ヘム代謝を指標とする定量的毒性試験法の確立(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200000788A
報告書区分
総括
研究課題名
ヘム代謝を指標とする定量的毒性試験法の確立(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成12(2000)年度
研究代表者(所属機関)
藤田 博美(北海道大学大学院・医学研究科)
研究分担者(所属機関)
  • 柴原茂樹(東北大学大学院・医学系研究科)
  • 杉田 修(サントリー株式会社・医薬開発研究所)
  • 小川和宏(東北大学大学院・医学系研究科/北海道大学大学院・医学研究科)
研究区分
厚生科学研究費補助金 健康安全確保総合研究分野 医薬安全総合研究事業
研究開始年度
平成10(1998)年度
研究終了予定年度
平成12(2000)年度
研究費
4,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
一酸化窒素供与体、ポルフィリン誘導体、あるいは麻酔薬であるハロタンなどの毒性発現機構におけるヘム代謝系の関与の解析を行うことによって、ヘムを指標とする毒性試験法が可能であるかどうかの検討を行う。その結果、こうした各種病態の発生機序において生体内ヘムが関与していると考えられるケースが明らかになってきた。特に肝臓においては調節性(遊離)ヘム量をヘム蛋白質であるトリプトファンピロラーゼのヘム飽和度として定量し推定することができると考えられている。実際に、我々はハロタンあるいは近年環境汚染が世界的に問題になっているトリクロロエチレンに由来する病態においてトリプトファンピロラーゼのヘム飽和度によって示される遊離ヘム量が重要な役割を果たしていることを報告した。しかしながら、細胞内に大量に存在するヘム蛋白質によって、遊離ヘムを直接定量することは不可能と考えられてきた。
今回、我々は本研究計画の最終年度に当たって、生物学的に遊離ヘムを検知出来ると考えられる方法の開発を目指した解析を行い、多種類の外来因子により遺伝子誘導が認められるヘムオキシゲナーゼ-1遺伝子の発現調節との関係を明らかにした。
研究方法
まず、各種薬剤がどのような細胞系においてヘム代謝系にどのような影響を与えるか、その病態生理学的意義は如何なるものであるかの検討を初年度及び二年度について行った。検討を行ったのは神経系、造血系、肝細胞系、腎臓などの多岐の組織にまたがっている。
その結果、各種薬剤によって誘導を受けるヘムオキシゲナーゼ-1遺伝子の転写活性化のみならず調節性ヘムの定量が極めて重要であることが明らかとなったので、10年近く共同研究を行っている五十嵐ら(広島大学医学部)とも協力し、ヘムによる調節を受ける可能性のある転写因子Bach1の機能解析を行った。
まず、本Bach1因子がヘムと結合するか、あるいは結合するとすればどの部位に結合するかを明らかにするために、完全長ペプチドおよび各種部分フラグメントを大腸菌で発現させた。これらの発現蛋白質を用いてヘムの配位の有無および配位位置を決定した後、ヘムの結合モチーフの検討を行うために突然変異導入フラグメントの作製を行った。ヘムが結合することを明らかにした後、結合に必要なのはヘムそのものなのか、他の金属プロトポルフィリン類でも結合するのかという検索を行った。一方、ヘムの配位の生物学的意義を考えるために濃度依存性と遺伝子結合活性の異同の解析、ヘテロダイマー構成に対する影響の有無の検索、そしてこうした結合が転写調節上意味をもつか否かを明らかにするための、リポーター遺伝子としてヘムによる転写調節が古くから知られているヘムオキシゲナーゼ-1遺伝子を導入した培養細胞系を用いた解析を行った。
結果と考察
研究成果および考察=一酸化窒素供与系、ポルフィリン誘導体などの投与による肝細胞培養系の影響としてはヘムオキシゲナーゼ-1遺伝子の濃度依存的な誘導が認められることが明らかとなった。しかも、この誘導については肝臓のみならず腎臓においても組織あるいは生体防御的に働いており、健康の指標として捉えることが可能ではないかと考えられた。しかしながら、最近になって分担研究者の柴原のグループからプロモーター領域の上流に存在するGTモチーフのリピート数により発現レベルが調節されている可能性があり、このことが特定の疾病の危険率に結び付いていることが報告された(Am. J. Hum. Genet., 2000, 66: 187-195)。従って、ヘムオキシゲナーゼ-1の発現レベルだけでは薬剤の副作用の検定としては不十分であると考えられた。そこで、今回Bach1を遊離ヘムの指標として、転写活性の変化として観察することにより、ヘムオキシゲナーゼ-1遺伝子の誘導と総合することにより薬剤の安全性=発病の危険度の予測を可能とするシステムの開発ができるのではないか、と期待した。
解析の結果、Bach1蛋白質にヘムを添加することによりヘム蛋白質に特有の吸光ピークが出現することが示された。さらに、ラジオアイソトープ標識したヘムのBach1への結合は非標識ヘムによってコンピートされることが示されたので、ヘムによる結合が特異的なものであることが明らかとなった。また、一個の蛋白分子当たり1.2個のヘムが配位することが示された。
次に発現したフラグメントを用いてヘムの結合領域の解析を行ったところ、C末側に存在することが示された。該当する領域には4個のシステイン-プロリン配列が存在し、この配列は酵母のヘム結合転写因子であるHap1のヘム結合モチーフであることが知られている。そこでアラニンと置換した変異体を作製し、ヘムとの相互作用を見たところ、C末側の4個のシステイン-プロリンモチーフ全てを置換した場合のみ完全にヘム結合が失われることが示された。一般にヘムの蛋白質への配位にはポルフィリン環の側鎖あるいは中心部に位置する鉄のいずれかが関与すると考えられている。本実験では側鎖ではなく鉄が重要な働きをして居ることが示された。これは、生物進化における鉄の重要性を示唆する結果と考えられる。
さて、Bach1へのヘムの配位はどのような意味を有するのであろうか。In vitroの実験系でヘムの濃度の上昇とともにBach1ヘテロダイマーのシスエレメントへの結合が濃度依存性に阻害されることが明らかにされた。しかも、アラニン置換体との比較においてヘテロダイマー形成はヘムによって阻害されないことが示されたので、転写活性そのものがヘムによる調節を受けていることが示唆された。もし、転写活性がヘム濃度に応じて変化するのであれば、転写活性をリポーターとして細胞内ヘム濃度を測定するという我々の考えが正しいことが証明できる。
そこで、本転写系で調節されると考えられるヘムオキシゲナーゼ-1遺伝子の調節領域をリポーターとして導入した細胞系を樹立し、ヘム濃度の変化がBach1を介して転写活性を動かすか否かを検定したところ、本実験系が成立することが明らかになった。
以上のことから、本計画で目標とした汎用性のある検出系の実験的基礎については明らかになったと考えられる。
なお、今回の研究の過程で第二相反応の関与を明らかにすることが重要であることが示唆された。これは現在行われているいわゆるテーラーメイドメデイスンというものが第一相反応であるチトクロムP450による生物学的活性化のみに着目しており、実際の解毒反応である第二相反応がお座なりにされている欠陥を補うものとして期待していた。そこで、最終年度には博士研究員の採用が可能となった場合には、薬剤の毒性発現に本質的に関わる可能性のある第二相反応に関するノックアウトマウスを利用て解析を行う予定であった。幸いにも博士研究員の採用が内定しながら、残念ながら候補者の妊娠という事態に対処するために実家に近い共同研究先(岡山大学医学部)で実験を行うという代替案が認められず、実験を遂行することができなかった。あえてこのようなことを報告書に記載するのは、今後わが国においても優秀な女性研究者の活用が科学の進歩のためには必須であることを考えれば、もし提案した共同研究先で実験を行っても充分な成果が上がることが考えられる場合は(即ち、これまでの共同研究で成果が上がっていることが明確な場合は)もう少し柔軟な決定があっても良かったのではないかと考えられたためである。本計画の成果を拡大することの出来るチャンスであったと考えるので、残念なことと考える。今後の改善を期待したい。
結論
我々は、これまでの研究結果を総合して薬剤を含む外来性因子の毒作用を伝達する情報系のコアの部分に調節性ヘムの関与があると考え、既に述べたような様々な実験系を用いてこの仮説の正当性の検討を行ってきた。これは一方では、ヘムの発現によって規定される薬物代謝酵素チトクロムP450が薬剤等の代謝に果たす大きな役割によっても理解できよう。
そこで我々は、一面では外来要因に対する生体防御系でもあるヘムオキシゲナーゼ-1遺伝子の発現量を一方の指標として包括的な毒性評価法が可能かどうかの検討を行った。昨年度までに明らかにした如く、薬物を含む外来因子の毒性発現に対してヘムオキシゲナーゼ-1遺伝子の発現はプロテクテイブに働いている。それではこの遺伝子発現を調節する因子として調節性ヘムを取り上げることができないだろうか、というのが本年度の研究の眼目であり、すでに述べた如くBach1という転写因子の機能を指標として測定が可能であることが明らかにされた。
今後は、どの範囲の毒性に対して本検定法が有効であるのか、あるいはまた述べたごとく遺伝的な背景の関与がどの程度かといった検討も必要になってくると考えられる。

公開日・更新日

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研究報告書(紙媒体)