ウィリス動脈輪閉塞症の病因・病態に関する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200000629A
報告書区分
総括
研究課題名
ウィリス動脈輪閉塞症の病因・病態に関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成12(2000)年度
研究代表者(所属機関)
吉本 高志(東北大学大学院医学系研究科神経外科学分野)
研究分担者(所属機関)
  • 福内靖男(慶應義塾大学医学部神経内科)
  • 福井仁士(九州大学大学院医学系研究科脳神経外科)
  • 大澤真木子(東京女子医科大学小児科)
  • 宮本 享(京都大学大学院医学研究科脳病態生理学講座脳神経外科)
  • 宝金清博(北海道大学大学院医学研究科脳科学専攻神経病態学講座脳神経外科)
  • 大本堯史(岡山大学医学部脳神経外科)
  • 生塩之敬(熊本大学医学部脳神経外科)
  • 有波忠雄(筑波大学基礎医学系遺伝医学部門助)
  • 辻 一郎(東北大学大学院医学研究科公衆衛生学)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 特定疾患対策研究事業
研究開始年度
平成11(1999)年度
研究終了予定年度
平成13(2001)年度
研究費
30,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
疾患の重症度、罹患率、治療方法、長期予後についてモデル県での精密追跡予後調査をい、全国患者調査様式を見直す。患者の負担軽減と医療費給付削減を目的に、診断基準を検査機器の進歩に即したものとする見直しを行う。本疾患で最も重篤な脳出血発症型の病態の解明と治療方針の確立を目的とする。病因解明研究は遺伝子解析に重点をおき、家族例における責任遺伝子解明研究、弧発例での遺伝子解析着手と、血液データ(DNA)バンクの継続、発展を行う。
研究方法
疫学調査では、新規登録および登録患者の全国追跡調査を本年度も継続して行った。登録症例情報の後方視的調査では脳出血発症型患者の治療状況、予後調査を行った。当研究班の登録患者数は厚生省登録患者数の約4~6分の一であり、国内全患者数を把握してはいないことより、熊本・岡山・宮城の3県をモデル県として、地域内の綿密な発症・長期予後調査を継続施行した。脳血管撮影で確定診断され、発症後10年以上経過した症例を対象に、脳疾患入院施設全てを対象に精力的に調査した。熊本県で54例、岡山県88例、宮城県145例の昨年よりもさらに多くの対象患者(計、男性103例、女性154名)について調査した。発生率、治療状況について現状を把握すべく、1998-1999年度の2年間における新規発症患者調査も精力的に調査した。
診断基準の見直し研究では、脳血管撮影に替わりうる非侵襲的な検査方法としてのMRAによる術後治療効果の病態評価能、最適撮影時期の検討を9例を対象に前向き調査した。また、19例27半球での検査結果の分析により、術後評価能、撮影方法の注意点について検討した。診断時におけるMRA導入からは脳血管撮影の実施頻度の減少が予想され、医療費削減効果について調査した。一施設内でのMRA導入以前の1989~1994年までに発症した16例と、1995~1997年までに発症した14例で脳血管撮影頻度、入院期間、医療費に及ぼした影響について検討した。新たな病期評価方法として、より臨床所見、重症度に相関し、外科治療の適応を考慮する上でも必要な脳循環代謝を基準とする分類方法を継続研究した。PETにより定量測定した脳血流を基に分類基準を設定し、これを半定量的な脳血流SPECTを安静時およびacetazolamide負荷時の両者で行い、脳血流量の変化率を本年度は25例に検査を施行し、昨年度は脳全体の血管反応性を分析したが、本年度は脳局所の血管反応性を分析して分類方法を検討した。
脳出血発症患者の治療方法研究では、バイパス術の再出血予防効果を明らかにすべく、全国規模での前向き無作為振り分け試験の研究計画を継続した。
病因解明研究での遺伝子解析では、班研究実績より、第3、6、17番染色体での連鎖領域の存在が報告されており、これらの連鎖領域にある全遺伝子について変異検索を行った。また、モヤモヤ家系ではclinical anticipation(表現促進現象、世代を経る毎に臨床型が重症化する現象)が見られることに着目し、その原因として明らかになっているトリプレットリピートの伸長の有無について7家系のDNAについて検討した。一方で、原因遺伝子座が明らかである症候群での脳血管病変に着目し、心奇形をもつ先天奇形症候群の22q11.2欠失症候群(22q11.2del) 10例の脳血管病変について検討した。
結果と考察
全国患者登録調査において、2000年度は新規登録患者66例を加え、本症登録患者総数は合計1,227例となった。このうち確診例は1,127例(男性398例、女性729例)、疑診例が100例であった。研究班登録患者のうち129例の出血発症型の後方視的調査では血行再建術施行群において再出血による死亡率およびADL高度悪化率が有意に(p<0.05)低く、特に直接血行再建術群において低い(p=0.10)ことを示した。モデル3県での精密調査結果では、再脳卒中発作は257例中41例、16%に認められ、脳出血70.7%、脳梗塞29.3%と脳出血が多かった。虚血型発症では12.5%、に再発作が生じ、脳梗塞12例、出血15例だった。出血型では20.9%に再発作が認められ、全例脳出血だった。再発作、出血時の死亡率は初回出血時の5例7%に比べて11例37.9%と高くなっていた。結果、多くの症例が発症時のADLを保てていたものの、出血型は虚血型の倍の頻度で再出血し、再出血は死亡率が高く、ADL悪化因子であった。モデル県精密調査と全国調査の弱点を補いながら、本疾患の病態・治療効果研究を継続していく方針である。
MRAの病態判定能調査結果、直接吻合術後では術後2週間目より変化を捉えることが出来、理想的な術後変化は、術後2週目にはモヤモヤ血管が消退し、ついで浅側頭動脈、3ヶ月目までには深側頭動脈や中硬膜動脈の発達が認められる状態であることを示した。撮影時の注意点は側副路の血流が他の血管に比べて遅い場合、撮像時の血流信号の抑制方法により、false negativeとなる場合があることであった。MRA導入以降の医療費調査では、入院回数は有意に少なく、入院日数は少ない傾向にあり、入院医療費が約6%(20万円)少なく、MRAの貢献度を示した。SPECTによる病期分類方法の検討では、患者25例でのSPECT検査の結果、脳血管撮影分類上の3期には様々な脳循環動態が含まれており、SPECTにより臨床に即した病期分類を示した。多施設での臨床実用化に向けて、適切なSPECT検査方法をさらに検討し具体化する計画である。
出血型病態研究では、頭蓋外内バイパス手術によりもやもや血管に対する血行力学的な負荷が軽減され、再出血予防効果が得られるとする考えより、直接血行再建術の再出血予防効果を明らかにすべく、前方視的研究計画を完成し、平成13年1月1日より全国規模の前向き無作為振り分け試験を開始した。研究計画名は「出血発症成人もやもや病の治療指針に関する研究」Japan Adult Moyamoya (JAM) Trialとした。研究参加施設は11施設で、10年で目標症例数達成可能と予想され、10年の研究計画となっている。平成12年度年度末の時点で、登録症例数は3例で、手術群に1例、非手術群に2例が振り分けられた。
遺伝子解析では連鎖領域にある全遺伝子について変異検索を行った。3番染色体の連鎖領域は端腕末端部から10メガ塩基対の3p26にあると推定され、この領域の変異検索結果からCHL1遺伝子のミスセンス変異が検出され、モヤモヤ病との関連が示唆された。家族性モヤモヤ病の遺伝子座確定研究にみられるclinical anticipationの原因として明らかになっているトリプレットリピートの伸長の有無についての検討結果、4家系のDNAがfalse positiveを示さずにRepeat expansion detection (RED) 法に使用できることが判明し、RED 法により、モヤモヤ病のclinical anticipationの原因がトリプレットリピート疾患であるか否かの研究が可能であることを報告した。一方で、22q11.2欠失症候群の脳血管病変についての検討結果では、10例中3例に脳血管異常を認め、1例は内頸動脈起始部の閉塞、2例はウィリス動脈輪構成血管の部分閉塞を認め、モヤモヤ病と類似の病態を生じる可能性があると報告した。症例数の少なさ、遺伝形式の不明など、困難な要素が多く立ちはだかっているものの、血液データバンクでの血液サンプル収集の対象拡大が研究の発展につながるものと考え、バンクを継続、発展させる方針でいる。
結論
罹患患者数が決して多くなく、また発症地域が世界でも本国に有意に多い、特殊な病態であるウィリス動脈輪閉塞症において、班研究の長い歴史において蓄積された全国患者登録情報の分析と、手法を変えた詳細な追跡調査、前向き統計調査とを駆使することにより、病態解明の新たな方向性と展望が本年ども得られた。医療技術の発展とともに診断・病態評価方法も進歩し、患者負担が軽減されていることが示された。治療効果が虚血発症型では明らかとなったが、出血発症型では未だ予測の域であり、後方視的、前方視的な研究により、明確な治療指針を提示することが長期的な本疾患研究班の課題であり、本年度は新たにJAM Trialの実施にまで発展した。遺伝子解析による病因解明研究は施設の枠を越えて症例数を確保した共同研究が着実に実績を示しており、研究の継続による新たな発見が期待される。

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