特定疾患の分子病態の解明に関する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200000651A
報告書区分
総括
研究課題名
特定疾患の分子病態の解明に関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成12(2000)年度
研究代表者(所属機関)
永井 良三(東京大学大学院医学系研究科、循環器内科)
研究分担者(所属機関)
  • 永井良三(東京大学大学院医学系研究科、循環器内科)
  • 西川伸一(京都大学医学研究科分子遺伝学部門・免疫学、発生学)
  • 中福雅人(東京大学大学院医学系研究科神経生物学・分子神経生物学)
  • 千葉 滋(東京大学大学院医学系研究科・血液内科学)
  • 宮園浩平(東京大学大学院医学系研究科・生化学部)
  • 中村敏一(大阪大学大学院医学系研究科附属バイオメディカル教育研究センター腫瘍医学部門分子細胞生物学)
  • 上野 光(産業医科大学・生化学)
  • 門脇 孝(東京大学大学院医学研究科糖尿病・代謝内科)
  • 小室一成(千葉大学医学部・第三内科)
  • 森下竜一(大阪大学大学院医学系研究科・遺伝子治療学)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 特定疾患対策研究事業
研究開始年度
平成11(1999)年度
研究終了予定年度
平成13(2001)年度
研究費
36,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
特定疾患の基本病態として、原因不明の炎症、間質細胞の活性化、線維化、血管障害などが大きく関与する。したがって線維化や血行障害、さらに細胞分化の分子機構を明かにし、これらの分子病態に基づいた治療法を開発することにより、特定疾患の新たな治療戦略の構築が可能となる。
本研究は特定疾患の病態解明と新しい治療法の開発を目指し、(1)神経、血球、心血管細胞の分化機構と幹細胞による再生療法の開発、(2)炎症のメカニズムと間質細胞の活性化および線維化の分子機構、(3)血管障害の分子機構と血管保護療法の開発を目的とする。
本研究は再生医学や血管医学の視点から、特定疾患の病態を解明すると共に、新しい治療法の開発を目指している。同時に、間質細胞の活性化や線維化、炎症の分子機構に基づいた治療法の開発も重要な目的とする。
研究方法
・西川は、試験管内血管構築形成について検討した。昨年ES細胞から血管内皮細胞を誘導し、純化する方法については既に報告した。本年は、この細胞が様々なシグナルに対してどのような反応をするのかをモニターするために、GFP蛋白を導入したES細胞の作成を試みた。
・中福は、神経幹細胞を用いた神経組織の再生・修復のための新規治療の開発について検討した。成体ラット脊髄より神経前駆細胞を単離し、培養系ならびに損傷脊髄組織における挙動を明らかにすることを目的とする研究を行った。そのために、成熟ラットの脊髄より神経前駆細胞を単離し、Neurosphere法を用いて培養し、解析した。
・千葉は、Notchリガンドによる造血制御について検討した。具体的には、(1)Notch受容体のシグナル発生機転と(2)Notchによる造血細胞の分化抑制およびその機序を解析した。
・宮園は、TGF-βの細胞内シグナルについて検討した。そのために、Smadによるシグナルのメカニズムを明らかにし、特にTGF-βレセプターによって誘導される遺伝子を血管内皮細胞を用いてDNAマイクロアレイなどで調べた。またSmadシグナルの調節機構を抑制型Smadを中心に検討し、血管病変の新たな診断法や治療法の開発を目的とした基礎的研究を行った。
・中村は、器官再生と治療への応用について検討した。心筋梗塞に対する新しい治療法の確立を目的として、心筋梗塞モデルにおいてHGFの内因性心筋保護因子として機能、および心筋梗塞に対する発症予防・治療薬としての可能性を解析した。
・上野は、炎症と繊維化のメカニズムと防止について検討した。細胞外マトリクスの産生・分解を制御している最重要分子であるTGF-βに着目し、TGF-β受容体の細胞内キナーゼ部分を欠失した変異型受容体(Dominant-negative受容体として野生型受容体機能を特異的に抑制)および細胞外領域のみのTGF-β受容体(TGF-βを吸着して抑制)を作成しアデノウイルスベクターに組み込んだ(それぞれAdTβ-TRおよびAdTβ-ExR)。繊維化の動物モデル(肝臓繊維症、角膜繊維症)にて効果を検討した。
・門脇は、PPARγアゴニストを用いた炎症細性腸疾患の新しい治療法の確立について検討した。昨年本剤の虚血再灌流腸傷害での防止効果を解明したのを受け、PPARg発現のない胃の虚血再灌流での同分子の役割を解明し、またヒト腸炎のモデルの解析により治療法の確立を目指した。マウスの虚血再灌流胃傷害、dextran sulfate sodium (DSS)誘発腸炎で各々PPARgヘテロノックアウト、3種のPPARγリガンド投与の傷害への影響をみた。
・小室は、心筋細胞分化と細胞移植について検討した。昨年TGFβスーパーファミリーの1つであるBMPの作用を阻害する分子であるnogginを発現させた細胞株(P19CL6noggin)を用い、BMP下流のキナーゼであるTAKと転写因子であるSmadがともに重要であることを示した。今回は、その2つの系路がどのように心筋分化に関与しているかについて検討した。
・森下は、動脈硬化形成における炎症の関与を解明し、治療法への応用を検討した。バルーン傷害によりブタ冠動脈バルーン傷害後再狭窄モデルを作製し、NFkBデコイの血管内投与を行い、新生内膜形成について検討した。
・長田は糸球体再生を目指した糸球体上皮細胞の分化機構について検討した。細胞周期制御因子と糸球体上皮細胞の分化の間に関連がある可能性が示されているが、これらの因子のderegulationがどのように糸球体障害に関与するのかについて検討した。
・津田は遺伝性脊髄小脳変成症における経頭蓋磁気刺激の治療効果について検討した。本年は、臨床症状と脳血流及び脳代謝変化を併せて病系別に検討した。
・永井は、血管障害の分子機構と血管保護療法の開発について検討した。1)老化抑制遺伝子Klothoの遺伝子導入を血管障害モデル動物に投与し、血管機能が回復するかの検討、2)動脈硬化性新生内膜の増殖性平滑筋細胞の起源を明らかにするために、マーカーマウスからの心移植を行い、新生内膜の細胞起源についての検討、3)平滑筋分化関連因子IKLF/BTEB2の転写活性化機構を解明するために、相互作用因子を通した転写活性化制御機構の解明等について検討した。
結果と考察
・西川は、今回VE-Cadherin陽性細胞をCAGプロモーターでactin-GFPを導入した細胞から調整し、それを様々な条件で調べ、アクチンの分布の様態から細胞の活性を推察した。今回の実験では、VE-cadherin陽性細胞を2-3日間培養した後、GFP陽性の円形コロニーを選び出し、上皮様コロニー内での内皮細胞の動態をモニターした。GFP融合分子で標識されたES細胞由来の血管細胞を用いて、個々の血管内皮細胞の動態をリアルタイムモニターする方法を開発した。これにより、これまで個体レベルの研究から想像してきたVEGFR3の機能を細胞レベルで確かめることが可能になった。同時に、VEGF-A等の内皮細胞の必須シグナルの細胞レベルでの効果を、現象論的ではあってもリストアップすることができた。
・中福は、神経幹細胞を用いた神経組織の再生・修復のための新規治療の開発について検討した。成体脊髄組織に内在する神経前駆細胞の増殖、分化を効率よく再現する初代培養系を確立した。成体の神経前駆細胞は、脳室壁周囲にのみ存在すると従来は考えられていた。今回新たに開発した手法を用いることにより、脳室壁周囲以外の脊髄実質部にも、多数の神経前駆細胞が存在することを明らかにした。成体脊髄内には、従来考えられていたよりも多くの神経前駆細胞が残存しており、損傷に応答して増殖し得ることが明らかとなった。
・千葉は、Notchリガンドによる造血制御について検討した。DSL蛋白質がNotchのリガンドであることを直接的に証明し、さらにNotchシグナルは、各系統の造血細胞の分化を抑制することを示したことにより、造血システムにおいて生理的に重要な役割を担う可能性を示した。また、aNotch1はGATA2の発現・機能の維持を介して分化抑制を行うことが示唆された。よって、Notch受容体のシグナル発生機転を解明し、Notch活性化により造血細胞の分化が抑制されること、およびその機序の一端としてGATA2の発現・機能維持が重要であることを示した。
・宮園は、TGF-βの細胞内シグナルについて検討した。DNAマイクロアレイを用い、抑制型Smadがすでに知られているようにレセプター刺激で誘導され、負のフィードバックシステムによりシグナルが行き過ぎないように調節していることが確認された。また血管内皮細胞を用いることによって、endoglinもALK-1で誘導されるという新たなメカニズムが明らかとなった。さらに、抑制型Smadがレセプタータンパク質を分解してシグナルを抑制するという新しいメカニズムが明らかとなった。以上から、抑制型SmadはTGF-βのシグナルを制御し、血管の機能を維持するするうえで極めて有用である可能性が示唆された。
・中村は、器官再生と治療への応用について検討した。心筋梗塞モデルにおいて再灌流後に素早く活性化されるHGFシステムが、重要な内因性心筋保護因子として機能すること、再灌流後におけるHGF蛋白のすみやかな投与が心筋細胞のアポトーシスを抑制し、心筋梗塞のサイズを縮小することを明らかにした。心筋虚血再灌流により内因性HGFがすみやかに発現してくる事、HGFが重要な内因性心筋保護因子として機能する事、HGF蛋白のすみやかな補充が心筋梗塞に対して有効な治療法となる事をはじめて明らかにした。
・上野は炎症と繊維化のメカニズムと防止について検討した。TGF-βの抑制により正常肝における線維化の発症ばかりでなく、すでに確立した線維化の進展をも抑制できることが明確に示され、TGF-βの抑制で肝細胞の再生が促進することが判明した。また、線維化責任細胞(伊東細胞)の分化型への回帰が観察された。可溶型TGF-β受容体の有用性が複数の線維化モデルで確認された。
・門脇は、PPARγアゴニストを用いた炎症細性腸疾患の新しい位治療法の確立について検討した。胃では通常PPARγ発現はないが、虚血再灌流後は上皮の細胞質に発現した。虚血再灌流後は上皮にiNOS が発現し、apoptosisも誘導された。PPARγリガンドを前投与すると傷害は用量依存的に抑制され、PPARγは上皮の核に移行した。iNOS発現やapoptosisは同剤投与で阻害された。DSS腸炎ではマウスは腸炎で10-14日で死ぬが、DSS投与前からの同剤投与は用量依存的に傷害を抑制した。リガンド治療群で腸のIL-4発現増加、IFNγ, TNFα発現抑制をみた。どちらの系でもPPARγ欠損マウスは傷害が強く、またリガンドの後治療では傷害抑制はなかった。上皮への侵襲で細胞質に誘導されるPPARγがリガンドにより核移行して炎症関連分子の誘導を抑制した。同剤によるapoptosis抑制も傷害抑制に働く。
・小室は、心筋細胞分化と細胞移植について検討した。P19CL6細胞を用いて、TAKとSmadがATF-2を活性化することにより心筋細胞分化を促進することを示唆する結果を得た。転写因子であるATF-2がTAK とSmadの共通標的分子として心筋細胞分化に関与していることが示唆された。
・森下は、動脈硬化形成における炎症の関与を解明し、治療法への応用を検討した。NFkBデコイ導入は、ブタ冠動脈バルーン傷害後再狭窄抑制をもたらした。動脈硬化の新しい治療戦略として重要であることが示唆された。
・長田は糸球体再生を目指した糸球体上皮細胞の分化機構について検討した。cyclin kinase inhibitor(CKIS)、ことにp27、p57が、糸球体硬化の初期病変においてdown-regulateされていることを見いだした。さらに、分化誘導に重要とされる転写因子PAX-2, WT-1の発現調節におけるCKISの役割をp27, p57, p27/p57ノックアウトマウスを用いて糸球体の分化と転写因子の発現について検討した結果、器官培養系においてp27/p57は糸球体上皮細胞の転写因子発現に関与する可能性が示された。
・津田は遺伝性脊髄小脳変成症における経頭蓋磁気刺激の治療効果について検討した。刺激療法後数例において体幹失調を中心とする症状の改善を認めた。頭蓋磁気刺激が遺伝性脊髄小脳変成症の治療法となる可能性が示唆された。
・永井は、老血管障害の分子機構と血管保護療法の開発について検討した。1)早期老化に関わる新規遺伝子Klotho遺伝子を血管障害を有するモデルマウスに遺伝子導入することで、Klothoが内皮機能の制御に関わることを見いだした。2)動脈硬化性新生内膜の増殖性平滑筋細胞の起源を明らかにするためにLacZを発現する株と野生株のマウス間で心移植を行い、新生内膜の細胞がレシピエント由来の細胞であることを示し、流血中の細胞に起源があることを明らかにした。3)平滑筋分化関連因子IKLF/BTEB2の転写活性化機構を解明するために、転写コファクターとの相互作用を検討し、クロマチン構造変換因子を含む転写コファクターと相互作用することを示したことで、IKLF/BTEB2の転写活性化に関わる分子間相互作用を明らかにした。
結論
特定疾患の病態解明と新しい治療法の開発を目指し、(1)神経、血球、心血管細胞の分化機構と幹細胞による再生療法の開発、(2)炎症のメカニズムと間質細胞の活性化および線維化の分子機構、(3)血管障害の分子機構と血管保護療法の開発を目的とした研究を行った。
本年度は、上記3プロジェクト全てについて成果をあげた。1)神経、血球、心血管細胞の分化機構と幹細胞による再生療法の開発の場合、西川による血管の再構築系の確立、永井による新生内膜の平滑筋細胞の起源の解明、中福による神経幹細胞の試験管内での培養・維持、さらに小室による心筋分化パスウエーの解明等が主な成果である。2)炎症のメカニズムと間質細胞の活性化および線維化の分子機構の場合、上野のSmadの調節を通した繊維化の抑制、中村によるHGF投与による心筋梗塞再灌流障害の治療などが主な成果である。門脇による炎症性腸疾患、胃虚血再灌流障害に対するPPARγを用いた新しい治療法の開発も重要である。3)血管障害の分子機構と血管保護療法の開発を目的とした研究の場合、森下による転写因子NFkBに対するデコイ導入によるバルーン傷害後再狭窄抑制、永井らによるklothoの遺伝子導入による血管機能の改善効果、動脈硬化性新生内膜の起源細胞の同定、さらに宮園によるTGF-βシグナルの血管機能維持における役割の解明などが主な成果である。以上のように、本年度は、特定疾患の分子病態の解明におよび治療の開発に関わる成果をあげることができた。

公開日・更新日

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