因については、融点降下したサイズの小さな氷晶の融解によるものである可能性が示唆された。以上のように、NMR、ODSCおよびX線回折-DSCが、医薬品製剤中の分子運動性に関して重要な知見を提供することが分かり、製剤の安定性評価を行う上で有用な手段となることが明らかになり、研究当初に期待した成果が達成された。

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