文献情報
文献番号
200000797A
報告書区分
総括
研究課題名
薬物代謝酵素の遺伝子型を利用した医薬品の有効性・安全性の評価と使用基準の確立に関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成12(2000)年度
研究代表者(所属機関)
奥村 勝彦(神戸大学医学部附属病院)
研究分担者(所属機関)
- 青山伸郎(神戸大学医学部附属病院)
- 谷川原祐介(慶應義塾大学病院)
- 五味田裕(岡山大学医学部附属病院)
研究区分
厚生科学研究費補助金 健康安全確保総合研究分野 医薬安全総合研究事業
研究開始年度
平成10(1998)年度
研究終了予定年度
平成12(2000)年度
研究費
4,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-
研究報告書(概要版)
研究目的
臨床の多数検体を対象とする本研究にとって、従来の手法(PCR-RFLP法)による遺伝子診断法は迅速性に欠け、臨床薬理学的見地からのアプローチには不向きである。そこでまず、多くの薬物の代謝に関与する主要なCYP分子種CYP2D6の遺伝子変異型CYP2D6*10について、多数の患者検体を迅速に処理できる能力が高く、臨床検査として利用可能な遺伝子診断法(TaqMan PCR法)の確立を試みた(①)。
これまで遺伝子診断の臨床応用を目的に、遺伝子多型と薬物体内動態・薬効との相関性を健常者の単回・連続投与、並びに患者で検討してきた。本年度は、薬物ごとに更に詳細な検討を進めた。すなわち、②CYP2C18には2C18m1および2C18mFRの2種類の変異があり、前者は2C19*3と、後者は2C19*2と完全に連鎖していることから、てんかん患者におけるCYP2C9、2C18、2C19遺伝子型と抗てんかん薬(フェニトイン(PHT)およびフェノバルビタール(PB))の体内動態との関連性、並びに両者の相互作用に及ぼす遺伝子型の影響、③健常者におけるCYP2C19遺伝子型とプロトンポンプ阻害剤(PPI)(オメプラゾール(OPZ)、ランソプラゾール(LPZ)、ラベプラゾール(RPZ))の体内動態との関連性、④In vitroヒト肝ミクロソームを用いた代謝実験によるPPI代謝過程でのCYP2C19の寄与率、について検討した。
これまで遺伝子診断の臨床応用を目的に、遺伝子多型と薬物体内動態・薬効との相関性を健常者の単回・連続投与、並びに患者で検討してきた。本年度は、薬物ごとに更に詳細な検討を進めた。すなわち、②CYP2C18には2C18m1および2C18mFRの2種類の変異があり、前者は2C19*3と、後者は2C19*2と完全に連鎖していることから、てんかん患者におけるCYP2C9、2C18、2C19遺伝子型と抗てんかん薬(フェニトイン(PHT)およびフェノバルビタール(PB))の体内動態との関連性、並びに両者の相互作用に及ぼす遺伝子型の影響、③健常者におけるCYP2C19遺伝子型とプロトンポンプ阻害剤(PPI)(オメプラゾール(OPZ)、ランソプラゾール(LPZ)、ラベプラゾール(RPZ))の体内動態との関連性、④In vitroヒト肝ミクロソームを用いた代謝実験によるPPI代謝過程でのCYP2C19の寄与率、について検討した。
研究方法
①CYP2D6遺伝子診断
TaqMan PCR法は、アレル特異的に蛍光標識したTaqMan プローブと鋳型DNAとのハイブリダイゼーションおよびPCR反応を同時に行うことで反応終了と同時に判定結果が得られる方法であり、CYP2D6*10をターゲットとする独自のプライマーを設計し、その信頼性について検証した。
②てんかん患者におけるCYP2C9、2C18、2C19遺伝子型とPHT及びPBの体内動態との関連性
対象は、PHTまたはPBを服用して定常状態に達したてんかん患者のうち、以下の条件を満たし、研究の趣旨に同意した29名を対象とした。
1. 年令が15才以上、
2. 体重が 40―80 kg、
3. 肝および腎機能が正常、
4. PHTに関しては投与量の異なる血中濃度データが4点以上ある、
5. PBに関してはバルプロ酸を併用していない。
被験者からの採血は薬物服用2―5時間後に行い、血清中PHTまたはPB濃度は蛍光偏光免疫測定法により測定した。PHTのパラメータとしては最大消失速度(Vmax)およびMichaelis定数(Km)をグラフ法により算出した。PBのパラメータとしてはYukawaらの報告を参考にして以下の式により体重による補正を行った血中濃度/投与量比(C/D比)を算出した。
C/D比= (血中濃度/投与量/体重)×体重(-0.567)
一方、遺伝子型の判定は被験者の血液より抽出したDNAを試料とし、CYP2C9のIle359→Leu変異と、CYP2C19*2および*3変異について、PCR-RFLP法を用いて行った。被験者はCYP2C9に関しては全員野生型(*1/*1)であった。判定された遺伝子型により被験者を以下の分類によりそれぞれ3群に分けた(表1)。
分類Ⅰ.従来のCYP2C19の遺伝子型分類
分類Ⅱ.*2または*3変異による分類
各群について、PHTのKm、VmaxおよびPBのC/D比を比較検討した。また、両薬剤に関して併用者と非併用者の各パラメータを比較した。
表1遺伝子型分類
分類 群 CYP2C19遺伝子型
Ⅰ A *1/*1
B *1/*2 or *1/*3
C *2/*2, *3/*3 or *2/*3
Ⅱ A *1/*1
D *1/*2 or *2/*2
E *1/*3 or *3/*3
③健常者におけるCYP2C19遺伝子型とPPI(OPZ、LPZ、RPZ)の体内動態との関連性
18人の健常者を対象とし、CYP2C19遺伝子診断によりhomoEM群、heteroEM群、PM群の3群に分け、OPZ、LPZ、RPZについてクロスオーバー投与試験を行った。投与は、一晩絶食後、20 mg オメプラール(r)(アストラゼネカ)、30 mg タケプロン(r)(武田薬品工業)、或いは20 mg パリエット(r)(エーザイ)を100 mLの水とともに午前9:00に経口服用した。少なくとも1週間は休薬期間をおき、薬物の投与後3 時間は飲食を行わないものとした。採血は、薬物投与後、1、2、3、4、6、12時間後に行なった。なおプロトコールは、神戸大学医学部治験審査委員会によって認可されたものを、被験者に対し口頭にて詳細に説明し、文書によりインフォームドコンセントを取った。血漿中のPPI及び代謝物の濃度はHPLC法により測定した。PPIとその代謝物の血中濃度時間曲線下面積(AUC)は、台形近似法により求めた。
④In vitroヒト肝ミクロソーム代謝実験
基質である各PPI(OPZ、LPZ、RPZ)は、0.40μM濃度を作成した。基質、反応バッファー、ミリQ水、ヒト肝ミクロソーム(5Lot.使用、最終蛋白濃度 0.22~0.26mg/mL)からなる反応液を37 ℃ で3分プレインキュベーションした後、 1 mM NADPHを加え、攪拌し反応を開始した。反応開始30分後、ジエチルエーテル/メチレンジクロリド溶液を加えて反応停止した。抽出操作は、10μLの内標準物質を加えて行ない、HPLC法により測定した。抗血清を用いたPPI代謝阻害実験は、CYP2C19抗血清又はCYP3A4抗血清を10μLずつ添加し混和後、ヒト肝ミクロソーム(最終蛋白添加濃度0.22mg/mL)を添加し30分間室温放置した。5μM PPIを添加後、37℃ で3分プレインキュベーションした。その後、1 mM NADPHを加え、攪拌し反応を開始した。反応開始後30分後、ジエチルエーテル/メチレンジクロリド溶液を加えて反応を停止させた。抽出及び測定操作は上記と同様に行った。
TaqMan PCR法は、アレル特異的に蛍光標識したTaqMan プローブと鋳型DNAとのハイブリダイゼーションおよびPCR反応を同時に行うことで反応終了と同時に判定結果が得られる方法であり、CYP2D6*10をターゲットとする独自のプライマーを設計し、その信頼性について検証した。
②てんかん患者におけるCYP2C9、2C18、2C19遺伝子型とPHT及びPBの体内動態との関連性
対象は、PHTまたはPBを服用して定常状態に達したてんかん患者のうち、以下の条件を満たし、研究の趣旨に同意した29名を対象とした。
1. 年令が15才以上、
2. 体重が 40―80 kg、
3. 肝および腎機能が正常、
4. PHTに関しては投与量の異なる血中濃度データが4点以上ある、
5. PBに関してはバルプロ酸を併用していない。
被験者からの採血は薬物服用2―5時間後に行い、血清中PHTまたはPB濃度は蛍光偏光免疫測定法により測定した。PHTのパラメータとしては最大消失速度(Vmax)およびMichaelis定数(Km)をグラフ法により算出した。PBのパラメータとしてはYukawaらの報告を参考にして以下の式により体重による補正を行った血中濃度/投与量比(C/D比)を算出した。
C/D比= (血中濃度/投与量/体重)×体重(-0.567)
一方、遺伝子型の判定は被験者の血液より抽出したDNAを試料とし、CYP2C9のIle359→Leu変異と、CYP2C19*2および*3変異について、PCR-RFLP法を用いて行った。被験者はCYP2C9に関しては全員野生型(*1/*1)であった。判定された遺伝子型により被験者を以下の分類によりそれぞれ3群に分けた(表1)。
分類Ⅰ.従来のCYP2C19の遺伝子型分類
分類Ⅱ.*2または*3変異による分類
各群について、PHTのKm、VmaxおよびPBのC/D比を比較検討した。また、両薬剤に関して併用者と非併用者の各パラメータを比較した。
表1遺伝子型分類
分類 群 CYP2C19遺伝子型
Ⅰ A *1/*1
B *1/*2 or *1/*3
C *2/*2, *3/*3 or *2/*3
Ⅱ A *1/*1
D *1/*2 or *2/*2
E *1/*3 or *3/*3
③健常者におけるCYP2C19遺伝子型とPPI(OPZ、LPZ、RPZ)の体内動態との関連性
18人の健常者を対象とし、CYP2C19遺伝子診断によりhomoEM群、heteroEM群、PM群の3群に分け、OPZ、LPZ、RPZについてクロスオーバー投与試験を行った。投与は、一晩絶食後、20 mg オメプラール(r)(アストラゼネカ)、30 mg タケプロン(r)(武田薬品工業)、或いは20 mg パリエット(r)(エーザイ)を100 mLの水とともに午前9:00に経口服用した。少なくとも1週間は休薬期間をおき、薬物の投与後3 時間は飲食を行わないものとした。採血は、薬物投与後、1、2、3、4、6、12時間後に行なった。なおプロトコールは、神戸大学医学部治験審査委員会によって認可されたものを、被験者に対し口頭にて詳細に説明し、文書によりインフォームドコンセントを取った。血漿中のPPI及び代謝物の濃度はHPLC法により測定した。PPIとその代謝物の血中濃度時間曲線下面積(AUC)は、台形近似法により求めた。
④In vitroヒト肝ミクロソーム代謝実験
基質である各PPI(OPZ、LPZ、RPZ)は、0.40μM濃度を作成した。基質、反応バッファー、ミリQ水、ヒト肝ミクロソーム(5Lot.使用、最終蛋白濃度 0.22~0.26mg/mL)からなる反応液を37 ℃ で3分プレインキュベーションした後、 1 mM NADPHを加え、攪拌し反応を開始した。反応開始30分後、ジエチルエーテル/メチレンジクロリド溶液を加えて反応停止した。抽出操作は、10μLの内標準物質を加えて行ない、HPLC法により測定した。抗血清を用いたPPI代謝阻害実験は、CYP2C19抗血清又はCYP3A4抗血清を10μLずつ添加し混和後、ヒト肝ミクロソーム(最終蛋白添加濃度0.22mg/mL)を添加し30分間室温放置した。5μM PPIを添加後、37℃ で3分プレインキュベーションした。その後、1 mM NADPHを加え、攪拌し反応を開始した。反応開始後30分後、ジエチルエーテル/メチレンジクロリド溶液を加えて反応を停止させた。抽出及び測定操作は上記と同様に行った。
結果と考察
①CYP2D6遺伝子診断
本法によって得られたPCR産物についてシークエンス解析を行った結果、CYP2D6の配列であることが確認され、またSNP部位(C188T)についてもTaqMan PCR法による結果との一致が得られたことから本法の妥当性を確認できた。今回確立したTaqMan PCR法は、PCR反応のみでタイピングが行えるので、従来の方法より遺伝子診断に要する時間を飛躍的に短縮できることが可能となった。採血後わずか4時間で数百検体の結果判定が可能であり、著しい代謝能低下が予想されるCYP2D6*10のホモ接合体を迅速に判定できるようになった。ただし、C/CおよびT/Tと判定された群には完全欠損型の CYP2D6*5や代謝能亢進型のCYP2D6*2X2などが含まれている可能性もあり、確定診断は現段階では困難である。しかしながら、PCR増幅産物の量を反映する各プロットの位置関係から、上述の遺伝子型の存在をもある程度予測できるであろうと考えられる。今回確立したCYP2D6*10の遺伝子診断法は、今後、フレカイニドなどの抗不整脈薬、ハロペリドールなどの抗精神病薬などCYP2D6で代謝される薬物の日本人における薬剤反応性を研究する上で、有用な手法となる。
②てんかん患者におけるCYP2C9、2C18、2C19遺伝子型とPHT及びPBの体内動態との関連性
表2に示すように、PHTのKmおよびVmaxは、従来の分類Ⅰでは、各群間に有意な差は見られなかったが、分類Ⅱでは*3変異を有するE群のVmaxがA群より有意に低値を示した。一方、PBのC/D比は分類Ⅰでは各群間に有意な差はみられなかったが、分類ⅡにおいてCYP2C19*3変異を有するE群のC/D比がAおよびD群より有意に高い値を示した(表3)。
表2てんかん患者のPHT薬物動態パラメータ
群 n Km Vmax
(μg/ml) (mg/day/kg)
Ⅰ A 5 3.96±1.40 7.00±1.15
B 10 4.28±1.01 5.90±0.88
C 6 4.07±1.27 5.68±0.70
Ⅱ A 5 3.96±1.40 7.09±1.15
D 8 4.36±1.12 6.26±0.83
E 7 4.19±1.08 5.37±0.51a
ap < 0.05 vs. group A
表3てんかん患者のPB薬物動態パラメータ
群 n C/D比
Ⅰ A 5 1.04 ± 0.07
B 6 1.08 ± 0.14
C 5 1.10 ± 0.11
Ⅱ A 5 1.04 ± 0.07
D 7 1.02 ± 0.08
E 4 1.20 ± 0.08a,b
ap < 0.05 vs. group A
bp < 0.01 vs. group D
次に、PHTおよびPB間の相互作用については、PHTのKm、VmaxおよびPBのC/D比は両剤併用患者(4.04 ± 1.08, 6.18 ± 1.25および1.08 ± 0.11)および非併用患者(4.21 ± 1.19, 6.08 ± 0.91および1.01 ± 0.08)間に有意な差は見られなかった。しかし、両剤併用患者において、PBのC/D比とPHTのVmaxの間に有意な負の相関が見られた(r = 0.61, p < 0.05)。
CYP2C18はCYP2Cサブファミリーに属する薬物代謝酵素で、蛋白量としてはCYP2C19よりも多い(約3倍)が、その特異的な基質は、未だ明らかにされておらず、機能的にも未知の部分が多い。またCYP2C18の2種類の遺伝子変異のうち、2C18m1は酵素活性を欠損しているが、2C18mFRが活性を有するかどうかは不明であった。今回てんかん患者のうち、CYP2C19*3変異を持つ群では、PHTのVmaxが有意に低下し、PBのC/D比は有意に増加した。また、両薬物を併用している患者においてPBのC/D比とPHTのVmaxの間には有意な負の相関が見られた。即ち、PBの代謝能が低下している患者では同時にPHTの代謝能も低下している可能性が示された。これらの結果より、PHTおよびPBの代謝にはCYP2C18が関与しており、2C19*3(2C18m1)を持つ患者ではPHTおよびPBの代謝能が2C19*2(2C18mFR)を有する患者より低下している可能性が示唆された。
③健常者におけるCYP2C19遺伝子型とPPI(OPZ、LPZ、RPZ)の体内動態との関連性
PM群、heteroEM群、homoEM群の3群のうち、OPZ、OPZ-SFNのPM群の血中濃度推移は有意に高かった。一方、PM群におけるH-OPZの血中濃度推移は比較的低かった。OPZのAUCを3群で比較すると、PM群のAUCはhomoE群、heteroE群と比べて7.4、4.3倍と有意に高かった。また、homoEM群とheteroEM群では、いずれのパラメータも有意な差でなかった。
またLPZについては、LPZ、LPZ-SFNの血中濃度推移はPM群において高い血中濃度推移を示し、H-LPZの血中濃度推移はPM群においてわずかに低い血中濃度推移を示した。LPZのAUC値は、PM群がhomoEM群 、heteroEM群と比べて3.7、2.7倍と有意に高く、また、homoEM群とheteroEM群では、どのパラメータにおいても有意な差は認められなかった。
一方、RPZの場合、PM群、heteroEM群、homoEM群のうち、RPZ-SFNの血中濃度推移にばらつきが見られたものの、いずれの血中濃度3群間で有意な差は見られなかった。RPZ-SFNのAUC値にばらつきがあったものの、3群間で有意な違いはほとんど見られなかった。
以上より、OPZ、LPZを用いたH.pyroli除菌治療において、PM群で高い除菌効果が得られた理由として、次のようなことが考えられた。PM群においてCYP2C19遺伝子欠損により、PPIの代謝が遅延されることで、胃内PPI濃度が高くなり、酸分泌抑制効果が強く持続した結果、胃内pHが高く保たれたことが考えられる。除菌治療で併用される抗生物質アモキシシリン及びクラリスロマイシンの酸性条件下での抗菌作用は弱いことが認められている。したがってPM群では胃内pHが高く維持されることでアモキシシリン、クラリスロマイシンの効果が増強され除菌効果が高まると考えられる。
④In vitroヒト肝ミクロソーム代謝実験
5Lot.のヒト肝ミクロソームのCYP2C19活性とOPZの残存濃度については、相関係数が0.9383と良好な相関関係が認められた。CYP2C19活性とLPZの残存濃度についても良好な相関関係が認められ、相関係数は0.9617であった。一方、RPZについては、CYP2C19活性との相関関係は弱く、相関係数は0.6614であった。CYP2C19活性とH-OPZの生成において良好な相関関係が認められた(相関係数0.9143)。LPZも、OPZと同様、CYP2C19活性とH-LPZとの相関係数は0.8877であったが、LPZ-SFN生成との相関は認められなかった。よって、OPZ、LPZの代謝過程において主にCYP2C19が関与し、またその代謝はヒドロキシ体生成が主であるが、RPZの代謝過程においては、CYP2C19がほとんど関与しないことが示された。一方、CYP3A4活性とPPI代謝との関係は、OPZ-SFNの生成とCYP3A4活性とに若干の相関関係が認められただけであった。
さらにOPZにCYP2C19抗血清を添加した結果、H-OPZ生成率は約71%阻害されたが、CYP3A4抗血清添加時のH-OPZ生成率は、約21%阻害された。LPZにCYP2C19抗血清を添加した時のH-LPZ生成は約54%阻害されたが、その阻害の強さはOPZと比較すると弱く、CYP3A4抗血清添加時のH-LPZ生成は、約26%阻害された。RPZのCYP2C19抗血清を添加時のRPZ-SFN生成は促進されていたがCYP3A4抗血清を添加時、RPZ-SFN生成は約49%阻害された。ヒト肝ミクロソーム試験より、CYP2C19はOPZ、LPZの代謝、特にヒドロキシ化に寄与する主要な分子種であることが明らかとなった。一方、RPZについては、CYP2C19活性との相関は弱く、CYP2C19はRPZの代謝にあまり関与していないことが示された。これは、OPZ、LPZの代謝過程には主にCYP2C19が寄与し、一方RPZの代謝は、非酵素反応によるチオエーテル体生成が主であるという報告、またOPZのヒドロキシ化に、CYP2C19が関与するという報告と対応する。CYP2C19抗血清による抑制がOPZの方がLPZより強く、CYP2C19のヒドロキシ体生成の寄与率は、OPZの方が高いことが示された。ここで、CYP2C19抗血清添加において、スルホン体の生成がcontrolよりも高く、代謝が促進されていた。この理由として、CYP2C19が関与する代謝過程が阻害された結果、CYP2C19で代謝されるべき基質がCYP3A4により代謝されスルホン体の生成が高まったと考えられる。一方、LPZ、RPZのスルホン化に際して、CYP3A4以外の関与が示唆された。ここで、用いる基質の濃度は、臨床を考慮した研究において非常に重要である。ヒト肝ミクロソームのPPI代謝において、KmとVmaxが存在することが明らかとなっており、低基質濃度においてはCYP2C19の関与が強く、高基質濃度になるに従って、CYP3A4の関与が強くなることが認められている。そこで今回代謝実験及び抗血清阻害実験において用いた基質は、各々CYP2C19が十分寄与していると考えられる濃度0.4μM、5μMとした。ここで100μM以上の高濃度における検討は、臨床での血中濃度を考慮する必要はないと考えられた。この結果は、H.pylori除菌療法においてOPZ、LPZを使用した場合に、CYP2C19遺伝子多型との関連性が認められ、その寄与はOPZのほうがLPZより大きかったという結果、さらにRPZ使用時においては、CYP2C19遺伝子多型と除菌率との関連性が認められなかったという結果と対応している。
本法によって得られたPCR産物についてシークエンス解析を行った結果、CYP2D6の配列であることが確認され、またSNP部位(C188T)についてもTaqMan PCR法による結果との一致が得られたことから本法の妥当性を確認できた。今回確立したTaqMan PCR法は、PCR反応のみでタイピングが行えるので、従来の方法より遺伝子診断に要する時間を飛躍的に短縮できることが可能となった。採血後わずか4時間で数百検体の結果判定が可能であり、著しい代謝能低下が予想されるCYP2D6*10のホモ接合体を迅速に判定できるようになった。ただし、C/CおよびT/Tと判定された群には完全欠損型の CYP2D6*5や代謝能亢進型のCYP2D6*2X2などが含まれている可能性もあり、確定診断は現段階では困難である。しかしながら、PCR増幅産物の量を反映する各プロットの位置関係から、上述の遺伝子型の存在をもある程度予測できるであろうと考えられる。今回確立したCYP2D6*10の遺伝子診断法は、今後、フレカイニドなどの抗不整脈薬、ハロペリドールなどの抗精神病薬などCYP2D6で代謝される薬物の日本人における薬剤反応性を研究する上で、有用な手法となる。
②てんかん患者におけるCYP2C9、2C18、2C19遺伝子型とPHT及びPBの体内動態との関連性
表2に示すように、PHTのKmおよびVmaxは、従来の分類Ⅰでは、各群間に有意な差は見られなかったが、分類Ⅱでは*3変異を有するE群のVmaxがA群より有意に低値を示した。一方、PBのC/D比は分類Ⅰでは各群間に有意な差はみられなかったが、分類ⅡにおいてCYP2C19*3変異を有するE群のC/D比がAおよびD群より有意に高い値を示した(表3)。
表2てんかん患者のPHT薬物動態パラメータ
群 n Km Vmax
(μg/ml) (mg/day/kg)
Ⅰ A 5 3.96±1.40 7.00±1.15
B 10 4.28±1.01 5.90±0.88
C 6 4.07±1.27 5.68±0.70
Ⅱ A 5 3.96±1.40 7.09±1.15
D 8 4.36±1.12 6.26±0.83
E 7 4.19±1.08 5.37±0.51a
ap < 0.05 vs. group A
表3てんかん患者のPB薬物動態パラメータ
群 n C/D比
Ⅰ A 5 1.04 ± 0.07
B 6 1.08 ± 0.14
C 5 1.10 ± 0.11
Ⅱ A 5 1.04 ± 0.07
D 7 1.02 ± 0.08
E 4 1.20 ± 0.08a,b
ap < 0.05 vs. group A
bp < 0.01 vs. group D
次に、PHTおよびPB間の相互作用については、PHTのKm、VmaxおよびPBのC/D比は両剤併用患者(4.04 ± 1.08, 6.18 ± 1.25および1.08 ± 0.11)および非併用患者(4.21 ± 1.19, 6.08 ± 0.91および1.01 ± 0.08)間に有意な差は見られなかった。しかし、両剤併用患者において、PBのC/D比とPHTのVmaxの間に有意な負の相関が見られた(r = 0.61, p < 0.05)。
CYP2C18はCYP2Cサブファミリーに属する薬物代謝酵素で、蛋白量としてはCYP2C19よりも多い(約3倍)が、その特異的な基質は、未だ明らかにされておらず、機能的にも未知の部分が多い。またCYP2C18の2種類の遺伝子変異のうち、2C18m1は酵素活性を欠損しているが、2C18mFRが活性を有するかどうかは不明であった。今回てんかん患者のうち、CYP2C19*3変異を持つ群では、PHTのVmaxが有意に低下し、PBのC/D比は有意に増加した。また、両薬物を併用している患者においてPBのC/D比とPHTのVmaxの間には有意な負の相関が見られた。即ち、PBの代謝能が低下している患者では同時にPHTの代謝能も低下している可能性が示された。これらの結果より、PHTおよびPBの代謝にはCYP2C18が関与しており、2C19*3(2C18m1)を持つ患者ではPHTおよびPBの代謝能が2C19*2(2C18mFR)を有する患者より低下している可能性が示唆された。
③健常者におけるCYP2C19遺伝子型とPPI(OPZ、LPZ、RPZ)の体内動態との関連性
PM群、heteroEM群、homoEM群の3群のうち、OPZ、OPZ-SFNのPM群の血中濃度推移は有意に高かった。一方、PM群におけるH-OPZの血中濃度推移は比較的低かった。OPZのAUCを3群で比較すると、PM群のAUCはhomoE群、heteroE群と比べて7.4、4.3倍と有意に高かった。また、homoEM群とheteroEM群では、いずれのパラメータも有意な差でなかった。
またLPZについては、LPZ、LPZ-SFNの血中濃度推移はPM群において高い血中濃度推移を示し、H-LPZの血中濃度推移はPM群においてわずかに低い血中濃度推移を示した。LPZのAUC値は、PM群がhomoEM群 、heteroEM群と比べて3.7、2.7倍と有意に高く、また、homoEM群とheteroEM群では、どのパラメータにおいても有意な差は認められなかった。
一方、RPZの場合、PM群、heteroEM群、homoEM群のうち、RPZ-SFNの血中濃度推移にばらつきが見られたものの、いずれの血中濃度3群間で有意な差は見られなかった。RPZ-SFNのAUC値にばらつきがあったものの、3群間で有意な違いはほとんど見られなかった。
以上より、OPZ、LPZを用いたH.pyroli除菌治療において、PM群で高い除菌効果が得られた理由として、次のようなことが考えられた。PM群においてCYP2C19遺伝子欠損により、PPIの代謝が遅延されることで、胃内PPI濃度が高くなり、酸分泌抑制効果が強く持続した結果、胃内pHが高く保たれたことが考えられる。除菌治療で併用される抗生物質アモキシシリン及びクラリスロマイシンの酸性条件下での抗菌作用は弱いことが認められている。したがってPM群では胃内pHが高く維持されることでアモキシシリン、クラリスロマイシンの効果が増強され除菌効果が高まると考えられる。
④In vitroヒト肝ミクロソーム代謝実験
5Lot.のヒト肝ミクロソームのCYP2C19活性とOPZの残存濃度については、相関係数が0.9383と良好な相関関係が認められた。CYP2C19活性とLPZの残存濃度についても良好な相関関係が認められ、相関係数は0.9617であった。一方、RPZについては、CYP2C19活性との相関関係は弱く、相関係数は0.6614であった。CYP2C19活性とH-OPZの生成において良好な相関関係が認められた(相関係数0.9143)。LPZも、OPZと同様、CYP2C19活性とH-LPZとの相関係数は0.8877であったが、LPZ-SFN生成との相関は認められなかった。よって、OPZ、LPZの代謝過程において主にCYP2C19が関与し、またその代謝はヒドロキシ体生成が主であるが、RPZの代謝過程においては、CYP2C19がほとんど関与しないことが示された。一方、CYP3A4活性とPPI代謝との関係は、OPZ-SFNの生成とCYP3A4活性とに若干の相関関係が認められただけであった。
さらにOPZにCYP2C19抗血清を添加した結果、H-OPZ生成率は約71%阻害されたが、CYP3A4抗血清添加時のH-OPZ生成率は、約21%阻害された。LPZにCYP2C19抗血清を添加した時のH-LPZ生成は約54%阻害されたが、その阻害の強さはOPZと比較すると弱く、CYP3A4抗血清添加時のH-LPZ生成は、約26%阻害された。RPZのCYP2C19抗血清を添加時のRPZ-SFN生成は促進されていたがCYP3A4抗血清を添加時、RPZ-SFN生成は約49%阻害された。ヒト肝ミクロソーム試験より、CYP2C19はOPZ、LPZの代謝、特にヒドロキシ化に寄与する主要な分子種であることが明らかとなった。一方、RPZについては、CYP2C19活性との相関は弱く、CYP2C19はRPZの代謝にあまり関与していないことが示された。これは、OPZ、LPZの代謝過程には主にCYP2C19が寄与し、一方RPZの代謝は、非酵素反応によるチオエーテル体生成が主であるという報告、またOPZのヒドロキシ化に、CYP2C19が関与するという報告と対応する。CYP2C19抗血清による抑制がOPZの方がLPZより強く、CYP2C19のヒドロキシ体生成の寄与率は、OPZの方が高いことが示された。ここで、CYP2C19抗血清添加において、スルホン体の生成がcontrolよりも高く、代謝が促進されていた。この理由として、CYP2C19が関与する代謝過程が阻害された結果、CYP2C19で代謝されるべき基質がCYP3A4により代謝されスルホン体の生成が高まったと考えられる。一方、LPZ、RPZのスルホン化に際して、CYP3A4以外の関与が示唆された。ここで、用いる基質の濃度は、臨床を考慮した研究において非常に重要である。ヒト肝ミクロソームのPPI代謝において、KmとVmaxが存在することが明らかとなっており、低基質濃度においてはCYP2C19の関与が強く、高基質濃度になるに従って、CYP3A4の関与が強くなることが認められている。そこで今回代謝実験及び抗血清阻害実験において用いた基質は、各々CYP2C19が十分寄与していると考えられる濃度0.4μM、5μMとした。ここで100μM以上の高濃度における検討は、臨床での血中濃度を考慮する必要はないと考えられた。この結果は、H.pylori除菌療法においてOPZ、LPZを使用した場合に、CYP2C19遺伝子多型との関連性が認められ、その寄与はOPZのほうがLPZより大きかったという結果、さらにRPZ使用時においては、CYP2C19遺伝子多型と除菌率との関連性が認められなかったという結果と対応している。
結論
薬物代謝酵素CYP2D6において、日本人で最も頻度の高いCYP2D6*10の迅速遺伝子診断法を確立した(①)。また、患者並びに健常者における遺伝子多型と薬物体内動態との相関性、及び、ヒト肝ミクロソームを用いたin vitro代謝実験、を検討した結果、②CYP2C19*2と2C19*3ではPHTおよびPBの代謝能が異なる可能性が示された。③OPZ並びにLPZのAUCとCYP2C19遺伝子型との相関性が認められたが、RPZの場合には、相関しなかった。本結果は、H.pylori除菌治療効果とCYP2C19遺伝子型との関連性と対応している。④OPZ、LPZのヒドロキシ体生成過程には主にCYP2C19が寄与し、その寄与率は、LPZよりOPZの方が大きいことが示された。
本研究から、薬物治療における、薬物代謝酵素N-アセチル転移酵素、CYP2C9、CYP2C18、CYP2C19の遺伝子診断の重要性が確認された。すなわち、遺伝子多型性を示す上記の薬物代謝酵素によって、代謝を受ける薬物(PHT、PB、OPZ、LPZ)を服用する場合、遺伝子診断の後、個人の遺伝子型に応じた薬物投与量の設定或いは薬物の選択を行うと、現在行っている匙加減による治療から一歩進んだ、より安全かつ有効な治療が可能になると考えられる。但し、PPIの場合のように、同一代謝酵素であっても薬物により相関性の程度が異なる場合があることも判明した。今後、ゲノム情報に基づくオーダーメイド医療の実現に際し、遺伝子型と薬物体内動態・薬効・毒性との相関性に及ぼす(1)代謝過程における薬物代謝酵素の寄与、(2)患者側の要因(年齢、疾患、肝・腎機能、併用薬、食事)等の影響について、薬物ごと、患者母集団ごとに検討していくことが必要であると考えられた。
ヒトゲノムの解読がほぼ完了し、本邦でもミレニアムゲノムプロジェクトによって、ゲノム情報に基づくオーダーメイド医療の実現が待たれている。近い将来、医療の場でGene Tip等の遺伝子診断が利用され、短時間で判定した患者の莫大な遺伝子情報を元に、疾病診断並びに治療法の決定がなされるであろうが、その際に、本研究で得られた結果が有効な情報になると考えられる。
本研究から、薬物治療における、薬物代謝酵素N-アセチル転移酵素、CYP2C9、CYP2C18、CYP2C19の遺伝子診断の重要性が確認された。すなわち、遺伝子多型性を示す上記の薬物代謝酵素によって、代謝を受ける薬物(PHT、PB、OPZ、LPZ)を服用する場合、遺伝子診断の後、個人の遺伝子型に応じた薬物投与量の設定或いは薬物の選択を行うと、現在行っている匙加減による治療から一歩進んだ、より安全かつ有効な治療が可能になると考えられる。但し、PPIの場合のように、同一代謝酵素であっても薬物により相関性の程度が異なる場合があることも判明した。今後、ゲノム情報に基づくオーダーメイド医療の実現に際し、遺伝子型と薬物体内動態・薬効・毒性との相関性に及ぼす(1)代謝過程における薬物代謝酵素の寄与、(2)患者側の要因(年齢、疾患、肝・腎機能、併用薬、食事)等の影響について、薬物ごと、患者母集団ごとに検討していくことが必要であると考えられた。
ヒトゲノムの解読がほぼ完了し、本邦でもミレニアムゲノムプロジェクトによって、ゲノム情報に基づくオーダーメイド医療の実現が待たれている。近い将来、医療の場でGene Tip等の遺伝子診断が利用され、短時間で判定した患者の莫大な遺伝子情報を元に、疾病診断並びに治療法の決定がなされるであろうが、その際に、本研究で得られた結果が有効な情報になると考えられる。
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