気管支喘息の難治化の病態・機序の解明と難治化の予防・治療法の開発に関する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200000601A
報告書区分
総括
研究課題名
気管支喘息の難治化の病態・機序の解明と難治化の予防・治療法の開発に関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成12(2000)年度
研究代表者(所属機関)
森 晶夫(国立相模原病院臨床研究センター)
研究分担者(所属機関)
  • 高橋 清(国立療養所南岡山病院)
  • 庄司俊輔(国立療養所南福岡病院)
  • 相沢久道(国立療養所福岡東病院)
  • 柳原行義(国立相模原病院)
  • 赤坂 徹(国立療養所盛岡病院)
  • 藤沢隆夫(国立療養所三重病院)
  • 大田 健(帝京大学医学部内科)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 感覚器障害及び免疫・アレルギー等研究事業(免疫・アレルギー等研究分野)
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
平成14(2002)年度
研究費
60,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
経口ステロイド薬を常時使用する必要のある難治性喘息患者は、喘息死の予備軍とも位置づけられ、喘息分野に残された最大の課題である。喘息の重症・難治化プロセスには、1)喘息自体の重症化、2)合併症、増悪因子の関与が指摘されている。1)の要因としては、a)より高度な炎症の持続、b)炎症に引き続くかあるいは全くindependentな組織学的・機能的改変があげられ、結果として臨床的なステロイド低応答性がもたらされるものと考えられる。a)の観点から、T・B細胞を中心とした細胞性免疫異常機転に関する研究を森、柳原らが、起因抗原と免疫応答の解析を高橋らが、その下流に位置するeffector phaseの好酸球過剰活性化の解明を藤沢らが分担する。b)では気道リモデリングの解析を庄司らが、呼吸生理学的解析を相沢らが分担する。2)における最大要因とされる肺気腫合併の病態を相沢らが解析した。加えてこれらの病理学的、生物学的な異常の背景にある遺伝因子の可能性について、大田らが難治化の対極に位置する寛解の遺伝要因との比較において解析する。小児喘息における難治性は成人喘息とは異なる見地から規定されるが、赤坂らは小児難治性喘息の今日的定義、その要因、病態を解析する。
研究方法
本研究班では、高用量吸入ステロイドに加え、年間を通じてprednisolone換算10 mg/day以上の全身性ステロイド投与を必要とする症例をdefinitiveな難治性喘息と捉えた。高用量吸入ステロイドに加えて全身性ステロイド(量は問わず)を常用する症例についてもより広範囲の難治群と考え、重症・難治化の要因、機序の解析対象とした。
1)森(主任研究者)らによる難治性喘息におけるTリンパ球機能異常の関与を明らかにする研究では、気道炎症に必須のサイトカインIL-5の産生亢進を明らかにし、さらに、クローンレベルでin vitroにおいてT細胞のステロイド抵抗性を解析しうるモデルシステムを構築した。
2)柳原(国立相模原病院)らによるアトピー喘息と非アトピー喘息に共通な免疫学的パラメーターの同定に関する研究においては、IL-5以外のTh2サイトカイン関連因子として、血清中の可溶性IL-4受容体α鎖(sIL-4Rα)、T細胞のIL-4、IL-13産生能および遺伝子多型について解析し、重症喘息群、軽症喘息群の間で比較した。
3)藤沢(国立療養所三重病院)らによる好酸球性炎症成立機序の解明に関する研究においては、好酸球の組織浸潤をin vivoに近い状態で再現しうる三次元培養気道上皮を用いたモデルシステムを構築し、高度な好酸球浸潤をきたす機構の解明を試みた。
4)庄司(国立療養所南福岡病院)らは、難治性喘息の炎症反応が正常な組織修復に向かわず、非可逆的な組織学的改変をきたす機構について、気道上皮細胞、血管内皮細胞、線維芽細胞の遊走システムで解析した。
5)高橋(国立療養所南岡山病院)らによる難治性喘息におけるIgE非依存性リンパ球活性化機構の研究においては、末梢血単核球をダニ、カンジダ、アスペルギルス抗原と培養し、propidium iodide取り込みによりFACSCaliburにて細胞周期を解析し、同時に、培養上清のサイトカインを測定した。
6)相沢(国立療養所福岡東病院)らは、肺気腫合併の有無による、気道過敏性、肺機能、誘発喀痰、呼気中NOの比較を行った。また、アストグラフ法による気道過敏性測定時にBorg Scaleによる呼吸苦を記録し、気道収縮と聴診所見、自覚的呼吸苦との関連につき検討した。
7)大田(帝京大学内科)らは、成人喘息症例、成人の小児喘息寛解症例、小児喘息症例、成人難治性喘息症例、健常人を対象に、Fc_RI遺伝子、トロンボキサン合成酵素遺伝子(TXAS)、CCR3、CCR4、ムスカリンおよぴヒスタミン受容体の各遺伝子多型を検討した。
8)赤坂(国立療養所盛岡病院)らは、日本小児アレルギー学会所属の専門医を対象に難治性喘息の定義とその要因を調査し、また反復入院症例の臨床的解析を行った。
9)難治性喘息の全国規模の患者疫学調査に向けて、本研究グループ内で難治性喘息の定義、診断基準案を検討した。
結果と考察
1)難治性喘息症例では、高用量吸入ステロイド+経口ステロイドの投与に拘わらず、末梢血Th細胞のIL-5産生亢進を認めた。in vitroのdexamethasone感受性には差がないことから、T細胞にintrinsicな異常が存在するとは考えにくい。クローンレベルで、CD28シグナルによりステロイド抵抗性が誘導されることから、costimulatory moleculesによって臨床的なステロイド感受性が調節される可能性が示唆された。
2)血清sIL-4Rα値、末梢血T細胞IL-13産生能はアトピー型、非アトピー型喘息に共通して健常者に比較して高値で、しかも重症例においてより高値を示した。IL-4産生能はアトピー型喘息群においてのみ高値であった。IL-13の110Arg-Gln多型において、Gln型の頻度がアトピー喘息群と非アトピー喘息群で高く、重症喘息の頻度がより高かった。
3)コラーゲンゲル上に上皮細胞を培養し、基底膜から管腔方向への好酸球遊走を解析しうる三次元培養気道上皮システムを構築した。TNF、IL-4の存在下でさらに遊走が増強された。上皮細胞から下室方向に遊離されたEotaxin、RANTESなどのケモカイン(CCR3リガンド)と上皮細胞が産生するIV型コラーゲンの関与が明らかになった。
4)創傷治癒過程で組織中に産生されるコラーゲンのうち、IV型コラーゲンに対しては気道上皮細胞、線維芽細胞、血管内皮細胞の何れもが遊走活性を示すが、III型コラーゲンに対しては全く遊走しなかった。I型コラーゲンに対しては、気道上皮細胞と線維芽細胞は遊走したが、血管内皮細胞は遊走しなかった。
5)気管支喘息群では、健常群に比しダニ、カンジダに対するリンパ球の活性化亢進を認めた。ダニ刺激ではIL-4、IL-5、INF-γの産生亢進を、カンジダ刺激ではIL-5、INF-γの産生亢進を認めた。IgE抗体を介さないダニや真菌類によるアレルギー炎症の経路があることを示唆するものと考えられる。
6)肺気腫の合併により気道炎症の程度には変化はないが、より高度な気道狭窄、気道過敏性の亢進が認められ、気管支喘息の難治化に関与すると考えられた。喘息患者において、呼吸困難感と気道狭窄との間には相関はなく、個々の症例により呼吸困難の感受性が異なること、重症発作の既往のある症例では、呼吸困難の感受性が低いことがわかった。
7)Fc_RI遺伝子Glu237Gly多型の頻度が非寛解例で高く、寛解例では正常人と同等の頻度であった。TXAS遺伝子近傍に位置するD7S684マーカーのCA repeats多型のうち非寛解例ではCA24ホモ多型が多く、寛解例では少なかった。喘息の発症、寛解、継続にこれらの遺伝子多型が関与する可能性が示唆された。
8)小児喘息における難治化には、大発作の反復、抗原への大量暴露、感染、気胸などの合併症、治療薬、やる気のなさ、無理解、学業不振、保護者、心理的ストレス、家族関係、学校での人間関係等の諸因子が、子供の年齢層に応じて関与するものと考えられた。我が国の小児喘息専門医は、テオフィリン、経口抗アレルギー薬、DSCG、吸入ステロイド薬を「通常の療法」と認識しており、これらで効果のみられない症例群が難治性と判定される傾向であった。
結論
難治性喘息はheterogenousな集団であり、多彩な要因の関与が窺われる。本研究班によって抗原レベル、免疫細胞レベル、好酸球レベル、リモデリング、合併症の諸要因が解析された結果、1)T細胞レベルのステロイド感受性低下(抵抗性)が関与すること、2)IL-13がアトピー型、非アトピー型両病型の喘息で重症化に関与していること、3)III型、IV型コラーゲンの産生パターンで創傷治癒過程が異なること、4)IgE抗体を介さないリンパ球の活性化が難治性喘息の原因となること、5)難治性の対極に位置する寛解には、少なくとも複数の遺伝子多型が関与すること、6)非アトピー性喘息患者では、客観的な気道狭窄の評価を行い、充分な治療を行うことが難治化の予防につながること、が指摘された。また、7)上皮細胞の極性、好酸球浸潤の方向性を実際の気道組織に一致させて、喘息の気道炎症に類似した好酸球浸潤を実験室内で観察すること、8)小児難治性喘息の調査に向けた土台が構築された。難治性喘息に関与する複合的諸要因を網羅的に追究する本研究班において、我が国の現時点における難治性喘息の理解を確立し、臨床アレルギー学的、免疫学的、細胞生物学的、遺伝学的アプローチを行って、シグナル伝達分子、遺伝子転写機構などの生物学的異常機構を解明し、予防、治療への突破口を見出したい。

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