薬効成分を有する天然物-生薬、漢方製剤-の安全性に関する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200000784A
報告書区分
総括
研究課題名
薬効成分を有する天然物-生薬、漢方製剤-の安全性に関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成12(2000)年度
研究代表者(所属機関)
関田 節子(国立医薬品食品衛生研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 渋谷 淳(国立医薬品食品衛生研究所)
  • 渡辺賢治(北里研究所東洋医学研究所)
  • 岡 希太郎(東京薬科大学)
  • 荻原幸夫(名古屋市立大学薬学部)
  • 栗原正明(国立医薬品食品衛生研究所)
研究区分
厚生科学研究費補助金 健康安全確保総合研究分野 医薬安全総合研究事業
研究開始年度
平成10(1998)年度
研究終了予定年度
平成12(2000)年度
研究費
4,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
生薬および漢方製剤は天然由来の医薬品であるので一般に無害であるとの誤った認識が世界的に広まっていたが、アリストロキア酸を含む製剤による間質性腎炎とその進行による発癌並びに小柴胡湯による間質性肺炎が報告され、安易な服用に警告がもたらされた。国内での副作用発現の背景として、急速に普及した漢方エキス製剤に対し、漢方の十分な用い方ー漢方独特の「証」という診断法ーの知識が普及していないことが指摘されている。そこで日本の伝統漢方を継承し、漢方薬の選択を証に基づいて行っている北里研究所東洋医学総合研究所での過去5年間の副作用の頻度を検討した。更に、病変の機序の解明については、間質性肺炎発症の起因物質の特定を目的とし、小柴胡湯によるモノクロタリン誘発肺傷害に対する作用、interferon-αの相乗作用、主配合生薬である甘草の成分グリチルレチン酸、オウゴンの血中移行成分バイカレイン等について研究を重ねた。また、薬物代謝酵素との関連についても検討した。
一方、国内で流通する生薬、生薬・漢方製剤中へのアリストロキア酸混入を防ぐために、第14改正日本薬局方・参考情報に収載するための定量試験法を検討した。また、11年度に検討したAristolactam, Cepharanone-Aの合成法について大量合成法への改良を検討した。海外では、アメリカ製のダイエッタリー・サプルメントであるセント・ジョーンズ・ワートと合成薬品との薬物相互作用による被害例が報告された。そこで、海外での研究をまとめた。これに関しては安全対策課から副作用情報として注意が喚起されている。
研究方法
小柴胡湯に関する研究として、ICRマウスを用いてモノクロタリンを150mg/kgの割合で週1回,計5回皮下投与し,モノクロタリン投与開始時から11週ないし最終投与の1週間後から6週間,小柴胡湯を0.1%ないし2.0%の割合で各群15-16匹に混餌投与した。次いで、ICRマウスに対してモノクロタリンを5回投与後,6週間にわたる2.0%の小柴胡湯の混餌投与期間中にIFN-αの隔日投与を行った。また,小柴胡湯の陰性対照も設けた。これらの動物の肺について病理組織学的検索を行ったほか,Mac-3(macrophage-specific antibody, PharMingenInternational)及びMonocyte chemoattractant protein-1 (MCP-1, Santa Cruz Biotechnology, Inc.)の免疫組織学的検索を行った。さらにこれらの実験について肺のTh1/Th2細胞サイトカイン(IL-2, IL-4, IL-5, IL-10, IL-12, IL-13, IFN-γ),TNFシグナリング(NF-κB, LICE(Caspase 3), TNF-α, bcl-2, IκB),炎症性サイトカイン(IL-6, TNF-α, IL-1β, TGF-α, GM-CSF)、GAPDHのmRNAシグナルを検索するとともにMCP-1 mRNAシグナルについてもRT-PCR法にて検索を行った。
大柴胡湯、四逆散、小柴胡湯、柴胡桂枝湯の4種を、それぞれヒト常用量の5倍量の投与量で、雌性ICRマウス6週齢に1週間、4週間飲水投与した。その後、睡眠時間測定まで48時間通常の給水に戻し(wash out 期間)、Pentobarbital を60mg/kg腹腔内投与し、正向反射の消失から回復までの時間を睡眠時間とした。種差についてはラットを、性差については、雄性マウス、ラットについて検討した。また、雌雄のSDラットにつおて柴胡剤の最終投与から24時間後の肝臓を採取しmRNAを抽出しcompetitive RT-PCR 法によりcytochrome P450分子種、特に CYP2B1 および 2B2、CYP2B1/2、CYP3A1の定量をを行った。さらに、6週齢、10週齢、16週齢、60週齢の雌性ICRマウスを用いて、Pentobarbital を投与し、小柴胡湯の薬物代謝酵素亢進作用を検討した。1997年から2001年までの5年間に北里研究所東洋医学総合研究所受診患者で肝機能障害、間質性肺炎他の重篤な副作用を起こした例を把握できる範囲で検討し、その起因漢方薬との関係につき調べた。延べ受診者数は35,000人~40,000人である。
モクツウ、モッコウ、ボウイ、サイシン、さらにこれらの生薬が配合されている生薬・漢方製剤とした。生薬は納入ロット毎に、製品については定期的に検査を実施し、輸入製剤については製品ロット毎に試験する。定量法は高速液体クロマトグラフ法とした。前年度に研究したAristolactam, Cepharanone-A合成法について本年度は大量合成法について検討した。
結果と考察
マウスを用いたモノクロタリン誘発肺傷害モデルは,1)モノクロタリン投与によるラット肺でのMCP-1活性の上昇(ラットでは血管内皮傷害が主である),2)Th1 dominant であるC57BL/6マウスはモノクロタリン誘発肺傷害に対して比較的耐性であること,また今回の検索により3)傷害に血管炎の介在していること(今年度研究による新知見),4)傷害の強い例でMCP-1をはじめ数種類のサイトカインの発現増強を認めたこと等が示され、モノクロタリンにより誘発される肺傷害に対しては免疫反応の関与が示唆される。今回の検索では,免疫組織学的にMac-3陽性マクロファージ及びMCP-1陽性細胞の出現率に増強傾向を認めた。各種サイトカインmRNAの発現解析においては肺傷害の強い例でMCP-1を始め数種類のサイトカインの発現増強が認められたが,小柴胡湯投与に特異的なサイトカインの誘導性は証明できなかった。サイトカインの発現を含めた小柴胡湯とIFN-αの修飾作用を検討するためには,モノクロタリンの投与条件をより弱く設定しモノクロタリン投与終了後発症までの期間を延長させ,小柴胡湯ないしIFN-αの投与期間を長期化する工夫が必要であると考えられた。
薬物代謝酵素との関連性については、柴胡剤投与によりSDラットでは雌雄に関わらずP-450分子種が誘導される可能性が示唆された。また、ペントバルビタール投与の平均睡眠時間では代謝に関わる酵素活性には性差が存在することが確認された。雌性SDラットのcytochrome P-450 mRNA 発現量については、各分子種に起こる変化はすべて誘導を増加するというものであり、またその増加率は投与期間に比例していた。さらに、誘導した分子種には Pentobarbital の代謝に関わることで知られる CYP2B1/2 や CYP3A1 が含まれており、Pentobarbital 誘発睡眠時間の短縮はこれらの分子種が投与した漢方方剤によって引き起こされたと考え、検討した結果、小柴胡湯については CYP3A1 が増加していた。現在のところ、臨床において他の医薬品との相互作用は報告されていない。これは、小柴胡湯を含む漢方方剤の作用が比較的マイルドであり、 cytochrome P-450 に与える影響も西洋医薬品ほど大きい作用がないからだと考えることもできるだろう。しかしながら、米国ではハーブ製品と合成治療薬との相互作用が報告されており、漢方方剤と他の医薬品との相互作用を検討することは、その作用機序を解明する上でも重要である。今後さらにタンパクレベルでの変動や、酵素活性レベルでの変動もあわせて検討が必要であると思われる。更に、Pentobarbital 誘発睡眠時間の変動は老齢動物における薬物代謝能の低下を間接的に示し60週齢の老齢マウスは6週齢の若齢マウスと比較して60%高い睡眠時間を示した。この結果は加齢と薬物代謝処理能力の関与を明らかなものにしたといえる。
漢方薬による副作用が証にしたがっていれば起こらないと言う議論もあるが、今回の調査では証にしたがって治療をしている施設である北里研究所東洋医学総合研究所においても間質性肺炎、肝機能障害などの重篤な副作用が散見された。これらは臨床経過から漢方薬によるという可能性が強く示唆されたもののDLSTなどの手法を用いても確信を得られたものではなく、その因果関係を明らかに証明する事は不可能である。マウスを用いた実験では、グリチルレチン酸に尿タンパクの減少とIgG値の低下が認められ、バイカレインとメデイカルピンにやや強いアポトーシス誘導作用が確認された。
現在純度の確立したアリストロキア酸標準化合物を設定できないことから市販のアリストロキア酸混合物を利用した定量法を設定した。また、Aristolochic acids I, IIを出発原料としワンポットで簡便で、効率的な方法でAristolactam, Cepharanone-Aをそれぞれ合成した。
欧米で、セント・ジョーンズ・ワート(セイヨウオトギリソウ)が薬物代謝酵素CYP3A4やCYP1A2を誘導し、シクロスポリンの血中濃度を低下する臨床例が報告された。インジナビル、ジゴキシン、テオフィリン、経口避妊薬等でも同様の作用が実験的に示されている。カワカワ等他のハーブ製品でもこのような作用が予測され個人輸入による食品としての流入に注意を要する事が明らかとなった。
結論
モノクロタリン誘発肺傷害モデルを用いて小柴胡湯単独及びIFN-αとの併用による発症機序のを検討し、免疫組織学的にMac-3陽性マクロファージ及びMCP-1陽性細胞の出現率に増強傾向を認めが、特異的なサイトカインの誘導性は証明できなかった。欧米のハーブ製品で報告されている薬物代謝酵素との関連性を柴胡剤で検討した。証に基ずく投薬法でも僅かではあるが副作用の発現が観察されたが、因果関係の証明は困難であった。アリストロキア酸による副作用回避策として定量法を公定書に収載した。

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