運動失調に関する調査及び病態機序に関する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200000625A
報告書区分
総括
研究課題名
運動失調に関する調査及び病態機序に関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成12(2000)年度
研究代表者(所属機関)
辻 省次(新潟大学脳研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 佐々木秀直(北海道大学医学部)
  • 西澤正豊(国際医療福祉大学)
  • 金澤一郎(東京大学医学部附属病院)
  • 水澤英洋(東京医科歯科大学)
  • 垣塚彰((財)大阪バイオサイエンス研究所)
  • 山田正夫(国立小児病院)
  • 山田光則(新潟大学脳研究所)
  • 津田丈秀(東北大学医学部)
  • 岩淵潔(神奈川総合リハビリテーションセンター)
  • 小野寺理(新潟大学脳研究所)
  • 加知輝彦(国立療養所中部病院)
  • 川上秀史(広島大学医学部)
  • 神田武政(東京都立神経病院)
  • 黒岩義之(横浜市立大学医学部)
  • 酒井徹雄(国立療養所筑後病院)
  • 祖父江元(名古屋大学医学部)
  • 中川正法(鹿児島大学医学部)
  • 中島健二(鳥取大学医学部)
  • 中島孝(国立療養所犀潟病院)
  • 長谷川一子(北里大学東病院)
  • 服部孝道(千葉大学医学部)
  • 湯浅龍彦(国立精神・神経センター国府台病院)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 特定疾患対策研究事業
研究開始年度
平成11(1999)年度
研究終了予定年度
平成13(2001)年度
研究費
39,500,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
本研究においては、脊髄小脳変性症の病態機序を解明し、治療法開発のための基盤を構築することを目的に、1.脊髄小脳変性症の臨床、自然歴に関する研究、2.脊髄小脳変性症の治療に関する研究、3.脊髄小脳変性症の病理学的研究、4.脊髄小脳変性症の分子遺伝学的研究、5.脊髄小脳変性症の分子病態機序に関する研究、に重点をおいて研究を行った。
研究方法
運動失調症の臨床的諸問題について、自然歴、臨床的評価方法、嚥下障害、自律神経系障害、画像による機能解析などについて検討を加えた。脊髄小脳変性症の自然歴について全国規模の疫学調査の実施方法についての検討を行った。治療面からは、分枝鎖アミノ酸(BCAA)、経頭蓋磁気刺激、有痛性筋攣縮などに対して検討を加えた。病理学的な観点からは、多系統萎縮症における神経細胞内封入体、ポリグルタミン病の病理学的検討、病因遺伝子が未解明の遺伝性脊髄小脳変性症については、連鎖解析およびCAGリピートに着眼した候補遺伝子アプローチを行った。ポリグルタミン鎖による細胞障害機構については、培養細胞系を用いて、凝集体の形成機構、伸長ポリグルタミン鎖による細胞障害機構についての検討を行った。(倫理面への配慮)遺伝子解析などについてはインフォームドコンセントに基づき、倫理面について十分な配慮のもとに行った。
結果と考察
脊髄小脳変性症の臨床、自然歴に関する研究。常染色体優性遺伝性脊髄小脳変性症については、Machado-Joseph病、SCA6が相対的に多いことが示された。常染色体優性遺伝性脊髄小脳変性症の中で既知の遺伝子異常を有していない家系が、地域によっては39-50%と遺伝子未解明のものが比較的多く存在することが示された。このような既知のCAGリピート病が否定された常染色体油性遺伝性脊髄小脳変性症の臨床像については、小脳症状を終始前景とし比較的予後良好な群が多く認められたが、一部には、多系統の神経症候を合併する群が存在した。Machado-Joseph病において経験される有痛性筋攣縮についてNaチャネルのconductanceの異常増加が示唆された。脊髄小脳変性症の嚥下障害については、videofluorographyを用いた検討がなされ、舌骨上筋群の嚥下時における反応時間の測定が、嚥下機能の補助的評価手段として有用であることが示された。SPECTを用いた検討では、発症年齢と橋rCBF、橋Vdの間に相関を認め、診断上有用であると考えられた。Machado-Joseph病のMRI T2強調画像で内包後脚の外側部に認められる線状の高信号域は、pallidotomyの後に出現する二次変性の部位と一致し、レンズ束の変性を反映しているものと考えられ、MJDの画像診断や、病態の解析に有用であると考えられた。学習記憶の一指標として視覚オドボール課題を用いて解析を行ったところ、練習セッション、第1テスト・セッション、第2テストセッションの中で、第1テスト・セッションにおいてのみ、反応時間の標準偏差と変動係数が小脳MRI容
積比と有意な相関を示した。第1テスト・セッションでは小脳が運動学習に関与していることに一致する結果を得た。我が国の脊髄小脳変性症の自然歴は、今後本疾患群の治療法が開発され、臨床治験を行っていく際に必須のものとなると考えられる。そこで、本研究班において幹事会を中心にして、どのような調査方法が適切であるかを検討した。その結果、平成13年度より、特定疾患の臨床個人調査票が電算化されることを考慮し、International Cooperative Ataxia Rating Scale(ICARS)を採用し、すべての病型についてICARSによる調査を行うことにした。その結果、きわめて大規模の疫学的調査が行われることになる。ICARSを臨床調査個人票に盛り込むことに関しては、その記入が煩雑であること、検者間の評価のばらつきがどの程度であるかなど、標準化に向けて今後検討していく必要がある。脊髄小脳変性症の治療に関する検討。治療面では、分子アミノ酸の4週関投与について、randomized contriolled trial が行われ、分子アミノ酸投与により有意にICARSのスコアの改善が認められた。今後長期投与による検討が必要である。Machado-Joseph病に対して、テトラヒドロビオプテリンの治療効果のメカニズムについて、小脳の長期抑圧の発現に関連して、guanylate cyclase、NO synthaseに対してそれぞれcGMP、NO産生が増強される可能性について検討を加え、phosphodiesterease阻害剤によるオープン試験についての検討を開始した。経頭蓋磁気刺激による治療効果について検討を加え、遺伝性皮質小脳萎縮症において体幹失調を中心とする改善と、小脳及び脳幹における有意な血流増加を認めた。脊髄小脳変性症の病理学的検討。病理学的な観点からは、多系統萎縮症についてこれまであまり注目されていなかった神経細胞内封入体(NCI)について詳細な検討を加え、NCIは主として橋に存在すること、病気が進行すると見いだしがたくなること、抗α-synuclein抗体で陽性に染色されることを見いだした。SCA1についての病理学的検索では、皮質脊髄路では大径線維が見あたらず多くの軸索が単純萎縮を示すことを明らかにした。このような軸索の単純萎縮はMJDでも見いだされており、ポリグルタミン病に共通する所見である可能性がある。ポリグルタミン病に共通して認められる神経細胞核内封入体について、PML nuclear bosyとcoiled bodyの少なくとも2種類のnuclear bodyが関与していることが示された。PML nuclear body は転写、ユビキチン化、アポトーシスへの関与が指摘されている核内構造であり、ポリグルタミン病の病態機序への関与の可能性が考えられた。DRPLAにおける体細胞モザイクをレーザーマイクロダイセクション法により検討を行い、小脳顆粒細胞や小脳プルキンエ細胞、大脳皮質神経細胞では体細胞モザイクの程度が小さく、グリア細胞では顕著な体細胞モザイクが観察されることを見いだした。小脳顆粒細胞は、神経細胞の中でも際だってCAGリピートが小さく、体細胞モザイクも著しく軽度であることが示された。脊髄小脳変性症の分子遺伝学的研究。常染色体劣性遺伝性脊髄小脳変性症の中では、従来から本邦ではFriedreich失調症類似の臨床症状を示す例の存在が知られていた。その中で低アルブミン血症を伴うものがearly-onset ataxia with hypoalbuminemia (EOAHA) として報告されていた。連鎖解析により、EOAHAの遺伝子座が、最近になり、類似の臨床型を示すataxia-ocular motor apraxiaで報告された遺伝子座(9p13)に一致することを明らかにし、これらの疾患が同一の病因遺伝子の異常に基づくallelic disease である可能性が示された。常染色体優性遺伝性脊髄小脳変性症については、第16染色体に連鎖する脊髄小脳変性症について詳細な連鎖解析が行われ、強い連鎖不平衡を示すマーカーが同定され、病因遺伝子の同定に向けての解析が進んでいる。頚部のミオクローヌス様振戦、小脳失調などを特徴とする常染色体優性遺伝性脊髄小脳変性症の新たな遺伝子座が第19染色体長腕(19q13.4-qrer)に存在することが発見された(SCA14として登録された)。痴呆、小脳症状、錐体外路症状(パーキ
ンソニズム、ジストニア、舞踏運動)などを示す、常染色体優性遺伝性疾患が、TATA-binding protein 遺伝子のCAGリピートの異常伸長によることが発見され、SCA17として登録された。脊髄小脳変性症の分子病態機序に関する研究。伸長ポリグルタミン鎖を培養細胞で過剰発現させた際に、カスペース8、10が活性化され、伸長ポリグルタミン鎖による細胞死にカスペース8、10が関与する可能性が示された。PC12細胞を用いて、Machado-Joseph病の遺伝子産物をポリグルタミン鎖のC末側で切断し、凝集体形成を抑制する活性の高いPC12細胞株を単離することに成功した。今後、このプロセッシングに関わる酵素の同定を目指す。
結論
本年度において、脊髄小脳変性症における自然歴、自律神経障害、治療などに関する諸問題を検討した。脊髄小脳変性症の自然歴については、平成13年度からの特定疾患の臨床個人調査票にICARSを盛り込むことにより、全国規模の疫学調査を開始することを決定した。分子遺伝学の面からは、新たな常染色体優性遺伝性脊髄小脳変性症として、SCA14、SCA17が発見された。特にSCA17については、病因遺伝子の同定に成功した。また、常染色体劣性遺伝性脊髄小脳変性症の中で、Friedreich失調症に類似の臨床症状を呈し、眼球運動失行、低アルブミン血漿を特徴とする疾患が新たな疾患単位として見いだされ、その遺伝子が9p13に存在することが発見された。ポリグルタミン病における神経細胞機序については、凝集体の形成機構、細胞死の誘導機構、ポリグルタミン鎖を含むタンパクのプロセッシング機構などにおいて進展が認められた。

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