特異的遺伝性難聴の病態解明と直接治療法開発に関する研究

文献情報

文献番号
200000594A
報告書区分
総括
研究課題名
特異的遺伝性難聴の病態解明と直接治療法開発に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成12(2000)年度
研究代表者(所属機関)
稲垣 真澄(国立精神・神経センター精神保健研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 難波栄二(鳥取大学遺伝子実験施設)
  • 桜川宣男(国立精神・神経センター神経研究所)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 感覚器障害及び免疫・アレルギー等研究事業(感覚器障害研究分野)
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
平成14(2002)年度
研究費
10,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
先天性の感覚器障害の中で聴覚器障害は生後の言語獲得に重大な問題を生じてくることはよく知られている。言語獲得の障害は著しいコミュニケーション障害を引き起こし、個人的にも社会的にも多大な時間的損失、経済的損失をもたらす。そのため厚生行政上、新生児期からの聴覚スクリーニングが重要であり、かつ早期からの言語訓練法開発が必要である。従って厚生労働省によって新しくスタートしている「ALGOシステム」による新生児聴力スクリーニングには大きな期待がかかっている。一方、早期に的確な診断が下され、その段階で根本的な治療法が開発されているならば従来のスクリーニングとリハビリテーション・システムよりも大きなコストダウンが見こめる事も充分予想される。本研究では先天性難聴の純型モデルとしてマウスをその実験系を組むことで早期診断法を確立し原因遺伝子クローニングも進め、速やかな直接治療法を開発し、さらにヒト新生児での応用をはかり、ヒト難聴病態の診断・治療の新しいシステムを構築することを目的とするものである。
研究方法
bvマウスの難聴病態を生理学的に検討するためマウスに対してOAEに加えてABR検査を行った。また、OAEに関しては知的障害を伴う筋疾患児の他覚的聴覚検査としての有用性も検討した。原因遺伝子検索のため遺伝情報の検索と候補遺伝子の検討をおこない、さらに蛍光Differential display法で特異的な遺伝子発現を検討した。治療的アプローチとして高分子半透膜製カプセル化に不死化ヒト羊膜細胞を封入して酵素活性を測定した。
結果と考察
1.bvマウスの生理学的検討 1)OAE:DP growth法のDPレベルは正常群(ddy系)では生後2ヵ月以降で左右差がなく安定して得られ、すなわち閾値50~45dB SPL、レベル18~24dBであり、成マウス値とほぼ等しいレベルになった。一方、bvマウスは8000Hz刺激音に対して生後1,2ヵ月ですでに閾値上昇(70~90dB以上)があり、レベルは7.3~10.8dBと低かった。その後2年間で反応値の漸減を示し(1歳半6.8、2歳2.8、2歳以降0.6dB)、ほとんど無反応となる例もあった。左右差例も見られた。一方、6000Hz音には生後2歳でもわずかに反応が残っていた(ddy系: 10~12 dB、bv: 4~12 dB)。加齢とともに閾値がやや悪化する傾向があった。
2)ABR:波形はddy系でⅠ、Ⅱ、Ⅲ、Ⅳの4ピークを持つパターンがみられた。Ⅳ波閾値はddy系で全年齢を通じて20~30dB以下であったが、ミュータントマウスでは閾値上昇(70~90dB)が生後から見られた。また、波形が形成不良であり、Ⅰ波が遅延していた(ddy系: 0.99~1.12 msec、bv: 1.89~2.03 msec)。Ⅳ波閾値は生後2年で90~100 dBであり、閾値の悪化が疑われた。一方、MPS VII型マウスでもⅣ波閾値の上昇が確認され、難聴を合併することが確認された。
3)組織学的検討:OAE異常群のbvマウスは生後にラセン神経節ニューロン細胞数が減少し、半年でほぼ半減し、1歳以降も基底回転を主とした細胞数の減少がみられた。一方、OAEやABR正常のbvマウスはコントロールの細胞密度とほぼ同じであり、難聴例でのみニューロン数減少が見られた。
2.筋疾患児のOAE
ABRのⅤ波閾値の上昇が15耳で観察された。先天性ミオパチーを伴うすべての患者はOAEで正常あるいは値の減少が認められ、ティンパノメトリーではタイプBであった。先天性筋線維タイプ不均等症患者の1耳において、正常のOAEが観察された。Duchenne型進行性筋ジストロフィー症の患者1名では、高周波数刺激で、ノイズに対し小さいながらも明らかなDP値を有していた。筋緊張性ジストロフィー症の成人患者においてDPOAEsは高周波数領域において認められた。MELASやKearns-Sayre Syndromeといったミトコンドリア筋症では両OAEとも異常を示し、蝸牛に原因がある聴覚障害を強く示唆していた。
3.bvマウスの遺伝子クローニング 1)遺伝情報の検索と候補遺伝子の検討:bv周辺のマウスゲノムのマップを作成したところ、bv領域の塩基配列データやEST(Expressed Sequence Tag)情報は未だ公開されていなかった。もっとも近傍のマーカーはD5Bir19と考えられた。ヒトとの相同マップを検討したところ、この領域はヒト12番か22番染色体に位置することが判明した。さらに今回はヒト22q11-13領域の情報について検討した。この領域塩基配列データ約100万塩基対(BAC相当で12断片分)の情報を得た。この中の遺伝子領域を検討したが、マウス5番に相当する遺伝子は発見できず、候補遺伝子として明らかなものを得ることはできなかった。
2)bv特異的発現遺伝子の検討:今回の検討でbv特異的な発現バンドを71同定した。このうち11バンドの塩基配列を決定した。BLASTサーチを行った結果、6種類の塩基配列は未知であり、5種類は既知の遺伝子とホモロジーが高いと考えられた。
4.治療法開発に関する研究 ヒト羊膜不死化細胞の細胞内および培養上清において、方法で述べた各種のライソゾーム酵素活性が認められた。β-グルクロニダーゼcDNAの遺伝子導入を行ったヒト羊膜不死化細胞からは、細胞内および細胞上清いずれにおいても、高濃度のβ-グルクロニダーゼ活性が認められ、キャプセル化した場合にも、同様な高濃度のβ-グルクロニダーゼ活性が培養上清に認められた。
遺伝性難聴マウスには多くの病型が知られているが、純粋に聴覚系に限局したものは少ない。内耳蝸牛の内有毛細胞に病変が局在するBronx waltzer(bv)マウスは遺伝性難聴の病態解明研究に適当なモデルと思われる。bvマウス蝸牛組織の形態学的検討を行ったところ電顕上、生直後に細胞小器官の拡大と増加を示し死細胞では核と細胞質の濃縮変化がみられ、最終的にheterophagyにより処理されていた。また、求心性神経終末とのシナプス形成は形態異常の比較的軽度で、空胞化の少ない内有毛細胞に主に観察された。従って形態学的にapoptosisともnecrosisとも異なる選択的聴覚器細胞死を起こす可能性が示されているからである。
本年度の研究結果からbvマウスはOAE検査異常があればABR閾値上昇も伴っている事が確認できた。それらの発現は生後早期からみられ、異常の程度すなわち閾値上昇はABRにより強いことが判明した。したがって内耳の求心系機能障害がプライマリに存在し、外有毛細胞機能障害が加わる病態であり、比較的高周波数領域から先行するものと思われた。検査が簡便なOAEで臨床的な診断を下すことが可能で、さらに経過を追うことができると思われる。耳音響放射OAEは重度の精神遅滞を有する患者においてもそれぞれの周波数領域に応じた聴覚の他覚的評価をする上で有用であると思われる結果であった。
一方、蝸牛の感覚系一次ニューロンの細胞数減少が生後にみられる事も今回明らかになった。これは老人性難聴あるいは神経性難聴でみられる変性現象であり、先天性難聴では今まで指摘されなかったものである。bvマウスの病態は生後早期に完成するものではなく、年齢依存性の要素をもつ進行性の聴覚系入力障害と考えるべきものと思われ、老化現象との関わりにおいても興味深いと思われた。
原因遺伝子解析では今回はヒトとの相同マップからヒト22番染色体領域を候補に検討を進めた。しかしながら約100万塩基対領域の遺伝子の中にマウス5番に位置する候補遺伝子を挙げることはできなかった。最近、ヒト12番染色体上のDFNA25遺伝子がbv遺伝子と相同ではないかとの報告がなされた。しかしながら、DFNA25遺伝子は未だ単離されておらず、今後の検討が必要である。
治療的アプローチとしては原因の判明しているマウスでの解析がまず有用と思われる。すなわち今回はムコポリ多糖体症のモデルマウスでOAE、ABR検査により難聴が判明した。基礎的な実験結果から羊膜細胞のカプセル療法によりin vitroのみならずin vivoでも酵素活性が増加することが期待できる。その治療により難聴が改善するか、その最適条件はまだ明らかでない。今後の研究課題と考えている。
結論
特異的遺伝性難聴マウスbvの診断にはOAEとABRが有用であることが判明した。また、生後の進行性難聴も加わった複雑な病態である可能性も示された。原因遺伝子解析とあわせて治療的アプローチも一層進めていく必要性があると思われる。

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