小児・若年者の難治性網膜疾患の原因と治療に関する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200000587A
報告書区分
総括
研究課題名
小児・若年者の難治性網膜疾患の原因と治療に関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成12(2000)年度
研究代表者(所属機関)
東 範行(国立小児病院眼科)
研究分担者(所属機関)
  • 奥山虎之(国立小児病院小児医療研究センター先天異常研究部奇形研究室)
  • 野田 徹(国立病院東京医療センター眼科)
  • 柳田 隆(国立金沢病院眼科)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 感覚器障害及び免疫・アレルギー等研究事業(感覚器障害研究分野)
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
平成15(2003)年度
研究費
15,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
小児・若年者では成人と異なる多くの難知性網膜疾患がある。その多くは先天異常に起因するが、出世後も未熟児網膜症や網膜剥離では増殖機転が強いために通常の成人に対する治療法では難治なことが多い。本研究では、小児・若年者の難治性網膜疾患の原因を明らかにするとともに、新しい検査や治療法を開発することを目的とする。本年度は先天黄斑形成不全と先天網膜分離症の遺伝子検索を行い、疾患の原因を考察するとともに遺伝相談への応用を試みた。また、検査では小児・若年者に適する網膜硝子体の新たな観察機器を開発し、治療面では無症候性網膜剥離の早期手術の必要性について検討した。
研究方法
1)先天黄斑形成不全の遺伝子解析:遺伝性黄斑形成不全において、候補遺伝子アプローチによってPAX6の変異を同定し、疾患と変異の対応をつけ、責任遺伝子を明らかにした。2)PAX6変異の機能解析:みつかったPAX6遺伝子変異について生化学的検討を行い、疾患の発症機転を考察した。3)網膜分離症の遺伝子解析と羊水細胞による出生前診断:網膜分離症の疾患責任遺伝子であるXLRS1の変異解析を行い、遺伝子解析により保因者と診断された発端者の姉の羊水穿刺を妊娠16週の時点で行い、羊水細胞を培養して胎児の遺伝子診断を行った。4)小児・若年者に適する網膜硝子体の新たな観察機器開発:眼底周辺部の観察に関して、高屈折倒像型前置レンズを用いた観察法の改良とそれに必要なレンズの開発を行った。5)無症候性網膜剥離の早期手術の検討:若年者の網膜剥離症例のなかには、発見が遅れたため手術治療が成功しても恒常的な視力障害を残してしまうものも多い。無症候性網膜剥離に対する治療方針決定に資するため、本疾患の特徴や手術成績、術後経過について検討した。
結果と考察
1)先天黄斑形成不全の遺伝子解析:常染色体優性遺伝の先天黄斑形成不全家系においてPAX6遺伝子のR128Cの、前眼部形成不全と先天黄斑形成不全を合併する別個の2家系において、V5Dのミスセンス変異を発見した。遺伝子変異の重篤度と表現型の重篤度には相関がみられた。また、黄斑形成不全の変異はPAX6のDNA接着部位paired domainに集中しており、この部位が黄斑の形成に重要であることが示唆された。PAX6遺伝子は眼形態のマスターコントロール遺伝子であると考えられているが、この遺伝子が黄斑の形成を行っており、視覚において重要な中心視の成立に関わっていることを示している。2)PAX6変異の機能解析:PAX6遺伝子の野生体と変異体の生化学的解析により、転写活性部位 paired domainの2つのsubdomain、N-terminal subdomain(NTS)とC-terminal subdomain(CTS)は互いに抑制し合う自動制御機構があることが判明した。そして、黄斑形成には選択的スプライスexon 5aとC-terminal subdomain(CTS)の働きが重要であることが示唆された。この形態形成遺伝子の機能がさらに解明されれば、幹細胞から黄斑を再生させるなど再生医学へも応用できると期待される。3)網膜分離症の遺伝子解析と羊水細胞による出生前診断:発端者でXLRS1遺伝子のGlu72Lysのアミノ酸置換を生じるミスセンス変異を見出し、同時に解析した発端者の母親、姉、祖母はいずれも同じ変異と野生型のヘテロ接合体で保因者であることが明らかとなった。保因者であった発端者の姉は妊娠が判明した直後に出生前診断の可能性について遺伝相談を希望した。妊娠16週に羊水から染色体検査とDNA検査を同時に行った。染色体検査で46XXの女児であることがわかり、DNA検
査ではG214Aのミスセンス変異と野生型のXLRS1遺伝子のヘテロ接合体であり、母親と同じ保因者であることが判明した。分子遺伝学の進歩により遺伝子診断が可能となり、出生前診断という形で、臨床応用が技術的に可能となった。しかし、社会的倫理的問題や家族のこころのケアに関する問題は諸についたばかりで、生命倫理や法律の専門家、さらに親の会のメンバーなどさまざまな分野の意見を取り入れた指針の作成が必要であると考えられる。4)小児・若年者に適する網膜硝子体の新たな観察機器開発:網膜硝子体手術の基礎となる眼底観察系、特に高屈折倒像型前置レンズによる眼底周辺部の観察系について、観察用前置レンズと観察法の改良を行った。高屈折倒像型前置レンズを用いた眼底観察系でレンズの接眼部形状を変更し、傾斜角度調整を含めた適切な操作を行うことにより、従来の観察系にはない、水晶体および眼内レンズに伴う収差を補正する効果が生じ、倒像系のもつ広角視野、中間透光体混濁に対する利点とあわせ、従来の観察系より優れた眼底周辺部の観察系となった。本法は、同一視野で後極部から最周辺部までの眼底観察が可能であり、また、散瞳不良や、前眼部、中間透光体などの障害を伴う条件でも観察が障害されにくい。従って、小児の先天疾患などにおける眼底診断、レーザー治療を有効にかつ安全に行う上でも有用性が高いと考えられる。本法は今後、小児を含めた網膜硝子体疾患の眼底診断、レーザー治療において有用な手技となり、さらに硝子体手術における観察系においてもその利点の応用が可能であると考える。5)無症候性網膜剥離の早期手術の検討:無症候性網膜剥離に対して早期手術を積極的に行い、結果として初回手術のみで100%の復位率を得た。無症候性網膜剥離に対しては原則として手術的治療を行うべきである。しかしながら、本疾患に対して手術を行うか、あるいは経過観察にとどめるかは、最終的には患者自身が決めるべきことであり、この前提となるのは、手術をする場合としない場合のそれぞれに予想される経過についての医師からの十分な説明であり、本研究の結果はその貴重な資料となり得る。
結論
先天黄斑形成不全でPAX6遺伝子の変異を新たに発見し、黄斑形成機序を一部明らかにした。先天網膜分離症では出生前診断を行い、出生前診断に伴う問題点について考察した。小児・若年者の網膜疾患の診断あるいは手術に重要な眼底観察系レンズ装置を考案した。さらに手術では、無症候性網膜剥離の治療を検討し、早期治療の重要性を明らかにした。

公開日・更新日

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