筋萎縮性側索硬化症の病態の診療指針作成に関する研究

文献情報

文献番号
200000661A
報告書区分
総括
研究課題名
筋萎縮性側索硬化症の病態の診療指針作成に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成12(2000)年度
研究代表者(所属機関)
今井 尚志(国立療養所千葉東病院)
研究分担者(所属機関)
  • 島 功二(国立療養所札幌南病院)
  • 木村 格(国立療養所山形病院)
  • 福原信義(国立療養所犀潟病院)
  • 湯浅龍彦(国立精神神経センター国府台病院)
  • 春原経彦(国立療養所箱根病院)
  • 大原慎司(国立療養所中信松本病院)
  • 難波玲子(国立療養所南岡山病院)
  • 藤井正吾(国立療養所高松病院)
  • 福永秀敏(国立療養所南九州病院)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 特定疾患対策研究事業
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
平成13(2001)年度
研究費
10,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
従来ALSの診療では,不治の病であるため医師は診断後まず病気について家族に説明し、家族の判断で患者に告知するかどうか決められ、しばしば患者に真実を告げるよりも知らせない配慮が優先された。近年インフォームドコンセントが叫ばれ医療における患者の自己決定権が重視されてきているが、ALSであることを患者にどのように告知するかの方法論の検討は十分ではない。また最近は医療機器及びケア技術が著しく進歩し、栄養管理の方法として内視鏡的胃瘻増設(PEG)や呼吸管理として従来の気管切開を行って使用する侵襲的人工呼吸療法に比較し、より簡便な鼻マスクを使用する非侵襲的人工呼吸療法(NIPPV)を使用する患者が増加している。しかしALSにおいてどの程度の嚥下障害の時期にPEGを行ったらよいのか、またどのような患者で肺活量など呼吸機能がどの程度に低下したらNIPPVを検討すべきかなど具体的方法の検討は殆どなされていない。一方、病気を受容したうえで、延命治療は希望せず人生を全うする患者も少なくない。終末期のALS患者はしばしば呼吸困難や体の痛みを訴え、緩和ケアのための酸素やオピオイドの具体的な使用方法の確立が求められる。病気の告知から症候管理・栄養管理・呼吸管理・緩和ケアに到るまでこれまでのような施設ごとに対応が異なるのではなく、どのような病態のときにいかなる処置を行なえばよいか確立して診療指針を作成することを目的とした。
研究方法
米国の診療指針では、告知・症候管理・栄養管理・呼吸管理・緩和ケアの5項目について具体的な対処方法が記載されている。本研究では上記5項目のほかにコミュニケーション・在宅医療の項目を加え班員を各項目別に割り当て、マニュアルやデータベースのプロトコールの原案を作成した。また、 ALS診療の世界的権威で、米国の診療指針作成にも参加された三本先生(コロンビア大学)にアドバイザーとして参加していただき、多くの貴重な示唆を得た。
結果と考察
#告知とインフォームドコンセント
ALS患者のインフォームドコンセントにおいては、患者個々の心理的状況をその場その場で的確に捉えサポートを行いながら実施していく必要があり、そのためには専門的な知識や経験が必要となってくる。春原は、心理療法士と連携を取りながらインフォームドコンセントの問題点を検討し、1.病名告知直後の心理面接は特に重要であり、時間を十分にかけて行う必要がある 2.人工呼吸器装着の有無に関する確認作業は、具体的な装着状況を理解させた上で、できるだけ早い時期に行う必要があると報告した。
また、湯浅はインフォームドコンセントのあり方について患者家族に座談会形式で聴取した結果、1)患者の状況に応じた段階的告知が好ましい 2)ALSにおけるインフォームドコンセントは受容と決定の過程がより深い意味を持つ 3)誰が何時どの様に伝えるかという問題では医者の資質が問われ、チーム医療の重要性、患者会の役割が確認されたとしている。
呼吸器装着の選択に当っては、医学的な情報のみならず、患者の生活がどのようにサポートされ得るかについての情報も提供される必要がある。大原らは、患者側に必要とされる情報は何かについて、社会福祉学における「岡村理論」に基ついて考察した。
#症候管理
島は自験例の検討から、流涎には抗コリン剤・硫酸アトロピンや持続吸引、四肢や背部の疼痛にはマッサージ・理学療法・湿布・塗り薬が、頭痛には鎮痛剤の座薬や内服が、腹痛にはH2ブロッカーの内服や静注がなされていたと報告した。
#コミュニケーション
大原は、コミュニケーション障害の補助代替法(AAC:assistive augumentative communication)の使用状況を調査し、 AACの方法の選択には構音障害と手指の機能障害の程度の評価が重要であると報告し、症状の進行に合わせた入力方法の工夫と,現行の入力機器・AAC機器の改善や情報提供、学習支援の必要性を指摘した。
藤井は自験例の検討から、コミュニケーション困難例では看護婦が透明文字板を使用し、パソコン指導・ナースコール改良は作業療法士が行っており、ALSの長期療養にはコメディカルとの連携が不可欠であると述べている。
#栄養
木村は全国の国立療養所にアンケートを送付して調査した結果、4%を占めており、摂取熱量は入院、外来とも1000Cal以上1200Cal未満が最多であった 2.経腸栄養を施行している患者の約1/4がナトリウムを追加投与されており、亜鉛、銅なども一部の施設で投与されていたことを明らかにした。そして、市販の経腸栄養製剤による長期の経腸栄養では、低ナトリウム血症や銅欠乏への注意が必要であると指摘した。
福原は、ALS患者の発症から生存および人工呼吸器装着までの期間に及ぼす内視鏡的胃瘻造設術(PEG)の影響について検討し、 ALS患者において生存期間、人工呼吸器装着までの期間がPEG施行により延長する効果は明らではなかったと報告した。
#呼吸
湯浅らは複数多施設でのNIPPV使用例の検討から、NIPPVを導入する目的により、延命医療と緩和医療とでは適応基準を明確に分けて考える必要があると報告した。
#緩和ケア
島は入院中に死亡した自験例について、死亡2ヶ月前からなされた加療内容を諸外国からの報告と比較検討し、緩和ケアの内容は欧米と似ているが、酸素投与以外は各種薬剤使用量が少量であり、その原因を副作用への懸念であると報告した。
今井はNIPPVを使用しながら緩和ケアを行った経験から、NIPPV がCO2ナルコーシスを妨げたことで緩和ケアの期間を延長させ、苦痛を増長する可能性について示唆した。緩和ケアを必要とするALS患者にNIPPVを使用する場合、適応を慎重に検討する必要があると報告し、NIPPV導入の時期と適応について検討した。
難波は、全国の国立療養所神経内科へのアンケート結果から、終末期の苦痛の緩和のために酸素や各種薬物療法を積極的に行う考え方が普及してきていることを明らかにした。また、自験例で酸素・オピオイド等の投与やNIPPVにより苦痛が軽減し、終末期まで在宅療養を継続できた症例も増加してきたと報告し、今後は各種療法の具体的方法論を確立していく必要があると述べている。
#在宅療養
福永は、円滑な在宅医療を可能とする因子を単回帰分析にて検討し、1.患者本人・介護者とも、性・年齢は直接的な関連因子となっていないこと、2.介護者の存在が在宅療養に必須であること、3.球麻痺が阻害因子となり得ること等を明らかにした。また、在宅療養中の患者とそれ以外の患者を比較したところ、専門看護婦やソーシャルワーカーとの関わりに関し、在宅療養中の患者はオッズ比が有意に高値であったと報告した。
結論
日本における ALS診療と症状への対応は、American Academy of Neurologyのガイドラインとの対比でも明らかなように、欧米と必ずしも共通していない。現在、日本神経学会治療ガイドライン委員会でも、エビデンスに基づくALSの薬剤のガイドライン作成が進行しているが、診療指針作成に寄与するエビデンスの蓄積が、今までのところ日本にはほとんどないと言っても過言ではない。本研究班は、日本神経学会・本研究班以外の厚生省特定疾患対策研究班・脳科学研究推進事業による研究班等と、密接な連絡をとりながら研究を遂行していく必要がある。

公開日・更新日

公開日
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更新日
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