神経皮膚症候群の新しい治療法の開発と治療指針作製に関する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200000644A
報告書区分
総括
研究課題名
神経皮膚症候群の新しい治療法の開発と治療指針作製に関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成12(2000)年度
研究代表者(所属機関)
大塚 藤男(筑波大学)
研究分担者(所属機関)
  • 大野耕策(鳥取大学)
  • 佐谷秀行(熊本大学)
  • 中村耕三(東京大学)
  • 中山樹一郎(福岡大学)
  • 新村眞人(東京慈恵会医科大学)
  • 樋野興夫(癌研究所)
  • 水口 雅(自治医科大学)
  • 吉川邦彦(大阪大学)
  • 吉田 純(名古屋大学)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 特定疾患対策研究事業
研究開始年度
平成11(1999)年度
研究終了予定年度
平成13(2001)年度
研究費
24,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
“神経皮膚症候群の新しい治療法の開発と治療指針作製"を研究課題として研究を推進している。近年、神経線維腫症のNF1とNF2,および結節性硬化症(TS)の責任遺伝子(NF1遺伝子,NF2遺伝子,TSC1遺伝子,TSC2遺伝子)とその蛋白産物(neurofibromin, merlin, hamartin, tuberin)が同定され、遺伝子変異や遺伝子産物の細胞内機能が分子レベルで解明されつつある。しかし、その治療は対症療法のみであり、患者QOLは満足すべき状態からほど遠い。分子レベルや細胞レベルで得られた多くの病態生理学的知見を基に治療に結びつく可能性のあるものを探索的に研究し、新しい治療法の開発を目指す。遺伝子変異や蛋白産物の機能解析なども治療法の開発の観点を重視して推進する。一方、対症療法とは言え、レーザー治療法の普及、各種外科的治療法の改善、改良など、神経線維腫症や結節性硬化症の治療法は近年種々工夫されているので、これを統合して治療指針を作製することを目標としている。
研究方法
結果と考察
研究結果=1.疫学、臨床統計
1999年の受診患者に関してNF1の定点モニタリング調査がおこなわれた。回収率は65%であったが、定点モニタリングは数年に一度同一対象機関で実施するため対象機関の負担が大きく、調査を拒否されることもあった。これらの問題点への対応策が必要と考えた(縣)。NF2の全国調査を初めて行なった。調査対象 8,700診療科の回収率58%、詳細な臨床疫学調査により77名の患者を把握した。多くは脳神経外科でフォロウされ、症状の変化に伴いしばしば治療に抗して進行することを明らかにした(縣)。
2.病因、病態生理と治療法開発
[NF1について]
NF1蛋白の細胞内機能を解析した。NF1蛋白質は特殊な刺激や増殖因子のもとでRas-GAP機能を失活しRasを上昇させたが、これはNF1蛋白のcAMP(PKA)によるリン酸化によって制御され、細胞刺激初期におけるRasシグナル制御に重要であった。NF1-GAP活性は神経系細胞で高く、NGF刺激でも上昇するが、活性上昇とNF1 Type□からType□へのalternative splicing変化、細胞の神経突起伸長現象と相関したので、NF1蛋白質は神経細胞の分化誘導シグナルに関与する可能性が示唆された。NF1の病態発生予防、治療のための基礎的情報を得た(佐谷)。NF1と発生過程で一部の体細胞に突然変異が生じた(モザイク)のNF5についてその神経線維腫内の肥満細胞の頻度、亜型を検索した。ともに健常人乳頭層の2倍程度で、粘膜型が増加していた。肥満細胞からみる限り、両者の相違を見いだせなかった(三橋)。多くの悪性腫瘍で悪性化の進展にp53遺伝子変異の関与が知られている。NF1に生じた悪性神経鞘腫瘍(MPNST)についてp53遺伝子変異の有無をSSCP法とダイレクトシ-クエンス法を用いて検索したが、p53の変異は見いだせなかった。MPNSTの発症にはp53の変異以外の機序を考える必要がある(新村)。NF1の21例に頭部MRIを施行し、11例にunidentified bright object(UBOs)を認めた。UBOsのある11例とUBOsのない10例とを比較すると、前者には眼球運動異常、聴性脳幹反応異常など後頭蓋窩障害を示唆する所見があった。神経耳科学的検査はNF1の中枢神経障害の経過観察に有用である(土田)。NF1神経線維腫由来培養細胞に1,000単位/mlのβインタ-フェロン(INFβ)を添加すると増殖が30%程度まで抑制 でき、p21の早期発現、RB蛋白のリン酸化の遅延、サイクリンDの発現遅延を確認した。同意を得た患者の神経線維腫に30万単位のINFβを局注したが、明らかな抑制効果は見られなかった(大塚)。血管増殖抑制効果のあるTNP-470を神経線維腫を移植したSCIDマウスに投与すると対照薬投与群に比して線維腫内血管数が減少したが、BrdU陽性細胞は増加した。血管減少に伴う代償性増加と推測したが、腫瘍抑制効果はなかった(今門)。1,000単位/mlのγINFを神経線維腫培養細胞に添加すると3-6日後の細胞数で40%程度の増殖阻害、DNA合成阻害率は1日後で100%、3-5日後で70%であった。γINFは神経線維腫の増殖を抑制する可能性が高く、治療 への応用を期待できる(中山)。NF1の多発性脊髄腫瘍を全国調査したところ硬膜内髄外の神経線維腫が多く、10%に悪性神経鞘腫瘍が発生した。NF1の多発性脊髄腫瘍の特徴を明らかにした(中村)。
[NF2について]
DNA傷害を誘起したMEF細胞内でNF2蛋白質はNF2結合蛋白PARPによりpoly-ADP-ribosyl化されて細胞質から核近傍へ移行した。PARP-/-MEFではこの現象は起こらず、細胞死に陥ったが、PARP導入で相補された。PARP, DNA-PKsとNF2蛋白質の相互作用がDNA損傷修復、細胞死のシグナル制御に関与する可能性を明らかにした(佐谷)。
NF2の神経鞘腫と多発性、孤発性神経鞘腫のVEGF発現を免疫染色とmRNA発現により検討した。NF2に伴う神経鞘腫ではVEGF発現が強い傾向があり、VEGF抑制による治療の可能性が示唆された(吉田)。NF2の多発性脊髄腫瘍を全国調査したところ硬膜内髄外の神経鞘腫が多く、約15%に髄内腫瘍が生ずること、悪性腫瘍がないことなど、NF2の多発性脊髄腫瘍の特徴を明らかにした(中村)。
[TSについて]
変異Tsc2遺伝子(Rap1GAP相同部分欠失、Rap1GAPのみ有するなど4種類)を導入したtransgenic Eker ratを作製してホモ接合体の致死回避の有無とヘテロ接合体の腎発癌の抑制 の有無を調べたところ、胎性致死と腎発癌における機能ドメインの解離を見いだした(樋野)。ヒトの結節性硬化症の原因遺伝子にはTSC2とTSC1とがあるが、両者間で臨床症状の差異はほとんどない。Tsc2とTsc1遺伝子それぞれのknockoutマウスを作製するとそのヘテロ接合体では後者が前者より腎発癌が明らかに軽度であった。両者の交配実験を進行中である(樋野)。多段階発癌過程で特異的に発現する新しい遺伝子Nibanを単離、同定したが、その遺伝子産物はヒト腎癌でも発現することを明らかにし、腎腫瘍のマ-カ-になる可能性が示された(樋野)。TSにおいて蛋白p40は特異的に減少し、細胞周期の異常をもたらすが、p40遺伝子導入してもTSC1細胞、TSC2細胞の細胞周期異常は回復せず、アポトシースが増加した。これにtuberin遺伝子を導入すると細胞周期異常が正常化し、アポト-シスも減少した。TSの腫瘍形成を抑制するのにtuberinを用いる可能性、あるいはp40によりアポト-シスを誘導して腫瘍を自壊、縮小させる可能性が示唆された(吉川)。成人TS患者の脳の異常巨細胞の一部にdoublecortinとDCAMKL1(doublecoritnと高いホモロジ-を有するcalcium calmodulin-dependent kinase)の蛋白発現を見いだした。TS脳に胎児期蛋白が残存していることを示し、異常巨細胞の分化異常や神経細胞移動障害と関連するなど注目すべき所見と考えた(水口)。Hamartinは各種細胞の細胞質のみならず核内にも局在するが、ラット神経細胞のPC12細胞をNGFで刺激すると神経突起の伸張とともにhamartinは核から細胞質へ移動した。アンチセンスオリゴDNA導入によりhamartin発現を抑制 すると神経突起が異常に伸張したが、これは低分子量G蛋白の活性変異体遺伝子導入で抑制 された。同活性変異体遺伝子導入PC12では増殖状態でもhamartinは細胞質に局在していた。これらの所見は神経細胞分化にhamartinが重要な役割を果たしていることを示しており、細胞増殖阻害薬開発の基礎的知見を提供していると考えた(大野)。TSに生じた分類不能の局所腫大性myofascitisの筋、筋膜内、結合織間にangiofibromaで見られる多数の間葉系細胞を認めた。外的刺激による組織損傷の修復機序にTS特異的angiofibroma形成機序が関与して特殊なmyofascitisができたと推測した(土田)。
3.治療
[NF1について]
脊椎変形と先天性脛骨偽関節症の治療法について多施設調査を行なった。前者のdystrophic typeは手術が必要で特にinstrumentation使用で矯正率が高いことが示され、頚椎変形は痙性四肢麻痺の合併率が高く、多椎間固定やinstrumentationの必要性が示唆された。後者ではイリザロフ法や血管柄付き骨移植などの手術により骨癒合率の改善をみているが、多数回の手術を要したり、骨癒合の得られなかった例の存在などの問題点も明らかになった(中村)。1歳6月のNF1男児左脛骨に38度の内反、63度の後弯を認めた。変形部の骨切りでは癒合を得にくいので、変形近位3cm部で64度のclosed wedge osteotomyを施行、4ヶ月で骨癒合が得られた。骨折前で弯曲部位がある程度の力学的強度を持つ症例がこの骨切り術の適応と考えた(会田)。NF1皮膚病変の治療指針案を作製した(土田)。NF1の整形外科的病変について全国アンケ-ト調査などを基礎に治療指針案を作製した(中村)。これらの指針案を作製する予定である。
[NF2について]
NF2の治療指針作製のために全国調査をおこない治療指針案を作製した(吉田)。指針案を検討して治療指針を作製する予定である。
[TSについて]
TSの治療指針案を作製した(大野、水口)。指針案を検討して治療指針を作製する予定である。
[その他]
神経皮膚症候群(NF1, NF2, TS)における遺伝子検査ガイドラインを作製した。遺伝子検査については各領域からガイドラインが提唱されているが、神経皮膚症候群の特殊性を考慮して作製したものであり、公表することにした(大塚、樋野、新村)。
結論
研究成果のまとめと結論=疫学、病態、治療の研究を推進しているが、特に病態と関連した新しい治療法の開発を目指して探索的研究を行っている。直ちに臨床応用できるような成果は得られていないが、病態の解明と相まって着実な結果が得られつつある。また、各種病変の治療法の解析、全国調査などを通して治療指針案ができたので、次年度一年で検討を加えて治療指針を作製、公表する予定である。

公開日・更新日

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