ダイオキシン類の汚染状況及び子宮内膜症等健康影響に関する研究

文献情報

文献番号
200000720A
報告書区分
総括
研究課題名
ダイオキシン類の汚染状況及び子宮内膜症等健康影響に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成12(2000)年度
研究代表者(所属機関)
堤 治(東京大学医学部)
研究分担者(所属機関)
  • 武谷雄二(東京大学医学部)
  • 遠山千春(国立環境研究所)
  • 諸橋憲一郎(基礎生物学研究所)
研究区分
厚生科学研究費補助金 健康安全確保総合研究分野 生活安全総合研究事業
研究開始年度
平成10(1998)年度
研究終了予定年度
平成12(2000)年度
研究費
18,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
ダイオキシンは極めて有毒な環境汚染物質で、少量でも発癌性を有することなどが知られていた。ダイオキシン類には・大気中への排出による直接的曝露、・食物連鎖による影響、・母乳に含まれるダイオキシン類の新生児・小児への影響などへの不安が高い。最近ダイオキシン類には内分泌撹乱物質として各種動物において生殖・発生異常を生ずることが報告され、サルを用いた実験で子宮内膜症の病因となりうることも示唆され、生殖機能への影響が注目されはじめた。またダイオキシン類は母乳中に多量に含有されることが明らかになり、小児期あるいは成人に達した時点での影響が危惧されている。しかしながらダイオキシン類の曝露量ならびに体内負荷量と子宮内膜症発症などを含めた生殖機能に及ぼす影響に関する研究はほとんどなされていないのが現状である。安全限界の設定は暫定的であり、ことに生殖機能への影響の有無、安全限界などは未知であるのが現状である。本研究で明らかにしようとするダイオキシン類の生殖機能への影響が明らかになれば、現行のダイオキシン類規制の見直し、改定にも重要な資料となることが期待される。仮にダイオキシン類濃度と判定指標が陰性となっても、生殖機能への影響に対する不安に答えることになり国民のニーズを満たすことができる。
研究方法
1)子宮内膜症患者手術時に皮下脂肪組織、子宮内膜症組織、子宮内膜組織、腹腔内貯留液、血液を採取する。これら組織および体液中のダイオキシン類濃度およびインターロイキン6などのサイトカイン濃度やNK細胞活性(免疫能評価)の測定もおこなう。対照は婦人科疾患で手術を受ける患者で、子宮内膜症を有しないことを確認したものとする。更に、症例の蓄積のみならず患者背景などを含めた疫学的検討も加え解析する。2)不妊症患者で精液検査を受ける男性および健常男子ボランティアより精液・血液および皮下脂肪組織を採取、ダイオキシン類濃度を測定し、精液所見(精子濃度、運動率、奇形率)と比較検討する。3)体外受精患者の採卵時に得られる卵胞液を、卵胞毎に種別保存し、ダイオキシン類濃度およびエストロゲン、プロゲステロン、各種サイトカイン濃度を測定する。卵成熟度、受精率、卵割率、妊娠率のパラメーターとの比較検討をおこなう。4)実験動物(マウス)の未成熟卵、成熟卵、受精卵、発育段階にある卵を採取し各種濃度のダイオキシン存在下で培養し、受精率・胚発育率・糖取り込み能の発達などを解析する。なお、ヒトを対象とする研究においてはいずれも大学倫理委員会の承認を得ており、検体の採取にあたっては書面による承諾を得るものとする。
結果と考察
1) マウス2細胞期胚を各種濃度のダイオキシン(2,3,7,8-TCDD)存在下に培養し、24時間後の8細胞期胚形成率、48時間後の胚盤胞形成率を示標としてダイオキシンが初期胚発育に及ぼす影響を解析した。この研究により、ダイオキシンが1-5pMという低濃度で8細胞期胚形成を抑制する一方、8細胞期胚からの胚盤胞形成を促進するという成績を得た。これより初期胚発育における無毒性量(NOAEL)および最小毒性量(LOAEL)が設定できた。また、体外受精の採卵時に得た卵胞液中にも微量ながらダイオキシン類を検出し、ヒトにおいて卵が既にダイオキシン類により汚染されていることを明らかにした。2) 母乳中のダイオキシン量から試算すると乳児の摂取量は50-100 pgTEQ/kg/日となり耐容一日摂取量をはるかに超過している。一方、ダイオキシンはサルの実験で微量(126 pgTEQ/kg/day)でも子宮内膜症の病因となりうる可能性が示された。そこで、日本子宮内膜症協会会員や当科の患者
および一般ボランティア女性を対象としたアンケート調査を施行し、母乳哺育が後々の子宮内膜症の発症リスクとなりうるかを検討した。その結果、対照群の母乳哺育率68%に対して子宮内膜症患者では同51%と対照で有意に母乳哺育率が高かった。これより母乳哺育により相対的に高いダイオキシンの被曝を受けることは子宮内膜症発症のリスクとはならないことが示唆された。3) 子宮内膜症患者と非子宮内膜症患者とではダイオキシンの子宮内膜に対する作用が異なるとする可能性を検討するため、ダイオキシン受容体であるaryl hydrocarbon receptor (AhR)、その受容体の共役因子であるAhR nuclear translocator (Arnt)、ダイオキシンに反応する二つの遺伝子cytochrome P-450 1B1 (CYP1B1)とp62(dok)に関してヒト子宮内膜における発現を半定量的RT-PCR法を用いて調査した。子宮内膜症患者と非子宮内膜症患者との比較ではp62(dok)のみ重症例で高い傾向にあった。喫煙者と非喫煙者との比較ではAhRの発現が喫煙者において低値であった。子宮内膜におけるAhR等のダイオキシン関連遺伝子の発現を確認し、ダイオキシン類が子宮内膜に影響を及ぼす可能性が示唆された。4) 当科で手術を受けた子宮内膜症患者12例を対象とし、手術時に腹壁より脂肪組織を採取した。その結果、脂肪組織中のダイオキシン類濃度は軽症子宮内膜症群に比べて重症群では有意に(p<0.05)高い値を示した。重症例で汚染の程度が高い可能性があり、今後生活環境など背景の解析を含めた多数例の検討が必要であると考えられた。5) 体外受精の採卵時に採取した卵胞液を用い、子宮内膜症群5例、対照群4例を対象とした。卵胞液中のダイオキシン類濃度は子宮内膜症群と対照群の間に有意差は認められなかったが、子宮内膜症群で高い傾向を示した。6) ダイオキシン類は妊娠中の経胎盤的移行および授乳により児に移行し母体の汚染軽減が示唆されているが、そのメカニズムについては不明な点が多い。妊産婦200例(未産婦100例、1回経産婦100例)を対象として、妊娠前期および後期に採血した。経産の有無、妊娠時期により分類し、100サンプルを1検体として測定を行った。その結果、妊娠前期の母体血中ダイオキシン類濃度は、未産婦では43 pgTEQ/g fat、1回経産婦では27 pgTEQ/g fatであった。妊娠後期では未産婦39 pgTEQ/g fat、1回経産婦25 pgTEQ/g fatで、いずれも経産婦では未産婦より低値であるばかりでなく、妊娠前期に比べて後期では低下する傾向が認められた。以上より、経産婦では血中のダイオキシン類濃度は低下し、妊娠出産および授乳による母体汚染の減少が確認された。一方、妊娠経過中に母体汚染が減少する傾向が認められたが、その差は未産婦と1回経産婦との差に比べれば低値であり、妊娠中の経胎盤的移行の関与は低く、授乳による母体から児への移行が主であることが示唆された。7) 当科で体外受精を施行した男性患者38名(乏精子症18名、対照20名)を対象としてその血清を試料とした。年齢あるいは精子濃度にて乏精子症患者および対照を4群に分け、各々の群の血清を等量ずつ混合し、ダイオキシン類濃度を測定した。その結果、35歳以上の高年齢群では明らかな差異は認められなかったが、35歳未満の低年齢群では乏精子症群で対照よりダイオキシン類濃度が高い傾向を示した。8) 子宮内膜症において腹腔内環境が変化することは多く報告されているが、腹腔内貯留液中の液性因子、細胞性因子は種々の環境物質の影響を受けることも示唆されている。当科の患者を対象に腹腔内貯留液中のHGF濃度を測定した。子宮内膜症重症群におけるHGF濃度は有意に子宮内膜症のない患者のHGF濃度より高く、子宮内膜症軽症群ではその中間だった。HGFは正常子宮内膜ばかりでなく子宮内膜症組織においても産生されていることが推測され、腹腔内においてオートクライン/パラクライン的に子宮内膜症を制御している可能性が示唆された。9) TNFαはアポトーシス誘導因子の代表的なものとして知られている。今回の研究ではTNFαの腹腔内貯留液中濃度に差は認められず、TNFαの作用と拮抗するsTNFRが臨床進行期を問わず子宮内膜症
患者の腹腔内で上昇していた。これより子宮内膜症患者では、増加したsTNFRがTNFαの子宮内膜組織・子宮内膜症組織に対するアポトーシス誘導作用に拮抗することで,子宮内膜組織の腹膜への生着を促し、内膜症組織を増殖させ,内膜症発症・進展の原因になると推察された。10) 腹腔鏡下に肉眼所見上、白色病変として認識されることの多い繊維化などの二次的変化にも、腹腔内環境は大きく関与している。一般に,結合組織の代謝や線維化には肥満細胞が関与することが知られている。SCFは肥満細胞を刺激し,その成熟ならびに活性化に寄与する。研究の結果、子宮内膜症患者の特に初期病変を有する症例の腹腔内貯留液中でSCFは有意に増加していた。このことは初期の子宮内膜症病変を有する患者では子宮内膜症病変を繊維化の方向に導くことにより、重症化を阻止するように腹腔内環境が作用しているとも解釈された。
結論
子宮内膜症の発症メカニズムを解析する上で重要な基礎的情報となる、HGF、TNFα、SCFなど各種サイトカインの腹腔内における動態を明らかにした。今後はダイオキシン類などによる身体の汚染状況がこれらサイトカインの動態にいかなる影響を及ぼすかを検討していくことが必要である。また、子宮内膜症患者の子宮内膜におけるダイオキシン関連遺伝子の発現を調べたところ、ダイオキシン受容体AhRおよびその共益因子であるArnt、ダイオキシン応答遺伝子であるCYP1B1およびp62(dok)全てで発現が確認され、ダイオキシン応答遺伝子p62k(dok)の発現量が重症例で有意に高かった。また、疫学的に子宮内膜症になりにくいとされる喫煙者では、非喫煙者に比べてダイオキシン受容体AhRの発現量が低かった。ヒト脂肪組織、ヒト卵胞液においてダイオキシン類を検出し、子宮内膜症患者ではその濃度が高い傾向が認められた。また、若年の乏精子症例では血清中ダイオキシン類濃度が対照と比べて高い傾向が認められた。今後更に症例を増やし、ライフスタイル、職業、居住地など背景を含めた検討が急務であると考えられた。

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