血液凝固異常症に関する調査研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200000613A
報告書区分
総括
研究課題名
血液凝固異常症に関する調査研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成12(2000)年度
研究代表者(所属機関)
中川 雅夫(京都府立医大学)
研究分担者(所属機関)
  • 朝倉英策(金沢大学)
  • 池田康夫(慶応義塾大学)
  • 岡嶋研二(熊本大学)
  • 岡村 孝(九州大学)
  • 垣下栄三(兵庫医科大学)
  • 川崎富夫(大阪大学)
  • 小嶋哲人(名古屋大学)
  • 坂田洋一(自治医科大学)
  • 辻 肇(京都府立医大学)
  • 広沢信作(東京医科歯科大学)
  • 藤村欣吾(広島大学)
  • 藤村吉博(奈良県立医科大学)
  • 丸山征郎(鹿児島大学)
  • 宮田敏行(国立循環器病センター)
  • 和田英夫(三重大学)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 特定疾患対策研究事業
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
-
研究費
30,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
特発性血小板減少性紫斑病(ITP)、血栓性血小板減少性紫斑病(TTP)および特発性血栓症を対象疾患とし、基礎的ならびに臨床的研究を行うことを目的とする。
研究方法
結果と考察
結果・考察・1)ITP、TTP等関連の研究;ITP患者においては,血小板糖タンパクGPIIb-IIIaやGPIbなどに対する自己抗体が約半数の患者で検出されているが,血清や血小板溶出抗体を用いた検索では十分なエピトープ解析が困難である。藤村らはファージデイスプレー法を用いて患者由来ヒト型抗体ライブラリーを作製し,血小板に反応する抗体を単離し,ITPにおける抗体エピトープあるいは新規自己抗原を検出することを試みた。血小板への結合性は固相化血小板を用いた分析で検出できたものの他の解析方法で検出できるほど十分ではなく,抗体重鎖可変領域のみでなく軽鎖部分もクローン化し完全型抗体に近い親和性を持たせる研究を進める予定とされた。池田らは,抗GPIIb-IIIa抗体産生B細胞検出の特発性血小板減少性紫斑病(ITP)の診断における有用性を検討した。精製ヒトGPIIb-IIIaを抗原として用いたenzyme-linked immunospot assay(ELISPOT法)により,末梢血単核球(PBMC)中の抗GPIIb-IIIa抗体産生B細胞の頻度を調べ,PBMC106個中の抗GPIIb-IIIa抗体産生B細胞の頻度は,ITPではITP以外の血小板減少症,健常人に比べて有意に高率であり,健常人50例における抗GPIIb-IIIa抗体産生B細胞頻度の平均 + 3SD(20/106PBMC)をカットオフ値とすると,ITPにおける陽性頻度は91%であり,ITP以外の血小板減少症と健常人には陽性例はなく,特異度は100%であったと報告した。従って,ELISPOT法により抗GPIIb-IIIa抗体産生B細胞を検出することでITPの診断が可能になるものと考えられ,今後の臨床応用が期待される。造血幹細胞移植術(SCT)に合併する肝中心静脈閉塞症(VOD)や血栓性血小板減少性紫斑病(TTP)は致死的であるが,病態生理が不明なため有効な治療法が未だ確立されていない。藤村らは,SCT後のこれらの血栓性疾患において,von Wllebrand因子特異的切断酵素(vWF-CPase)活性を測定し,その臨床的意義を検討した。SCT後のVODにおいては,移植前より有意にvWF-CPase活性が低下し,移植前に本酵素活性を測定することによりVOD発症予測が可能であろうと考えられた。また,VODではインヒビターが存在せずvWF-CPase活性が低下していることより,FFPの輸注によって,VODの発症予防ならびに治療が可能である。また,SCT後のTTPは,従来から報告されているvWF-CPase活性が正常であるもの以外に,酵素活性が低下している症例も存在することが判明した。特に酵素活性が著明に低下していた症例は,高力価のインヒビターが存在し,古典的TTP と同様の病態であることが示唆され,血漿交換が絶対的に有用であると考えられた。即ち,SCTの実施前後においてvWF-CPase活性とインヒビターの測定・検索を行うことがVODあるいはTTPの発症予防並びに治療に有用であると思われた。生体内において蛋白質とグルコースの非酵素的糖付加反応(いわゆるメイラード反応)の終末産物の総称であるメイラード反応後期生成物Advanced Glycation Endproducts (以下AGE)が,糖尿病をはじめとする種々の病態に関連することが近年明らかにされつつある。AGEは血小板に関連して血栓形成を促進し,糖尿病等の血栓性合併症の発症に関与するものと推察される。垣下らはセロトニ
ン及びADP刺激血小板凝集に対するAGEの作用を,レーザー散乱光凝集測定装置を用い測定し,糖尿病患者における血小板機能亢進との関連性について報告した。AGEはin vitroで血小板凝集を亢進させ,これにはセロトニン受容体を介する伝達系が関与すると想定された。また,糖尿病患者において血中AGE濃度と血小板凝集との間に正の相関関係が認められ,AGEは老化による血栓傾向の増大や糖尿病における血栓性合併症の発症に関与するものと考えられた。常染色体優性遺伝形式をとる血小板異常症で,巨大血小板,血小板減少症および顆粒球D_hle様封入体を3主徴とするとされるMay-Hegglin 血小板異常症(MHA)は,特発性血小板減少性紫斑病との鑑別や輸血の適応について問題となる。小嶋らは,ポジショナルクローニング法によってMHA/Sebastian症候群の原因遺伝子をnonmuscle myosin heavy chain-A (NMMHCA)遺伝子(MYH9)と同定し,6家系で5種類の異なる変異を見い出したと報告した。NMMHCA蛋白の基本的機能を知ることが血小板および顆粒球生成の理解を深める一助になると考えられる。
2)播種性血管内凝固(DIC)の病態と診断
播種性血管内凝固(DIC)の病態は,基礎疾患の種類により大きく異なる可能性があり,この多様性を明らかにすることで,それぞれの基礎病態の種類に応じた適切な治療を行うことが可能であろうと考えられる。岡嶋らは,基礎疾患別のDICの発症頻度や臨床症状を解析し,DIC病態の多様性の有無につき検討した。産科疾患に伴うDIC例では,すべての症例で出血症状を認めたが,臓器症状は20.0%にしか認められず,感染症に伴うDIC例では出血症状は15.4%にしか認められなかった。臓器不全症状はその76.9%に認められた。DICの発症頻度や臨床症状は,微小血栓形成に加えて基礎疾患の病態に応じて多様であり,そのため,これらに対する治療も基礎疾患の病態に応じてなされるべきであると考えられた。このような病態の相違は動物実験モデルの作成とその評価においても重要で,DICの研究をin vivoで進める上で,注意すべきと思われる。朝倉らは,DIC誘発物質として用いられる組織因子(TF)とLipopolysaccaride (LPS)を比較し,前者は臨床の線溶優位型DICに,後者は凝固優位型DICに類似したモデルであると前年度の分科会において報告した。今年度は,血管作動性物質に注目し,TF誘発DICモデルにおいては,相対的に血管拡張性物質である一酸化窒素(NO)の産生が亢進しており,LPS誘発DICモデルにおいては,相対的に血管収縮性物質であるエンドセリン(ET)の産生が亢進していることを明らかとした。即ち,血管作動性物質の観点から,前者では血流維持・血栓形成阻止の方向に作用し,後者では微小循環障害・臓器障害の進展の方向に作用しているのではないかと思われ,両モデルの相違点が一層明らかになるとともにDIC治療を開発する上でもDICの病態の差違を考慮することが重要であると示唆された。
3)特発性血栓症の病態と診断
「特発性血栓症(Idiopathic thrombosis)」は,血栓症の発症において先天性もしくは後天性の血栓形成素因の存在が強く推定されるが,その詳細な機序を明らかにし得ないものと暫定的に定義され,本分科会の臨床調査研究における対象疾患を明確にするうえで提唱された疾患概念である。その一つの危険因子として,高脂血症の存在が知られ,虚血性心疾患をはじめとする種々の動脈硬化性の血栓性疾患の原因の一つと考えらている。近年,HMG CoA reductase inhibitor(statin)が虚血性心疾患や脳血栓症などの特発性血栓症の予防に有効であると報告されるが,その機序には高脂血症の是正以外のメカニズムが推察される。中川らは,血管内皮細胞において産生される凝固・線溶系調節因子の発現に及ぼすstatinの影響をレニンーアンギオテンシン系との関連において検討した。培養ラット血管内皮細胞においてangiotensin IIにより誘導されるTFやPAI-1の発現亢進を,mRNAならびに蛋白レベルにおいてstatinは添加濃度に依存して抑制し,TFPI, tPAの発現には影響を及ぼさないことが明らかとされた。statinは血管内皮細胞を抗血栓性に誘導する作用を有していると考えられ,GGPPの産生抑制を介したRho活性化の阻害が関与しているものと推察された。未治療の下肢中枢型の急性深部静脈血栓症(DVT)は,肺塞栓を引き起こして,重篤になりやすいため,早期に診断し治療を開始することが,生命予後を改善するのみでならず,医療経済面においても合理的と考えられる。しかしながら,DVTの早期の診断は,専門医以外の医師には比較的困難であるため,簡便かつ一般的な診断法の確立が望まれている。川崎らは,一般医療施設が現状で受け入れやすく,精度が高く,安全で,簡便かつ迅速に施行できる方法として,CTscanの単純撮影を使用した実践的な方法を考案し報告した。初診時のD-Dimerおよび下肢単純CT画像上で患側の断面積を健側の断面積で割った値(大腿筋束断面積比:FMR)を比較したところ,D-DimerよりもFMRの方がDVTの診断能力は高いと考えられた。また,画像をコンピューター処理して得られたFMR値を,患側および健側の大腿部筋束の断面積の差を視覚にて認識可能かどうかという点から検討した結果,FMR値1.1から判定可能でありこの時の周径差は約2cmであった。これらの結果から,左右の大腿周径差を測定して2cm以上あれば1スライスの単純CTを撮影する。その大腿筋束断面積に視覚的に左右差があればFMRは1.1以上であることを意味しており,DVTと診断できると報告した。
特発性血栓症をおこす静脈血栓症は,凝固制御因子の先天性欠乏症がその一因であることが多くの研究から明らかとされている。欧米では凝固制御因子であるプロテインC(PC)やアンチトロンビン(AT)の欠乏症の一般人口における頻度が求められており,静脈血栓症発症の基礎資料となっている。しかし,日本ではそのような頻度は求められていないため,宮田らは,大規模な日本人一般人口を用いて,PC,AT,プラスミノーゲン(PLG)の各欠乏症の頻度を求めた。約4500人の活性を測定することにより,各欠乏症(それぞれ9名,8名,189名)を同定したところ,一般人口における各欠乏症の頻度は,0.20%,0.18%,4.18%であった。この結果から,PC欠乏症とAT欠乏症は日本人の約500人に1人みられ,PLG欠乏症は約25人に1人であると結論された。また,血栓症に関与すると考えられる血栓性素因の遺伝子型を日本人で求め,血栓症との関連を明らかにする研究が進められている。辻らは,先天性AT欠乏症のType I及びType IIに関する遺伝子解析をすすめ,本分科会において報告してきたが,本年度も新たな遺伝子変異を報告すると共に,「ヒトゲノム・遺伝子解析研究に関する倫理指針」が提唱されたことを受けた患者の人権とインフォームド・コンセントを尊重した解析プロトコールを提唱した。今後,特発性血栓症における各種遺伝子解析研究を推進して行くに当たり,患者のプライバシーの配慮と,検体の取り扱いに十分注意していくことは,欠かすことができない重要な課題と思われた。
結論

公開日・更新日

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