希少性疾患における遺伝子発現変異の包括的解析のための遺伝子発現データベースの構築に関する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200000653A
報告書区分
総括
研究課題名
希少性疾患における遺伝子発現変異の包括的解析のための遺伝子発現データベースの構築に関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成12(2000)年度
研究代表者(所属機関)
油谷 浩幸(東京大学先端科学技術研究センター)
研究分担者(所属機関)
  • 児玉龍彦(東京大学先端科学技術研究センター)
  • 椙村春彦(浜松医科大学病理学)
  • 和田洋一郎(東京大学駒場オープンラボラトリー)
  • 中島淳(横浜市立大学第三内科)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 特定疾患対策研究事業
研究開始年度
平成11(1999)年度
研究終了予定年度
平成13(2001)年度
研究費
40,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
本研究班では、「遺伝子発現プロファイルの臓器別データベースを整備することにより、原因不明の疾患において罹患している臓器においてその遺伝子発現を解析し、発現変動を生じている遺伝子群を包括的に捉え、治療法開発のための最適の標的となる代謝パスウェイを見いだすこと」にある。そのために網羅的遺伝子発現プロファイル解析法として、GeneChip (Affymetrix)による解析法の周辺関連技術の開発および取得したデータをデータベース化し、臨床検体あるいはモデル動物組織の解析への応用についてのフィージビリティを検討する。
研究方法
平成12年度は3年計画の第2年度として、第1年度に構築した遺伝子発現プロファイルのデータベースの拡充を進めた。さらに公開用サーバーの準備と微量検体からの発現プロファイル解析法に関する基礎的検討やデータ解析法の開発に着手した。さらに、解析の実際については、分担研究者において、糖原病患者肝における遺伝子発現プロファイル解析(椙村)、原発性高脂血症に見られる動脈硬化症進展に重要と考えられる泡沫細胞化病変における遺伝子発現の変化に関する研究(児玉・和田)を前年度に引き続き行い、新たに炎症性腸疾患におけるトランスクリプトーム解析(中島)に着手した。
(1)オリゴヌクレオチドアレイ法(GeneChip)による試料解析法に関する検討 1)微量RNA試料解析法の検討 ヒトの組織あるいは特定の細胞種について解析を行うためには得られる検体量が限られることが多く、より微量の検体での解析が望まれる。組織からの特定な細胞の選択的な収集にはマイクロダイセクション法を用いた。凍結した組織からミクロトーム(Leica社製)を用いて5.0-7.5(m厚の切片を作成し、LM200(Arcturus社)あるいはLMD(Leica社)を用いて胃粘膜細胞のみを選択・収集した。キャップ上に回収された組織より精製した10~100ngの全RNAからT7付加オリゴdTプライマーによる逆転写反応、T7 RNAポリメラーゼによるin vitro 転写反応によりcRNAを合成した。ランダムプライマーによりcDNAを作成し、再びT7 RNAポリメラーゼによる増幅を2回繰り返し、最後のin vitro 転写反応の際にビオチン化UTPおよびCTPを用いてcRNAを標識した。ハイブリダイゼーション反応終了後、フィコエリスリン標識ストレプトアビジンを用いて結合したRNAを染色し,蛍光強度を算出した.
2)複数検体データ処理法の検討
8人からの正常肝組織RNA試料およびそれらのRNAを等量ずつプールした試料を用いてU95Aアレイによる解析を行い、比較解析をおこなった。個々の試料RNAから1.25(gずつを混和してプール検体とした。プール検体のデータと個別解析データの平均について相関係数を求めた。また、遺伝子ごとの各プローブセルデータのなかで、同種の検体からのデータ間で共通に使用されているセルのみを用いて、発現値を算出した。
(2)遺伝子発現プロファイルデータベースの構築 
OracleあるいはSQLサーバーにデータベースを構築中である。さらに、個々の研究者がGeneChipデータを遺伝子毎に種々の細胞や臓器での発現レベルを一覧できるようなインターフェースを作成した。臓器別の発現データベースを構築するために、最新のUnigene番号への更新を行い、最新のアノテーションが参照できるように統合データベース化を進めた。
データベース化に際して発現プロファイルデータの標準化について検討を行った。類似の発現プロファイルを示す検体間での比較には、チップ全体からのシグナルの総和を一定化することにより標準化した。
これまでに得られた発現プロファイルデータについては、研究者あるいは臨床家にも理解しやすい形でデータを公開するべく、発現プロファイルデータ公開サーバーの準備に着手した。
(3)発現プロファイル解析 
初年度において、解析発現プロファイルデ-タを収集したのに引き続き、今年度はさらに胎児肝、心臓、リンパ球、骨組織、精巣、血管平滑筋についての解析を行った。アレイのフォーマット変更により、一部の検体については従来のFLアレイからU95Aアレイによる再測定を行った。一方、モデル動物についても、ラットにおいて海馬、前頭葉、大腸、肝臓、伊東細胞、心臓、脳血管、大動脈、マウスにおいて脳、腎臓、肝臓、骨格筋、網膜組織、嗅球、小脳、胸腺、涙腺などの組織を用いてプロファイリングを行い、データベース化を進めた。
(4)発現プロファイル解析による病態解析 動脈硬化症進展に重要と考えられる泡沫細胞化に関して、本年度は血管内皮細胞、平滑筋における遺伝子発現プロファイル解析を行った。糖原病I型(von Gierke病)については、糖原病患者に合併した肝細胞癌について非癌部あるいは非罹患者の正常肝組織との発現プロファイル解析を行い、肝発がんの機構解明を試みた。炎症性腸疾患については、実験モデルマウスを用いてPPAR_リガンドが有する治療効果も含めて発現プロファイルを解析した。
結果と考察
(1)試料解析法に関する検討 1)微量検体の解析について LCM法により1万個の細胞からおよそ100ngのRNAが回収できた。LM200およびLMDともにRT-PCR反応では前者が効率は良好であった。非特異的な増幅を抑えるためにプライマー濃度やcDNAの濃度など反応条件の最適化が依然必要と考えられた。2)複数検体の処理について 個々の解析データの平均値とプール検体の測定値とは非常によい相関が認められた(r2=0.99)。互いに2倍以上相違する遺伝子数は発現していると考えられたおよそ4000遺伝子中1%前後であった。このことは、GeneChipによる測定値のダイナミックレンジが十分に広く、概ね線形和が成立することを意味している。個々の検体を測定することがデータの統計的有意性を高めることは勿論であるが、測定のコストなどを考慮した場合にはプール検体を解析することもできる。
(2)任意の実験と遺伝子の組み合わせについて、発現プロファイルデータを呼び出すことができ、発現量による並び替え(ソート)、カラー表示、他の解析ソフトへのデータ書き出しが可能であるインターフェース(Biopump(r))を開発した。公開サーバーについては、Webベースでアクセスし、例えば、指定した遺伝子についての臓器あるいは細胞別の発現プロファイルが閲覧できるようなインターフェースの構築を目指した。
(3)発現プロファイル解析 ヒト、マウス、ラットそれぞれ20、17、8種類の臓器あるいは細胞および23、15,6種類の培養細胞系についてデータを取得した。肝臓、精巣、脳、胎児肝についてはESTを含む60,000個の遺伝子についての発現データを取得した。
(4)発現プロファイル解析による病態解析 原発性高脂血症における泡沫細胞化の機序を明らかにするために経時的にウサギ大動脈平滑筋と内皮細胞を用いて血管壁モデル培養系を構築し,種々の刺激を加えたところ,低酸素下においてのみLDL負荷による平滑筋細胞への脂質蓄積が生じることを見いだした. GeneChip解析を行い,脂質蓄積時に発現が増加または抑制されている遺伝子群を同定し,Northern blotによってその変化を確認したところ,脂肪細胞で特徴的とされるadipophilinなどの発現が認められた。DSS実験腸炎モデルのGeneChip解析データにおいては、すでにヒトの炎症性腸疾患で変化することが知られているサイトカインやMMP, GRO1遺伝子などの変動が確認された。これは今回用いた網羅的解析手法で既知の遺伝子発現異常を確認できたということであり、本法が正しいアプローチであることを示唆している。今後、今回の解析で同定された新規遺伝子群について創薬の標的となる遺伝子かについて吟味する必要がある。
結論
本年度において、網羅的遺伝子発現プロファイル解析法について、特にGeneChip法に関する基礎的検討を行い、定量性に関して信頼性の高い解析法であることが示された。但し、臨床検体の解析のためにはより些少な組織あるいは細胞からの解析法の新規開発も必要と考えられた。最大6万個の遺伝子に関する発現情報が収集され、新規のデータベースの構築および閲覧するユーザーインターフェースの開発を進めた。動脈硬化症の進展に重要と考えられる泡沫細胞化に関しては、平滑筋細胞の泡沫化に伴い興味深い遺伝子発現変動が観察されており、次年度以降の研究の発展が期待された。糖原病I型についての発現プロファイル情報を収集した。炎症性腸疾患モデルマウスではPPAR_リガンドが有する治療効果に関与する遺伝子群が同定され、腸炎抑制の標的分子同定への糸口になることが期待された。

公開日・更新日

公開日
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