ノックアウトマウスを用いた遺伝性難聴の発現機構の解析と治療の新戦略

文献情報

文献番号
200000590A
報告書区分
総括
研究課題名
ノックアウトマウスを用いた遺伝性難聴の発現機構の解析と治療の新戦略
課題番号
-
研究年度
平成12(2000)年度
研究代表者(所属機関)
池田 勝久(東北大学大学院医学系研究科耳鼻咽喉科学分野)
研究分担者(所属機関)
  • 大島猛史(東北大学大学院医学系研究科耳鼻咽喉科学分野)
  • 美野輪治(理化学研究所・ゲノム科学総合研究センター)
  • 松原洋一(東北大学大学院医学系研究科小児医学遺伝病学分野)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 感覚器障害及び免疫・アレルギー等研究事業(感覚器障害研究分野)
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
平成14(2002)年度
研究費
17,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
近年の分子生物学の進歩により、これまでに14の非症候性難聴の原因遺伝子が同定されている。しかしながら、難聴遺伝子の同定が基本的には難聴家系のリンケージ解析によるいわゆるreverse geneticsによってなされており、またヒト内耳を生理的条件で解析することの困難性から、他の難聴遺伝子の機能解析は相同遺伝子からの類推にもとづいたin vitroの発現系で行われているがin vivoでの解析は不十分なのが現状である。我々は、ヒトで同定された難聴遺伝子をマウスでノックアウトし、そのマウスの形態学的電気生理学的解析、免疫学的解析また分子生物学的解析を行い、それらの遺伝子の内耳における機能を解明する。また、実際の臨床の場において、遺伝性難聴が疑われる患者に対し難聴遺伝子の検索を行い、遺伝子診断の実用化を目指す。
研究方法
1)遺伝子変異マウスの作製と解析
1. マウス Brn-4 遺伝子の全翻訳配列をpgk-neo遺伝子に置換した targeting vectorを作製し、胚性幹細胞に導入した。相同組換え変異体よりキメラマウスを作製し、交配によって変異マウスを得た。12週齢の野生型(+/Y)、変異体(-/Y)のマウスを用いた。ネンブタール腹腔麻酔下にて、聴性脳幹反応 (ABR)を測定した。蝸牛外側壁経由で内リンパ静止電位(EP)を測定した。組織学的観察には4%パラホルムアルデヒドによる外リンパ潅流で4℃、一晩固定した。その後、0.12M EDTAで脱灰、エタノールによる脱水、パラフイン包埋し、各種の抗体による免疫組織を行った。
2. DFNA1難聴患者では、hDIA1の最後から二番目のエクソンのスプライシングドナーに存在する点変異のためにC末の約4%がトランケートされた変異タンパクが産生すると予想される。この遺伝子変異をmDia上で正確に再現したターゲッティングベクターを作製し、電気的穿孔法にて129系マウス由来のES細胞に導入した。ネオマイシンによる選別を行い、サザン法にて2クローンの相同組み換え体を同定した。これらをB6マウスの胚盤胞へ注入してキメラマウスを作製した。続いてB6マウスと戻し交配を行い再びサザン法にてgermline transmissionを確認した結果2ラインのF1マウスを得た。ネンブタール腹腔麻酔下にて、聴性脳幹反応 (ABR)を測定した。
2)難聴患者の遺伝子解析
1. GJB2遺伝子解析
対象は先天聾(高度難聴)症例39人、軽度-中等度難聴症例23人、聴力正常者203人。GJB2遺伝子の翻訳領域678塩基をカバーするプライマーペアを作成し、PCR増幅、直接シークエンスした。
2. PDS遺伝子解析
対象は前庭水管拡大のある小児難聴5人。PDS遺伝子の20エクソンをPCR増幅した後直接シークエンスした。
3. ミトコンドリア遺伝子解析
対象はアミノグリコシド投与歴のある難聴症例8例、アミノグリコシド投与歴のない感音性難聴126例。BsmAIを用いたPCR-RFLP法で解析した。
結果と考察
1) 遺伝子変異マウスの作製と解析
1. Brn-4変異マウス 
12週齢のマウスのABRでは、野生型マウスのABR波形や閾値は正常であった(閾値平均 29 dB SPL、n=9)。一方、Brn-4欠失変異ホモ接合マウスでは90 dB SPLまでABRの反応を認めなかった(n=6)。さらに、難聴の機序を検索するために蝸牛外側壁経由で内リンパ静止電位の測定を試みた。野生型マウスではEPは85から115 mV(n=9)であった。ホモ変異体マウスでは36から52 mV(n=6)と明らかなEPの低下を認めた。蝸牛の内リンパ静止電位の形成維持に関与しているラセン靱帯の線維細胞に発現するNa, K-ATPase、Na-K-Cl共輸送体 、コネキシン26を免疫組織学的に検討した。野生型ではこれらの蛋白は線維細胞に強く発現していたが、ホモ変異体では有意に発現強度の減少を認めた。Brn-4 変異体マウスの内耳の免疫組織学的観察によって蝸牛外側壁のラセン靱帯の線維細胞の機能異常が明らかとなった。Brn-4 の欠失によりラセン靱帯の線維細胞のイオン輸送の機能が正常に保てなくなることが蝸牛機能の異常の一次的原因であると推論できる。
2. mDia変異マウス
F1の兄妹交配により得られたF2マウスを用いて聴性脳幹反応による解析を行った。7週齢と50週齢において解析を行ったが、これまでのところ野生型、ヘテロ接合体、ホモ接合体の各群間に聴力閾値の有意差は認められず、更に週齢を追って解析する必要があると考えられた。
2) 難聴患者の遺伝子解析
1. GJB2遺伝子解析
先天聾症例39例中5例、中等度難聴症例23例中7例にGJB2遺伝子変異を認めた。先天聾症例で見られた変異の10アレル中7アレル、中等度難聴症例で見られた変異12アレル中3アレルが235delC変異で、日本人における高頻度変異と考えた。健聴者203人中2人に235delC変異が、1人に176-191del16変異が見られ、保因者頻度は約1?2%と推定された。
2. PDS遺伝子解析
前庭水管拡大のある5症例の内、甲状腺腫を伴いPendred症候群と考えられる1症例にPDS遺伝子変異が同定された。一方、前庭水管拡大のみの表現型の4症例では変異は同定されず、小児難聴の鑑別診断におけるPDS遺伝子の遺伝子解析の有用性は示されなかった。
3. ミトコンドリア遺伝子解析
アミノグリコシド投与歴のある8例中2例にミトコンドリア1555A->G変異が見られた。投与歴のない126例中には変異は見られなかった。やはりストレプトマイシン難聴の症例中にはミトコンドリア1555変異を認める症例があり、ストレプトマイシン難聴の予防のためには遺伝子検索が重要であろうという予想を確認した。一方、ストレプトマイシン使用歴のない症例には変異は見られず、この変異はストレプトマイシン難聴に特有のものであろうと推察した。
結論
Brn-4欠失変異ホモ接合マウスでは高度な難聴を示した。蝸牛ラセン靱帯の線維細胞の各種のイオン輸送体の発現の低下がEPの低下の機序であることが推察された。これらの結果より、この変異マウスはDFN3の難聴の解明に貢献することが示唆された。DFNA1のモデルマウスは、難聴を示さなかった。ヒトとマウスの相違を示唆した。
日本人小児難聴の診断にGJB2遺伝子解析が有用であることが示された。高度難聴だけでなく中等度難聴の原因にもなっていることを新たに示した。

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