中高年者における視聴平衡覚障害とその危険要因に関する縦断的疫学研究

文献情報

文献番号
200000582A
報告書区分
総括
研究課題名
中高年者における視聴平衡覚障害とその危険要因に関する縦断的疫学研究
課題番号
-
研究年度
平成12(2000)年度
研究代表者(所属機関)
下方 浩史(国立療養所中部病院長寿医療研究センター)
研究分担者(所属機関)
  • 中島 務(名古屋大学部医学部耳鼻咽喉科学教室教授)
  • 三宅養三(名古屋大学部医学部眼科学教室教授)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 感覚器障害及び免疫・アレルギー等研究事業(感覚器障害研究分野)
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
平成14(2002)年度
研究費
15,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
老化に伴う視聴平衡覚障害は、高齢者の日常生活に大きな影響を与える。しかし、多数の一般住民を対象にした感覚器機能変化の包括的かつ詳細な検討は、検査に困難を伴うことから、国内だけでなく海外でも今までほとんど行われていない。本研究は老化によって引き起こされる視聴平衡覚障害の予防、早期発見に資するため、一般中高年者における視聴平衡覚機能障害の実態を明らかにするとともに、その危険因子および経年変化について検討することを目的としている。
研究方法
(1)長寿医療研究センター老化縦断研究(NILS-LSA):対象は当センター周辺の地域住民からの無作為抽出者(観察開始時年齢40-79歳)である。調査内容資料を郵送後、参加希望者に調査内容に関する説明会を開催し、文書による同意の得られた者を対象とした。対象者は40,50,60,70歳代男女同数である。平成9年11月より無作為抽出集団を対象に実際の調査を開始した。施設内に設けた検査センターにて一日6名ないし7名の参加者に、朝から夕方までの時間をフルに利用して様々な検査を毎日の業務として年間を通して実施している。平成12年4月までに2,267名の追跡集団を完成させた。平成12年度から第2回目の調査を開始し、以後2年ごとに検査を繰り返す(一部検査は4年ごと)。測定項目は感覚器機能の加齢変化に対してリスクとなりうる、もしくは感覚器機能の低下に伴って影響を受けると考えられる多くの項目について、感覚器機能を中心とした医学分野のみならず、運動生理学分野、栄養学分野、心理学分野のそれぞれの専門家が詳細な基礎データを収集した。
(2)大規模集団における聴力加齢変化の10年間の縦断的検討:対象は1989年から1998年までの10年間にわたって、名古屋市内で人間ドックを受診した14歳から94歳までの男性46,509名、女性28,398名の合計74,907名である。ひとり平均の聴力の測定回数は男性2.9回、女性2.5回である。全受診者のうち55.9%が複数年にわたって聴力を測定し、複数年受診者の平均受診回数は4.1回であった。聴力は1000Hz、2000Hz、4000Hzの各周波数で測定し、それぞれについて左右の聴力レベルのうち良い方の値を採用した。10年間の延べ205,963回の聴力測定について性別・周波数別の聴力レベルの横断的および縦断的加齢変化、出生コホートの影響を検討した。また聴力障害の危険因子として血圧、耐糖能、血清脂質、喫煙習慣、飲酒量、血沈、尿酸、血液像等と聴力損失との関係を検討した。
(3)高齢者における聴力評価と補聴器適合:歪成分耳音響放射(Distortion product otoacoustic emission; DPOAE)を名大耳鼻咽喉科外来にて、受診した100名以上の感音難聴患者を対象に行った。入力音圧をL1,L2を70dBとし、f2/f1を1.22に設定し、2f1-f2をDPOAEの指標とした。測定は、f2周波数1kHzから6kHzまで行い、1kHz、2kHz、3kHz、4kHz、6kHzの各周波数について測定した。以上のようにして測定したDPOAEの結果を純音聴力検査の結果と比較した。
(倫理面への配慮)本研究は、長寿医療研究センターでの基幹研究に関しては、国立中部病院における倫理委員会での研究実施の承認を受けた上で実施し、全員からインフォームドコンセントを得ている。人間ドック受診者に関しては、個人名や住所など識別データをファイルにしないなど個人のデータの秘密保護に関して十分に配慮し、研究を実施している。また分担研究でのフィールド調査では個々の研究者がその責任において、それぞれのフィールドで、自由意志での参加、個人の秘密の保護など被験者に対して十分な説明を行い、文書での合意を得た上で、倫理面での配慮を行って調査を実施している。
結果と考察
(1)長寿医療研究センター老化縦断研究(NILS-LSA):平成12年4月には2267名の対象者への第1回の調査を終えた。平成12年度には第1回調査の視聴平衡覚機能を含む千項目以上の全項目についてデータをチェックし集計を行って、老化の基礎データとしてインターネットを介して公開した(http://www.nils.go.jp/nils/organ/ep-e/monograph.htm)。縦断的変化を観察するための第2回調査を平成12年度より開始し、平成12年12月末には708名の調査を終了した。また、これまでの解析結果をまとめて、疫学研究の英文専門誌Journal of Epidemiologyに特集号を組み、方法論および概要を紹介するとともに感覚器、医学一般、心理、栄養、運動、身体組成の各分野で、老化とその要因に関して13編の論文をまとめた。視力の加齢変化では、眼屈折値から近視の頻度および近視の危険因子を検討した。その結果、中高年者の眼屈折度は平均約-0.6Dであり、約4割が近視であった。また、多重ロジスティック回帰分析の結果、学歴と年収が高いほど、また年齢が若いほど近視である可能性が高かった。平衡機能の加齢変化については、重心動揺測定における開眼・閉眼時の外周面積、前後最大振幅、左右最大振幅、総軌跡長はいずれの項目においても高齢群で高値を示し、閉眼片足立ち測定では高齢群において低値を示した。以上のことから、加齢に伴い平衡機能は低下することが示された。一方、平衡機能の関連要因の検討では平衡機能と体格との関連が示されたが、体力特性との関連は性や項目ごとに一定の傾向が認められず、更なる検討が必要であることが示唆された。
(2)大規模集団における血圧、眼底所見の加齢変化の縦断的検討:男性では高音域で加齢変化が大きかった。また男女ともに横断的加齢変化よりも縦断的加齢変化の方が大きかった。加齢による聴力変化は若い出生コホートほど聴力の低下が大きく、出生年代による有意なトレンドが認められた。聴力障害の危険因子に関する検討では、加齢、心電図変化、喫煙習慣、BMIなどが聴力レベルの低下に関連しており、動脈硬化症や冠動脈疾患などの生活習慣病と共通する危険因子がとらえられた。動脈硬化を防ぐような生活習慣が、聴力レベルの低下も予防することにつながっていくことが示唆された。
(3)高齢者における聴力評価と補聴器適合:高齢者では純音聴力の低下以上に耳音響放射が低下しており、耳音響放射は加齢による難聴を早期にかつ鋭敏にとらえることができる良い検査法であると考えた。加齢による難聴には良い補聴器適合を行うことが重要であるが、補聴器外来における補聴器適合の結果について検討を行った。補聴器購入に至ったかどうかには聴力の状態が重要な事項と思われたが、補聴器外来受診者のうち実際に補聴器購入した人と購入しなかった人の間には聴力に特に差を認めなかった。購入者と非購入者には、事前に行ったアンケートによる補聴器装用の意欲に大きな差があり、本人がどのくらい補聴器を望んでいるかどうかが購入における大きな要因であることが判明した。
結論
加齢による視聴覚および平衡機能の変化およびこれらの感覚器機能低下の予防に資するための検討を行った。平成9年度から開始されている老化のための縦断研究は今年度から第2回調査が開始され、様々な視聴平衡機能の評価を行っている。今年度は眼屈折率の加齢変化とその要因、平衡機能の加齢変化についてまとめた。また、大規模集団での10年間の縦断調査では、聴力の縦断的加齢変化と聴力障害の要因を明らかにした。感音性難聴患者の検討では高齢者における耳音響反射検査の有用性などを明らかにすることができた。このような大規模かつ包括的で詳細な感覚機能の加齢研究は少なく、今後も世界的に貴重な結果が得られると期待できる。

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