薬効成分を有する天然物の精子形成や次世代に対する有害性評価法の確立に関する研究

文献情報

文献番号
200000789A
報告書区分
総括
研究課題名
薬効成分を有する天然物の精子形成や次世代に対する有害性評価法の確立に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成12(2000)年度
研究代表者(所属機関)
森 千里(千葉大学医学部)
研究分担者(所属機関)
  • 江馬 眞(国立医薬品食品衛生研究所)
研究区分
厚生科学研究費補助金 健康安全確保総合研究分野 医薬安全総合研究事業
研究開始年度
平成10(1998)年度
研究終了予定年度
平成12(2000)年度
研究費
5,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
本研究では、薬効成分を有する天然物の精子形成や次世代に対する有害性評価法の確立を行うこと目的とし、平成12年度は薬効成分を有する天然物のなかで、植物エストロジェンの精子形成を含めた雄性生殖細胞に対する有害性評価法の確立に関する検討に重点をおいた。我々が日常摂取している天然物には、植物エスロジェンなどのホルモン作用を持っているものを含んでいる。動物実験やヒトの疫学調査により、胎児や新生児への多量の植物エストロジェン曝露が、流産、先天異常、性分化異常を惹起することが報告されている。よって、植物エストロジェンの胎児・新生児に対する影響及び男性生殖への影響に関する検査・評価法の確立が急がれている。また、従来の安全基準に加えて、新規の検査法・評価法の開発として、分子生物学的手法を用い様々な遺伝子発現の変化を検討し、バイオマーカーの開発とそれを用いたToxicogenomin評価法の開発を試みる。また、次世代への影響評価には胎児移行に関する検討も必要なため、植物エストロジェンの経胎盤経由の胎児移行の動態について検討を行う。本研究の成果が、最終的に薬効成分を有する天然物や内分泌撹乱物質のヒトを含めた生態系全体のリスク評価となることを目的とする。
研究方法
a) ヒトと実験動物で精巣に対する作用が報告されている化学物質をICR雄マウスに投与し、精子の数、運動率、生存率、形態などの精子をエンドポイントとした変化及び臓器重量、交尾率、受胎率を調べる。陽性試験として、生後1日目から5日間エストロジェン作用をもつジエチルスチルベストロール(DES)を 0.5, 5, 50 microgram/mouse 、タモキシフェンを 1, 2, 20 microgram/mouse投与し、2、3、4ヶ月後の精子形成状態及び妊孕性を検討した。また、分子生物学的手法を用い、ホルモンレセプター(estrogen receptor, androgen receptor, FSH receptor, LH receptor) 遺伝子の発現の変化の検討を行った。また、容器等のコーティング剤として用いられ、弱いながらエストロジェン活性を有するビスフェノールA(0.2 microgram/mouse)についても、DES同様の投与を行い、影響の検討を行った。
b) ヒトと実験動物で精巣に対する作用が報告されている天然物(薬効成分)をICR雄マウスに低濃度・長期投与し、精子の数、運動率、生存率、形態などの精子をエンドポイントとした変化及び臓器重量、交尾率、受胎率を調べる。今回は、植物性エストロジェンであるゲニステインの検討を開始し、生後1日目から5日間ゲニステインを10, 100, 1000 microgram/mouse(2,20,200mg/kg)投与し、精巣重量、精子数、精子運動能及びARやERのmRNAの発現の変化を検討した。また、タンバクレベルにおけるERの発現も検討した。
c) cDNA マイクロアレイ解析
ICR雄マウスに生後1日目から5日間、DES(50 microgram/mouse)、ビスフェノールA(0.2 microgram/mouse)、ゲニステイン(1 mg/mouse)、各対照群には溶媒だけ皮下投与した。飼育後3ヵ月目に、精巣摘出、RNAを調整し、cDNAを合成した。cDNA合成の際に個体差をなくするために、3匹分のRNAを混合して作製した。その後、cDNA マイクロアレイ(マウスcDNA 約8800種 Mouse GEM 1: Incyte, California, USA)にハイブリダイゼーションさせた。内部標準で標準化を行った後、データ処理を行った。
d)次世代への影響評価のために、植物エストロジェンの胎児移行量について、サル(アカゲザル、ニホンザル、チンパンジー)における臍帯血と母体血における植物エストロジェン濃度を測定し検討した。検体は、グルクロニダーゼ処理した後、LC/MS/MSを用い、ゲニステイン、ダイゼイン、イコール、クメステロールを測定した。検体採取には、京都大学霊長類研究所の浅岡氏の協力を得た。
結果と考察
DESの新生仔期投与による影響としては、精巣重量の低下、精巣上体内精子数の減少、精子運動能の低下、さらに組織学的判定で精子形成異常が認められた。また、タモキシフェンの新生仔期投与による影響としては、精子運動能の低下が認められた。さらに、分子生物学的検討をした結果、DES及びタモキシフェン投与群において、estrogen receptor (ER)とandrogen receptor (AR) のmRNAの発現の低下が認められた。以上の陽性試験をもとに、植物性エストロジェンであるゲニステインの新生仔期投与による精子形成状態、妊孕性及びERやAR のmRNAの発現状態への影響を検討した結果、精巣重量、精子数、精子運動能及びARのmRNAの発現には影響がなかったが、ERのmRNAの発現において低下が認められた。また、タンバクレベルにおいても、ERの発現が低下していることも見出した。天然物で植物性エストロジェンであるゲニステインは従来の雄性生殖を判定する評価法では、精巣重量、精子数、精子運動能ともコントロール群と差はなく、雄性生殖能は安全と判定されるが、分子生物学的手法により、ホルモンレセプターのmRNAと蛋白の発現レベルで検討すると影響があることが判明した。
また、新規の検査法・評価法の開発として、何千という多数の遺伝子変化を一度に検討できるDNA microarrayの技術を用い、植物エストロジェンの精子形成への影響を検討した。その結果、植物エストロジェンによって精巣で変化する遺伝子群(パターン)は、DESによるものに類似し、ビスフェノールAと少々違うことが判明した。よって、植物エストロジェンのような影響判定が今までの方法ではむづかしい物質には、従来型の評価法に加え、分子レベルの遺伝子の発現変化を考慮に入れたToxicogenomicな評価法が必要である
最後に、次世代への影響評価のために、植物エストロジェンの胎児移行量について、サルにおける臍帯血と母体血における植物エストロジェン濃度を測定し検討した。その結果、アカゲザル、ニホンザル、チンパンジーのいずれにおいても、クメステロールの胎児移行は検出されなかったが、アカゲザル、ニホンザル、チンパンジーのすべておいて、ゲニステイン、ダイゼイン、イコールの高濃度の胎児移行があることが判明した。胎児移行を含めた動態は、今後のリスク評価において非常に重要である。
結論
今回の結果から、植物エスロジェンなどのホルモン作用を持っている天然物の生殖への影響の判定として、ホルモンレセプターの発現レベルの検討が役立つ可能性が示唆された。また、本研究により、植物エストロジェンのような影響判定が従来からの評価方法では舞い核に出来ないものには、従来型の評価法に加え、分子レベルの遺伝子の発現変化を考慮に入れたToxicogenomicな評価法が必要であるがわかった。今後は、今回の研究結果をもとにし、新規の検査法・評価法の開発として、更なるDNA microarray等の新規の分子生物学的手法を用い様々な遺伝子発現の変化を検討し、バイオマーカーの開発とそれを用いた検査・評価法の開発を試みる必要性があると言える。また、植物エストロジェンの影響判定において、胎児移行に関する検討をさらに進める必要があるといえる。

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