家族性及び外因性プリオン病の発症遅延方策に関する介入研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200000671A
報告書区分
総括
研究課題名
家族性及び外因性プリオン病の発症遅延方策に関する介入研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成12(2000)年度
研究代表者(所属機関)
片峰 茂(長崎大学)
研究分担者(所属機関)
  • 北本哲之(東北大学)
  • 毛利資郎(九州大学)
  • 堂浦克美(九州大学)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 特定疾患対策研究事業
研究開始年度
平成10(1998)年度
研究終了予定年度
平成12(2000)年度
研究費
24,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
プリオン病は発病すると手の施しようがなく、発病させないつまり発病遅延をさせる方策を開発することが緊急の課題である。しかしながら有効性の裏付けのある方策は未だ存在せず、臨床現場での患者(保因者)を対象とした介入研究には未だ倫理的に問題が多い。我々は現時点においては、プリオン病モデルを利用した薬剤の有効性評価系の確立と、発症遅延方策のための新規の薬剤・方法論の開発が何よりも先決であると考えた。プリオン病の本態が正常プリオン蛋白 (PrPC) の異常プリオン蛋白 (PrPSc) への翻訳後変換であることが判明しているため、この変換制御が発症遅延方策の眼目となる。また PrPC 発現量がプリオン病の潜伏期を規定することから遺伝子治療による PrPC発現制御も有望な試みであり、特徴的なプリオン病脳組織病変(海綿状神経変性)形成に直接関与する細胞因子も発症遅延薬剤の標的となりうる。2000年度は、 (1)マウスプリオン病モデルを用いて既知あるいは新規の薬剤(方策)の有効性を検討すること、(2) プリオン蛋白と物理的に相互作用をするペプチドをプリオン蛋白変換制御物質の候補として検索すること、(3) PrPSc への異常化が起こらない外来性PrPによる内在性PrP異常化抑制効果を検討し外来性PrP遺伝子による遺伝子治療の可能性を探ること、を具体的目標とした。
研究方法
(1) 文献的に選択し、候補薬剤として選出したアムフォテリシンB(AmB)、クロロキン(Cq)、フタロシアニン(Phc)、マンノースアミン(Mn)についてマウスプリオン福岡1株の脳内あるいは腹腔内接種の系で発症遅延効果を検討した。(2) ハムスター型プリオン蛋白を発現する遺伝子改変マウスTg7マウスに1%263K脳乳剤20ulを脳内に接種後1.5週目または5週目にAlzet(r)浸透圧ポンプをマウス皮下に埋め込み脳内にカニューレを留置することにより脳内への持続的な薬液注入を4週間行い、マウスが死亡するまでの潜伏期間への効果を検討した。培養細胞を用いた病原性プリオン蛋白生成阻害剤の探索により有効性を認めたreactive green、quinine, E-64d、quinacrineについて本法により発症遅延効果を検定した。 (3) PrP への結合を直接証明した3種類のペプチドの異常プリオン蛋白への試験管内での影響、とくにプロテネースK抵抗性に及ぼす効果を検討した。(4) ヒト・マウスキメラ型プリオン蛋白を導入したトランスジェニックマウスとして、Tg-ChM#30とTg-ChV#12, #21の感染実験を行った。また、ノックアウトマウスとの交配によって、マウスのプリオン蛋白のablated (0/0)、heterozygous (W/0)、wild (W/W) backgroundのトランスジェニックマウスを作製し、感染実験を行った。発現量を野生型マウスの発現量と比較したところ、Tg-ChM#30が0.7倍、Tg-ChV#12が2倍、Tg-ChV#21が4倍の発現量を示した。さらにマウスのプリオン蛋白遺伝子を改変したTg-flag (シグナルペプチドのあとのN末端KKの後にflag tagを挿入し、また3F4 epitope tagも導入したトランスジェニックマウス)とTg-FFI(マウスのプリオン蛋白遺伝子のコドン177AspをAsnに変更したもので、ヒトのFFIの変異に相当する変異を導入したトランスジェニックマウス)の感染実験を行った。感染実験に使用したヒトの脳乳剤は、孤発例古典型CJDの一例であり、また、マウスのプリオン株としては、福岡1株を主に使用した。
結果と考察
(1)プリオン接種7日前からAmBを投与したマウスでは潜伏期間は平均180日±5.1となり対照マウスの平均146日±4.0に比べて34日の延長が認められた。一方、プリオン接種後60日を経過してAmB投与を開始したマウスでは、潜伏期間は平均161日±11.6で対照マウスに比べて15日間
の延長が認められた。クロロキン(Cq)についても、脳内接種前14日からCq投与を始めたグループのなかで100mg/Kgdayと最も濃度の高い投与群のみ、有意に延長(18日)した。(2) E-64dは3.2 nmol/day x 4 weeks投与群では1%263K脳乳剤接種後5週目より脳内持続投与を開始しても対照群に比して発症遅延する傾向が見られたが統計学的には対照群と有意差は認められなかった。quinacrineは、脳内接種後5週目より投与を開始したもので0.3 nmol/day x 4 weeks投与群でも1.6 nmol/day x 4 weeks投与群でも対照群に比し6日間(52日→58日)の有意な発症遅延効果が見られた。 reactive green 19は4 ug/day x 4 weeks投与群で1%263K脳乳剤接種後1.5週目より脳内持続投与を開始したものでは対照群に比して10日間(52日→62日)の有意な発症遅延効果が見られた。quinineはいずれも脳内接種後5週目より脳内持続投与開始1.6 nmol/day x 4 weeks投与群で対照群に比して11日間(52日→63日)の有意な発症遅延効果が見られた。(3)リコンビナント PrP (129-231) への結合活性を有する3種類の12-merペプチドのうち一つに、試験管内で直接PrPScのprotinase K抵抗性を消失させる活性があることが判明した。この活性には100倍以上のモル濃度のペプチドが必要であること、24時間以上の反応時間が必要であることが判った。今後マウスモデルでの発症遅延効果が確認できれば有望な薬剤となる。(4) Tg-ChM#30に関するヒト・プリオンによる感染実験の結果は、0/0バックグランドでは150日±15.2日、W/0バックグランドでは215日± 30.8日、W/Wバックグランドでは375日±45.5日という結果であった。これは、0.7倍に発現しているレコンビナント・ヒト型プリオン蛋白の異常化を野生型のマウスプリオン蛋白が発現量依存性に阻害していることを示している。W/Wバックグランドで、Tg-flagシリーズの感染実験を行ったところ、マウス・プリオン福岡1株に対する潜伏期間は、Tg-flag#6が172日±8.1日、Tg-flag#7が182日±11.0日、Tg-flag#11が249日±8.8日であった。また、0/0バックグランドでも感染が成立したので、conversion competentのflag/3f4レコンビナントプリオン蛋白の共存が、発現量に応じて潜伏期間を延長することが確かめられた。さて、FFI型トランスジェニックマウスは、家族性プリオン病のモデルとして開発したが、現時点では自然発症は認められず、また0/0バックグランドでの福岡1株とマウスのFFI株による感染成立も観察されていない。つまり、現時点ではconversion incompetentのプリオン蛋白である。このconversionincompetentのプリオン蛋白が、感染の抑制に有効であることを示す一つの典型例である。
結論
プリオン病モデルを利用した薬剤の有効性評価系の確立と、発症遅延方策のための新規の薬剤・方法論の開発を目的として研究を遂行し、以下の成果を挙げた。(1) 既知薬剤のうちアンフォテリシンBの効果をCJDマウスモデルで初めて確認した。またプリオン接種後60日よりの後期投与の有効性も明らかにした。(2) マウス脳内薬剤持続注入系を用いてQuinacrine、Quinine、Reactive green 19によるプリオン接種マウスの発症遅延効果を初めて明らかにした。(3) 試験管内で異常PrP(PrPSc)のプロテアーゼ抵抗性を喪失させる活性(逆変換能)を有するペプチドを同定した。(4) 異常化の起こらない外来性PrPによる内在性PrPの異常化抑制効果を明らかにし、外来性PrP遺伝子を用いた遺伝子治療によるプリオン病発症遅延に展望を拓いた。

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