食肉・食鳥肉処理における微生物コントロールに関する研究

文献情報

文献番号
200000709A
報告書区分
総括
研究課題名
食肉・食鳥肉処理における微生物コントロールに関する研究
課題番号
-
研究年度
平成12(2000)年度
研究代表者(所属機関)
品川 邦汎(岩手大学)
研究分担者(所属機関)
  • 山崎省二(国立公衆衛生院)
  • 木村豊彦(芝浦食肉衛生検査所)
  • 藤田紀弥(岩手県紫波食肉衛生検査所)
  • 山内一也(日本生物科学研究所)
研究区分
厚生科学研究費補助金 健康安全確保総合研究分野 生活安全総合研究事業
研究開始年度
平成10(1998)年度
研究終了予定年度
平成12(2000)年度
研究費
14,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
安全で衛生的な食肉生産をするためには、と畜場でと殺・解体して枝肉生産を行う前段階の「農場での家畜生産」において、健康で病原菌保有の少ない家畜(と畜場の検査で疾病廃棄の少ない家畜)を生産することが重要である。また枝肉生産後、部分肉(ロース、肩、腿肉等のカット)処理工場への流通段階において、食肉への微生物汚染防止、衛生的取り扱い等も重要である。
生産農場からと畜場に搬入される牛の腸管出血性大腸菌(STEC)O157、O26およびO111の保菌状況を定期的に調査(病原菌のモニタリング)することは、ヒト感染症の予防および公衆衛生学の上から大切である。特に近年、ヒトのSTEC感染症として増加傾向が見られるSTEC O26およびO111の牛保菌実態調査について、わが国ではこれまで全く行われておらず、これらの保有状況を把握することは必要である。
また、食肉衛生検査において疾病病畜の排除に並び、食肉の微生物コントロールは、食中毒対策を進める上で現在最も重要なポイントとなっている。食用家畜には、人畜共通感染症の病原体が感染していることがあるが、それらによる食肉の汚染および汚染食肉によるヒトの疾病発生に関してはまだ不明な点が多く残されており、これらについて調査する必要がある。
さらに、近年海外で問題になっている牛海綿状脳症(BSE)と、BSE感染により起きたとみなされる変異型クロイツフェルト・ヤコブ病(v-CJD)に関わる公衆衛生上の問題は今後も続くことが予測され、十分な対策を講じておく必要があると考えられる。
以上、これらの調査・研究を進めるために、以下の項目について実施した。
1) と畜場検査データの生産農場への有効的還元方法に関する研究
2) 枝肉の流通実態と衛生学的研究-解体処理(牛、豚)後の枝肉の搬出・搬入時の微生物汚染
3) と畜場への搬入家畜の腸管出血性大腸菌(STEC)O26およびO111の保菌状況
4) 家畜が保有する可能性の高い疾病の危害評価と総合的検査法の確立
5) 牛海綿状脳症(BSE)に関する文献学的調査
研究方法
1) と畜場検査データの生産農場への有効的還元方法に関する研究
牛については、岩手県紫波および兵庫県食肉衛生検査センター、豚については岩手県紫波、岩手県水沢、鹿児島県志布志、神奈川県および山形県内陸等の食肉衛生検査所で実施した。なお、牛は4農場303頭、豚は17農場23,760頭についてデータ収集を行い、これを生産者へ還元した。各検査所において、生産者側がデータフィードバックをどのように活用しているかについて、「検査データ活用の有無」、「検査データがどのように役立っているか」、および「注意している疾病」等に関してアンケート調査を実施した。これらの調査結果を基に、対象疾病、実施時期および生産者の求める情報を統一した。牛では、肝臓疾患、尿石症および泌尿器の炎症を中心にデータを還元した。豚では、疾病罹患率の高いマイコプラズマ肺炎を対象とし、疾病の程度を0から3に数値化して還元した。
2) 枝肉の流通実態と衛生学的研究-解体処理(牛、豚)後の枝肉の搬出・搬入時の微生物汚染
本調査は、北海道帯広、青森県十和田、岩手県紫波、群馬県中央、埼玉県中央および東京都芝浦等の食肉衛生検査所および新潟県食肉衛生検査センターにおいて、と畜場で処理された枝肉の搬出(冷蔵庫から枝肉輸送車まで)を中心に、微生物汚染調査を行った。さらに枝肉の流通における衛生管理についても考察した。
3) と畜場への搬入家畜のSTEC O26およびO111の保菌状況
全国6個所の食肉衛生検査所(新潟県、群馬県中央、青森県十和田、宮崎県都農、神奈川県および大阪市食肉衛生検査所)において、平成12年9月から11月まで、と畜場に搬入された牛508頭(糞便)を対象として検査を実施した。STEC O26およびO111の分離方法は、ノボビオシン加mEC増菌培地で42℃、18時間培養後、それぞれ免疫磁気ビーズを用いて集菌し,O26はCT-RMAC培地およびO111はCT-SBMAC培地で分離した。さらに、O26およびO111同定、血清型別、毒素型別は常法によって行った。
4) 家畜が保有する可能性の高い疾病の危害評価と総合的検査法の確立
豚抗酸菌症の病変及び菌の分布に関する病理学的検索は、と畜検査において、抗酸菌症による病変(乾酪壊死、肉芽腫性炎)を認めた肉豚を調査対象とした。検査方法は、肉眼所見、組織検査および細菌検査により行った。
5) 牛海綿状脳症(BSE)に関する文献学的調査
1) BSEの発生状況
2) BSEの起源
3) v-CJDの感染源
4) v-CJDの発生状況
5) 診断
6) 潜伏期中のv-CJD患者と公衆衛生上の問題
の上記6項目について、文献を収集し、要約、整理した。
結果と考察
結果および考察=1) と畜場検査データの生産農場への有効的還元方法に関する研究
と畜場での検査データを詳細に解析して農場へ還元することにより、牛の尿石症は40.9%から9.1%に、泌尿器の炎症は31.8%から7.3%に減少が認められた。また、豚のマイコプラズマ肺炎については、今回病変の程度を数値化し、客観的評価を行ってデータを還元することにより、生産者は本症の発生を容易に理解することができた。生産者はワクチン接種、使用薬剤の変更、薬剤散布等の改善を行った結果、17農場中14農場において減少が確認された。
2) 枝肉の流通実態と衛生学的研究-解体処理(牛、豚)後の枝肉の搬出・搬入時の微生物汚染
枝肉の搬送時の作業状況調査、および拭き取り検査等の成績から、次の点が明らかとなった。
(1) 枝肉冷蔵庫、通路、懸肉室、せり場の搬送経路において、枝肉が施設の内壁、ドア枠および床等への接触が認められた。
(2) 枝肉搬出場として、ドックシェルターを有している施設は牛で1施設および豚で1施設のみで、他の施設はすべて屋外のプラットフォームで枝肉の積み込みが行われていた。牛枝肉では布製のミートラッパーで梱包されているものもあるが、豚枝肉ではほとんどは剥き出しの状態で積み込まれていた。牛枝肉搬送車の積み込み作業はベルトコンベアで行われているが、これらの清掃や保管状況の不適切なもの(表面への脂、肉片等のこびりつき)が見られ、生菌数105/cm2以上が検出されたもの、大腸菌群陽性のものが30%も認められた。プラットフォームから枝肉を搬送車に積込む際、作業者は長靴のままプラットフォームと搬送車荷室を往来しており、プラットフォームの床および作業者の長靴から生菌数102~105/cm2以上が検出され、大腸菌群70?80%が陽性であった。
(3) 枝肉搬送車には、枝肉をレールに吊り下げる「懸垂型」と荷室内に積み重ねる「横積み型」があり、その多くは横積み型であった。横積み型では荷台に枝肉を直接置くもの、作業者が長靴で枝肉の上に直接乗る場合が認められた。牛枝肉用搬送車荷台・側面の精菌数は、懸垂型で100~104/cm2、横積み型で100~105/cm2検出された。また、豚枝肉用では懸垂型で100~105/cm2、横積み型で100~105/cm2検出された。
(4) 作業従事者が、豚枝肉を搬送車に積み込む場合、担いだり抱きかかえて積み込み、衣服が直接枝肉に接触していた。その衣服は生菌数105/cm2以上のものが見られた。また、作業者の軍手は生菌数105/cm2以上のものが見られるのに対し、ゴム手袋では100~103/cm2と少なかった。
3) と畜場への搬入家畜のSTEC O26およびO111の保菌状況
全国6個所の施設で牛506頭を調査し、3個所の施設において、STEC O26陽性が3頭 (0.5%) 認められた。これらから分離された菌株はいずれも志賀毒素(Stx)1を産生した。また、STEC O111は1頭(0.2%)のみ陽性で、本菌もStx1産生菌であった。牛のSTEC O26およびO111の保有率はSTEC O157に比べ低いことが明らかになった。ヒト感染症で本菌によるものが増加しており、今後牛への浸潤についても継続的な調査が必要であると考えられる。
4) 家畜が保有する可能性の高い疾病の危害評価と総合的検査法の確立
豚抗酸菌症の病変及び菌の分布調査では、肉眼的に抗酸菌症が疑われた検体を調査対象としたが、病理組織学的並びに菌検索により確定された抗酸菌症は109頭中106頭(97.2%)であり、我が国のと畜検査員は肉眼的判定に高度の技術を有していることが明らかとなった。肉眼的病変は、腸間膜リンパ節に最も多く認められ(76.2%)、ついで下顎リンパ節に多く認められた(32.2%)。病理組織学的病変と菌分離は腸間膜リンパ節で同時に観察されることが多かった。下顎リンパ節や腸間膜リンパ節に病変が限局している例では他のリンパ節や主要臓器における病変形は認められなかった。
5) 牛海綿状脳症(BSE)に関する文献学的調査
1. BSEの発生状況
2000年6月の時点での英国での発生総数は176,954頭であり、全世界では181,375頭である。英国の発生は最盛期の1992?93年の15分の1に減少した。Veterinary Laboratories AgencyとOxford大学グループによる発生予測では、2001-2002年には3桁台に減少するとされている。
2. BSEの起源
これまではスクレイピー起源説が一般的であった。しかし2000年秋に英国政府のBSE調査委員会はスクレイピー由来、ウシ由来のいずれの説であっても、肉骨粉に混入したBSE病原体のリサイクリングが大流行を引き起こしたと考えられると発表した。
3. v-CJDの感染源
当初、v-CJDは疫学的所見からBSE感染による可能性が否定できないとされていた。その後、いくつかの実験的証拠が示され、BSEとv-CJDは同一の病原体によるものと結論されている。
4. v-CJDの発生状況 
v-CJDの患者数は毎年約20%増加、死亡数は約30%増加している。v-CJDの発生予測では、2000年にOxford大学のNiel Fergusonのグループが試算した結果、最大13万6000人と推定された。最終的な予測は十分にできないが、平均寿命よりも潜伏期が長くなければ、6000人以上になることはないだろうと推測されている。
5. 診断
プリオン病の診断法は、形態的、異常プリオン蛋白検出、感染性、およびマーカーによるものに分類できる。異常プリオン蛋白の検出キットが開発され、Prionics (発売元Roche), Enfer, フランス原子力委員会(CEA)(発売元Bio-Rad)のものが使用可能と判断した。Prionicsのキットは、スイス、フランス、ドイツ、スペインで、フランス原子力委員会のキットはベルギーで採用されている。欧州連合では2001年から30ヶ月令以上のウシはすべて、この検査の後に食肉として販売する方式を決定している。
6. 潜伏期中のv-CJD患者と公衆衛生上の問題
v-CJD発病の8ヶ月前に、虫垂摘出手術を受けた患者の虫垂にプリオンが検出された。これがきっかけで潜伏期中の患者の血液中の白血球による感染の可能性が問題になってきた。しかし、これまでにCJDが血液や血液製剤を介して伝播された報告は皆無である。
結論
安全で衛生的な食肉生産を行うことを目的とし、と畜場の検査データの生産者への還元方法、と畜場でと殺・解体した枝肉の流通(搬出・搬入)時の衛生管理およびと畜場への搬送家畜のSTEC保有状況、家畜が保有する可能性の高い疾病の危害評価と総合的検査法の確立、牛海綿状脳症(BSE)に関する文献学的調査、について調査・研究を行った。その結果、以下の結論を得た。
1. 家畜生産者がと畜場の検査データを活用し易いように、疾病状況の数値化等を行って還元することにより、牛および豚の疾病(廃棄)率は減少し、データ還元事業は有効であることが確認された。
2. 枝肉の搬出・搬入時において、接触する施設、器具、機材、搬送車および作業員(衣服・手袋等)において細菌(生菌数、大腸菌群)汚染の高いものが認められ、枝肉を汚染することが明らかとなった。今後、これらの衛生管理についても十分行うことが必要である。
3. と畜場への搬入牛のSTEC O26およびO111の保有率はO157に比して少なかった。しかし、ヒト感染症で本菌によるものが増加しており、今後牛への浸潤についても継続的な調査が必要であると考えられる。
4. 豚抗酸菌症の病変及び菌の分布を病理学的および細菌学的に検索した結果、肉眼的に抗酸菌症が疑われた検体のうち、病理組織学的並びに菌検索により確定された抗酸菌症は109頭中106頭(97.2%)であった。
5. 牛海綿状脳症(BSE)と、BSE感染により起きたとみなされる変異型クロイツフェルト・ヤコブ病(v-CJD)をめぐる問題について、現在までに公表されている関連文献を収集し要約した。本研究により、BSEに関連する諸問題の現状把握が可能となり、今後のBSEならびにv-CJDへの対応を考える上で重要なデータを提供することができたと考えられる。

公開日・更新日

公開日
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更新日
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