ダイオキシン類の汚染状況および子宮内膜症等健康に関する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200000728A
報告書区分
総括
研究課題名
ダイオキシン類の汚染状況および子宮内膜症等健康に関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成12(2000)年度
研究代表者(所属機関)
石川 睦男(旭川医科大学)
研究分担者(所属機関)
  • 玉舎輝彦(岐阜大学医学部)
  • 清水敬生(癌研究会付属病院)
  • 山下幸紀(国立札幌病院)
  • 千石一雄(旭川医科大学)
  • 山下 剛(旭川医科大学)
研究区分
厚生科学研究費補助金 健康安全確保総合研究分野 生活安全総合研究事業
研究開始年度
平成11(1999)年度
研究終了予定年度
平成13(2001)年度
研究費
9,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
環境化学物質による健康障害の不安が一般に高まっているなかで、最近多くの環境化学物質が発癌物質あるいは内分泌撹乱化学物質として報告されてきている。特にダイオキシン類は女性生殖器の蓄積の検討が必要となってきている。特に日本では子宮内膜症の増加が報告され、子宮内膜症発症とダイオキシン汚染との関連性が注目を集めている。このような懸念のもとに様々な方面からダイオキシン類を含む環境化学物質と発癌作用、あるいはホルモン様活性に対する研究調査が行われてきた。特にイタリアのセベゾ地域における化学工場の爆発に伴うダイオキシン類(TCDD)散布に対する健康への影響についてのデータは、人体に対する環境化学物質の長期的な影響を考える上で参考になるものであった。現在もなお続いている当該地区における長期的なヒトの健康に対する影響についての報告によれば、発癌に対する影響では消化管およびリンパ、造血器系の癌が増加していると報告されている。子宮内膜癌などのホルモン依存性癌の罹患率の上昇は現時点で確認されていない。ホルモン様活性についての検討では、事故後に産まれた子供の性比に女児への偏りが認められることが報告されている。子宮内膜症に対する検討および月経サイクル、初経および閉経年齢などについての検討は現在進行中とされている。しかしながら当該地区での男児の出生率が低下しており女児が生まれやすい傾向を認めたことはこれらの環境化学物質が何らかのホルモン作用を示している可能性を否定しない。国内でのダイオキシン類の生体に対する影響についての研究も報告され始めており、産婦人科領域における研究報告においても母乳中、腹水中でダイオキシン類が確認される事態となっており、通常でもダイオキシン類などの環境化学物質の汚染は一定レベルで存在していることが認められ、ヒトの健康に何らかの影響を与えている可能性が示唆されている。
今年度の我々の研究は、昨年の当研究班での臨床的検討の結果に基づき、その作用メカニズムを明らかにするために基礎的研究の部分にも焦点をあてダイオキシン類の生体作用を明らかにするものである。また、これらの影響が懸念されている卵巣明細胞癌の前癌病変とされる卵巣子宮内膜症との関連解析、および子宮内膜症と子宮内膜癌との関連性の検討についての研究も行うものである。さらに今年度はダイオキシン類の生体内濃度を直接計測することでこれらの疾患とダイオキシン類の直接の関連性の検討も行った。
研究方法
ヒト発生に対するダイオキシン類の影響を検討するために、卵を取り巻く細胞である顆粒膜細胞および胎児臍帯血中の単核球のサイトカイン産生に対するダイオキシン類の作用について、細胞を分離後にTCDDを投与し、IL-1β、TNF、IL-6濃度を測定した。またRT-PCRを用いてAHRの発現の検討が行われた。
ダイオキシン類のレセプター遺伝子の正常卵巣および子宮内膜症、卵巣癌での発現状況、およびダイオキシン類代謝酵素CYP1A1のTCDDに対する発現依存性の研究は、卵巣組織あるいは癌細胞株を用いてTCDD投与後に一定期間培養した後の細胞よりRNAを抽出しRT-PCR法を用いて解析した。
モデル動物を用いた実験子宮内膜症の作成はFoster (1997)らの外科的誘発方法を改変し、子宮内膜の同種移植法によって子宮内膜症性嚢胞を作成した。
臨床的なアプローチとしては昨年度同様、卵巣癌と子宮内膜症の合併の頻度に関する研究が、各研究協力者の附属病院の症例を検討して行われた。さらに子宮内膜症から子宮内膜癌への癌化の関わりを明らかにするために、国立札幌病院婦人科および癌研究会附属病院婦人科での附属病院の過去10年間の子宮内膜癌における子宮内膜症の合併率などの統計調査が、各設問に対しその有無について回答する形のstudyとして施行された。昨年のpilot studyの段階で両者の合併率が高いことが示唆されていたので、今回はコントロールとして子宮頸癌および他の良性疾患患者での合併率も同様に解析し、子宮内膜癌に特有な現象かどうかが検討された。
結果と考察
ヒト発生に対するダイオキシン類の影響の検討では高濃度TCDDは臍帯血単核球および顆粒膜細胞ともにTNF、IL-6およびIL-1βの産生を抑制したが、生理的濃度のエストロゲンはサイトカイン産生に対し影響を与えず、またTCDDとの相互作用も認められなかった。このように昨年度の単核球のみならず顆粒膜細胞、臍帯血単核球においても同様の抑制効果を示すことが判明した。このような作用は卵巣組織内でのレセプターの発現の検討同様、AHR, ARNTを介してその作用が発現していると考えられた。ダイオキシン類レセプターAHR, ARNT発現の検討では、検討した卵巣組織のいずれにもAHR, ARNTが発現していた。このことはダイオキシン類が取り込まれると複合体を形成し卵巣組織内でその機能を発現しうることを示している。卵巣癌細胞株におけるダイオキシン類分解酵素CYP1A1のTCDD投与による時間依存性の検討では、Kuramochi株、CAOV-3株、JHOC-5株、SMOV-2株の4株で、濃度依存性の検討では、Kuramochi株、CAOV-3株、OVCA-3株においてその依存性を認めた。これらの実験結果から、ヒト組織におけるダイオキシン類の影響はTCDDの暴露時間および濃度に依存した影響を受けることが明らかになった。
モデルマウスを用いた実験子宮内膜症の作成では、同種移植法の90%以上(11/12)に子宮内膜症性嚢胞が認められ、組織学的(HE染色)にも嚢胞壁に腺管構造が確認された。また17%(2/12)に子宮内膜症性の癒着を認めた。コントロールとして用いた子宮内膜自家移植、子宮漿膜面移植、腸管内膜移植、卵巣摘除マウスではいずれも子宮内膜症性嚢胞の発生を認めなかった。今後ダイオキシン類レセプターAHRトランスジェニックマウスを作成し、TCDD投与により子宮内膜症が増悪するかどうかを検討する予定である。
臨床的な検討では、卵巣癌の子宮内膜症の合併率は最終的に全体で20.2%(外性子宮内膜症では16%)と昨年度よりも高頻度となった。また子宮内膜症合併中、明細胞腺癌(43.4%)、類内膜癌(44.6%)の2つの組織型がほかの組織型に比較して依然高頻度であり、これらの疾患と子宮内膜症の関係が強く示唆された。子宮腺筋症と子宮内膜癌の検討では、国立札幌病院の報告では子宮腺筋症の合併率は、良性疾患26.4%、子宮体癌36.4%、子宮頸癌21.0%であった。癌研の報告では子宮体癌での516例中、184例 (35.7%)に子宮内膜症の合併を認めた。その内、89%は子宮腺筋症であった。子宮頚癌では子宮内膜症の合併は37.0% (34/92)に認められ、2つの協力施設でともに内膜癌の35%前後に子宮腺筋症を合併するという結果をみた。対照疾患である子宮頸癌の合併率よりも高頻度であり、このことは卵巣子宮内膜症と卵巣癌の関係同様、子宮腺筋症からの子宮内膜癌の発生の可能性を支持するものといえ、今後の研究を展開する上で重要な基礎的データの一つとなるものである。
卵巣癌(明細胞癌)患者での血液中ダイオキシン類濃度の測定では、いずれも対照である正常婦人に比較して高値であったが、全体の症例数が少なく統計解析はできていない。しかしその結果はダイオキシン類の長期的あるいは高濃度の暴露による子宮内膜症、およびそこからの癌化の可能性を否定しないものであり、この点に関してはさらに多数の検体の検討が必要であると考えられた。
結論
今回の検討から子宮内膜症は卵巣癌のみならず、子宮内膜癌の発症進展においても高い関連性を持っていることが強く示唆された。ダイオキシン類は卵巣あるいは子宮内膜に存在するダイオキシン類レセプターを介して作用することがそのレセプターの発現の検討から示唆され、さらにこの作用にはダイオキシン類の時間的あるいは量的依存性が認められることから、高濃度あるいは長時間のダイオキシン類の暴露で標的組織により強い影響をおよぼす可能性があることが示唆された。またこの影響は卵巣顆粒膜細胞、臍帯血顆粒球にもおよび、高濃度のダイオキシン類の暴露によりサイトカイン産生が低下する事が判明した。このことはヒト胚発生および胎児発育においてもダイオキシン類が何らかの影響を及ぼす可能性を示唆している。
次年度は、ダイオキシン類の子宮内膜症に対する関係および卵巣癌発症進展に対する影響を、実際の症例を用いて示していく予定である。また実験子宮内膜症にて子宮内膜症発症のメカニズムを探り、ダイオキシン類が内膜症発症進展のどのステップに影響を与えるかも明らかにしていく予定である。

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