内分泌かく乱物質の小児、成人等の汚染実態および暴露に関する調査研究(生活安全総合研究事業報告書)

文献情報

文献番号
200000745A
報告書区分
総括
研究課題名
内分泌かく乱物質の小児、成人等の汚染実態および暴露に関する調査研究(生活安全総合研究事業報告書)
課題番号
-
研究年度
平成12(2000)年度
研究代表者(所属機関)
秦 順一(慶応義塾大学医学部病理学教室)
研究分担者(所属機関)
  • 渡辺 昌(東京農業大学応用生物科学部)
  • 飯田隆雄(福岡県保健環境研究所)
  • 田辺信介(愛媛大学沿岸環境科学研究センター)
研究区分
厚生科学研究費補助金 健康安全確保総合研究分野 生活安全総合研究事業
研究開始年度
平成11(1999)年度
研究終了予定年度
平成13(2001)年度
研究費
40,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
内分泌かく乱物質は、農薬やプラスチック、PCB等の生産過程や廃棄物の処理過程等で発生すると考えられているが、人体において、その影響がどの程度起こりえているのかを評価することが必要不可欠である。本研究は、1)成人および小児の各種臓器の暴露状況を把握し、2)特定の疾患や病態と蓄積の相関関係を得るための基礎デ-タとする、ことを目的としたものである。さらに我が国におけるバックグラウンド値を明らかにすることによって、人体影響デ-タを比較するためのデ-タベ-スが構築される。 本年度はさらに、肪組組織、肝、血液、胆汁の測定結果から、内分泌かく乱物質の代謝経路(特に肝より胆汁、便または食物からの吸収・排泄)についても研究・考察した。
研究方法
1)インフォ-ムドコンセントのもとに、剖検症例の主要臓器(項部脂肪組織(褐色脂肪に相当)、腋窩脂肪組織、腸間膜脂肪組織、腹壁脂肪組織、下垂体、脳(開頭症例のみ)、肝、脾、腎、膵、胃粘膜、上行結腸粘膜、乳腺、骨髄、)、血液、胆汁を採取する。現在までに、135例の剖検例について、各種臓器・組織のファイリングを終了するとともに、臨床経過、臨床化学データ、病理解剖診断についてファイリングしている。2)臓器・組織に含有される内分泌かく乱物質(PCB,HCB,コプラナおよびモノオルトPCB、ダイオキシン類、ブチル化スズ化合物, HCH,DDT、重金属、微量元素 )を測定し、標準的なバックグランド暴露値を年齢、階級、性別に得る。測定は、脂質抽出、クリ-ンアップ後、高分解能ガスクロマトグラフ、二重収束型質量分析計あるいはGCMSで行う。(倫理面への配慮)剖検にあたって研究対象者に対する人権擁護上の配慮および研究方法による研究対者に対する利益・不利益等の説明を遺族に対して行い、インフォ-ムドコンセントを得て、遺族の同意の署名を剖検承諾書へ記入していただいている。
結果と考察
対象症例27例(21才から89才まで、女性12例、男性15例)について、PCB、ダイオキシン類、農薬類(DDT, HCH, CHL, HCB, TCP)、ブチルスズ類、重金属類を測定した。まずダイオキシン類は、血液中の濃度はこれまでの報告と同様の平均24-45 pgTEQ/g脂肪であった。本研究において、胆汁中のダイオキシン濃度を測定したところ、胆汁中のダイオキシン濃度は、脂肪ベースではその絶対値も血液とよく相関しており、異性体のパターンもほぼ同じであった。 一方、肝臓では、ダイオキシン濃度は血液、胆汁と比べて高く、約3倍であった。さらに胆汁、血液、肝臓のダイオキシンの蓄積には、高い相関が見られた。具体的には、ダイオキシン、フラン類とコプラナPCB(non-ortho3種類)平均TEQ値で、それぞれ肝(73.2, 46.6, 38.0)、胆汁(11.5, 18.0, 13.7)、血液(11.6, 18.1, 13.5)であった。これまでにダイオキシンの排泄経路としては、母乳について詳しく検討されてきたが、本研究からダイオキシンの一部は胆汁に排泄されていることが明らかとなった。しかし腸管循環で再吸収されるのか、あるいは肝での濃度が高いことから、どの程度、能動的に排泄されるのかについては、今後、検討する必要があると思われた。次に剖検症例の肝および腸間膜脂肪(22検体)におけるmono-ortho PCB(8種類)とdi-ortho PCB(2種類)を測定したところ、脂肪重量あたりのmono-ortho PCB平均値はTEQ表記で、それぞれ8.9、20.0pg/gであり、肝は脂肪組織の1/2以下であった。さらに年齢とダイオキシン・PCBの蓄積に相関があるかどうか検討した。その結果、年齢に伴ってダイオキシン・PCBの蓄積が
増加することが明らかとなり、その回帰直線からを計算すると、10年間あたりの蓄積量は、PCDFが16.3pgTEQ/g fat、PCDDが15.0pgTEQ/g fat、Co-PCBが9.0pgTEQ/g fatとなった。PCDD、PCDFなどは半減期が数年から12年といわれるため、長期間にわたる暴露が健康にどのように影響するのかを明らかにすることが重要と考えられた。次に新たな環境汚染物質tris (4-chlorophenyl) methane (TCPMe)およびtris (4-chlorophenyl) methanol (TCPMOH)と、他の有機塩素化合物(PCB、DDTs、HCHs、HCB、クロルデン化合物 [CHLs])について日本人の汚染実態とその蓄積および排泄特性を理解するため、脂肪組織、肝臓、そして胆汁中に残留するこれら化学物質の濃度を測定した。日本人の脂肪組織からはTCPMeとTCPMOHが検出され、ヒトに対する継続的な曝露が示唆された。PCBsとDDTsも、脂肪組織と肝臓での残留を認めた。胆汁中の濃度は、脂肪組織および肝臓中の濃度と強い相関関係を示し、脂肪組織 - 胆汁と肝臓 - 胆汁間で平衡状態にあり、胆汁経由で排泄されていることが示唆された。また加齢による蓄積傾向は認められたが、性差はみられなかった。有機塩素化合物の胆汁排泄率を推算したところ、p,p'-DDEとTCPMeは相対的に低値を示し、これら物質の排泄には、オクタノール/水分配係数が関与しているものと考えられた。排泄率とオクタノール/水分配係数との間で得られた相関関係は、ダイオキシン類など他の脂肪親和性有機塩素化合物の胆汁排泄予測に適用可能と思われる。さて、これまでにダイオキシン類の各同族体ごとのヒトでの吸収、排泄に関しての報告はほとんどない。そこで健常被験者3名の協力を得て同一の献立による食事の摂取を一定期間行い、陰膳、糞便、皮脂、及び血液中ダイオキシン類量を測定して、ダイオキシン類の摂取量および排泄量を検討した。食事由来と胆汁中に排泄されるダイオキシン類量から糞便中に排泄された量を引くと約80%のダイオキシン類が吸収されていた。糞便へ排泄されたダイオキシン類総量は300.6±72.6pg/dayであり、Total-TEQは18.3±5.9pgTEQ/dayであった。OCDDが最も多く1,2,3,4,6,7,8-HpCDD, PeCB, 1,2,3,4,6,7,8-HxCDFが続き、これらで総量の約70%を占めていた。TEQが最も高かった同族体は1,2,3,7,8-PeCDDで2,3,4,7,8PeCDF, PeCBが続き、これらでTotal-TEQの約70%を占めていた。皮脂への排泄総量は4,186.4±1,054.5pg/day, Total-TEQが23.8±5.6pgTEQ/dayであった。最大濃度はOCDDで総量の80%を超えており、TEQでは2,3,4,7,8PeCDF, PeCB, 1,2,3,7,8-PeCDDがTotal-TEQの約60%を占めていた。胆汁経由の排泄に比し、低塩素の排泄は皮脂の方が多かった。排泄経路が同族体によって異なることは、体内蓄積ダイオキシン類の排出を考える際に重要と考えられる。最後に今回、測定した剖検例で興味深い例が2例みられたが、その概要は以下のとおりである。第1例は、小児麻痺患者(21歳にて死亡)で、生後1歳から21歳で亡くなられるまで、人工栄養(クリニミール)のみで成長した方であり、この患者においてはダイオキシン類が血液、肝臓とも平均値の5~7分の1であることが明らかとなった。年齢を考慮しても、ダイオキシンが経口摂取されていることを推測させるとともに、少ないながらも暴露していたことはダイオキシンは、一部は経気道的あるいは経皮的に暴露する可能性を示唆するものと考えられた。第2例は、59歳男性で、膵癌の術後再発で亡くなられた方であり、有機塩素系化合物、ダイオキシン、PCBいずれも高い蓄積を示しており、平均値の2-12倍に達していた。これまでにも有機塩素系化合物とがんの関係は、報告されているが、特にDDT, DDE, PCBの血清濃度が高い膵癌症例では、K-rasのコドン12の変異が高頻度であるとの報告が1999年にLancetにある。本症例についても現在、K-ras変異を検討している。
結論
内分泌かく乱物質の蓄積が年齢とよく相関することが明らかとなった。また同一症例における血液、肝、胆汁における内分泌かく乱物質の濃度を測定したところ、血液と胆汁での濃度がよく相関し、さらに肝では脂肪重量あたりの濃度が血液、胆汁よりも
高い傾向が明らかとなったことから、ヒトにおける内分泌かく乱物質の代謝経路として胆汁からの排泄があることが明らかとなった。さらに有機塩素化合物(PCB, DDT, TCPなど)の胆汁中の濃度は、脂肪組織および肝臓中の濃度と強い相関関係を示し、脂肪組織 - 胆汁と肝臓 - 胆汁間で平衡状態にあり、胆汁経由で排泄されていることが明らかとなった。また陰膳を用いた研究からダイオキシン類の摂取量および排泄量について、基礎データが得られた。一方、PCBの体内蓄積量は、ダイオキシン類や他の内分泌かく乱物質より数桁多く、PCB自体の直接的な人体への毒性だけでなく、ダイオキシン類等他の内分泌かく乱物質の人体への複合的な毒性を考えることが重要と思われた。さらに21年間、ダイオキシン類が含まれていない人工栄養のみで成長してきた小児麻痺患者では極めて低濃度の暴露のみ見られ、経口からの摂取が主たる経路と推測された。また膵癌患者でダイオキシン、PCBなどの高濃度暴露症例が明らかとなり、今後、特定の疾患と内分泌かく乱物質の暴露状況、臨床化学データなどとの相関関係を明らかにする必要性が明らかとなった。

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