食べる腸管感染ウイルスワクチンの開発

文献情報

文献番号
200000790A
報告書区分
総括
研究課題名
食べる腸管感染ウイルスワクチンの開発
課題番号
-
研究年度
平成12(2000)年度
研究代表者(所属機関)
武田 直和(国立感染症研究所)
研究分担者(所属機関)
研究区分
厚生科学研究費補助金 健康安全確保総合研究分野 医薬安全総合研究事業
研究開始年度
平成10(1998)年度
研究終了予定年度
平成12(2000)年度
研究費
3,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
ワクチンは、安価であること、特に子どもの場合注射器による接種ではなく経口投与できること、発熱などの副作用がないこと、コールドチェーンが整備されていない熱帯地域へ常温で供給できること、開発途上国でも自主生産できるワクチンであること、が理想である。ワクチンによる予防が可能な感染症の中で、子供のウイルス性感染症、特に腸管感染ウイルスによる下痢症と肝炎は、開発途上国において常に年間死亡率の上位を占めてきた疾患である。本研究では腸管感染ウイルスのうち、わが国では生ガキによる集団食中毒で問題になるノーウォークウイルス(Norwalk virus、 NV)、および開発途上国の経口伝播型急性肝炎の主要病原体であるE型肝炎ウイルス(Hepatitis E virus、 HEV)についてその構造蛋白を発現するトランスジェニック植物を作製し、食用ワクチンとしての有効性を評価することを目的とする。NVはわが国では小型球形ウイルス(small round structured virus、SRSV)とも呼ばれているウイルスである。ノーウォークウイルスには多数の血清型があるため10種以上の抗原性を持つ多価ワクチンを開発する必要があるが、植物は組み込める遺伝子数に事実上制限がないのでこの目的には最適である。一方、HEVはわが国へも輸入感染症として近年持ち込まれるケースが多く、診断法の確立と共に早急に予防対策を講ずる必要がある。トランスジェニック植物は最近の国際社会、特に日本を含む先進国に対して提言されたCVI (Children's Vaccine Initiative)に対する最も優れた解答の一つである。また現在WHOが進めている子供ワクチン計画のポリオ、マシン撲滅に続く疾患対策にも、これを推進する上で極めて有効な手段を提供することができる。本研究が対象としているウイルスでは、いずれもトランスジェニック植物体内でウイルス遺伝子を有しないウイルス様中空粒子として産生されるため、通常の経口ワクチンと異なり投与されたウイルスが増殖することは全くない。したがってAIDS患者のように免疫不全であったり、免疫欠損の個体にも投与することができる。本研究の最終目的であるトランスジェニックバナナは、上記に示したワクチンの条件をすべて満足する理想的な食用ワクチンと考えられる。
研究方法
1986年ミャンマーで分離されたHEVを用い、アミノ末端111アミノ酸を欠失させたORF2(△N111)、およびアミノ末端のほかにカルボキシ末端52アミノ酸を欠失させたORF2(△N111△C52)をバイナリーベクターにクローン化し、アグロバクテリアを形質転換した。トマトの葉に感染後、形質転換体を抗生物質で選択し、幼植物体を得た。幼植物体の葉を採取し、プロテアーゼ阻害剤を含むPBS(-)を加えてダウンスホモジナイザーで破砕して10%ホモジネートを調製した。蛋白をSDS-PAGEで分離後、ニトロセルロース膜に転写した。常法に従いてウエスタンブロット法で発現蛋白を検出した。一次抗体にはHEV VLPをウサギに免疫して作製した高力価血清を用いた。また抗体ELISA法でホモジネート中の発現蛋白を検出した。HEVのORF2のN末端から111アミノ酸を欠失させたフラグメントをpVL1393にクローニングし、組換えバキュロウイルスを作出し、昆虫細胞Tn5細胞に感染させた。培養上清から、浮上密度1.285g/cm3、直径約23-24nmのウイルス様中空粒子が大量に得られた。7日目の培養上清を1000xgで遠心して、組換えバキュロウイルスを除き、塩化セシウム平衡密度勾配遠心で純度の高い粒子を得た。カニクイザルに精製したHEV VLPを経口投与し、マウス同様血中IgM、IgGおよび腸管IgAの産生をELISA法で測定した。
結果と考察
1)E型肝炎ウイルス構造蛋白を産生するトランスジェニックトマトの作製
アミノ末端111アミノ酸を欠失させた△N111、およびアミノ末端のほかにカルボキシ末端52アミノ酸を欠失させた△N111△C52をバイナリーベクターにクローン化し、アグロバクテリアを形質転換した。トマトの葉に感染後、形質転換体を抗生物質で選択し、△N111で15、△N111△C52で22の幼植物体を得た。葉をホモジネートしELISAで発現蛋白量を測定したところ0.5-3.0ng/ugの発現量であった。果実に0.7ng/ugの発現量を持つ個体を得た。
2)組換えE型肝炎ウイルス中空粒子を経口投与したカククイザルの免疫応答
マウスにおける至適量を基礎にマウスとカニクイザルの体重比から一頭当たり10mg のVLPsをミカン果実(2-3房)に注入し、予め絶食しておいたサル2頭に与えた。この方法でサルは確実に摂食することは確認済みである。初回免疫日を0日とし、これを確実に行なうために1日めに同量のVLPsを再度経口投与した。その後14、28、42日に追加免疫を行なった。毎週採血と採便を行い、血中IgM、IgGおよび便中のIgA抗体をVLPsを抗原に用いたELISAで検出した。血中IgM抗体はマウスでみられたような顕著な上昇は観察されなかった。IgG抗体は2頭とも3週目には上昇し始めたが、抗体価はマウスに比べ低かった。80日を経過した時点で、腸管IgA抗体の検出はできなかったので、84日に追加免疫をおこなった。その結果、血中IgG抗体の急激な上昇がみられた。感染カニクイザルの糞便から調製し、感染性HEVを確認してある乳剤でチャレンジを行ったところ、明らかに感染防御と発症阻止が観察された。
本年度はHEV構造蛋白を産生するトランスジェニックトマトが得られた。先に米国でおこなわれた小型球形ウイルスの構造蛋白をタバコで発現する実験では、組換えバキュロウイルスで産生されるVLPと形態学的にも免疫学的にも差異のない粒子が植物体内で発現されている。したがって、今回用いたトマトでも粒子の産生が十分期待できる。トマトは生で食べることができるので食べるワクチンとしては有望である。ウイルス様中空粒子の腸管免疫誘導能をHEV に感受性を示すカニクイザルで試験した結果、血中に発症阻止と感染防御能を有する抗体の産生が確認された。組換えバキュロウイルス発現系は優れた系ではあるが、ヒトへの応用にはより大量の抗原が必要であり実用的ではない。トランスジェニック植物が求められる所以であるが、さらなる発現効率の改良が必須である。
結論
組換えバキュロウイルスで発現したHEV VLPを経口投与することによって、発症阻止能をカニクイザルで誘導できた。HEV構造蛋白を産生するトランスジェニックトマトの結果が待たれる。

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