急性中耳炎による聴覚障害発生機構の解明とその予防に関する疫学的実験的研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200000593A
報告書区分
総括
研究課題名
急性中耳炎による聴覚障害発生機構の解明とその予防に関する疫学的実験的研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成12(2000)年度
研究代表者(所属機関)
石橋 敏夫(社会保険中央総合病院耳鼻咽喉科)
研究分担者(所属機関)
  • 増田 道明(東京大学微生物学教室)
  • 矢野 純(日赤医療センター耳鼻咽喉科)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 感覚器障害及び免疫・アレルギー等研究事業(感覚器障害研究分野)
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
平成15(2003)年度
研究費
15,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
急性中耳炎は耳鼻咽喉科で臨床的に多く遭遇する疾患の一つであり、抗生物質が発達したにもかかわらず経過が遷延、反復再発したりする例も少なくない.滲出性中耳炎や慢性中耳炎に移行する例もあり、治療に難渋し、難聴などの後遺症が残ることもある. 急性中耳炎は、近年、その発症や予後について先行する呼吸器ウイルスとの関わりを示唆する事実が報告されているが、その因果関係は明らかでない.したがって、急性中耳炎患者より耳漏中に、そのような呼吸器ウイルスが検出されるかを検索することは、急性中耳炎の予防、予後の推定、および治療のうえで重要と思われる.急性中耳炎患者の多くは一般に大学病院よりも、一般病院や開業医を訪れる場合が多い。われわれは、市中病院で急性中耳炎患者の診療にあたる耳鼻科医として、中耳貯留液を用いて、迅速かつ簡便に、しかも同時に複数のウイルスゲノムを同定するシステムを病院の検査部中に確立しようと試みた。そして、このシステムを用いて、社会保険中央総合病院、日赤医療センターで採取した小児急性中耳炎の中耳貯留液について、呼吸器ウイルスゲノムの検索を行い、これらの結果と小児急性中耳炎の予後との関係を明らかにすることを今年度の研究の目的とした。
研究方法
迅速かつ簡便なウイルスゲノムの検索システムの確立から、小児急性中耳炎患者からの耳漏の採取、ウイルスゲノムの検索、急性中耳炎の予後調査のながれを円滑に進めるために、今年度は以下の2つテーマにわけて分担して研究をおこなった。
1. Multiplex nested RT-PCR法による呼吸器ウイルスゲノムの検索 
-反応条件の設定ー    (分担研究者;増田 道明)
2.呼吸器ウイルス感染と小児急性中耳炎の予後に関する疫学的研究 
(分担研究者;矢野 純)
結果と考察
研究結果
1)Multiplex nested RT-PCR法による呼吸器ウイルスゲノムの検索 -反応条件の設定-: 
増田は小児急性中耳炎耳漏検体40例を用いて、呼吸器ウイルスゲノムの検索のための
Multiplex Nested RT-PCRの条件を確立した。この方法により、1つのチューブ内での2段階のPCR反応と電気泳動により、同時に5つのウイルスゲノムを同定することができる。I群ではインフルエンザウイルスA型(H1N1), A型(H3N2), B型、RSウイルスA型、B型をII群ではパラインフルエンザウイルス1型、2型、3型、ライノウイルス、アデノウイルスを同定するシステムとした。感度についてしらべたところ、オリジナルサンプルの100倍から10000倍希釈まで検出できる感度の高いアッセイ方法であることがわかった。また、耳漏液40検体についてインフルエンザA型、RSウイルスA型、アデウイルスのウイルス抗原をELIZAキットを用いておこない、Multiplex Nested RT-PCRの結果と比較したところ、ELIZA法によるウイルス抗原検出率は30%であり、Multiplex Nested RT-PCRによる検出率43%であった。したがって、Multiplex Nested RT-PCRはより感度の高いウイルス検出法であることが明らかとなった。
2)呼吸器ウイルス感染と小児急性中耳炎の予後に関する疫学的研究 :矢野らは増田の確立したMultiplex-nested RT-PCR法という新しい方法を用いて、小児急性中耳炎患者54例より採取した中耳貯留液84検体についてさまざまな呼吸器ウイルスゲノムの検索をし、ウイルス感染と小児急性中耳炎の予後に関する疫学的研究をおこなった。その結果、32症例(59%)にウイルスゲノムが検出された。内訳は、RS-Aウイルスが29症例、アデノウイルスが10症例、RS-Aウイルスとアデノウイルスの混合感染が6例、インフルエンザウイルス(H3N2)が4症例、ライノウイルスが2症例である。反復性中耳炎とウイルス感染、ペニシリン耐性肺炎球菌との関係を調査したところ、ウイルス感染は反復性中耳炎を引き起こす危険因子となっていないが、ペニシリン耐性肺炎球菌感染症例においては有意に反復性中耳炎発生率が高いことがことがわかった。さらに、ウイルス感染の有る症例と無い症例で6ヵ月後の滲出性中耳炎への移行について検索したところ、ウイルス感染の有る症例において、有意に高く滲出性中耳炎が認められた。年齢と反復性中耳炎との関係については、2歳以下の患児において有意に高い頻度で、反復性中耳炎がみとめられた。
考察
急性中耳炎は耳鼻咽喉科で臨床的に数多く遭遇する疾患の一つであり、抗生物質が発達したにもかかわらず経過が遷延、反復、再発したりする例も少なくない.滲出性中耳炎や慢性中耳炎に移行する例もあり、治療に難渋し、難聴などの後遺症が残ることもある. 急性中耳炎は、近年、その発症や予後について、先行する呼吸器ウイルス感染との関わりが示唆される事実が報告されているが、その因果関係は明らかでない.また、内耳障害をともなう急性中耳炎症例においては、以前からウイルスの関与が報告されているが、いまだ原因ウイルスも同定されていない.
急性中耳炎の中耳貯留液に呼吸器ウイルスが検出されることは、欧米を中心にいくつかの報告があり、1999年のHeikkinenらの報告では、RSウイルスが小児急性中耳炎発症時に中耳に検出されるウイルスのうち、最も一般的なものであることが示された。しかし、わが国では、数多くの検体を用いたこの種の疫学的研究は今までにない。
本報告では、反復性中耳炎には、ペニシリン耐性肺炎球菌感染と患児の低年齢が、滲出性中耳炎の移行に関してはウイルス感染が関与している可能性が、臨床疫学的に示唆された。ペニシリン耐性肺炎球菌感染と患児の低年齢は急性中耳炎の遷延反復に関与しているということについては、国内外にいくつかの報告があり、広く認められている。しかし、滲出性中耳炎の移行例についてウイルス感染が高頻度で認められることについての報告はきわめてすくなく、本報告は貴重なデータといえる。今後、ウイルス感染がどのようなメカニズムで滲出性中耳炎をおこすのか、中耳貯留液中の炎症性サイトカイン、ヒスタミンなどのケミカルメディエーターの濃度を測定するとともに、ウイルス中耳注入動物モデルの作成とその病理組織学的検索が必要となろう。
中耳炎による難聴は環境因子によってひきおこされる聴覚障害の中では最も頻度の高いものであり、急性中耳炎発症の予防、慢性化の阻止、内耳障害の予防は重要な課題である.ウイルスによる急性中耳炎の発症、遷延化のメカニズムが明らかになれば、ウイルスワクチン接種による、急性中耳炎罹患の予防、抗ウイルス剤の使用による中耳炎慢性化の阻止などが可能になることが期待される。このことは、今後、中耳炎による難聴者の発生率を減らし、国民の医療、福祉に貢献するのみならず、急性中耳炎、慢性中耳炎の治療についやされる抗生物質の量、そして手術にかかる費用を大きく減らすことができものと思われる.
結論
Multiplex nested RT-PCR法という迅速かつ簡便に、しかも同時に複数のウイルスゲノムを同定するシステムを社会保険中央総合病院病院の検査部中に確立し、小児急性中耳炎患者54例より採取した中耳貯留液84検体についてさまざまな呼吸器ウイルスゲノムの検索をし、ウイルス感染と小児急性中耳炎の予後に関する疫学的研究をおこなった。その結果、ウイルス感染は、急性中耳炎の反復には関与していないが、滲出性中耳炎の移行に関して関与している可能性が、臨床疫学的に明らかになった。

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