白血球浸潤を標的とした進行性腎障害の進展抑制に関する研究

文献情報

文献番号
200000663A
報告書区分
総括
研究課題名
白血球浸潤を標的とした進行性腎障害の進展抑制に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成12(2000)年度
研究代表者(所属機関)
名取 泰博(国立国際医療センター研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 堀田 修(仙台社会保険病院)
  • 斎藤喬雄(福岡大学)
  • 今井俊夫(カン研究所)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 特定疾患対策研究事業
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
平成13(2001)年度
研究費
20,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
種々の腎疾患で白血球浸潤が観察される。間質への単球やTリンパ球の浸潤は多くの腎疾患で見られ、また半月体性糸球体腎炎など炎症性の強い疾患ではこれらの細胞の糸球体浸潤も観察される。さらに現在では、ほとんど炎症性変化がないと言われている腎疾患においてもその発症・進展に白血球が関与する可能性が考えられている。また白血球浸潤から繊維化へと続く尿細管間質病変の進展を抑制することは腎機能維持に重要との認識が広まりつつある。本研究では糖尿病性腎症を含めた種々の腎疾患の進展、特に糸球体病変から二次的に起きる尿細管間質病変の進展過程における、・白血球(特にマクロファージ、肥満細胞)及びケモカインの役割に関する解析、・これらの成果を踏まえた診断・治療への応用、について研究を行う。
研究方法
肥満細胞に関する研究:野性型及び肥満細胞欠損ラット(WsRC-Ws/Ws)の左腎を摘出した後に、ピューロマイシンアミノヌクレオシド(PAN)を1.5 mg/kgを計4回投与して腎症を惹起した。半月体性糸球体腎炎はWKY系ラットに抗糸球体基底膜抗体を投与することにより、腎間質繊維症はミクロスフェアーを腎動脈に投与することによりそれぞれ惹起した。間質の繊維化はマッソントリクローム染色による定性的解析及びヒドロキシプロリン量の測定によるコラーゲン量の定量により判定した。肥満細胞の検出は同細胞の特異的マーカーとされるrat mast cell protease I (RMCPI)の免疫染色で行った。
腎生検標本及び尿に存在する巨大化マクロファージ(GM)に関する研究:各種腎疾患の腎生検標本を用いGMの存在の有無とその程度及びGMの発現する抗原を検索した。また尿中のGMの存在とその数及び尿中GMが発現する抗原についての解析、尿中落下細胞を培養し培養細胞におけるCD68抗原の発現の有無の検索、尿中微量コレステロール(主体はHDLコレステロール)の測定と尿中GMとの関連についての解析も行った。
糖尿病性腎症におけるマクロファージの役割に関する研究:糖尿病性腎症43例と対照群の非糖尿病10例の腎生検標本で、各種白血球表面抗原マーカーとともに、糖酸化物であるカルボキシルメチルリジン、脂質過酸化物である酸化ホスファチジルコリンおよびスカベンジャー受容体に対するモノクローナル抗体を用い、免疫組織化学染色を行った。陽性細胞を各糸球体毎に計測し、糸球体の病変(Gellman分類、結節の有無)の程度と比較検討した。
フラクタルカイン及びフラクタルカイン受容体(CX3CR1)に関する研究:抗ヒトCX3CR1ポリクローナル抗体、抗ヒトフラクタルカインモノクローナル抗体及び抗マウスCX3CR1モノクローナル抗体はそれぞれ適切な合成ペプチドをKLHに結合させたものを抗原として調製した。CX3CR1を有する白血球の解析は我々が作製した抗ヒトCX3CR1モノクローナル抗体(2A9-1)を用いて行った。
結果と考察
c-kit遺伝子の一部が欠損したラット(WsRC-Ws/Ws)においては正常に比べて肥満細胞数が非常に少ない(通常この動物は「肥満細胞欠損」と呼ばれている)。このラットを用いて腎炎モデルにおける肥満細胞浸潤と間質繊維化との関連を調べた結果、肥満細胞の集積は間質繊維化に先行するが、肥満細胞数の少ないラット(同モデルの腎では少ないながら肥満細胞が検出されたため「肥満細胞欠損」ではなかった)においても繊維化が進行し、その程度は正常ラットよりも有意に強いことが明らかとなった。これらの結果から、臨床検体を用いた研究から示唆されている間質繊維化への肥満細胞の関与については、促進的ではなくかえって抑制的に作用することが示唆された。またヒト腎疾患では肥満細胞は糸球体内には見られないと報告されているが、動物モデルにおいてはその初期に糸球体内肥満細胞が観察されることがわかった。今後、糸球体への肥満細胞集積についても欠損動物などを用いることによりその役割を明らかにし、診断や治療の標的となる可能性を調べる予定である。
正常腎組織にはGMは存在せず、非選択的蛋白尿を有する症例において尿細管腔内を中心にGMをみとめた。症例の一部では尿細管上皮細胞の一部、Bowman's capsuleの一部、糸球体上皮細胞の一部にもCD68の陽性所見をみとめた。腎組織のGMはCD68、25F9、vimentin陽性でcytokeratin陰性、胞体内にしばしば脂肪球を有することがわかった。また腎組織中の単位尿細管腔数当たりのGM数は非選択的蛋白尿の程度と相関した。尿中GMの一部はサイトケラチン陽性であることが判明し、同細胞の起源として尿細管上皮細胞が推測された。さらにヒト尿から尿細管上皮細胞を培養し、その性質を調べたところ、マクロファージのマーカーであるCD68が陽性であることがわかり、この推測が支持された。生体内では尿細管上皮細胞はCD68陰性であることから、培養の過程で形質転換が起こったと考えられる。またGMは多くの脂質を含むことから尿中脂質の重要性を考え、新たに開発した尿中微量コレステロールの測定系を用いて検討したところ、この値が種々の腎症の進展とよく相関することを明らかにし、診断的有用性を示した。また腎症患者尿中のリポ蛋白質は電荷のないHDLが主体であった。以上の結果から、GMは成熟型マクロファージの形質を有するが、その由来はprotein-loading cytopathy (HDLが関与?)を受けた上皮細胞(尿細管上皮細胞、Bowman上皮細胞、糸球体上皮細胞)である可能性が示された。これまでこれらの上皮細胞がマクロファージ関連抗原を有するようになることが臨床及び動物を用いた研究から報告されているが、本研究によりこれらの現象が疾患の進展と関連する可能性が示され、診断や治療の標的となり得ることが示唆された。また実際、尿中GMの解析は非選択的蛋白尿に伴うprotein-loading cytopathyの視標となり得ることが本研究から明らかとなり、予後の推定、治療効果の評価に有用であると考えられた。
一方、種々の腎炎と同じく糖尿病性腎症においても糸球体へのマクロファージの浸潤は病変の進展とともに増加した。また、結節病変を有する糸球体では有意な増加が見られたが、リンパ球ではその傾向は明らかでなかった。糖化蛋白質の指標のひとつであるカルボキシルメチルリジンは拡大したメサンギウム領域と結節の一部に認められ、過半数のマクロファージ内にも陽性であった。さらにカルボキシルメチルリジン陽性マクロファージも病変の進展とともに増加し、結節性病変を有する糸球体では有意に増加していた。また、酸化ホスファチジルコリン陽性マクロファージでも同様の所見が得られた。カルボキシルメチルリジン陽性および酸化ホスファチジルコリン陽性マクロファージの過半数にはスカベンジャー受容体が発現していた。以上の結果から、糖尿病性腎症においてもマクロファージの浸潤は病変の進展に関与すると考えられる。本研究で、病変の進行とともにカルボキシルメチルリジン陽性および酸化ホスファチジルコリン陽性マクロファージが増加し、スカベンジャー受容体の発現も見られたが、このような所見については従来報告がない。この結果は、糖尿病においてメサンギウムに沈着した糖酸化物や脂質酸化物は浸潤したマクロファージにおいて発現したスカベンジャー受容体を介して取り込まれ、病変形成やその進行に関与することを示唆する重要な意義を含んでいる。
ヒト末梢白血球を用いたフラクタルカイン受容体(CX3CR1)発現細胞の解析から、CX3CR1はキラーリンパ球に特異的なケモカイン受容体であり、他のケモカイン受容体CCR5などには見られない発現様式を示していることが明らかとなった。したがって、進行性腎疾患における細胞浸潤には、CX3CR1-フラクタルカイン系の働きが関与している可能性がさらに濃厚となった。フラクタルカインは血管内皮細胞上に発現されることから、キラーリンパ球を特異的に組織に動員するという役割を果たすと考えられる。またマウスCX3CR1に対するモノクローナル抗体の作製に成功し、今後の腎疾患動物モデルへの利用が可能となった。
結論
進行性腎障害の病態解析の一環として、肥満細胞は腎間質繊維化に抑制的に作用すること、種々の腎炎への関与が指摘されてきたマクロファージは代謝性疾患である糖尿病性腎症においても関与することを示した。また進行性腎障害に対して広く応用可能な新規診断法として、尿中コレステロールの測定の有用性を示した。種々の腎疾患への関与が示唆されているキラーリンパ球に特異的なケモカインとしてフラクタルカインを同定し、さらに今後の腎疾患研究への応用に有効なフラクタルカイン及びその受容体に対する種々の抗体を作製した。

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