試験管内ALアミロイド線維形成機構の反応速度論モデルの開発、および生理的重合阻害分子並びに非ペプチド性重合阻害剤の探索(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200000674A
報告書区分
総括
研究課題名
試験管内ALアミロイド線維形成機構の反応速度論モデルの開発、および生理的重合阻害分子並びに非ペプチド性重合阻害剤の探索(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成12(2000)年度
研究代表者(所属機関)
内木 宏延(福井医科大学医学部病理学第二講座)
研究分担者(所属機関)
  • 下条文武(新潟大学医学部第二内科)
  • 上田孝典(福井医科大学医学部第一内科)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 特定疾患対策研究事業
研究開始年度
平成10(1998)年度
研究終了予定年度
平成12(2000)年度
研究費
5,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
全身性ALアミロイドーシスは、日本における代表的アミロイドーシスであるが、他のアミロイドーシス同様、有効な治療法はおろか発症機構の詳細は解明されていない。われわれは本プロジェクトで、ALアミロイド線維形成・沈着機構の解明、及び沈着阻害剤開発を目指している。今年度は、以下の3項目を研究目的とした。(1)全身性ALアミロイドーシス症例臓器あるいは患者尿のさらなる集積を行う。(2)試験管内ALアミロイド線維形成機構の反応速度論モデルを確立し、ALアミロイド線維形成・沈着の分子機構を解明する。(3)試験管内アミロイド線維形成を阻害する生体分子、及び有機化合物を探索する。
研究方法
(1)症例の集積:昨年度同様、全身性ALアミロイドーシス症例の剖検があった場合、必要十分量のアミロイド沈着新鮮凍結臓器を採取・収集出来るように、全国の関連する病理医、及び臨床家に呼びかけた。(2)ALアミロイド線維、及びAL蛋白の精製:新鮮凍結組織を解凍後、Pras法にて粗抽出し、さらに10万×g超遠心、及び50-60 %不連続ショ糖密度勾配超遠心によりALアミロイド線維を精製した。精製ALアミロイド線維の一部を6 M尿素で可溶化後、ゲルろ過クロマトグラフィーで分子量別に単体AL蛋白を分画、精製した。症例2、7については、HPLCによる高純度精製を行った。精製線維の電顕観察、及び精製線維並びにAL蛋白の様々な生化学的解析を行った。(3)ALアミロイド線維伸長の反応速度論的解析:各症例より得られた精製AL蛋白を、単独で、あるいは精製ALアミロイド線維と共に37℃で反応させ、アミロイド線維形成・伸長を、電顕観察、及びチオフラビンT (ThT)を用いた分光蛍光定量法により評価した。(4)線維伸長反応に及ぼす各種生体分子ならびに有機化合物の影響解析:症例2、7のpH7.5における伸長反応溶液に、種々のアミロイド共存分子、及び有機化合物を加え、反応開始6ならびに24時間後の電顕像、及びThT蛍光量を評価した。
結果と考察
(1)今年度は全国より新たに5症例の全身性ALアミロイドーシス症例臓器あるいは患者尿を集積し、3年間で集積した計13症例について臨床的、病理学的に解析した。患者は女性9例、男性4例で平均年齢は58.8才、λ型7例、κ型5例、及び現在検討中1例であった。尿中BJPは、症例2、7、8を除き全例に認められた。骨髄形質細胞比率は、症例3、5、10で10%を越え、多発性骨髄腫に合併したALアミロイドーシスと位置付けられた。初発症状は、うっ血性心不全症状が最も多く、労作時呼吸困難(症例2、4、6)、全身浮腫(症例7)を認めた。症例3、8、11はネフローゼ症候群で、症例9は下肢のしびれ感を認めた。直接死因は、症例8、10-12を除き心アミロイドーシスを基盤としており、症例1、2は左房内血栓に起因した脳梗塞により、症例2、3、5、6、9は心室細動等の不整脈により、症例4は慢性左心不全による肺うっ血ならびに続発性肺炎により、症例7はうっ血性心不全による胸水貯留、呼吸不全により死亡していた。また、症例8は腎不全、症例10は多臓器不全により死亡していた。症例8、10-13を除き全例とも臨床症状を反映して心に高度のアミロイド沈着を認めた。さらに、症例1、2では肺に、症例3、8、9では腎に、症例6、7、10、13では肝に、症例3、6-9では脾に、症例5では舌・皮膚に、症例9では坐骨神経に、それぞれ高度のアミロイド沈着を認めた。今回、上記症例のうち4例の全身性ALアミロイドーシス剖検例(症例2:57歳女性、症例3:44歳女性、症例6:55歳男性、症例7:68歳女性、いずれもλ型)並びに生体肝移植症
例(症例13:55歳男性、κ型)の新鮮凍結臓器(症例2:肺、症例3:脾、症例6:脾、症例7:脾、症例13:摘出肝)よりALアミロイド線維、及びAL蛋白を精製した。(2)上記精製法により、電顕観察にて、幅約10 nmの典型的アミロイド線維を得た。還元条件下にTricine-SDS-PAGE法を行い、各精製ALアミロイド線維溶液中に複数のバンドを認めた。ウェスタンブロッティングを行い、各症例とも57 kDa以外のバンドは抗ヒトλ・κ抗体で陽性に染色され、症例ごとに各フラグメントの分子量が異なっていた。一般にALアミロイドーシスは、腫瘍性形質細胞の分泌するモノクローナルな軽鎖が蛋白分解酵素による限定分解を受けた後にアミロイド線維に重合し、組織に沈着するとされている。上記結果は、AL蛋白の一次構造が症例ごとに異なっているため、蛋白分解酵素による限定分解に多様性が生じたことを示唆している。さらに上記結果は、分子量の異なる複数のλ・κ鎖フラグメントが、アミロイド線維形成に不可欠の共通領域(おそらく可変領域の一部)を介して1本のアミロイド線維を構成することを示唆しており大変興味深い。(3)症例2、7の高純度AL蛋白のアミノ酸一次配列を解析したところ、いずれもλ鎖可変領域N末端に一致した。さらに、症例2の高純度AL蛋白の二次構造を遠紫外域CDスペククトルで解析したところ、中性pH域で既にかなりランダムな構造を取っており、pHを変化させても明らかな構造変化を認めなかった。(4)ALアミロイド線維伸長の反応速度論的解析:(i) 線維伸長反応の至適pHは、ほとんどの症例で酸性域(症例2:pH 2.5、症例3:pH 3.5、症例6:pH 2.0、症例13:pH 2.5)にあったが、症例7では中性域(pH 7.5-8.0)にあった。また、症例2、7は酸性域、中性域に二峰性のピークを示し、症例2は中性域でも線維伸長を認めた。上記の通り、症例2の高純度AL蛋白は中性pH域で既にかなりランダムな構造を取っており、pHを変化させても明らかな構造変化を認めなかった。これは、プロテアーゼによるフラグメント化により、免疫グロブリン軽鎖のコンパクトな立体構造がほぐれたためと考えられ、このことが、いずれの症例においても、程度の差こそあれ酸性・中性の両方で線維伸長を認める要因なのではないかと考えている。(ii) ほぼ完全な軽鎖に比べ、そのフラグメントである低分子量AL蛋白を用いた方が反応が起こりやすかった。(iii) 上記全症例において、低分子量AL蛋白を用いた線維伸長反応を解析したところ、いずれも反応開始後蛍光はラグタイム無く増加し、やがて平衡に達した。個々の症例により平衡に達するまでの時間は異なった。従って、反応開始後蛍光が直線的に増加する範囲で伸長初速度を求めた。この結果、伸長初速度はALアミロイド線維の数濃度に比例し、重合初速度はAL蛋白濃度に比例し、各AL蛋白濃度での伸長初速度は、重合初速度と脱重合速度(一定)の和で表された。以上より、ALアミロイド線維伸長が普遍的に一次反応速度論モデルに従う事を証明した。われわれはこれまでに、種々のヒト・マウスアミロイド線維伸長も同モデルで説明できることを明らかにしているが、今回の結果より、同モデルがアミロイド線維形成の普遍的モデルであることが明らかになった。(iv) 電顕観察により、症例2、7以外の3症例においても、中性pH域で線維伸長が起こることを確認した。(v) 症例2、7において、低分子量AL蛋白単独でインキューベートする事で線維形成が起こることを確認した。(5)ALアミロイド線維伸長は、アミロイド共存分子のアポE、α1-ミクログロブリン、及びフィブロネクチンにより阻害され、デルマタン硫酸により促進された。現在作業仮説として、生体におけるアミロイドの沈着は、前駆蛋白からの線維形成・沈着の各段階における様々な生体分子の促進・阻害効果の総和として起こると考えている。また、抗酸化剤NDGAが線維伸長を阻害した。抗酸化剤のモチーフを持つ有機化合物がアミロイド線維形成を阻害することが知られているが、上記結果は、このモチーフを基に合成展開を行い、ALアミロイド線維形成阻害剤を開発できる可能性を示唆している。また今回開発した実験系は、これ
らの阻害剤をスクリーニングする際の基本的分析手段として利用できる。
結論
平成11年度までに集積した全身性ALアミロイドーシス8症例に加え、今年度は新たに5症例を追加集積し、臨床的、及び病理学的に解析した。次いでこれら13症例のうち5例の新鮮凍結臓器よりALアミロイド線維およびAL蛋白を精製し、AL蛋白の一次・二次構造解析を含めた種々の生化学的解析を行った。さらにこれらのALアミロイド線維およびAL蛋白を用いて、ALアミロイド線維伸長が普遍的に一次反応速度論モデルに従う事を証明し、多くの場合伸長の至適pHが酸性域にあるものの、中性pH域でも線維伸長が起こりうることを明らかにした。最後に、線維伸長が種々の生体分子による修飾を受け、有機化合物により阻害されうることを明らかにした。

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