内分泌かく乱化学物質に関する生体試料(さい帯血等)分析法の開発とその実試料分析結果に基づくヒト健康影響についての研究

文献情報

文献番号
200000746A
報告書区分
総括
研究課題名
内分泌かく乱化学物質に関する生体試料(さい帯血等)分析法の開発とその実試料分析結果に基づくヒト健康影響についての研究
課題番号
-
研究年度
平成12(2000)年度
研究代表者(所属機関)
牧野 恒久(東海大学)
研究分担者(所属機関)
  • 中澤 裕之(星薬科大学)
  • 織田  肇(大阪公衆衛生研究所)
  • 塩田 邦郎(東京大学農学生命科学大学院)
  • 鈴森  薫(名古屋市立大学)
研究区分
厚生科学研究費補助金 健康安全確保総合研究分野 生活安全総合研究事業
研究開始年度
平成11(1999)年度
研究終了予定年度
平成13(2001)年度
研究費
60,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
環境中に存在する数多くの内分泌かく乱化学物質がヒト健康へ重大な影響を及ぼしていると予測されている。この中の化学物質のいくつかは調査が行われており、その実態や作用機序については、ある程度判明しているものがある。しかし、他のほとんどの内分泌かく乱化学物質についての、生体への汚染状況に関する調査は、いまだ不十分であり、そのヒト健康への影響についての情報は極めて限られている。また、母体を介した胎児への汚染とその影響の実態はほとんど不明である。そこで、我々は内分泌かく乱化学物質のヒト及び母体を介した胎児への汚染の実態把握と、これら内分泌かく乱化学物質のヒト健康影響の機序を検討することを目的とした。まず、生体試料(羊水、さい帯血、臍帯、母体血等)の系統的集積を図り、主要な 内分泌かく乱化学物質を選定して、母体と胎児試料における測定によって、母体と胎児の汚染濃度の相関及び汚染濃度の経時的変化について検討するデータベースを作成した。さらに、内分泌かく乱化学物質の汚染濃度とそれらに対するin vivoの細胞反応の測定、及び 内分泌かく乱化学物質によるヒト健康影響の作用機序のについての検討も加えた。
1. 分析法の開発と実試料分析
① 内分泌かく乱化学物質測定用ディスポーザブル器具の開発に関する研究
生体試料中の内分泌かく乱作用の疑いがある物質を高感度測定する場合、それらの試料採取時の当該物質の混入を極力低減させならない。本研究は、これまでの採取器具や保存容器に代わる、煩雑な洗浄操作や破損の心配ないプラスチック製ディスポーザブル製品の開発を目的とした。特に本年は、DEHP(Di-2-ethylhexyl phthalate)に焦点を当て検討した。
② LC-MSによる生体試料及び缶飲料中のビスフェノールAの分析
ビスフェノールA(BPA)は,ELISA法やGC-MSを使った他の報告で、血液中に数ng/mL (ppb) 検出されたとある。今回は,我々の構築した高感度な高速液体クロマトグラフ-質量分析計(LC-MS)法を一部改良し,さい帯血,母体血,腹水等計58検体の分析と、前回の調査でBPAが検出された缶飲料の追跡実態調査を目的とした。
③ 生体試料中ビスフェノールA及びその類似化合物のカラムスイッチングHPLC-蛍光定量
生体試料のビスフェノールA(BPA)の高感度定量のために、HPLC-蛍光検出及び過シュウ酸エステル化学発光検出法にカラムスイッチング技術を導入し分析法を開発し,母体血,さい帯血由来血清及び腹水中の BPA 濃度の測定を目的とした。
④ クロロベンゼン類及びパラベン類の分析法開発と実試料の分析
平成10年度厚生科学研究で内分泌かく乱作用が心配されるヘキサクロロベンゼン及びジクロロベンゼンが生体試料(母体血、さい帯血、母乳)から検出され、パラベン類については代謝物であるp-ヒドロキシ安息香酸が検出された。これらの化学物質が生体に取り込まれる過程について経路を検討し、また、生体中での挙動について調査を行うことを目的とした。
⑤ フタル酸エステル類代謝物に関する分析法の開発及びその動態解明
内分泌かく乱化学物質として疑われているフタル酸エステル類は、プラスチックの可塑剤として幅広い用途で使用されているが、生活環境中に多く存在して高いバックグランド値として現れ,微量測定を困難としている。また,フタル酸ジエステル類は生体内に取り込まれると速やかに代謝をうけ,血中にモノエステル類として,また尿中にはこのグルクロン酸抱合体として存在する。本研究では,ヒト血清中のこれらフタル酸モノエステル類分析法を検討した.
⑥ ヒト尿・血液中のペンゾ[a]ピレン及びその代謝物の分析法開発
化石燃料などの有機物の不完全燃焼によって生成する多環芳香族炭化水素(PAHs)は、癌や喘息などの原因となる他に、ベンゾ[a]ピレン(BaP)をはじめとする数種類のPAHsは抗エストロゲン、抗アンドロゲン作用を有する。またヒトエストロゲンレセプターに対しても、BaPの代謝物として知られている モノヒドロキシ体 (OH-BaP)の異性体12種のうち、3-OH-BaPが強い作用を有することもこれまでの研究で解明された。本研究では、ヒトのBaP暴露量の全容を明らかにするために、カラムスイッチングHPLCによるOH-BaPの異性体の分離分析法を開発改良し、より簡便な分析システムで健常人尿中OH-BaPの同定、及び定量を実施した。
⑦ 生体試料(母乳、母体血、さい帯血等)中の有機塩系化学物質の分析法開発とその暴露評価
PCBなどの有機塩素系化学物質による内分泌かく乱作用とその健康影響については、胎児および出生後の汚染実態を明らかにするため、迅速・精密分析法を開発し、母体血・さい帯血・母乳の汚染レベルの検討を行った。
⑧ 内分泌かく乱化学物質の胎児及び母体における汚染状況の分析とその細胞障害等の解析 生体試料(羊水、さい帯血、臍帯、母体血等)の系統的集積を図り、主要な 内分泌かく乱化学物質であるポリ塩化ビフェニール(PCB)、ビスフェノールA(BPA)等の母体と胎児試料における測定によって、母体と胎児の汚染濃度の相関及び汚染濃度の経時的変化について検討するための基礎的資料を得ることに着手した。さらに、内分泌かく乱化学物質の汚染濃度とそれらに対するin vivoの細胞反応の測定、及び 内分泌かく乱化学物質によるヒト健康影響の作用機序の一つとしてこれら化学物質による遺伝子への障害の可能性を測定する方法について検討を加えた。
⑨ 不妊症患者の血液等中のクロルデン関連物質およびヘキサクロロベンゼンの分析
ヒトへの慢性毒性のため昭和61年に使用禁止となったクロルデンは、残留性が極めて強く、最近でも関連物質が環境中に存在している。一方、ヘキサクロロベンゼン(HCB)は、塩素系農薬等の製造原料中の不純物に由来して、我が国の環境中に存在する。本研究では、不妊症患者末梢血と腹水、母体末梢血とさい帯血でのクロルデン、ノナクロル、及びオキシクロルデンを含むクロルデン関連物質(CLDs)とHCBの測定と解析を目的とした。
⑩ 不妊症患者の血清及び腹水中の揮発性有機化合物の分析
高分子系接着剤や塗料等の溶剤からベンゼン、トルエン、キシレン等が、食品の容器包装や輸送用の梱包資材等に汎用される発泡スチロールからスチレンモノマーが、さらに、衣類の防虫剤からp-ジクロロベンゼンやナフタレンが、空気中に揮散し人体に取り込まれ、内分泌かく乱作用などの生体影響が疑われている。今回、不妊症患者の生体内における揮発性有機化合物の存在実態を明らかにすることを目的に、その血液及び腹水中の濃度を測定し、サンプリング方法及び場所についても検討を加えた。
2. 生体への影響と作用機序
① 環境中のホルモン様物質の胎児・胎盤特異的遺伝子発現への影響
内分泌かく乱物質の作用機序の解明や毒性を評価するために、母体から胎盤を通して胎 凾ノ到達するまでの各臓器での代謝反応および内分泌かく乱物質による細胞分化への影響を明らかにすることを目的とした。特に物質が吸収される消化管と排泄される腎、化学物質のバリヤーである胎盤での代謝動態について、肝臓の場合と比較して、酵素機能とその発現についても検討した 。
② 経口免疫寛容へのジブチルスズの影響‐抗原特異的なT細胞応答への影響
船底塗料や食品の包装材等に幅広く用いられていたトリブチルスズ化合物(TBT)は、水生生物への内分泌かく乱が強く、メスの巻き貝の不妊化を引き起こす。その代謝物のうちジブチルスズ(DBT)は、依然プラスチックの安定剤として用いられ、環境中の残留性も高く、ラットで胸腺萎縮を引き起こす。そこで、マウスを用いて、より実態に近い暴露モデルを想定し、ジブチルスズの経口免疫寛容への影響をT細胞応答について検討した.
③ ヒト副腎皮質由来H295R細胞のコルチゾール産生に及ぼす植物エストロゲンの阻害効果
ステロイドホルモンは生体の恒常性を保つためには必須の分子である。本研究ではステロイドホルモン合成阻害を指標にした評価系を用いて,代表的な植物エストロゲンとして知られるフラボン及びイソフラボンのステロイドホルモン産生に及ぼす阻害効果を検討した.
④ エストロゲン受容体α、βを介した内分泌かく乱化学物質の作用機序についての研究
代表的な内分泌かく乱作用のスクリーニングの一つにエストロゲンレセプター発現細胞を用いたE-screen assayがあるが、これまでのヒト乳腺細胞由来のMCF-7に加え、今回は、子宮内膜由来細胞であるHHUAを用いた。組織の違いにおける内分泌かく乱作用の違いと、その違いに関するエストロゲンレセプターα、βサブタイプの関与について検討した。さらにこれらの検討から、現在報告されている代表的な内分泌かく乱物質について、作用機序別に分類することも今回の目的とした。
⑤ ヒト乳癌細胞に対する植物エストロゲンの影響
植物エストロゲンのエストロゲン・抗エストロゲン様作用を検出する目的で,乳癌細胞を用いた細胞増殖試験により,植物エストロゲン単独及び植物エストロゲンがその他のエストロゲン様物質と共存した条件下での乳癌細胞に対する影響について検討した.
⑥ 内分泌かく乱化学物質の生体影響における子宮内膜症の発生と増殖のメカニズムに関する研究
代表的内分泌かく乱化学物質を用いて胎児発育に関する健康影響や、成長して若年女性となった時における子宮内膜症や子宮内膜増殖症の増加傾向についてin vitroと妊娠初期のマウス、未妊娠の雌マウス、さらに、P - 糖タンパクのノックアウトマウスを用いて検討した。
研究方法
1. 分析法の開発と実試料分析
① 内分泌かく乱化学物質測定用ディスポーザブル器具の開発に関する研究
生体試料採取器具および保存容器について、使用する際の要求特性を検討し、製造工程・構成原料の調査、透過の赤外吸収スペクトル法での実測同定から選定をすすめた。本年のターゲットととしたDEHP測定は、ヘキサン抽出によりGC/MS(SIM: Selected Ion Monitoring)により行った。
② LC-MSによる生体試料及び缶飲料中のビスフェノールAの分析
生体試料は東海大学病院から提供されたものを用いた.缶飲料は埼玉県内で市販されているものを用いた。測定は、高速液体クロマトグラフ-質量分析計(LC-MS):Hewlett Packard 製 HP1100 series LC-MSD を使用した。
③ 生体試料中ビスフェノールA及びその類似化合物のカラムスイッチングHPLC-蛍光定量
測定のために、カラムスイッチング HPLC-蛍光定量装置を構築する。試料として同一個人より得られた母体血及びさい帯血由来の血清セット(9組)及び不妊症患者の血清及び腹水のセット(21組)を用いる。
④ クロロベンゼン類及びパラベン類の分析法開発と実試料の分析
装置器 ・iGC/MS装置:日本電子GC/mate、SPMEファイバー:supelco製65μmPDMS-DVBコーティング、固相樹脂:waters製SEP-PAK tC18)を用いて、以下を行う。
1)生体試料中におけるパラベン類及びp-ヒドロキシ安息香酸の定量
2)化粧品中のパラベン類の分析
3)化粧品のマウスを用いた塗布実験
4)血液中の有機塩素化合物(HCB、クロルデン類、p,p'-DDE)の簡易測定
⑤ フタル酸エステル類代謝物に関する分析法の開発及びその動態解明
測定には、液体クロマトグラフィー/質量分析計(LC/MS)、島津社製LCMS-2001システムを用いた.
⑥ ヒト尿・血液中のペンゾ[a]ピレン及びその代謝物の分析法開発
HPLCポンプとその条件は昨年度の報告内容を検討して再構築する。
酵素を添加せずに行った場合をブランク試料とし、ヒト尿試料の前処理にブルーレーヨンの使用を検討する。抱合体の加水分解率の検討と添加回収試験も行なう。
⑦ 生体試料(母乳、母体血、さい帯血等)中の有機塩系化学物質の分析法開発とその暴露評価
平成11年度に東海大学により採取された10人分の母体血、さい帯血、母乳、計30試料を用い、分析は、前年度開発したGPC-GC/MSは装置を使用。
⑧ 内分泌かく乱化学物質の胎児及び母体における汚染状況の分析とその細胞障害等の解析
1)生体試料の系統的収集と採取容器の検討:収集試料としては、a. 羊水(出生前診断等で採取した検体の細胞分離後の試料)、b. 流産絨毛(散発性及び習慣性流産絨毛)、c. さい帯血(出生時)、d. 臍帯、e. 母体血、f. 母乳の6種類を予定。前段階として、採取容器の検討の検討も実施する。
2)内分泌かく乱化学物質の胎児等の生体試料における測定、及び母体への汚染濃度との相関解析:ポリ塩化ビフェニールと、樹脂の原料として用いられその影響が懸念されているビスフェノールAについて同一母体における出生前診断時、出生時及び母乳について汚染濃度の変化を調査し、一方では同一胎児における汚染濃度との相関に着目して分析する。
3)内分泌かく乱化学物質の汚染とそれらに対するin vivo細胞反応測定、及び内分泌かく乱化学物質による遺伝的障害検出法の検討:内分泌かく乱作用が疑われる重金属類(Sn、Cd、Hg、Pb等)の母体血及びさい帯血における汚染濃度を原子吸光光度計により測定し、これらの汚染濃度と、そのin vivo細胞反応として細胞内peroxide量をHPLCにより調査しヒト健康に及ぼす影響の機序について検討する。
⑨ 不妊症患者の血液等中のクロルデン関連物質およびヘキサクロロベンゼンの分析
不妊症患者及び分娩者21名の末梢血と腹水、母体末梢血とさい帯血について測定し、統計解析を行なう。
⑩ 不妊症患者の血清及び腹水中の揮発性有機化合物の分析
標準溶液として「水中の揮発性有機化合物分析用標準溶液」と「VOCs混合標準液(45種混合)」用いた。病院内空気試料の捕集には、柴田科学機器工業製「有機ガスサンプラー用活性炭チューブ」を使用し、以下を行う。
1)不妊症患者の末梢血及び腹水中の測定。
2)4名のボランティアについて異なる3方法(・愛知衛研で愛知衛研方式、・東海大学病院で東海大方式、及び・東海大学病院で愛知衛研方式)にて採血及び血清分離を行ない、3方法の比較を測定結果から行なう。
2. 生体への影響と作用機序
① 環境中のホルモン様物質の胎児・胎盤特異的遺伝子発現への影響
昨年度栄養膜幹細胞株を用いて胎盤栄養膜細胞の分化過程への影響をin vitroで再現した。
今年度は胎盤細胞の分化に対するベンツピレンの作用をノーザンハイブリダイゼーションにより解析する。消化管での吸収を反転腸管を用い、腎臓での代謝・動態を潅流実験で、解毒活性を胎盤ミクロソームで検討した。
② 経口免疫寛容へのジブチルスズの影響‐抗原特異的なT細胞応答への影響
マウス(C3H/HeN メス4週令)にジブチルスズを投与し、経口トレランス実験して、カゼイン特異的総抗体価およびIgGサブクラスを測定し、リンパ節細胞で、抗原特異的な増殖応答をH3の取り込みおよびMTSアッセイを行った。
③ ヒト副腎皮質由来H295R細胞のコルチゾール産生に及ぼす植物エストロゲンの阻害効果
ヒト副腎皮質由来H295R細胞を用いて検体のステロイド産生に対する影響を検討し、ミトコンドリアおよびミクロソームを調製し酵素活性の測定も行なう。
④ エストロゲン受容体α、βを介した内分泌かく乱化学物質の作用機序についての研究
被検物質として6種類を選択し、E-screen / WST-1 assay assayとE-screen / Idu assayをMCF-7、HHUAの二種を用いて行う。エストロゲン受容体 binding assayでサブタイプ α、βにおける17β-estradiolとのcompetition binding assayを施行して、各化 w物質のサブタイプ親和性を検討した。
⑤ ヒト乳癌細胞に対する植物エストロゲンの影響
T47Dヒト乳癌細胞を用いて、細胞増殖を産生NADH量を指標とするCell counting kitにより測定する。
⑥ 内分泌かく乱化学物質の生体影響における子宮内膜症の発生と増殖のメカニズムに関する研究
細胞増殖のアッセイとして汎用されるヒト乳癌細胞 ( MCF-7 )を用いたE-SCREEN アッセイの代わりに、ヒト子宮体癌細胞を用いる(E-SCREENアッセイ変法)。妊娠マウスにビスフェノールを投与し 、分娩直後の出生マウス体重を測定し胎児発育状態を検討する。また未妊娠雌マウスにビスフェノールAを投与し子宮の発育状況や子宮内膜症所見について腹腔内を観察する。ノックアウトマウスのmdr ジーンについて検討する。
結果と考察
1. 分析法の開発と実試料分析
① 内分泌かく乱化学物質測定用ディスポーザブル器具の開発に関する研究
これまでのガラス製に代わり、煩わしい準備の必要もなく、破損やコンタミの心配ないプラスチック製ディスポーザブル生体試料採取器具および保存容器の開発を行った。
② LC-MSによる生体試料及び缶飲料中のビスフェノールAの分析
分析に供したさい帯血,母体血及び腹水,計58検体中のBPA濃度はほぼ検出限界(0.3ng/mL)以下であった.市販缶飲料中のBPA濃度調査から,製缶メーカーによるBPA溶出の低減化が進められていることが示唆された。
③ 生体試料中ビスフェノールA及びその類似化合物のカラムスイッチングHPLC-蛍光定量カラムスイッチング技術をさらに導入することにより、HPLC-蛍光定量法を確立し,母体血,さい帯血及び腹水中の BPA 濃度レベルを明らかにした。
④ クロロベンゼン類及びパラベン類の分析法開発と実試料の分析
生体試料中のパラベン類を、少量の試料で高感度な測定のできる分析法を構築した。化学物質の胎盤通過性や、暴露経路等について、化粧品からの皮膚吸収がパラベン類の暴露にどの程度影響するかを明らかにした。
⑤ フタル酸エステル類代謝物に関する分析法の開発及びその動態解明
フタル酸モノエステル類に関する、高感度かつ再現性の良い生体試料分析法を開発し,実試料(血清及び腹水)に応用した結果,フタル酸モノブチル及びフタル酸モノベンジルに関してはいずれも検出限界以下であった。フタル酸モノ-2-エチルヘキシルに関しては,最高28.8ng/mLが検出された.生体中での代謝過程に関する動態解明に関して,ヒト血清の種々の酵素により,フタル酸ジエステル類が分解され,モノエステル体へと代謝することを確認した.
⑥ ヒト尿・血液中のペンゾ[a]ピレン及びその代謝物の分析法開発
OH-BaPの12異性体の分離分析法を開発し、不安定な6-OH-BaPを除く11種全てを分離し、蛍光検出できる。尿試料に適用するための前処理法は、銅-フタロシアニン誘導体を結合させた繊維を用いて濃縮し回収率をほぼ100%にした。健常人の尿中代謝物は、強いストロゲンレセプター結合能を有する3-OH-BaPが主であることを明らかにした。
⑦ 生体試料(母乳、母体血、さい帯血等)中の有機塩系化学物質の分析法開発とその暴露評価
生体試料を対象とした有機塩素系化学物質(PCB、農薬、ダイオキシン類)の迅速・精密分析法を開発し、母体および胎児、乳児暴露評価を行った。PCBについては、母乳、母体血、さい帯血から35種類の異性体か検出され、平均総PCB濃度(fat basis)は95ng/g(母乳)、99ng/g(母体血)、61ng/g(臍帯血)であった。PCB及び有機塩素系農薬の臍帯血中濃度は(Whole basis)母体血の約1/4であった。母乳をかいした乳児暴露評価は、有機塩素系農薬はそれぞれのADIの33%~8%であった。一方、ダイオキシン類においてはTDIを大幅に上回った。
⑧ 内分泌かく乱化学物質の胎児及び母体における汚染状況の分析とその細胞障害等の解析
内分泌かく乱化学物質の母体を介した胎児等への影響を明らかにするために、絨毛、羊水、さい帯血等の試料収集とこれら試料における内分泌かく乱化学物質(PCB、BPA等)汚染状況の調査を開始した。また、内分泌かく乱化学物質として疑われている重金属類の母体及び胎児への蓄積状況と重金属等に対するin vivo細胞反応を調査し、内分泌かく乱化学物質がヒト健康に及ぼす影響の作用機序の一つと考えられる遺伝子(DNA)への障害として、8-ヒドロオキシ-デオキシグアノシンの検出法を検討した。
⑨ 不妊症患者の血液等中のクロルデン関連物質およびヘキサクロロベンゼンの分析
不妊症患者および母体(さい帯血)を対象として、クロルデンとその関連物質(CLDs)及びヘキサクロロベンゼン(HCB)に対する人体暴露量調査を実施した。検出を試みた7種の化学物質のうち、HCBの検出率が98%と最も高く、次いでtrans-ノナクロルが63%、cis-ノナノクロルが17%で、それ以外の物質は検出されな ゥった。また、検出された物質の中央値は、ヘキサクロロベンゼンが0.05 ppb、trans-ノナクロルが0.10 ppb、cis-ノナノクロルが0.04 ppbであった。同一患者から採取した試料中のHCB濃度については、患者末梢血と腹水には有意な正の相関関係が認められたが、母体末梢血とさい帯血には有意な相関関係は認められなかった。
⑩ 不妊症患者の血清及び腹水中の揮発性有機化合物の分析
不妊症患者18名の末梢血及び腹水を分析し、トルエンなどの揮発性有機化合物がppbからサブppbのオーダーで存在することが示唆されたが、ナフタレンは全く検出されなかった。また、採血方式及び場所の検討から、周囲の環境からの汚染防止対策が重要であると考えられた。
2. 生体への影響と作用機序
① 環境中のホルモン様物質の胎児・胎盤特異的遺伝子発現への影響
胎生期の内分泌かく乱化学物質の作用を解析するために、母体・胎盤・胎児における化学物質の代謝解毒反応を、臓器・細胞レベルおよび酵素レベルで検討した.
② 経口免疫寛容へのジブチルスズの影響‐抗原特異的なT細胞応答への影響
内分泌かく乱作用が疑われる物質のうち、胸腺萎縮などの免疫機能への影響がすでに知られているDBT(塩化ジブチルスズ)について、末梢リンパ節細胞の抗原特異的な応答への影響を検討した.
③ ヒト副腎皮質由来H295R細胞のコルチゾール産生に及ぼす植物エストロゲンの阻害効果
植物エストロゲンであるフラボン及びイソフラボンの影響を検討した結果、7物質がコルチゾール産生を阻害した.この阻害作用は、エストロゲンレセプターを介する作用ではなく,コルチゾール合成を触媒する酵素の阻害を介する作用で,特にヒドロキシステロイド脱水素の3β-HSDタイプ・及びモノオキシゲナーゼのP450c21を阻害することが明らかになった.
④ エストロゲン受容体α、βを介した内分泌かく乱化学物質の作用機序についての研究
代表的被検物質にエストロゲン様細胞増殖効果が認められた。またエストロゲン受容体 における17β-estradiolとのCompetition binding assayでは、各々の物質特有の競合結合を認め、それぞれのエストロゲン様作用の発現においては、介するレセプターが必ずしも均一ではないことが明らかとなった。
⑤ ヒト乳癌細胞に対する植物エストロゲンの影響
エストロゲン様作用を検出する細胞増殖試験により,植物エストロゲン及び植物エストロゲンのその他のエストロゲン様物質と共存した条件下での影響が認められた。
⑥ 内分泌かく乱化学物質の生体影響における子宮内膜症の発生と増殖のメカニズムに関する研究
内分泌かく乱化学物質と考えられているフタル酸ジブチル、フタル酸ジシクロヘキシル、フタル酸ジエチル、ノニルフェノールおよびビスフェノールA(BPA)を用いたin vitroの結果から、妊娠マウスの皮下にBPAを投与し胎児発育を検討した。また種々の化学物質や薬物類を細胞外にトランスポートするP - 糖タンパクを欠損させたノックアウトマウスを用いて同様の胎児発育を検討した。さらに出生2 ~ 3ヶ月の未妊娠の雌マウスにBPAを投与した後に腹腔内所見を観察したが、明らかな子宮の肥大や子宮内膜症の所見は得られなかった。
結論
我々は、平成11年度厚生科学研究(主任研究者:牧野恒久)「内分泌かく乱化学物質に関する生体試料(さい帯血等)分析法の開発とその実試料分析結果に基づくヒト健康影響についての研究」の研究成果を通じて興味ある知見を得ると共に、検討すべき問題点もいくつかあることが明らかになった。生体試料の分析にあたっては、採取や保存の際の汚染もみのがせないことが、明らかになった。そのため、内分泌かく乱化学物質測定に適した試料採取容器についても検討した。特にフタル酸ジエチルヘキシルについては、本年の検討でシステムの確立をみており、実試料分析結果に基づくヒト健康影響についての検討がようやく可能である段階に達したと思われる。他のいくつかの化学物質についても、それぞれ検出限界を低く設定できるように分析法の開発をすすめており、母体及び胎児をふくめたヒトにおける蓄積の実態をあきらかにしつつある。また、暴露状況の調査と同時に、内分泌かく乱作用の作用機序を明らかにすることも必要である。in vivo細胞反応を明らかにするとともに、その障害の一つと考えられる遺伝子への影響をDNA変異を指標にして検出し、その実態について明らかにするなどのin vitroでの細胞反応系も重要である。in vitroの細胞反応系については、現在検討中である数種の系に加えて、さらに開発中でもあり、本研究の平成12年度の報告は、その意義は大きいと考える。
各論は前項に詳述したが、ポリ塩化ビフェニール(PCB)については母胎血、羊水、臍帯血にどのような割合で汚染がすすんでいるかを明らかにつつある。さらに、他の環境汚染物質とともにデータの蓄積を行い、次年度に明らかにする予定である。また、内分泌かく乱作用の機序の一つとして遺伝子等への障害を予測してその検出系の検討も進められており、生体内での代謝もについても、解毒の意味も含めて明らかになり、さらに代謝系での新規の遺伝子、分子種の発見にも本研究は貢献した。本研究において今年度まとめられた各報告は、内分泌かく乱化学物質にして有益な情報として活用されることが期待される。

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