内分泌かく乱化学物質の胎児,幼児への影響等に関する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200000738A
報告書区分
総括
研究課題名
内分泌かく乱化学物質の胎児,幼児への影響等に関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成12(2000)年度
研究代表者(所属機関)
白井 智之(名古屋市立大学医学部)
研究分担者(所属機関)
  • 前川昭彦((財)佐々木研究所)
  • 福島昭治(大阪市立大学医学部)
  • 池上幸江(大妻女子大学家政学部)
  • 堤雅弘(奈良県立医科大学附属がんセンター)
  • 鈴木勉(星薬科大学)
  • 舩江良彦(大阪市立大学医学部)
  • 伏木信次(京都府立医科大学)
研究区分
厚生科学研究費補助金 健康安全確保総合研究分野 生活安全総合研究事業
研究開始年度
平成11(1999)年度
研究終了予定年度
平成13(2001)年度
研究費
70,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
近年、内分泌かく乱化学物質が野生ならびに海生動物などの生態に影響を与えていることが指摘されている。また、ヒトにおいても女性生殖器、男性生殖器、甲状腺、視床下部・下垂体等への影響が懸念されている。しかし、環境中の内分泌かく乱作用が指摘されている化学物質の胎児期、乳児期曝露により、出生児が成長したのちに、学習・精神障害、発がん、生殖機能の異常などが発現する可能性もある。本研究では内分泌かく乱作用が疑われているbisphenol A、genistein等の化学物質の生殖機能、学習・精神障害および発がん性などに及ぼす影響をin vivoの立場からラットとマウスを用いて解析することを目的としている。
研究方法
妊娠確認した雌F344ラットに妊娠0日から離乳までビスフェノールAを0、0.05、 7.5、30および120 mg/kg/dayの投与量で毎日強制経口投与した。児動物は生後22日に離乳させ、離乳10週後に一部の動物を屠殺剖検し、精子検査を実施した。また発がん実験ではbisphenol Aを投与したラットに前立腺発がん物質である DMABを20週間にわたって投与した。現在38週の時点を経過中であり、あと22週間経過観察を行う予定である。nonylphenolの前立腺癌発生に及ぼす影響をみる実験も同様の方法で0、0.1、10、100 mg/kgの用量で開始した。(白井)。食品缶からの最大溶出量を基とした1日当たりの摂取量に相当する0.006 mg/kgと、その1000倍量の6 mg/kgのbisphenol Aを、雌Donryuラットの妊娠および哺乳の全期間(約6週間)にわたり強制経口投与した。得られた雌の児について生殖器系を中心とする発育分化を観察し、さらに発癌剤を投与後15ヶ月齢まで観察して子宮発癌への修飾作用および内分泌環境の変化を検討した。bisphenol Aの組織内および血中濃度を測定した。(前川)。胎児期・新生児期に及ぼす影響については、雌マウスの妊娠0日から出生児の離乳までの間、bisphenol Aを0、 0.05、50と400 mg/kg/day、さらにnonylphenolを0、0.05、50および200 mg/kg/dayの用量で経口投与した。児動物を10週齢まで飼育した。発がん性については、ラット肝中期発がん性試験法(伊東法)を用いて検索した。 styrene dimerおよびtrimerを0.0006、0.006および0.6 mg/kg/dayの用量で投与し、肝前がん病変の胎盤型glutathione S-transferase(GST-P)陽性細胞巣の発生を検索した。(福島)。妊娠を確認5日目のSD系ラットを用いた。これまでの研究では主にgenisteinとdaidzeinの混合物を用いたので、妊娠期、授乳期におけるgenistein単独経口投与の影響について観察した。妊娠期と授乳期の暴露の影響を比較し、次に妊娠・授乳期暴露の乳児の成長後への影響を観察した。(池上)。Wistar系雌ラットに1%のbisphenol Aを基礎飼料に混じ5週齢より投与を開始し、妊娠、出産、授乳期間を通して投与した。また、低用量のbisphenol Aの影響を検索するためbisphenol Aを0.08 ppm、100 ppm、1600 ppmの濃度で基礎飼料に混じ同様の処置を行った。すべての児ラットは基礎飼料にて飼育し、5週齢より、2000 ppmのBHPを飲料水に混じ12週間投与し、BHP投与開始20週後屠殺、剖検を行い病理学的検索を行った。(堤)。bisphenol Aを親ddyマウスに混餌で投与し、それら親から出生・授乳した児マウス(6週齢)を用いて検討を行った。親へのbisphenol A投与量は、0.00003、 0.0003および 0.003 mg/g of foodとした。半脳を用い、モノアミン神経伝達物質(ドパミン、ノルエピネフリン、セロ
トニン)など脳内のアミンの定量を、さらに半脳を用いて、モノアミン関連タンパク質(チトクロムP450 2D、チロシン水酸化酵素、ドパミン受容体、モノアミンオキシダーゼ)のmRNAの発現量を定量的RT-PCR法で定量した。(鈴木)。雄性ddYマウスには交尾前から、雌性マウスには交尾後からbisphenol Aを混餌(0.003 mg/g of food)で与え出生させた児を生後9週齢で屠殺した。tyrosine hydroxylase(TH)やカルシウム結合蛋白などを免疫組織化学に追究した。また、妊娠10日目以降にbisphenol Aを混じた餌を与えた群(0.002 mg/ならびに8 mg/g of food)についても行った(伏木)。
結果と考察
研究と考察=途中屠殺のラットには平成11年度で観察された高濃度での精子数の減少は今回観察されず、また精子形態、精子運動にも異常は認められなかった。前回みられた精子数異常は児ラットの群分けの際偏りによるものと推察される。発がん実験のラットにおける体重増加には各群間に差は無く、順調に推移している。また妊娠率、出産率、妊娠期間にもbisphenol A投与による影響はみられなかった。(白井)。成長曲線、性周期の変化および雌性生殖器の発育分化、子宮の増殖性病変などいずれの項目においても有意な差異は認められなかったことから、低用量のbisphenol Aの胎児期・哺乳児期曝露は児に対して、発育分化時期を含めた雌性生殖器系および子宮発がんへの修飾作用に何ら影響を及ぼさないことが明らかとなった。今回の投与量のBisphenol Aは母動物の血清中には移行するものの、母動物から児動物へ移行していない可能性が高いと考えられた。(前川)。Bisphenol A投与により、前立腺腹葉の重量増加と精巣における精子数の増加が0.05 mgと50 mg/kg群で、また、精子運動能の亢進が0.05 mg/kg群で認められた。今後、この事実を再確認するとともにbisphenol Aの作用機序を追究する必要がある。nonylphenolについては検索中である。肝のGST-P陽性細胞巣の発生は、styrene dimerおよびstyrene trimer投与群によって増加しなかった。昨年度報告のstyrene monomerを含め、styleneには肝発がん性がないことが判明した(福島)。母親に対するgenistein暴露の影響は、これまでに行ったイソフラボン混合物の場合に比べて弱く、daidzeinその他の大豆成分の生体影響の可能性が示唆された。また、妊娠期、授乳期別にみた乳児への生体影響に顕著な差異はみられなかった。他方、母親が妊娠・授乳期に継続してgenistein暴露を受けた乳児では、成長期の体重増加の抑制がみられたが、その他の生体影響はみられなかった(池上)。bisphenol Aを投与した児ラットには雌雄ともに甲状腺癌、肺癌、食道癌、肝腺腫、胸腺リンパ腫の発生がみられたが、bisphenol Aの投与による有意な差異はみとめられなかった。甲状腺ホルモン測定の結果、BHP非投与の児ラット(25週齢)においては、T3、T4、TSHの値にbisphenol A投与による各群間有意な差はみられず、組織学的にも甲状腺に著変はみられなかった。以上の結果より、経胎盤的、経乳汁的に投与されたbisphenol AにはBHPによる発癌に対する修飾作用はなく、甲状腺機能に対する影響も乏しいことが示唆された。(堤)。本研究の結果、低用量の bisphenol A を慢性曝露されたマウスにおいては、methamphetamine 誘発報酬効果および自発運動促進作用は対照群と比較して有意な増強が観察された。従って、低用量の bisphenol A 慢性曝露によっても、methamphetamine 誘発数種薬理作用が増強することが明らかとなった。また、脳内における dopamine D1 受容体 mRNA レベルの有意な up-regulation が認められた。このことより、本研究で得られた methamphetamine 誘発数種薬理作用の増強にはこの dopamine D1 受容体 mRNAの up-regulation が一部関与していると考えられる。(鈴木)。本年度作成した低用量bisphenol A投与群では、明確なドパミン量の減少は見られなかった。しかし、チロシン水酸化酵素およびドパミンD4受容体mRNAは有意に増加し、ドパミンD2受容体mRNAはBPA投与群で減少がみられた。低用量投与(0.0003 mg/g of food)においても、ドパミン動態・作用に変化が見られ、ドパミ
ン系の神経作用になんらかの影響を与えている可能性が考えられた。(舩江)。胎齢10日目以降BPAを投与した群より得た児では、TH陽性黒質神経細胞数(8 mg/g of food)が胎齢18日、生後2週齢で、大脳皮質parvalbumin陽性神経細胞数(0.002 mg/ならびに8 mg/g of food群)が生後21日齢で有意に減少した。妊娠全期間から授乳期にbisphenol Aを投与した群の雌では、生後9週齢でTH陽性黒質神経細胞密度が有意に減少した。またこれらの動物(雌)では、dopamine beta-hydroxylase、estrogen receptor(ER) alpha ならびにbetaのmRNAレベルが生後9週齢で有意に亢進し、bisphenol Aが黒質TH陽性神経細胞ならびに大脳皮質PV陽性神経細胞に選択的影響を及ぼすことが示された。そのメカニズムにはERの関与が推定される。(伏木)。
結論
bisphenol Aを妊娠中および授乳期ラットに投与したが、妊娠率、妊娠期間、出産率および生まれた児の前立腺に著変はなく、影響はないと結論づけられた。精子数の減少がみられたが再実験の結果、精子数には異常はなく、児動物の作出に基づく人為的なものと結論づけられた。母ラットにおけるにも影響ないことも明らかとなった(白井)。低用量のbisphenol Aによる児ラットの雌性生殖器系に対する影響は観察されず、低用量のbisphenol A胎児期・哺乳児期曝露はラットの雌性生殖器系へ何ら影響を及ぼさないと結論した。また、これらの用量のbisphenol Aは母から児へ移行しない可能性が示唆された。(前川)。bisphenol Aの親マウスへの妊娠期、授乳期投与は低用量でも次世代雄性マウスの前立腺と精巣に影響を及ぼすことが明らかとなった。nonylphenolの雄性生殖器系への影響については検索中である。また、styrene dimerとtrimerはラット肝発がん性を示さないと結論づけられた。(福島)。SD系妊娠ラットに妊娠期と授乳期にわけてgenisteinを飼料とともに摂取させた場合、とくに顕著な乳児への影響はみられず、また妊娠期と授乳期とでの生体影響にも差異はみられなかった。他方、妊娠期から授乳期にgenisteinを暴露された母親の乳児では、成長期における体重増加に抑制がみられた。(池上)。Wistar系雌ラットにbisphenol Aを1%、1600 ppm、100 ppm、0.08 ppmの濃度で飼料に混じ、妊娠、出産、授乳期間を通じて投与し、生まれた児ラットにBHPを投与した。その結果、bisphenol Aを投与されたラットより生まれた児ラットにおいて、甲状腺機能、発がん感受性に有意な差はみられず、bisphenol Aの暴露が次世代ラットの甲状腺、肺、食道、肝、胸腺発がん感受性の亢進および甲状腺機能異常の誘発に関与する可能性は乏しいと考えられた。(堤)。低用量 bisphenol A 慢性曝露により依存性薬物、特に methamphetamine の依存形成能が増強されることが明らかとなった。また、本研究において作製したマウスは精神依存形成に重要な役割を担う中脳辺縁 dopamine 神経系に変化が生じているものと推察される(鈴木)。低用量のbisphenol A投与においても、脳内ドパミン量に顕著な変化がみられないものの、脳内ドパミン動態・作用に関与する様々な蛋白発現量に変動が見られた。このことから、たとえ低用量であっても、胎児期・幼児期のBPA暴露が、出生・成長後の児のドパミン系の神経作用になんらかの影響を与えていることが示唆された。(舩江)。TH陽性黒質神経細胞数の有意な減少や大脳皮質PV陽性神経細胞数の有意な減少をみとめた。妊娠全期間から授乳期までbisphenol Aを投与された雌でも、黒質TH陽性神経細胞密度が有意に減少した。つまりドーパミン系ならびにGABA系神経細胞に対するbisphenol Aの影響が示された。(伏木)。

公開日・更新日

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